中岡望の目からウロコのアメリカ

2004/11/12 金曜日

メル・ギブソンとマイケル・ムーア

Filed under: - nakaoka @ 21:39

今回、「ブッシュ・ドクトリンとネオコン(3)」を書く予定でした。でも、あまり重いテーマが続くと楽しんで読んでいただけないかもしれないので、少し軽いタッチのテーマを取り上げます。次回に「ブッシュ・ドクトリンとネオコン(3)」について書きます。「閑話休題:ヒラリー・クリントンの野望」のヒット数が多いので、こうした軽いタッチの原稿も必要なのでしょう。そこで、今回は「メル・ギブソンとマイケル・ムーア」について書きます。実は、私ジャーナリストで、日米の経済やビジネスに関連する原稿を書いたり、講演をするのがメインの仕事です。ただ、社会は経済だけでなく、政治や宗教、文化が複雑に絡みあっているものです。私が「アメリカ保守革命」を書いたのも経済、政治、思想、歴史などの総合的な観点からアメリカを理解すべきだと考えたからです。ですから、ジャーナリストは学者と違って、様々な問題に”専門家”としてアプローチすることができる特権を有しているのです。大学でも経営学、経済学、アメリカ研究と幅広い科目を教えています。もう1つの私の最大の関心事は映画です。時間があれば、できるだけ映画館に出かけるようにしています。今回は「映画と政治」という視点から二人の映画監督(一人は同時に俳優ですが)を取り上げます。

まず最初にお断りです。ここでは2つの映画を取り上げます。マイケル・ムーアの「華氏911」とメル・ギブソンの「パッション」です。ただ「華氏911」は劇場で見ましたが、「パッション」は映画館に行ったら入れ替え制で、次回の上演まで時間があったので別の映画を見てしまい、結局、見るチャンスを逃してしまいました。そのことを前提に、以下の原稿を読んでください。

メル・ギブソンの「ブレーブ・ハート」「パトリオット」などは私の大好きな映画の1つです。彼のアクション映画も大いに楽しんできました。ですから、個人的には彼に対する偏見はありません。で、なぜ今、メル・ギブソンか、というと、アメリカの大統領選挙に関連するからです。アメリカでは、俳優や監督なども政治的な立場をはっきりさせます(ただメル・ギブソンはオーストリア人で、アメリカ人ではありませんが)。大統領選挙の終盤にメル・ギブソンはブッシュ大統領を支持することを明らかにしています(日本ではまったく報道されていませんが)。アメリカでは選挙の年に映画「パッション」が大きな議論の的になっていたのです。それは、ちょうどウィリアム・ムーアの映画が反ブッシュ映画であり、政治映画であると議論されたのと似ています。アメリカでは宗教家や学者が、「パッション」は反ユダヤ主義の映画であると批判していました。5月に「Secretariat for Ecumenical and Interreligious Affairs」の臨時委員会が報告書を発表し、「パッション」は反ユダヤ主義の映画であると指摘しています。そのレポートは、「パッションは非常に反ユダヤ的な態度を呼び起こす可能性がある」と書いています。また、イエスを処刑したピラト総督をユダヤ人全体に敷衍し、キリストを殺したのはユダヤ人だというイメージを強調しているとも指摘しています(ピラト総督はユダヤ人です)。こうした考え方は、ブッシュ大統領を支持している原理主義プロテスタントであるエバンジェリカル(福音派)の信者がユダヤ人、あるいは聖書解釈で取っている立場なのです。

メル・ギブソンは、もう1つ政治映画を2002年に作っています。「We are Soldiers」という映画です(申し訳なし。これも見ていません。邦題は「ワンス・アンド・フォーエバー」です)。その映画は、ベトナム戦争を描いています。その原作となったのは、ベトナムに従軍したハル・ムーア元大佐の同名の本です。同大佐はラ・ドラング渓谷での戦いを描きいています。この戦いは「本当のベトナム戦争の開始を象徴する戦い」でした。そこでの戦いは壮絶を極めました。ムーア元大佐は右翼系の人物で、アメリカ兵の戦いを英雄的に描いています。メル・ギブソンがプロジューサーとして参加した同映画も、”愛国心”に燃えたアメリカ兵の物語となっています。

同じベトナム戦争を描いたものに、オリバー・ストーン監督の「ベトナム三部作」があります。「プラトーン」「7月7日に生まれて」「天と地」の3本です。それはベトナム戦争を批判した映画でした。従来のハリウッド映画は、どちらかといえば、ベトナム戦争に批判的な映画が主流でした。私は、この3本は観ています。こうした中でメル・ギブソンが描くベトナム戦争の世界は、アメリカ兵士を英雄的に描くという点で、従来のハリウッドのベトナム映画とは違うものでした。

「パッション」の話に戻ります。この映画のエクゼクティブ・プロデューサーであるジョディ・エルドレッドは「この映画は、神を見た後に神によって革命的かつ奇跡的に変えられた人々の本当の物語である」と語っています。要するに、神によって”生まれ変わった(reborn)”人々の物語なのです。というと、思い出すことが1つあります。ブッシュ大統領は、まさに「神を見て変わった」人物なのです。アルコール依存症など様々な問題に苦しんでいたブッシュ大統領は40歳の時に”神の声”を聞き(本人が言っていることです)、改悛する(生まれ変わる)のです。映画とブッシュ大統領の個人的な体験は、奇妙に附合します。急速に宗教化し、保守化しているアメリカでは、こうした”神”の捉え方と神に対する信仰の話は大きくアピールをするのでしょう。「パッション」は「華氏911」よりもヒットします。それが、ブッシュ大統領の再選に影響を与えたことは容易に想像できます。

これに対して、マイケル・ムーアの「華氏911」は、最初から政治映画として作られたものです。彼は、代表的な”ブッシュ嫌い(Bush hater)”の人物です。面白いのは、ムーアは、自分の映画を”ドキュメンタリー”とは思っていないようです。なぜなら、彼はアカデミー賞では「最優秀ドキュメンタリー部門」でのノミネーションを拒否し、「オスカー」の受賞を目指しているからです。ただ、アカデミー賞の前哨戦となるゴールデン・グローブ賞は、同作品を「ドキュメンタリー」であって「最優秀映画」の資格はないという判断をしています。ちなみに、ゴールデン・グローブ賞では「パッション」は「外国部門最優秀賞」のカテゴリーに入れられており、通常の「最優秀賞」の対象になっていません。

ムーアの映画が政治的に成功したかどうか疑問です。一部のリベラルな人々からも、ブッシュの扱い方は偏りすぎているとの批判もありました。また、最初から徹底的にブッシュ大統領を揶揄することで、保守的な人々に拒否感を与えてしまったからです。したがって、「華氏911」を見たのは”ブッシュ嫌い”の人々だけだったかもしれません。が、ムーアはケリー敗北にもかかわらず、「華氏911」の続編を作成することを発表しています。

メル・ギブソンが、どのような政治的な傾向を持つのか分かりません。ただ、彼の映画がアメリカの保守的な雰囲気の中で受け入れられ、それに影響を与えていることは確かです。大騒ぎされた「華氏911」よりも「パッション」や「We are Soldiers」のほうが政治的に大きな影響を与えたのかもしれません。昔から、映画と政治は密接に結びついているものです。そうした視点で映画を見てみるのも面白いかもしれません。

PS:
私が一番素晴らしし戦争映画だと評価しているのは「シン・レッド・ライン(Thin Red Line)」という映画です。これは日米の戦争を取り上げたもので、ガダルカナルで日米の軍隊が死闘を繰り広げます。通常、敵国の兵士は無教養で、残酷に描かれるものです。しかし、この映画の中の日本兵は、アメリカ兵を見るのと同じ視線で描かれています。そのやせ細った日本兵のリアルさ、悲しさも十分に描かれています。監督のテレンス・マリックはアメリカを代表する監督の一人と高い評価を得ながら1978年に「天国の日々」を最後に20年間、行方知れずになります。そして、「シン・レッド・ライン」で再び人々の前に姿を現すのです。機会があれば、ぜひこの映画を見てください。

2件のコメント

  1. パッション
    PASSION = キリストの受難
    罪を背負うイエスを通して訴える反戦映画

    トラックバック by AV(Akira's VOICE)映画,ゲーム,本 — 2005年1月22日 @ 18:49

  2. パッション…

    この映画、ストーリー性は無い。 キリストがムチで打たれ、 ゴルゴダの丘に貼り付けにされるだけである。 一番印象に残るのは、 キリストが祈るシーンです。 祈るといっても、「私を助けてください」 ではなく、 自分を貼り付けにする者達の罪を 「お許しください」…

    トラックバック by 【ムービーレビュー】映画の感想 — 2008年4月12日 @ 23:37

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