原油価格高騰の要因を分析するー需給論と投機論のどちらが正しいのか
原油価格の高騰が世界経済に深刻な影響を及ぼしています。昨年半ばから原油価格は急騰し始めます。なぜ、今、急に高騰に転じたのか、正確な要因はわかりません。ふたつの説があります。ひとつは需給要因です。特に中国やインドなど新興工業国の需要が増えたことが需給逼迫を招き、高騰につながったという説です。もうひとつは世界的な過剰流動性を背景に投機資金が市場に流入したからだという説です。どちらの説も一長一短があります。ここでは両説を比較しながら、原油価格急騰の要因を探ってみることにします。原油価格は軟調になっていますが、このまま下落が続くのか、再び上昇に転じるのか、大きな転換点にきている感じもします。なお、本原稿は「時事トップ・コンフィデンシャル」(2008年8月12日号)に寄稿したものです。執筆時期は7月中旬です。
原油価格の高騰が世界経済を大きく揺るがしている。原油価格が現在の高水準で長期にわたって続くか、さらに上昇すれば、おそらく世界経済の枠組みが根底から変わるかもしれない。エネルギー問題に環境問題なども加わり、原油価格を巡る議論は錯綜している。資源制約説から投機論まで様々な原油高騰の原因が語られている。1バレル=200ドル説も語られる中、改めて原油価格急騰の要因を探ってみる。
下落に転じた原油価格-一時的調整かトレンドの転換か
直近の原油価格の状況を見てみよう。7月11日、ニューヨーク商品取引所の原油先物価格は1バレル=147ドル27セントの史上最高値を記録した。しかしアメリカ経済の先行き不透明感の高まりに加え、7月16日に発表されたアメリカの国内原油在庫が300万バレル増えて2億9690万バレルと市場の予想を上回ったことから原油価格は一転下落に転じ、7月17日には1バレル=129ドル29セントまで下がる場面もあった。原油価格が130ドルを割り込むのは6月5日以来初めてである。その後も原油価格の下落は続き、8月4日には5月初旬以来3か月ぶりに120ドルの水準を割り込んだ。
アメリカでは夏場はガソリンの需要期である。多くの国民は自動車で旅行に出かける。通常であれば在庫は減る。ただアメリカではガソリン価格は1ガロン=4ドルを上回っており、さすがにガソリン需要も7月初旬には前年同期比で5%落ち込んでいる。世界最大の石油消費国アメリカの消費者が本気で原油高に対応し始めたのかもしれない。さらに景気低迷がより鮮明になれば、原油需要の状況も大きく変わってくるかもしれない。
では、このまま原油価格は落ち着くのだろうか。リーマン・ブラザーズ証券のエネルギー・エコノミストのエドワード・モースは、原油の供給制約論に疑問を呈し、いったん原油価格が下落に転じれば、産油国は増産を図り、原油価格は09年までに90ドルまで下落すると分析している。あるいは一部の石油専門家が予想するように再び原油価格は1バレル=200ドルに向かって上昇していくのであろうか。
市場原理から言えば、価格が均衡を超えて上昇すれば、最終的に需要が減り、供給が増えることで価格は均衡まで下落する。しかし、ファンダメンタルズ論者は、今回の原油価格上昇は単純な市場原理が働かないと主張している。すなわち原油価格上昇にもかかわらず中国やインドなどの発展途上国の石油需要はさらに増大すると予想される一方、原油の供給制約から増産に限界があり、需給ギャップから原油価格の上昇は中長期にわたって続くと主張している。さらに80年代の石油危機は産油国の輸出規制によって価格が人為的に上昇したが、今回の原油価格急騰は世界経済の構造が変化し、それに伴う需給関係を反映したもので、石油危機の状況と基本的に違うと分析している。
これに対して投機論者は、現在の原油価格は投機資金が大量に原油市場に流入した結果生じたもので、現在の状況は「石油バブル」であると主張している。投機が原油価格急騰の要因であれば、近い将来、原油価格が急速に反転する可能性も否定できない。なぜなら投機は必ず反対取引が伴うものである。80年代の日本のバブルの時も、今回のアメリカの住宅バブルの時も、バブルがピークに達した時、多くの専門家は値上がりは需給関係を反映したものであると主張していた。しかし、経済原則を無視した価格上昇は長続きしないというのが経験が教えるところである。
原油価格高騰に関して二つの対照的な分析が発表になった。ひとつは、現在の原油価格の急騰は世界経済の需給関係を反映したものであるというファンダメンタルズ論を主張するIEA(国際エネルギー機関)の分析である。IEAは7月1日に「中期石油市場報告」を発表した。その中で「OPEC諸国の生産高は記録的な水準にあり、非OPEC諸国もフル操業している。しかし原油在庫は異常なほど増えていない。需給のファンダメンタルズが原油価格を押し上げている」と分析している。さらに「新興国の構造的な需要増加と供給制約が続き、中期的に需給は逼迫する」と指摘している。20013年まで世界の原油需要は毎年平均で1・6%増加するのに対して、非OPECの生産は0・5%増に留まり、世界経済のOPECの原油への依存が高まるとみている。そのOPECも増産余力が少なく、慢性的な需給ギャップが発生すると分析している。そして「現在の原油価格はファンダメンタルズから正当化できるものである」と結論つけている。
IEAが極めて単純なファンダメンタル論を展開するのに対して、日本の通商産業省は7月15日に発表した『通商白書』の中でファンダメンタルズと投機的な要因が重なって原油価格が急騰したと分析している。白書によれば、原油高騰の要因は、中国やインドなどの発展途上国の需要増加と、巨額の投機マネーが商品市場に流入したことであると指摘している。08年5月の時点で1バレル=125ドル50セントであったが、そのうちの74ドル強(60%)は需給バランスで説明できるが、残りの50ドル強(40%)は需給関係で説明できないとして、投機的な資金の流入に要因を求めている。すなわち投機的な要因が取り除かれれば、原油価格は40%下落してもおかしくはないことになる。さらに白書は、投機的な資金の商品市場への流入の要因としてリスクの高まっている株式・証券投資の“保険”として異なった値動きをする原油や穀物といった商品への投資が増えたことと、中期的に需給が逼迫すると予想される原油市場や穀物市場への投資が増えたと分析している。
ファンダメンタルズ論の立場に立てば、原油の供給増は物理的制約から期待できないため、需要を抑制する手段を講じない限り異常な原油高は解決できないことになる。他方、投機が原油急騰の大きな要因の一つであるとすれば、投機的な要因を取り除けば原油価格を正常な水準にまで戻すことができることになる。では現実の対応はどうなっているのであろうか。
アメリカで高まる投機の規制の動き
IEAのレポートは「人々は原油高について単純な説明を求めている。真剣な分析をしたり、困難な決定をするよりも、原油高のスケープゴートを見つけるほうが政治的に好都合である」と、安易な投機論に警告を発している。アメリカでは現在、投機家がスケープゴートになっている。共和党の大統領候補ジョン・マケイン上院議員は「もし投機家が原油価格を肘上げているのなら、彼らを徹底的に調査すべきである」と発言している。また民主党の大統領候補バラク・オバマ上院議員も投機規制を支持すると語っている。ナンシー・ペロシ下院議長も「石油の投機家たちはアメリカの消費者を犠牲にして利益を稼いでいる」と、露骨に投機を批判している。議会だけでなくアメリカ国民も“投機悪人説”を支持している。産業団体「ストップ・オイル・スペキュレーション・ナウ」が7月16日に行った調査では、80%の人が原油高は投機によるものであると答え、3分の2が先物市場の規制を支持している。
こうした世論の動きを受けて6月末段階で議会には投機を規制する法案が9本提出されている。6月26日に下院農業委員会は投機を規制する法案を可決している。同法では商品先物取引員会はすべての非常事態権限を行使し、先物市場での原油価格の異常な変動に即刻対応し、原油価格が需給を適正に反しない価格の変動があれば、それを規制することを求めている。上院でもリチャード・ダービン議員が商品先物取引委員会の監督権限を拡大する同様な法案を提出している。また下院ではローザ・デローロ議員がアメリカ市場で取引をしている海外の先物市場にアメリカの法律を順
守するように求める法案を提出している。
議会では原油高と投機に関する公聴会が相次いで開催されている。そうした公聴会の中でヘッジファンドのマネジャーであるマイケル・マスターズは「過剰な投機を排除すれば原油価格は半分に下がるだろう」と語って注目された。これに対して商品先物取引委員会のウォールター・ルッケン会長代行は「先物市場では投機家の存在は必要であり、投機家に原油やガソリン価格高騰の責任はない」と議会の過熱ぶりにブレーキをかける発言を行っている。こうした議会での議論に対して、サム・ボドマン・エネルギー庁長官が「投機が原油の先物価格を引き上げている証拠はない」と語っているように、ブッシュ政権は原油価格も高騰は世界の原油需給にギャップが原因であると投機活動の規制に対して消極的な立場を取っている。
議会で投機のやり玉に挙がっているのがウエブサイトを通して先物取引を行っているインターコンチネンタルエクスチェンジ社である。同社は電子先物市場を提供している企業である。本社はアトランタにあるが、取引はロンドン市場経由で行っているため、アメリカの法律の規制外になっている。同社の取引量は05年から08年の間に3倍に増え、現在、世界の原油先物取引の約48%を取り扱っている。同社は取引に関して商品先物取引委員会に報告する義務はないため、議会で同社に対する風当たりが強くなっている。このため商品先物取引委員会は議会の要請を受けて同社に対して取引情報を提供するように指示している。こうした動きに対して同社は6月17日に商品先物取引委員会の取引ルールに従い、大口の取引に関する情報を提供すると同時に取引額の上限を設定すると発表している。
インターコンチネンタルエクスチェンジ社の例は象徴的な出来事である。ただこうした投機規制が行われても、先物価格がスポット価格に与える影響は限られている。投機がまったく原油高に影響がないというのも言い過ぎであるが、投機が主因であると主張するのも現実的ではない。
中国、インドはエネルギーの価格統制で過剰需要を生む
では、ファンダメンタルズ論に立って、原油高を需給ギャップで説明すべきなのだろうか。確かに需給ギャップは存在している。しかし、それはIEAが主張するような単純な需給ギャップではない。供給サイドから言えば、原油価格が上昇しているときに産油国はあえて増産するだろうか。メリルリンチ証券の『グローバル・エネルギー・ウィークリー』(6月17日号)では「まだ世界には十分な原油の埋蔵量はある」「産油国政府は高い限界コストで増産し、販売代金を金融資産に投資するよりも将来に備えて原油を地下に温存している」と、供給制約説を単純に受け入れるべきではないと主張している。
最近、サウジアラビアのアブダラ王は「新しい油田が発見されても、それは神の恩寵であり、そのまま地下に置いておく。将来、子供たちが必要とするだろう」と語っている。従来、石油資源を金融資産に変えて政府系ファンドで運用する動きがあった。だが、そうした動きに変化が出てきている。その理由は、ドルの実質金利が低下し、金融資産による投資収益が必ずしも高くなくなっているからだ。増産して原油価格を引き下げるよりも、できるだけ長く需給逼迫的な状況を維持するほうが産油国にとって利益が大きい。
もう一つの需給ギャップ論の間違いは、中国やインドなど新興国の原油需要が価格上昇にもかかわらず減らないことの分析である。IEAは、こうした新興国が欧米並みの生活水準を達成することを前提に需要を予測している。中国は世界の原油の世界第2位の消費国である。IEAは、中国は08年に世界の原油の9%強を消費すると推計している。今年の
世界の需要の伸びは0・9%と低水準なのに中国の需要は5・5%増えると予想されている。
これほどの原油価格の高騰がありながら、なぜ中国の消費が減らないのだろうか。それは政府が価格統制をする一方で、エネルギー価格上昇分に対して補助金を提供しているからである。中国は昨年11月に国内の燃料価格を10%引き上げ、今年の6月にガソリン価格を17%引き上げている。それでも内外格差は非常に大きい。内外格差を解消するには国内のエネルギー価格を70%~80%程度値上げする必要がある。中国は価格統制と補助金で国内価格を抑え込んでいるのである。07年の補助金の額は270億ドルであったが、08年には1000億ドルに達すると見られている。中国では市場機能が働かないのである。その結果、常に過剰需要が存在している。
問題は、価格統制にある。6月18日、ヒラリー・クリントン上院議員を含む16名の上院議員がブッシュ大統領に書簡を送り、中国の価格統制を廃止させるように圧力をかけるように求めた。もし価格メカニズムが十分に機能するようになれば、原油高は当然需要に大きな影響を与えるはずである。そうなれば世界の需要の伸びをはるかに上回る状況がいつまでも続くとは思われない。同様のことはインドについてもいえる。『通商白書』によれば、インドは中国のように直接的な価格統制はおこなっていないが、政府は国内市場の80%を占める国営石油会社の販売価格を規制することで実質的に価格をコントロールしている。中国、インドがいつまでも国内のエネルギー価格を国際市場よりも安く維持できるか分からない。ただ、価格上昇分が直接国内価格に転嫁されるようになれば、需要動向も大きく変わってくるだろう。
長期的には原油価格は75ドルまで下落する
原油高のもうひとつの大きな要因がある。それはドル金利とドル相場である。7月15日にベン・バーナンキFRB(連邦準備制度理事会)議長が上院で証言の中で「ドル相場の下落が原油高騰の要因である」と語っている。メリルリンチ証券のレポートも「過去30年以上振り返ってみると、実質金利安がコモディティ価格に影響を与えた明確な証拠がある。すなわち金融緩和政策は最近のコモディティ価格上昇の重要な要因である」と指摘している。ドル安もマイナスの実質金利も、アメリカの金融政策がもたらした結果である。
90年代の原油価格が安かった時代に増産のための十分な設備投資が行われなかった。またアメリカの金融政策もドル相場や実質金利に注意を払うことはなかった。確かに需給ギャップが原油高騰の直接の原因になったが、その背景には経済政策の失敗や新興国の価格統制の問題もある。
ゴールドマン・サックス証券のエコノミスト・アルジュン・ムィティは原油が200ドルまで上昇すると予想したことで知られている。最近、同氏は雑誌『バロン』のインタビューに答えて「原油価格は長期的に1バレル=75ドルにまで下落する」と語っている。その理由は、価格上昇が続けば重要が減り、代替エネルギーが開発されるということである。要するに最終的には原油価格は市場メカニズムによって決まるのである。そんなに遠くない将来、原油価格は下落し始めるかもしれない。
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