中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/1/22 火曜日

政府投資ファンド(Sovereign Wealth Fund)の実態(2):国際金融市場の主役に躍り出たSWF

Filed under: - nakaoka @ 22:16

2008年最初のブログです。年初のメッセージとして「外交政策におけるpossibility(可能性)とprobability(確率)」という文章を書こうと予定していたのですが、年初から原稿執筆に追われ、書き上げる時間が取れませんでした。常々、外交問題のあり方に疑問を抱いていたところに、年末にUFO問題が議論され、防衛大臣が「UFO飛来に備えた防衛のあり方も検討する必要がある」との発言で、事態の発生する“可能性”と“確率”が峻別されないままに議論が行なわれている状況に外交政策の危うさを感じました。この問題については機会を改めて書くつもりです。今回は、前のブログの続きでSWF(ソブリン・ウエルス・ファンド=政府投資ファンド)に関するブログをアップします。この原稿は12月中旬に書いたものです。また、今年はSWFが大きな世界の金融問題のひとつになると思っています。

 2007年の世界経済と金融市場はアメリカのサブプライムローンの激震に見舞われた。その背後で存在感を強めたのが、「ソブリン・ウエルス・ファンド(SWF)」といわれる政府系投資ファンドの存在であった。

とりわけ驚かされたのは、巨額に損失を計上したアメリカの最大手金融機関シティグループがアブダビ投資公社から75億ドルの投資を受け入れ、経営危機を乗り切ったことであった。この結果、アブダビ投資公社はシティグループの株式4・9%を取得することになった。これはオイルマネーにアメリカ企業が屈したという印象を与えた。

また12月10日にスイスの大手銀行USBが、2つのSWFから巨額の資金を導入すると発表した。同行は130億スイスフランの強制転換社債を発行、これをシンガポール政府投資公社(GIC)が110億フランを引き受け、残りの20億フランを中東のSWFが引き受けることになる。ただ中東のSWFがどこか明らかにされていないが、市場筋ではアブダビ投資公社かオマーン政府系投資ファンドではないかとみている。来年2月のUBSの株主総会で承認されれば、GICはUBSの株式の9%を取得することになる。

日本もSWFの投資対象となっている。11月26日にデュバイ・インターナショナル・キャピタルがソニー株に投資すると発表したのである。中国も外貨準備を運用するために9月29日に中国投資有限責任公司(CIC)を設立、投資額2000億ドルで国際的な運用に乗り出した。既に投資会社ブラックストーン社に30億ドル出資している。同公司の楼継偉副会長は記者会見で日本株に投資する意向があると発言している。

SWFの活動はこの数年、極めて活発となっている。07年11月までにSWFが行なった企業への投資買収案件は43件、金額で330億ドルに達している。昨年は38件、250億ドルであったのと比較すると、投資額は大幅に増えている。

現在、世界の最大の投資家はSWFであると言っても過言ではない。現在、SWFの運用総資産は2兆ドルから3兆ドルといわれている。ヘッジファンドの運用総額が1・4兆ドルといわれており、SWFは既にヘッジファンドの倍以上の資産を運用しているのである。モルガン・スタンレー証券は、SWFは2015年までに運用資産は12兆ドルに達すると予想している。SWFが現在保有している世界の金融資産の比率は2・5%程度であるが、2020年には9%まで増加すると予想されている。

モルガン・スタンレー証券が推計した資産規模の順位によれば、1位はアラブ首長国のアブダビ投資公社で、運用資産は2500億ドルから8750億ドルと推定されている。2位がノルウエー政府の政府年金ファンドの3080億ドル、3位がサウジアラビアの政府投資ファンドの2500億ドル以上、4位がクエートの政府投資ファンドで1600億ドルから2500億ドルである。ノルウエーのファンド以外は推定値である。中国のCICは第6位にランクされている。

しかし、SWFは突然登場してきたわけではない。1960年に設立されたクエートのジェネレーション・リザーブ・ファンドが、最初の政府投資ファンドである。その後、74年にシンガポール財務省のテマセックが設立されている。同国は、それ以外にもGICと呼ばれる政府投資ファンドも持っている。現在、SWFを設定している国の数は約20カ国に達している。

70年代から政府ファンドは存在しているが、この数年、特にその存在感が大きくなってきている。基本的には資産規模の拡大が背景にある。

SWFの資金源は2つある。1つはアメリカの膨大な貿易赤字を背景に世界の外貨準備が増加していることだ。現在、世界の外貨準備は5・6兆ドルある。そのうちSWFとして運用されている額は2兆ドルから3兆ドルと推定されている。すなわち外貨準備の約半分は政府投資ファンドとして運用されているのである。

もう1つの資金源は産油国の石油収入である。特に最近の原油高で産油国の石油収入は急増している。中東の産油国は石油収入を国家で管理しており、政府ファンドを通して運用されている。中東産油国以外ではノルウエーの政府年金ファンドの原資も石油収入である。同国は、同時に外貨準備も積極的に運用している。

産油国が積極的に石油収入の運用を始めたのは、2つの理由がある。1つは原油価格の大きな価格変動に対処するためである。70年代に原油価格が急騰し、産油国は財政規模を拡大した。しかし、その後の原油価格の下落で厳しい財政状況に置かれた経験から、安直に石油収入を支出するのではなく金融資産として蓄積するようになったのである。資源はいつか必ず枯渇する。そうした事態に備え、次世代のために金融資産を蓄積することが必要であった。

ノルウエー政府は、石油収入の増加で政治的圧力に押されて福祉などに歳出を拡大してきた。しかし、将来を展望し、石油収入をファンドに組み入れ、次世代に備えて積極的に運用するようになった経緯がある。

もうひとつの資金源は外貨準備の増加である。中国は1兆4000億ドルと世界最大の外貨準備を抱えている。また他のアジア諸国も、97年のアジア金融危機で外貨準備不足から厳しい改革に追い込まれた経験のある東南アジアや韓国も積極的に外貨準備を蓄積している。

従来、そうした外貨準備は市場介入や貿易決済資金に充当するため、安全で流動性の高い米財務省証券で運用されていた。しかし、膨大な外貨準備を低利周りで運用するのは賢明でないとの判断から、その一部を“ハイ・リターン”を求めて、株式投資や企業買収、ヘッジファンドで運用し始めたのである。

もうひとつ、SWFの運用資産が増えている理由がある。それは中国や産油国の為替相場はドルにリンクされており、ドル安になれば損失を被る。そうした損失をカバーするために他の通貨や資産での運用の多様化を進めている。

こうしたSWFの資産規模の増大に対して欧米諸国は神経質を尖らせている。ノルウエー政府を除いて各国はSWFの投資戦略や運用実績を公表していない。そうした運用の透明性の欠如が、市場に不安感を抱かせていることは間違いない。特にアメリカ政府は、安全保障に関連する企業が外国政府のファンドに買収される事態を非常に懸念し、中国企業のアメリカ企業買収にストップをかける事態も起こっている。G7はIMFにSWFに対してなんらかの投資基準を設定するように求めている。

ただ、SWFは長期投資が主体で、市場を安定化させるという議論がある。UBSへの資本出資に際してGICのタン副会長は、同行の経営に参画する意図はないと語っている。その一方で、SWFは巨額になり、市場の不安定要因になる懸念があるとの指摘もある。どちらにせよ今後の国際金融市場ではSWFの存在を無視することはできないだろう。

なお日本は8000億ドルと巨額の外貨準備を持っており、一部の論者は積極的に運用を行なうべきだと主張している。だが、財務省はそうした可能性を否定しているが、来年は大きな議論の対象になるかもしれない。

2件のコメント »

  1. 日本版SWFの議論…

    あっしのSWFに関する考えは過去に示したとおり 「やめとけ」の一言です で、今ま……

    トラックバック by Let's Blow! 毒吐き@てっく — 2008年3月2日 @ 12:17

  2. 用語: シンガポール政府投資公社(GIC)…

    シンガポール政府投資公社(GIC)とは、シンガポール政府が保有する外貨準備を運用するために設立された、シンガポールの公の政府系金融機関……

    トラックバック by 経済や投資に関するなぐり書きブログ — 2008年8月18日 @ 23:50

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