中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/1/24 木曜日

ヒラリー・クリントン候補はどのような政策を訴えているのか

Filed under: - nakaoka @ 2:03

民主党の大統領予備選挙は1月19日までの段階で、アイオワ州(党員集会-オバマ38%、クリントン30%、エドワーズ30%)、ニューハンプシャー州(予備選挙―クリントン39%、オバマ36%)、ミシガン州(予備選挙―クリントン55%)、ネバダ州(党員集会―クリントン51%、オバマ45%)が終了しました。その時点の各候補の獲得代議員(delegates)の数はクリントン上院議員が236、オバマ上院議員が136、エドワーズ元上院議員が50です。党の正式な大統領候補の指名を得るには2025の代議員が必要です。クリントン対オバマの対立の構造になっています。ただ、まだこの時点では、どちらが有利か判断するのは難しいでしょう。今後の予定は、1月29日がフロリダ州、2月5日の“スーパー・チューズデー”には22州で予備選挙が行なわれます。なお、選挙戦はお互いを攻撃しあう泥沼的な様相を示してきています。なかなか政策論争は行いにくい状況です。政策綱領(policy platform)を発表し、政策論争が本格化するのは、正式に党の候補者に決まってからになるでしょう。まだ断片的ですが、クリントンの政策を分析してみました。これは12月中旬に執筆し、『週刊東洋経済』(2007年12月29日号)に寄稿したものです。

年明け早々の1月3日にアイオワ州で行われる党員集会を皮切りに予備選挙が始まる。続いて8日にニューハンプシャー州で予備選挙が行われる。「ヒラリー・クリントン上院議員がアイオワ州とニューハンプシャー州で勝利すれれば、同議員が大統領候補の指名を受けるのはほぼ確実」(ニューヨーク・タイムズ紙)と見られている。

全国調査ではクリントン上院議員が2位のバラック・オバマ上院議員を大差でリードしている。12月9日に行われたABCとワシントン・ポスト紙の共闘調査ではクリントン議員の支持率はオバマ議員を30ポイントと大幅に引き離している。差が最も小さい調査でも、その差は10ポイントと開いている。

しかし、11月に入ってからのオバマ議員の追い上げが急でクリントン議員が早々と“当確”とはいえない混戦状況になっている。特に重要な鍵を握るアイオワ州ではオバマ議員がすべての調査でクリントン議員を上回る支持率を得ている。逆にニューハンプシャー州ではクリントン議員がいずれの調査でもオバマ議員をリードしている。一部の報道では、もはやクリントン議員に“オーラ”が感じられないというコメントまで見られるなど状況の変化は急激である。1月3日までに状況が大きく変わる可能性もないとは言えない。

多くのアメリカ人は自信を喪失している。ブッシュ政権下の7年間に貧富の差は拡大し、アウトソーシングで労働者は職を失い、イラク戦争で挫折し、サブプライム問題で住宅を失い、景気は減速し始めている。さらに470万人の人々が健康保険に加入できず、ベビーブーマー世代の退職で年金問題が深刻化してきている。

アメリカ国民は、新大統領候補に“変化”を求めている。クリントン議員は「自分こそがアメリカに“変化”と“変革”をもたらす唯一の候補者である」と訴えている。クリントン議員の政策でアメリカは変るのであろうか。
 
誰が政策スタッフになるか

政策を策定するのは政策スタッフである。まずクリントン議員の経済政策のスタッフとして予想されているのは、クリントン政権で財務長官を務めたロバート・ルービンであろう。彼はサブプライム問題で苦境に立っているシティグループ会長の職にあるが、クリントン議員支持を表明している。しかも公職に戻る意向も語っている。

またルービンの下で財務副長官を務めたロジャー・アルトマンも同議員の支持を明らかにしており、クリントン政権が誕生すれば両者が経済政策の重要なポストに就く可能性がある。彼らが経済政策スタッフに加われば、経済政策は財政均衡を重視する”ネオ・クリントノミックス“の色彩が強くなるだろう。

外交政策では、クリントン政権で国務長官だったマデレーン・オルブライトや元安全保障担当補佐官のミュエル・バーガーらが外交政策スタッフに加わるとみられている。さらに“サプライズ”として、ブッシュ政権で国務長官を務めたコリン・パウエルもクリントン支持の表明しており、なんらかの形で外交政策チームに加わるとの報道もある。

こうした大物以外にもクリントン政権当時のスタッフがクリントン議員のもとに馳せ参じている。ブッシュ政権のスタッフの多くが父親の政権のスタッフであったのと似ているといえよう。クリントン政権の旧スタッフが政策立案の中核を占めれば、90年代と同じような政策が出てくることになるだろう。

最優先課題はイラク戦争終結

クリントン議員は外交政策の優先順位を問われたとき、最大の課題は「イラク戦争の終結」と答えている。クリントン議員は『フォリン・アフェアーズ』(07年、秋・冬号)誌に寄稿した論文の中で同議員は「自分の政権が誕生したら60日以内にイラクからの撤兵を開始する」と書いている。同時に主要同盟国や周辺国に国連の代表を加えて「地域安定化グループ」を設置し、イラク安定化を進めるとしている。このところイラク戦争の情勢は改善してきている。イラクからの撤兵はそれほど難しくないかもしれない。国民の問題意識も次第にイラク戦争から離れ、経済などの経済問題に移りつつある。

中東ではイラン情勢が緊迫している。ブッシュ大統領は、イランに対して核開発計画を断念しないと爆撃も辞さないとの強硬姿勢を取っている。イラン問題では、オバマ議員は「自分が大統領になったらテヘランに飛んで直接交渉をする」と外交による解決を主張しているのに対して、クリントン議員は「イランに対して厳しい外交政策を取るべきであり“アメとムチ”の両方の政策が必要だ」と主張、外交交渉に加え、必要あれば軍事行動を取ることも選択肢に入れている。

8月に上院で「イラン・リボリューショナリー・ガード」を“テロ組織”と呼ぶことを認める決議案を採択した際、クリントン議員は賛成票を投じている。これに対してオバマ議員は「決議案賛成はブッシュ政権にイラン政策で軍事行動も含めフリーハンドを与えるものだ」と厳しい批判を行っている。この決議案を受けて9月にブッシュ大統領は単独でイラン制裁に踏み切っている。

こうした“アメとムチ”政策は、クリントン議員の外交政策の基本にあるようだ。『フォリン・アフェアーズ』の論文の中で同議員は一国主義やイデオロギー優先の外交政策を批判し、多国主義の必要性を主張している。しかし、無条件の多国主義ではなく、「アメリカの安全を守るために絶対に必要であれば一国主義もオプションとして残る」と書いているように、同議員の多国主義は状況次第では“ブッシュ・ドクトリン”と同じ政策にもなりかねない。

ロシア政策と中国政策

ロシアと中国はアメリカにとって外交政策上、極めて重要な存在となっている。好調な経済を背景にロシアは外交の分野でも自信を取り戻しつつある。こうした状況を背景に“新しい冷戦”の始まりを予想する論者もいる。これに対してクリントン議員は「ロシアを脅威と見るのは誤りである」と主張している。ロシアがアメリカのパートナーかどうかを判断するには、ロシアが民主化するのか、あるいは権威主義的な国家に戻るかで判断すべきであると書いている。

中国は貿易問題、人権問題、宗教の自由、労働問題、チベット問題など様々な問題を抱えているとが、「米中関係は21世紀の世界で最も重要な二国間関係になる」と、米中のパートナーシップの重要性を強調している。「両国が共同して達しすることができ、またそうしなければならない課題がたくさんある」と非常に前向きなメッセージを送っている。

ちなみに同誌の論文の中で日本に関する言及は2回しかなく、いずれも中国やオーストラリアとの関連で触れられているにすぎない。これに対して「インドは国際機関でもっと主張する必要がある」と、あたかもインドの国連安全保障理事会の常任理事国入りを支持するかのような記述もみられる。クリントン議員の外交政策や安全保障政策の意識の中では日本の存在は極めて希薄なようだ。

“フリー”から“フェア”へ

クリントン大統領は“自由貿易”の支持者であった。93年に労組や環境団体などの反対を押し切ってNAFTA(北米自由貿易協定)を批准に導いたのは、同大統領である。だがクリントン議員は「NAFTAはアメリカの労働者の被害をもたらした」と協定の見直しを主張している。さらに「自由貿易は結局のところあまりいいことはなかった」と語るなど自由貿易に懐疑を呈している。

具体的には05年に「中央アメリカ自由貿易協定(CAFTA)」に反対している。また対中貿易に関しても貿易不均衡を取り上げて「アメリカの経済的主権が侵食されている」と厳しく批判。さらに人民元問題に関連してシューマー上院議員などが提案している中国制裁法案にも賛成している。また07年2月にポールソン財務長官とバーナンキFRB(連邦準備制度理事会)議長に送った公開書簡の中で「アメリカの金融政策は中国の“捕虜”になっている」と批判し、政府に貿易不均衡の是正を強く求めている。

07年6月に韓国とアメリカは自由貿易協定を締結したが、クリントン議員はAFL‐CIO(全米労働総同盟産別会議)主催のフォーラムで講演し、「韓国製自動車が毎年50万台アメリカに輸出されるのに対してアメリカ製自動車は韓国に6000台しか輸出されていない」と指摘し、米韓自由貿易協定は“本質的に不公平”であり、賛成できない発言している。

さらに12月4日の英『フィナンシャル・タイムズ』紙のインタビューに答えて「多角的通商交渉のドーハ・ラウンドが本当にアメリカにとって必要なのか再検討するときだ」と語っている。こうした発言に対してEUの通商問題担当者ピーター・マンデルソンは「クリントンは明らかに自由貿易を見直す時がきたと信じているようだ」と懸念を表明している。

06年の中間選挙で民主党はアウトソーシングがアメリカの雇用を失っていると訴え、勝利した。クリントン議員もアメリカの雇用を守るために“自由貿易”より“公平な貿易”を重視する立場を取っているようだ。現在、日米間に通商摩擦はないが、クリントン政権が誕生すれば貿易不均衡に関連し対日圧力が高まる可能性がある。

規律ある財政を主張

クリントン政権は民主党で初めて財政均衡を主張した政権であった。増税と歳出削減、歳入増で最後の会計年度に1270億ドルの黒字を計上した。しかし、ブッシュ政権は大幅減税を実施し、景気の後退もあって04年には4130億ドルと史上最高の財政赤字を計上している。新政権にとって財政赤字問題は避けて通ることができない問題である。

だが、クリントン議員は「財政規律を回復すれば財政は均衡する」と抽象的に述べているだけだ。ルービン元財務長官が経済アドバイザーになれば、増税を含めた財政均衡が具体的な政策の形となってくるだろうが、まだ具体的な財政均衡のための政策は打ち出されていない。高額所得者や企業に対しては増税し、中産階級には減税を継続すると語っているに過ぎない。ブッシュ減税は金持ち減税であったとの立場から、ブッシュ政経以前の水準に税率を戻すことを主張している。また、ブッシュ政権が主張している相続税の廃止を取りやめるなどを政策に掲げている。

その他の国内政策としては、医療保険制度の改革、大学入学支援、住宅市場の悪化に対する措置、新しい退職年金制度の導入、500億ドルの戦略エネルギー基金の設立、労働組合の強化と通商法の確実な運用などを掲げている。ただ、こうした政策を導入するには、巨額の資金が必要である。それが大きな政府を招くとの批判もある。いずれにせよ、まだ政策的には練り上げられているとはいえない。本格的な政策論争は両党の正式な大統領が決まる9月以降になるだろう。

2件のコメント »

  1. オバマとヒラリー、黒人層の見方は?(2008年 米大統領選挙)…

    2008年の大統領選挙はかつてないほどの混戦になっている。当初、共和党の希望の……

    トラックバック by 専門家や海外ジャーナリストのブログネットワーク【MediaSabor メディアサボール 】 — 2008年1月24日 @ 06:21

  2. アメリカ人は最近クリントン達にあきているそうです。オバマは新鮮な顔、新鮮な考えを持っているのようです。アメリカ人は我慢強くなくで、政府を改革するのは早くすれば早くほど。

    私は昔大きくブッシュを支えましたが、最近ブッシュはあまり保存的考えを持っていないと思う。オバマの考えは本当に合わないですが、オバマの性格はクリントンたちに比べたら、すき。もしヒラリは民主党の大統領候補になったら、大共和党の勝ちになると思っている。カール・ローブが言ったとうりです。

    だからヒラリを応援してください!

    コメント by クリス — 2008年1月29日 @ 07:46

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