中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/6/3 火曜日

個人消費軟調でアメリカ経済の悪化は続く

Filed under: - nakaoka @ 16:08

米国経済に対する悲観論は少し後退した感じもあります。市場ではFOMCの利下げは終わったとの観測も出ています。確かに金融機関の資本補填も進み、ポールソン財務長官もクレジット・クランチは最悪期を脱したと発言しています。金融緩和の効果もある程度期待できるうえ、戻し税も5月末に実施され、景気を下支えするものと期待されています。ただ米国経済の正念場はこれからではないかと思っています。住宅市場の低迷はかなり長く続くと見ています。住宅の差し押さえ件数は増加を続け、個人消費を支える一翼を担ってきた住宅を担保にするエクイティ・ローンも逆転を始め、消費の足を引っ張ると予想されます。原油価格上昇も個人消費を直撃しています。固定資産税を大きな歳入減とする地方自治体も財政難に陥り、地方債の焦げ付きも出始めています。この記事は内外情勢調査会の会報『J2Top』(5月号)に寄稿したものです。執筆したのは4月で情報はやや古くなっていますが、分析は今も妥当です。

サブプライムローン問題が実態経済に波及

世界経済を覆っている暗雲は、日増しに大きくなって行っている。サブプライム問題は依然として全容が見えないまま、不安ばかりが膨らんでいる。3月に米国のベアスターンズが資金調達が困難になり破産寸前にまで追い込まれ、FRB(連邦準備制度理事会)の支援の下にJPモルガン・チェースに買収された。その余燼も収まらないうちに、4月初にスイスの大手銀行UBSが190億ドルの償却をすると発表。またドイッチェ銀行も新たに39億ドルの損出を計上すると発表した。

米国でサブプライムローン問題が表面化した昨年の7月以降、FRBは連銀窓口を通して大手金融機関に流動性を供給する一方、政策金利であるフェデラル・ファンド金利を引き下げてきた。フェデラル・ファンド金利は昨年の9月から3ポイント引き下げられ、2・25%になっている。欧州中央銀行など各国の中央銀行もFRBの政策に歩調を合わせ市場への流動性の供給を行なってきた。

各国中央銀行が、こうした緊急政策を発動したのは、サブプライムローン問題に端を発した信用逼迫が連鎖的な金融機関の破綻を招くことを懸念したためである。相次ぐヘッジファンドや金融機関の破綻によって、銀行のみならずヘッジファンドや一般企業も資金調達に窮する事態が発生し、経済全体への波及が懸念されていた。巨額の損失や償却を強いられた大手金融機関は毀損した資本を補填するために中東やアジアの政府系ファンドから資金を導入して対応してきた。

だが、こうした政策にも拘わらずサブプライムローン問題は解決したどころか、さらに深刻な事態に発展する懸念が払拭されていない。米国の住宅市場の悪化は続き、公的資金を大量に投入して不良債権を買い取らない限り、住宅ローン返済の遅延が続き、大量の不良債券を抱え込んでいる金融機関の損失が増え続けるかもしれないのである。

また金融市場の混乱が実体経済に与える影響も懸念されている。4月2日、バーナンキFRB議長は両院合同経済委員会で証言し、アメリカ経済が今年の上半期にリセッションに陥る可能性があると指摘した。政府関係者がリセッションに言及したのは、これが初めてであった。同議長は「リセッションは起こりうる。現在、経済はわずかだが成長を続けているが、上半期全体でみれば若干のマイナス成長になる可能性がある」と語り、経済状況の悪化が続き、1月末に発表したFRBの成長見通しを下方修正する意向を明らかにした。バーナンキ議長は、米国経済はまだリセッションに陥って入るとは言っていないが、『ウォール・ストリート』紙(4月4日)は「米国経済は1月に既にリセッションに陥っている」と指摘している。

米国経済を支える個人消費に陰り

では、現在の米国経済の実情はどうなのであろうか。07年第四四半期の成長率は0・6%に留まった。第二四半期の2・8%、第三四半期の4・9%と比べると急激な成長鈍化である。その内容を見ると個人消費はまだ堅調さを維持しているのに対して、企業の設備投資、住宅投資は大きく落ち込んでいる。ドル安に伴い純輸出は成長に寄与している。ちなみに第二四半期から純輸出はプラスになっている。問題はGDP(国内総生産)の約70%を占める個人消費がどう推移するかが、大きな鍵を握っている。

02年以降の米国経済の成長は、住宅ブームに伴う資産効果が個人消費を刺激したのが最大の要因であった。したがって住宅市場の悪化が個人消費にどのような影響を及ぼすがどうかが最大の焦点になる。既に新規住宅、中古住宅の売れ行きは大きく落ち込んでおり、ローンの借り換えも困難になっている。変動金利によって返済負担も増加していることから、まず可処分所得の落ち込みは避けられない。さらに消費者の消費態度に大きな影響を与える雇用状況も悪化の一途を辿っている。1月から3月の間に非農業部門の雇用数は23万人以上減っている。

失業率も2月の4.8%が3月には5・1%にまで上昇している。バーナンキ議長が上半期にリセッションの可能性があると指摘した背景には、こうした雇用情勢の悪化があった。昨年の第四四半期までは成長を支えていたのは個人消費であったが、サブプライムローン問題の影響は金融市場から実体経済へと広がりつつあるのは間違いない。

4月4日にIMF(国際通貨基金)は世界経済の見通しを発表した。1月の段階では、米国経済の今年の成長率を1.5%と予想していたが、それをわずか0・5%にまで下方修正をしている。これも、この数ヶ月間の経済情勢の悪化を反映したものであろう。バーナンキ議長は、下半期は利下げ効果に戻し税などの財政刺激効果が出てくるので米国経済は緩やかに回復すると発言している。しかし、IMFの09年の米国予想では、成長率は0・6%に低水準が続くとしている。こうした予想値は誤差範囲であり、IMFの予想では2年にわたって米国経済はゼロ成長の状況に陥ることになる。

“ディカプリング論”は神話である

米国経済の落ち込みは世界経済にも深刻な影響を及ぼす。一時、論壇では“ディカップリング”という言葉が頻繁に使われた。すなわち、世界経済と米国経済の間の関係は薄れており、米国経済の低迷が世界経済に与える影響は限定的であるという主張である。4月中旬、アジア開発銀行のイフサル・アリ首席エコノミストが東京で講演を行なった。同氏は講演の中で「ディカップリングは神話である」と、米国経済の落ち込みがアジア経済に大きな影を落としていると指摘した。IMFのレポートでも「大恐慌以来、最も深刻な米国の金融危機のため世界経済の成長は勢いを失いつつある」と、米国経済の世界経済への影響に言及している。

さらにIMFは、世界経済は01年以来はじめて3%を割り込む“世界リセッション”に陥る可能性が25%あると厳しい予想を示している。ユーロ経済圏の成長率は、08年が1・4%、09年が1・2%と、07年の成長率の半分以下に落ち込むと予想されている。中国経済も昨年の11・1%成長が二桁を割って9・3%に減速し、インド経済も昨年の9・2%から今年は7・9%に落ち込むと予想されている。もし米国経済がバーナンキ議長の想定通り上半期に回復に向かわなければ、世界経済の減速はさらに大きくなるだろう。

では日本経済はどうなるのであろうか。IMFの予想では、昨年の2・1%成長から今年は1・4%に落ち込む。日本経済の外需依存体質は基本的に変わっておらず、米国、中国などのアジア経済の成長鈍化は日本経済の足を引っ張ることは間違いない。加えて、ドルに対して円相場が上昇しており、ドル建ての輸出が多い日本企業にとって大きな収益圧迫要因になるのは間違いない。米国経済は成長鈍化に加えて、さらに利下げも予想される。4月29日と30日に開催されるFOMC(連邦公開市場委員会)で再利下げが行なわれるとの観測が強い。そうなれば米国への資本流入にもブレーキがかかるだろう。特にユーロとカナダ・ドルに対するドル相場の下落は続くだろう。

しかし、産油国など多くの途上国は為替相場をドルにペッグしていることから、暴落的な状況は起こりにくい。またドル・円相場も、日本からの資本流出の構造は変わらず、ポートフォリオ投資の大量流入がない限り、極端な円高は考えにくい。企業収益悪化が進めば株価低迷が続き、円は国際投資家にとってそれほど魅力的な通貨ではない。蛇足だが、日本から見ている円と、海外から見た円のイメージには大きなギャップがある。多くの日本人は80年代、90年代初めのイメージで円を見ているが、現実はかなり違ってきている。相対的な魅力と高いリターンは期待しにくい通貨になっているのである。

ただ、プラス面があるとすれば、世界経済の成長鈍化によって一次産品価格の騰勢が弱くなったり、価格修正が起こる可能性があることだ。また、ある程度の円高はインフレ圧力を緩和する効果もある。経済政策の面で、日本はまったくと行っていいほど切り札を持っていない。財政面ではガソリン課税の廃止という思わぬ減税が行われたが、それ以上のことは考えられない。むしろ景気減速の中でも増税論議が行なわれ、金融政策も利下げの余地はない。円安を背景に企業の設備投資の日本回帰が見られたが、円高が進めば、それもブレーキがかかるだろう。個人消費が大きく伸びることは期待できない。

IMFは、日本を除くアジア経済の成長率は7・6%とまだ比較的高水準を維持すると予想している。アジアへの輸出維持で当座を乗り切るしか、日本の選択の余地はなさそうである。

2件のコメント »

  1. 物価高騰で、プライベートレーベル商品が注目を集める米国流通事情…

    資源高によって、アメリカのインフレーションは進むばかり。物価の高騰に悩むアメリ……

    トラックバック by 専門家や海外ジャーナリストのブログネットワーク【MediaSabor メディアサボール 】 — 2008年6月4日 @ 09:09

  2. そこまで悲観的に合衆国や日本に対して予測出来ないのがスペイン・バルセロナに在住する者の素直な意見。

    コメント by satoco gracia — 2008年6月28日 @ 19:54

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