中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/12/28 金曜日

政府投資ファンド(Sovereign Wealth Fund)の実態(1):ノルウェー・ルポー政府年金ファンドの実態

Filed under: - nakaoka @ 10:36

世界の金融市場に大きな変化がおきています。まずアメリカの膨大な貿易赤字の結果として世界の外貨準備が膨れ上がっていること、原油価格の上昇で産油国の収入が増大していることです。これらの資金は政府や中央銀行の管理下に置かれています。従来、こうした資金は安全性を保つためにアメリカの財務省証券に投資され、アメリカに還流していました。しかし、ドル価値の下落や石油などの資源の有効活用という観点から、各国は積極的に運用を始めたのです。こうした資金は「Sovereign Wealth Fund(政府投資ファンド)」と呼ばれています。その実態について報告します。ここで掲載した記事は今年8月にノルウェーに取材に行って書いたルポです。ノルウェーは北欧の産油国で、膨大な石油収入を得ています。資源は遠からず枯渇するとの考えから、それを金融資産に換え、長期的に運用することで次世代に富を残そうとしています。そのファンドをGovernment Pension Fund(政府年金ファンド)と呼んでいます。また同ファンド以外にも、外貨準備を運用しています。それらのファンドはいずれもノルウフェー中央銀行内の投資委員会で行なわれています。今回のルポでは、運用責任者にもインタビューしました。なお、この記事は『週刊東洋経済』(8月27日号)に寄稿した記事の元になったものです。

なぜノルウェーは石油収入で得た資金の運用を始めたのか?

ノルウェーの「政府年金基金」は資産規模で世界第3位の巨大ファンドである。同基金は次世代のために石油資源を有効に利用することを目的に設定された。倫理規定を設けるなどユニークな運用方針を掲げている。

夏のオスロのビジネスは、スローである。多くのビジネスマンは夏の休暇を取ってサマーハウスで家族と時間を過ごすか、海外旅行に出かけて行く。夏のオスロの主人公は、世界各国からやってきた観光客である。セントラル・ステーションと宮殿をまっすぐつなぐカート・ジョアンズ通りは終日、観光客で溢れている。路上はリュックを背負った若者に占領され、オープンカフェはのんびりと時間の流れるのを楽しんでいる熟年の観光客で埋め尽くされている。

ノルウェーは人口わずか470万の小さな国だが、一人当たりGDPは世界第2位の豊かな国である。ネオリベラリズムの波に巻き込まれて規制緩和で大きく揺れる世界とは無縁の北欧の福祉国家である。オスロの町には路面電車とバス、地下鉄網が張り巡らされ、「環境持続指数」で第2位にランクされる環境にも優しい社会である。

ノルウェーは、原油産出量で世界第8位、輸出量で世界第3位の地位を占める有力な産油国である。同時に、現在、世界の金融界場で最も注目される国でもある。巨額の石油収入を「政府年金基金」を通して世界市場で運用し、目覚しい成果を挙げている。その実態を直接確かめるためにオスロに赴いた。

保守党の政治顧問のヴィルマン・ヴィニヤ氏とパーリアメント(議会)建物からカート・ジョアンズ通りを渡ったところにあるグランド・ホテルのカフェで待ち合わせた。同氏は、家族と一緒に出かけたイタリア旅行から帰ったばかりであった。ノルウェー政府が「政府年金基金」を通して石油収入を積極的に運用するようになった背景を聞いた。

巨額の石油収入を得た政府は、労働党や進歩党などの左派政党の要求を受け入れ福祉プログラムを拡大していった。しかし石油価格が下落した86年が大きな転換点になった。石油収入は原油価格の変動に晒され、大きく変動する。それはノルウェー経済だけでなく、政府の財政収支にも大きな影響を与えた。さらに将来、石油資源が枯渇することは避けられない。今の世代のためだけでなく、将来の世代のためにも石油資源を有効に活用する必要性が認識されるようになった。

具体的には「現在の年金受給者は約60万人だが50年には倍になる。将来、間違いなく石油収入は減り、年金負担から財政は赤字に陥る」(ヴィニア氏)。年金制度は全額税金によって賄われている。そうした将来の負担増に備えて、石油収入の有効活用を真剣に考えなければならなくなったのである。そして90年に現在の「政府年金基金」の前身である「政府石油基金」が設立された。

どうすれば将来の世代のために石油資源を有効に利用できるのか。政府は2つの選択を迫られた。ひとつは埋蔵原油を出来るだけ温存することであり、もうひとつは原油を金融資産に換え、運用する方法である。

財務省から基金の運用を委託されている「ノルウェー中央銀行投資運用局(NBIM)」のクニュート・ヒャール局長は、1900年から04年まで株式に1ドルを投資していれば現在価値は376ドル、債券なら6ドルになっているが、原油のまま保有し続けていれば価格はわずか2ドルになっているに過ぎないと、埋蔵原油を金融資産にして運用するほうがはるかに高い収益を上げることができると主張する。「基金は一時的な石油収入を長期的な投資収益に変えるユニークな方式なのである」。これが基金設定の背景にある基本的な考え方である。

ただ、「基金の名称に“年金”を使うのは誤解を招く」と指摘するのは年金コンサルタントのキャスパー・ホルター氏である。ノルウェーの「政府年金基金」は国民が払い込んだ保険料をプールして運用するのではなく、石油収入を原資として基金を運用しているのである。それは将来の年金支払いに充当されるだけでなく、毎年、収益の一部分は財政赤字補填のために歳入に組み込まれる。

財務省が決定する運用の基本方針

96年5月に初めて石油収入から20億クローネが「政府石油基金」に組み入れられた。最初の年は債券のみで運用されたが、翌年から株式での運用も始まった。そして06年に基金の名称が現在の「政府年金基金」に改称された(正式な名称は「ガバメント・ペンション・ファンド・グローバル」である)。

06年末の「政府年金基金」の資産の時価総額は1兆7870億クローネ(約36兆円)である。運用の内訳は、債券が1兆0578億クローネ、株式が7259億クローネである。前年比で総資産額は3840億クローネ増加しているが、それは運用による増分が1240億クローネ、石油収入からの繰り入れ分が2880億クローネであった。財務省は毎年の収益予想に従って、石油収入の基金への繰入額を決めている。

「政府年金基金」の基本的な運用方針は財務省によって決定される。財務省は、運用の利回りや投資対象資産、投資対象国などに関するベンチマーク・ポートフォリオを決定し、議会の承認を得なければならない。そのベンチマークに従いNBIMが実際の運用を行うのである。

06年1月に財務省は「政府年金基金」の運用指針の見直しを行った。まず株式投資に関して1社の持株比率の上限を3%から5%に引き上げた。さらに債券に対する最低信用格付けを撤廃し、コモデティ・バスケットやファンドへの投資を認めた。財務省はNBIMの投資の自由度を大きく拡大したのである。

資金配分は債券60%、株式40%と設定されていた。NBIMは財務省に対して株式運用比率の引き上げを求めていた。その結果、「現在、株式運用比率は60%、債券運用比率は40%に変えられた」(ヴィニヤ氏)。今後、同基金の株式投資の比率は大きく増加することになる。

「06年度修正国家予算」で地域的なポートフォリオの見直しも行われ、株式投資はヨーロッパが50%、アメリカが35%、アジア・オセアニアが15%、債券投資はヨーロッパが60%、アメリカが35%、アジア・オセアニアが5%と決められた。ちなみに昨年末現在で日本株への投資比率は8・7%、債券は4・4%であった。

同基金の過去10年の平均利回りは6・5%と優れたパフォーマンスをあげている。運用手数料など除いた純実質利回りは4・58%である。ホルター氏は、「ヒャール氏が率いるチームは極めて優秀で、最新の投資理論を駆使し、極めてコスト・コンシャスな投資を行っている」と言う。「アクティブ運用はコストが高くなるだけでパッシブ運用よりも高いリターンが期待できるわけではない」(ヒャート氏)という考え方から、同基金はインデックス主体の投資を行っているのが特徴である。

“物言う投資家”として存在感を高める

現在、「政府年金基金」が投資する企業の数は06年末現在で約3500社に達している。持ち株比率が5%という上限が設定されているが、同ファンドは“物言う株主”として株主の権利を積極的に行使している。昨年、2928の株主総会で2万6826件の議案に投票を行っている。会社提案の2164議案に反対票を投じるなど企業の経営方針に対して意欲的に発言をしている。

さらに「政府年金基金」の最大の特徴は、投資に際して明確な“倫理基準”を設定していることである。06年に同基金がウォール・マート株を売却して市場を驚かせた。「政府が倫理審議会の助言を受けて、同社が労働者を不当な扱いをしているという理由でNBIMに売却を指示した。すべての株を売却してから政府が売却の事実を公表したのである」(ヴィニヤ氏)。

政党や市民団体は人権問題や環境問題に対して強い関心を持っており、政府もそうした主張に対応しなければならないのである。大手経済紙『ダンゲス・ナーリングスリーブ』の記者スタイン・ハルグリッド氏は「国内では運用利回りなどの議論よりも倫理規定のほうが重要な問題として議論されている」と言う。

現在、倫理規定から投資対象から除外されている企業は20社で、売却された株式の総額は142億クローネに達している。投資総額に占める比率はわずか1・8%だが、その決定は企業に大きな影響を与えたことは間違いない。

4件のコメント »

  1. たいへん興味深く拝読しました。
    これまでの業績からNBIMの力が自主性がつよくなり、昨年はサプライム・ローン関連のファンド投資で損失もありましたが、原油高騰による投入基金の増加も加わり年度末には総額約2兆2000億、45兆円近い基金に膨れる成績でした。07年度の平均利回りは10%を超えたとどこかで読んだおぼえがあります。
    そのほか新しい変化として:

    1)基金設立の時からから運用の責任者であるクヌート・ヒェール氏(Knut Kjær)が秋に辞意を表明、理由は10年経ちそろそろ疲れたので交代したいとの由。ま、あちこち外国からの誘いがあまたある人ですから自然だとおもいます。その右腕だったイングヴェ・スリングスタッド氏(Yngve Slyngstad,age45)が1月1日付けで新局長に就任しました。氏はカリフォルニア大学社会経済とパリ大学政治科学の学位を持つ。

    2)11月、上海に基金の投資事務所を開設。オスロ本部、ロンドン、ニューヨーク、上海(アジアセンタービル)の4カ所で夜勤を拝して取引を行う体制になりました。中国への投資はこれまで投資先企業の労働環境など、倫理規定に阻まれて足踏みしていたのですが、アジアでの主要投資先は日本から中国へ移ることにまります。上海では早くからノルウェー最大の民間銀行DNBデン・ノシュケ・バンクが開業していていました。

    なお、ご存知のように、年金基金が実際に年金に支出されるのは2020年ごろを見込んでおり、現在は国民の積立金プールで賄っております。したがって一般には石油基金の呼び名が浸透しており、新しい呼称はメディアでも国会討論でもあまり使わないようです。

    コメント by 安達正興 — 2008年1月2日 @ 08:59

  2. 中岡様
    こんにちは。
    プレオです。
    明けましておめでとうございます♪
    お年玉でマイパソコンを購入しました。(笑)
    ブログって良いですね。^^
    今年はいっぱい訪問させていただきます!

    コメント by プレオ — 2008年1月5日 @ 14:32

  3. [...] 中岡望の目からウロコのアメリカ » 政府投資ファンド(Sovereign W…ちなみに昨年末現在で日本株への投資比率は87%、債券は44%であった。 同基金の過去10年の平均利回りは65%と優れたパ [...]

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    ピンバック by 日本株 石油っていいですね | 株式投資研究所まとめサイト — 2010年12月4日 @ 12:44

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