中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/4/28 月曜日

米大統領候補オバマ、クリントン、マケインの経済政策を評価する

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大統領予備選挙は終盤になりました。4月22日のペンシルバニア州の予備選挙ではクリントン上院議員が55%(代議員83名)、オバマ上院議員が45%(同73名)を獲得しました。同州でクリントン議員が二桁の差で勝利しないと、オバマ議員の勝利はほぼ固まったと言われていました。差は10ポイントで、かろうじてクリントン議員が残ったという感じです。同議員は8月に開催される全国大会まで戦い続けると主張しています。ただ劣勢は明白ですが、「共和党のマケイン議員に勝てる候補」を主張し、まだ態度を表明していない300以上特別代議員とオバマ議員支持の特別代議員の切り崩しに勝利の焦点を当てた戦略を展開しています。ちなみに現在の獲得代議員数はオバマ議員が1489(特別代議員を含めると1726)、クリントン議員が1333(同1592)です(特別代議員はAP推定)。なお党大会で大統領候補指名に必要な過半数は2025です。今回は選挙見通しではなく、オバマ、クリントン、マケインの経済政策を比較しました。なお掲示記事は『週刊東洋経済』(2008年4月5日号)に寄稿したものです。

「ヒラリー・クリントン上院議員に米国の政治を変える資格はない」。バラク・オバマ上院議員が“変化”を旗印に、長年ワシントンのエスタブリッシュメントの中核にいたヒラリー議員に真っ向から批判の矛先を向ける。すこれに対して、ヒラリー議員も「オバマ議員は大統領としても、軍最高司令官としても資質に欠ける」と、自らの“経験”に基づいた指導力を誇示し。反撃の矢を射る。米国の大統領予備選挙は終盤に入り、両者の論争は個人攻撃も含め過熱している。

現在、米国民の最大の関心事はイラク戦争から離れ、経済政策に移ってきている。CNNの07年6月調査では、最大の関心事をイラク戦争と答えた人が31%で、経済は23%だった。しかし、08年3月の調査では経済が42%、イラク戦争が21%と逆転している。足元の米国経済がサブプライム問題に端を発した景気後退の危機に見舞われているだけに、有権者も経済政策で、最終的な大統領候補者を決めようという考えだ。

ベアー・スターンズ証券の破綻が明らかになった3月17日の朝、ヒラリー議員はヘンリー・ポールソン財務長官とティモシー・ガイスナー・ニューヨーク連銀総裁に電話し、金融当局は危機が広がらないように果敢な行動を取るべきと進言し、自らのサブプライム問題に対する対策の正しさを強調した。これに対してオバマ議員もすかさず、中産階級を対象にした減税実施を求める声明を発表。金融危機の前触れを感じさせた米国の衝撃をも、両候補は政策アピールの場にすり替えるしたたかな選挙戦を繰り広げている。

熱気を帯びる大統領予備選だが、終盤になっても候補者が定まらないこと以上に大きな異変が、民主党内で起こっている。経済政策の論調に微妙な変化が出てきているのである。
民主党の経済政策は、ビル・クリントン政権時代のロバート・ルービン財務長官の考え方の影響が強く残っていた。すなわち財政赤字を削減することでインフレ期待を押さえ込み、金利低下を実現することで経済の長期的な成長を実現するという考え方である。こうした〝ルービノミクス〟が、1990年代以降の民主党の基本経済政策だった。だが『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙(1月16日付)によれば、民主党系シンクタンクのブルッキングス研究所で開催されたシンポジウムに参加したルービン元財務長官や民主党系の経済学者の議論の間で、「財政赤字は問題ではない」という主張が支配的であり、「彼らはケインズ的な景気刺激策に改宗した」と指摘している。

こうした民主党内の雰囲気を反映するかのように、民主党の両候補者が提案している経済政策から「財政赤字削減」が消え、「大幅減税」と「歳出拡大」が大きな柱として掲げられている。客観的にみれば、両候補者の経済政策が実現すれば、大幅な増税を実施しない限り財政赤字が拡大する可能性が高い。もちろん両候補者とも「財政規律」は重要であると語っているはいるが、それは主要か関心事ではないようだ。政策を詳細に検証すると、国民への要請に迎合する〝ポピュリスト的〟な色彩が濃い。これは、経済危機が深刻化するにつれて、国民の間に積極的な景気対策を行なう〝第2のルーズベルト大統領〟を待望するムードの高まりを、反映しているのかもしれない。

大盤振る舞いの景気刺激策財政悪化が懸念材料に

では、具体的に両候補者の経済政策を見ていこう。1月11日、ヒラリー議員は総額700億㌦の景気刺激策を発表した。同政策は4本の政策で構成されている。まずサブプライムローン対策としては、300億㌦の「緊急住宅危機ファンド」を設置し、地方政府が住宅危機問題に対処するのを金融的に支援する政策が大きな柱となっている。さらに石油価格上昇に対応して、暖房用の灯油などの購入を支援する250億㌦の支出。3つ目は、エネルギー効率の改善、代替エネルギーの開発などを投資するために総額50億㌦の「グリーン・ビルディング・ファンド」の設立を掲げ、最後に失業保険制度拡充のために100億㌦の支出を提言している。

この景気刺激策とは別に、ヒラリー議員は既に発表済みのサブプライムローン対策の90日間の差し押さえの中止と、住宅ローン変動金利の5年間凍結も同時に行なうことを主張している(金利凍結策は政府の対策にも盛り込まれた)。さらに景況悪化が深まれば、低・中所得者層を対象にした40億㌦の税還付の実施を提案。「これらは総額110億㌦規模の景気対策策になり、非常に良いスタート・ポイントとなる」と自画自賛のコメントを発表している。

このヒラリー議員の景気政策に共和党全国委員会は声明を発表し、「ヒラリー議員は人々に現金を渡したいと言っているようだが、そのためには巨額の増税が必要である」と批判している。オバマ議員も、ヒラリー議員の景気刺激策の2日後、750億㌦の景気刺激策を発表している。同政策には労働者1人当たり250㌦の減税を行い、退職者に対しても社会保障制度を通して同額の現金を支給する対策が盛り込まれて入る。さらに景気回復が進まなければ、追加的に1人当たり250㌦の減税を行うとしている。

また、サブプライムローン対策として、10億㌦の資金を使って住宅ローンの借り換えを支援し、住宅価格低下で固定資産税の減少に直面している地方政府に10億ドルの財政支援を行い、失業保険制度を拡大して失業者に職業再訓練を行う支援策が含まれている。こういった目先的な刺激策に加え、オバマ議員は長期的な経済政策も2月に公表している。その政策は、共和党の経済政策に対抗すると同時に、ヒラリー議員の経済政策を強く意識したものである。

同政策のポイントは、労働者への一律1000㌦の税還付、100時間の社会奉仕を条件に大学の授業料をの000㌦補助、低所得者への育児手当500㌦の支給などである。サブプライムローン対策としては、住宅ローンの利払いの10%相当の税還付を計画。年収5万㌦以下の高齢者については、非課税とする案も含まれている。

この歳出の財源として1400億㌦の資金が必要となる。必要財源は、イラクからの撤退に伴う軍事費減少(08年度予算で700億㌦)、企業のタックス・ループホールを塞ぐ徴税強化、01年と03年に行なわれたブッシュ大統領の大幅減税が10年に失効するのに伴い、高額所得者を対象に限界最高税率を現行の37%強から50%強へ引き上げることで調達するとしている。そのほかにブッシュ減税で税率が下げられているキャピタル・ゲイン課税や利子配当税を従来の税率に戻すことで増収を見込んでいる。

さらにオバマ議員が強調するのは、「税制改革」だ。同議員は、現在の税制は大企業やロビイストによって作られたものであると主張し、「税制を簡素で公平なものにする」「富をすべての所得グループ間で公平に再配分する」と語っている。ただ、共和党やマケイン上院議員にとってブッシュ減税維持は大きな政策課題となっており、同減税の恒久化を主張している。共和党がオバマ議員が提案している政策に激しく抵抗することは間違いない。

一連のオバマ政策について、ヒラリー議員は「自分の計画の良いとこ取りをしているにすぎない」と批判している。逆にいえば、民主党内での政策の違いはそれほど大きくはないということであろう。両候補者が大きく対立する経済政策は、サブプライムローン対策と医療保険制度改革、通商政策に見られる。両者の政策の違いを整理してみよう。

NAFTAは失敗保護主義的主張が復活

サブプライムローン対策での大きな違いは、ヒラリー議員が差し押さえの90日間の猶予と住宅ローン変動金利の5年間凍結を主張しているのに対して、オバマ議員は利子補助に留めているところだ。ヒラリー議員は「オバマ案が生ぬるい」と批判しているが、オバマ議員は「ヒラリー案の金利凍結を実施すれば、住宅ローン会社は貸し渋りを強め、逆に住宅市場で信用逼迫が生じる」と反論する。言い換えれば、ヒラリー議員が市場への政府の積極的な介入を主張しているのに対して、オバマ議員は市場機能を重視するアプローチを主張しており、両候補の基本的な姿勢の違いも際立っている。

医療保険制度改革でも意見の違いは大きい。国民皆保険制度の必要性では両候補者とも同じだが、具体策で大きく異なっている。象徴的なのが、オハイオ州でオバマ陣営が配布した2枚の選挙ビラである。その1枚はヒラリー議員の医療保険制度改革を批判したもので、ビラには「ヒラリーの医療保険プランは国民を強制的に保険に加入させようとしている」と書かれている。すなわち、ヒラリー案では国民全員を保険に加入させ、資金プールを拡大することで保険料の引き下げを狙っている。そのために非加入者にはペナルティが課せられる。それが“強制的”というオバマ議員の主張の根拠である。

これに対してオバマ議員は、高額医療費の負担を政府に委ね、医療保険制度の合理化や製薬会社の競争促進などで一世帯当たりの保険料を2500㌦減らせると主張している。同議員は「人々が保険に入らないのは金銭的余裕がないからである」とし、保険料を引き下げれば自ずと加入は増えるのでペナルティは必要ないとヒラリー案を非難している。

もう1枚のビラは、ヒラリー議員のNAFTA(北米自由貿易協定)に対する立場を批判したものだ(右㌻写真)。選挙ビラの右ページには「ヒラリーはNAFTAが米国経済に恩恵をもたらしたと信じている」と書かれ、左ページには「NAFTAに一貫して反対してきたのはオバマだけ」と記されている。さらにクリントン政権のときヒラリー議員はNAFTA批准を支持したと批判を加えている。これに対しヒラリー陣営は、オバマ議員の経済顧問がカナダの外交官に「反NAFTAは政治的なポーズにすぎない」と語ったという情報から、オバマ議員の通商政策は日和見的だと反論している。

しかし、オバマ議員の批判は必ずしも正しくない。ヒラリー議員もNAFTAは失敗であったと主張しているからだ。またNAFTAだけでなくWTO設立や中国のWTO加盟を認めたことに対しても否定的なコメントを繰り返している。また、現在行なわれている多角的通商交渉であるドーハ・ラウンドの中止も主張して、「新しい通商協定には署名しない」と語っている。

他方、オバマ議員は、大統領に就任したら6カ月以内にNAFTAの再交渉を始めると公約。同議員は昨年8月に「愛国的雇用者法」を議会に共同提出し、アウトソーシングで雇用を海外に移転させている企業に対する減税措置を中止し、逆に国内で雇用創出した企業に報奨金を与える政策を求めている。

両候補者とも中国批判では歩調をあわせ、人民元切り上げを財務省に強く求めている。また、昨年7月に調印された「米韓自由貿易協定」の議会での批准にも反対している。両候補の経済政策、通商政策を聞いていると、民主党は90年以前の古い民主党に戻った観がある。

マケインの経済政策

早速と共和党大統領候補の地位を確保したジョン・マケイン上院議員は、共和党の中で比較的リベラルな立場にある。同議員は“保守的ポピュリスト”と呼ばれている。経済政策では特に理論的な主張を持っておらず、国民の要求に本能的に対応する傾向が強い人物と見られてイル。では同議員はどのような経済政策を打ち出してくるかのだろうか。

共和党を支える保守派は大きく分けて3グループある。ひとつは社会倫理を重視する社会的・宗教的な保守派と小さな政府や財政均衡を主張するリバタリアン(自由主義者)、安全保障を重視するグループである。マケイン議員は、ブッシュ大統領のイラク政策を支持し、昨年の軍のイラク増派も積極的に支持している。しかし、共和党の本流とはやや違った立場に立っている。たとえば社会的・宗教的保守派が反対する肝細胞研究に対する連邦政府支出に賛成し、経済界が反対する地球温暖化規制問題でも諸外国との協力を推進する立場を取ってきた。民主党のジョー・リーバーマン上院議員と共同でグリーンハウス・ガス排出規制を推進するために“キャップ・アンド・トレード・システム”の設立を求める法案を提出している。ブッシュ大統領の2001年と2003年の減税政策に反対票を投じている。そのためリバタリアンから常に懐疑の目で見られてきた。

夏に正式に共和党の大統領候補に指名されるまで、共和党主流派とどう調整を行なうかが、同議員の大きな課題となる。同議員は、既に主流派に接近する動きを示している。2010年に期限が切れるブッシュ減税に対して“恒常化”するとの立場を明らかにしている。ただ、それは必ずしもブッシュ減税を支持しているからではなく、現状で減税を廃止することの影響が大きく、ブッシュ減税を継続するのが好ましいとの判断によるものである。

さらに法人所得税を現行の35%から25%へ引き下げる政策を明らかにしている。それによって歳入は1000億ドル減ると推定されている。その歳入減を補填するために企業に与えられている様々な租税特別措置を廃止するとの意向を示している。歳出に関しても削減を行なうとしているが、具体的な削減項目は明らかにしていない。また「新税の導入はしない」と公約している。租税等別措置を廃止したとしても、マケイン政権の下では財政赤字の拡大は避けられないと見られている。

社会保障制度改革に関しては、ブッシュ大統領の民営化路線を支持している。2000年の共和党大統領予備選挙に立候補したときにも、同様な政策を掲げている。ただブッシュ大統領は社会保障制度の陰影かに失敗しおり、現行の社会保険制度と個人の年金勘定を並存させる形で社会保障制度の改革を進めていくものと見られる。

今後の予備選挙の予定と代議員数
5月3日―グアム(4)
5月6日―ノースカロライナ(115)
5月6日―インディアナ(72)
5月13日―ウエストバージニア(28)
5月20日―オレゴン(52)
5月20日―ケンタッキー(51)
6月1日―プエルトリコ(55)
6月3日―モンタナ(16)
6月3日―サウスダコタ(15)

2件のコメント »

  1. これだけ、詳しく経済情報が書かれていると誰もコメントできないとおもいますが、敢えてさせてください。w 経済政策については、マケイン氏の経済顧問に元ヒューレットパッカードCEOのカーリーフィオリナ氏が抜擢され、副大統領候補にもなるのではといわれているそうで、クリントン候補の刺客としておもしろいなとおもいました。ただ、彼女が首になった後に、会社の業績が持ち直したという皮肉にマケイン候補の弱さがあるのかもですがw 

    経済政策では、共和党が伝統的に企業優遇してきたわけであり、マケイン候補が大統領になったほうが喜ぶのがウォールストリートでしょう。

    サブプライム問題の低所得者向けローンが破綻した問題は、クリントン支持派にとっては一番の争点ですが、アメリカ全体をコントロールする富裕層の支持を得られるかどうかは疑問なのではないでしょうか?

    富裕層を若さで攻撃するオバマ氏が、最近宗教問題や人種問題で槍玉にあげられていますが、ちょっとどこかの大阪府知事に似ていておもしろいとおもいました。

    民主党が政権をとったら増税はあるでしょうが、伝統的に政府の赤字減らしに貢献しているのは、民主党大統領であり共和党がどんどん赤字を増やしてしまうのが印象ですが?

    クリントン元大統領がさかんに、日本から中国にアジア政策を転換していったし、ブッシュ大統領は共和党なのだからか自由協定には賛成だったとおもいますし、環境問題などの京都議定書などにも反対していたりとどっちもどっちなのではないでしょうか?

    確かに、経済問題はたいせつになってはきましたが、株式市場なども安定してきたし最後は政治家の魅力が問題になるのではないでしょうか?若者を政治に呼びこむことができたオバマ氏の評価は高く、クリントンさんに勝てれば問題なくオバマ氏の大統領は決まりでしょう。

    マケイン氏が大統領になったらそれこそ、目からうろこなアメリカではありますがw

    コメント by 田中 — 2008年5月4日 @ 21:23

  2. これだけ、詳しく経済情報が書かれていると誰もコメントできないとおもいますが、敢えてさせてください。w 経済政策については、マケイン氏の経済顧問に元ヒューレットパッカードCEOのカーリーフィオリナ氏が抜擢され、副大統領候補にもなるのではといわれているそうで、クリントン候補の刺客としておもしろいなとおもいました。ただ、彼女が首になった後に、会社の業績が持ち直したという皮肉にマケイン候補の弱さがあるのかもですがw

    コメント by モンクレールレディースジャケット — 2013年11月13日 @ 10:53

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