中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/6/2 月曜日

オバマ議員とライト牧師と人種問題

Filed under: - nakaoka @ 15:53

民主党の大統領予備選挙もいよいよ大詰めです。6月3日にモンタナ州とサウスダコタ州の予備選挙ですべての選挙が終わりますが、代議員だけの数ではオバマ議員は過半数を獲得できません。特別代議員の数が決定的な役割を果たします。まだすべての特別代議員が旗幟鮮明にしていません。オバマ議員は「勝利宣言」をしようとしていますが、クリントン議員は敗北を認めない可能性もあり、まだ混迷した状況が続きそうです。今回は、5月27日に『東京新聞』に寄稿した「ライト牧師発言と黒人の沈黙―進まぬ人種間和解とオバマ待望の板ばさみ」をアップします。20年前、オバマ議員はシカゴで市民活動家をしていました。その時にトリニティ・ユナイテッド・チャーチ・オブ・クライストのジェレマイア・ライト牧師に出会い、教会員になります。オバマ議員の著作『The Audacity of Hope』は同牧師の刺激を受けて書かれ、同議員の大統領立候補のキッカケとなったものです。また同牧師はオバマ議員の結婚を司祭し、子供たちの名付け親でした。しかし今回の事件でオバマ議員は教会を脱会し、同牧師と絶縁しました。今回の記事は、その背景を分析したものです。

バラク・オバマ上院議員が教会員であるシカゴのトリニティ・ユナイテッド教会のジェレマイア・ライト牧師の発言の余燼が収まらない。同牧師の発言はオバマ議員の選挙運動に大きな影響を与えただけでなく、人種問題や宗教問題、愛国心の問題を国民に投げかけた。3月13日にABC放送の番組「グッド・モーニング・アメリカ」の中で同牧師が「ゴッド・ダム・アメリカ」と説教する様子が放送され、「9月11日の連続テロ事件はアメリカにとって自業自得である」という発言も紹介された。テロはアメリカが過去に犯してきた行為が必然的に招いた結果であるという主張は、アメリカ国民にショックを与えた。

メディアはライト牧師の批判を展開し、同時に同牧師と親しい関係にあるオバマ議員が同じ思想を持っているのではないかと厳しい目を向け始めた。それに応えるためにオバマ議員は3月18日、フィラデルフィアで「より完全な結合」と題する演説を行い、“人種間の和解”を訴えた。この演説は歴史に残る名演説と高く評価され、一時、問題は沈静化する兆しを見せた。

だがライト牧師の発言はさらに続いた。4月27日にデトロイトの全米黒人地位向上協会で、さらに28日にワシントンのナショナル・プレス・クラブで行なった演説で「アメリカは奴隷制度に対して謝罪すべきである」「アメリカ政府は黒人コミュニティを破壊するためにエイズ・ヴィールスを作り出した」といった過激な発言を繰り返した。ライト発言はオバマ議員の支持層の離反を引き起こした。アメリカには依然として人種差別が存在すると主張するライト牧師に対して、オバマ議員は「私とライト牧師の社会観と歴史観の間に違いがある」と、人種問題に対する考え方に対する考え方の違いから同牧師と絶縁する意向を明らかにした。

ライト発言は、同時にアメリカにおける黒人教会と白人教会の分裂の実態も明らかにした。ライト牧師は、シカゴの教会の牧師に就任したとき教会員がわずか八七名であった教会を、コミュニティ活動を通して八〇〇〇名を越える大教会に拡大させた実績を持っている黒人教会の指導者でもある。ライト牧師はプレス・クラブの演説で黒人教会と白人教会の和解を訴えると同時に「私に対する攻撃は黒人教会に対する攻撃である」と強い口調で応えた。

さらにライト発言が注目されたのは、その内容が反愛国的であるということであった。こうした批判に対してライト牧師は「私の名付け娘が所属する部隊が今週イラクに派兵された」と語り、続けて「私は四年間の兵役を務めた。ではチェイニー副大統領は何年兵役を務めたのか」と、非愛国的であるとの批判に厳しい口調で反論を展開した。ライト発言は、排他的な傾向が強まっている最近のアメリカの愛国心に対して警鐘を鳴らしたともいえる。

ライト牧師の発言に対してメディアや白人から厳しい批判が集中したが、多くの黒人は沈黙を守った。アメリカ社会における黒人差別の問題は、オバマ議員が語るように国民的な努力によって解決に向かって着実に進んでいる状況ではない。だが初めて黒人の大統領が誕生するかもしれないという雰囲気が、黒人のライト牧師の発言に対する反応を鈍くしてしまった。作家のケビン・アレキサンダー・グレイは「黒人は沈黙を守っている。オバマ議員が大統領になるかもしれないが、その見返りに黒人は何も得るものはないだろう」と書いている。

ライト牧師の主張は70年代のニューレフトの主張に近く、現在ではいささかエキセントリックな感は否めない。しかしライト牧師の発言は、オバマ議員の“人種間の和解”という美しいが、空虚な言葉に対して黒人が直面するアメリカ社会の現実と黒人大統領を誕生させたいという気持の間にあるアンビバレントな気持を代弁したものかもしれない。白人票を得るために実質的に精神的な師であったライト牧師と絶縁したオバマ議員が大統領に当選したら、彼は人種問題にどう取り組むのだろうか。その時、多くの黒人たちは幻想を味わうことになるかもしれない。

1件のコメント »

  1. バラクとライト師のストーリは 政治の世界で生きる難しさを表しています。バラクはヒューマ二ィ-の持ち主なのでしょう。けれどもブッシュを支持した国民をも まとめなくてはいけない立場になるわけですから理想家だけでプレジデントの椅子はつかめないということを理解しているのだと思います。バラクを大統領にする為の組織は経済的に政治的に巨大になりすぎて もはや彼の理想だけではコントロールがきかなくなっているのではないかと思われます。しかしながら沈黙している黒人にメリットはないでしょうか、 数年前まで誰も想像しなかった 黒人のアメリカ大統領が実現する事によって 黒人であることの無限の可能性をオバマはrepresentしているのです。楽しみなのはアル ゴアがブレーンに入るかどうかです。
    はじめて このサイトを見つけました。アメリカの株価検索の途中です。私はただの団塊世代babaですが 現在はシドニーと日本半々行ったり来たりしてます。趣味でcolonial cultureを調べたりexhibitionを企画したりしてます。サイトまた読ませて頂きます。有り難うございました。

    コメント by Yoko Fukada — 2008年7月17日 @ 10:09

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