中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/8/20 水曜日

北京オリンピック後の中国経済の行方:減速するが破綻はない

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北京オリンピックもいよいよ終盤です。メディアの関心はオリンピック後の中国に移りつつあります。オリンピックを契機に中国の自由化が進むのかどうか、あるいは中国経済の高成長に陰りがでてくるのか、というのが関心の的です。どうも日本のメディアは悲観論が強そうです。経済もバブル崩壊で中国経済は厳しい状況に置かれるという見方が多いようです。本当でしょうか。以前、影響力のある雑誌の編集長と話をしていたとき、彼が「中国叩きをしないと雑誌が売れない」と漏らしていたことを思い出します。ジャーナリズムもビジネスですから売れる企画を立てるのは避けられませんが、ジャーナリズムの基本は世論に迎合するのではなく、独自の見方を示すことだと思います。以下、私なりの中国経済分析です。なお、次に人民元問題も取り上げる予定です。

いよいよ北京オリンピックが始まります。北京はテロに備えて異常な警備振りのようです。北京オリンピックを契機に急激な経済発展の背後に政治的な自由など中国の抱える深刻な問題が一気に表面化しています。そうした政治問題と同時に中国経済の先行きに対する懸念も出ています。短期的にはオリンピック景気の反動で景気が低迷するのではないかという懸念があります。また中長期的には、中国は高度成長を維持できるのかどうかという問題もあります。中国経済を取り巻く環境は厳しいものがあります。原油や食糧などの一次産品価格の高騰、サブプリムローン問題の影響で最大の輸出市場であるアメリカ経済の低迷と世界経済の減速、さらに国内的には深刻な環境問題やインフレ高進などが奇跡の成長を遂げてきた中国経済の行く手に暗雲を投げかけています。日本では「中国経済悲観論」を報道するメディアが圧倒的に多いようですが、本当に中国経済の行方はどうなるのでしょうか。以下で中国経済の現状と今後の展望について分析してみます。

中国経済の現状-まだ高成長続く

中国政府も経済状況の悪化を深刻に受け止めています。8月1日の記者会見の席で胡錦涛国家主席は「国際環境の不確実性と不安定要因が増している。中国の国内経済は困難な状況に直面している」と語っています。多くの中国経済の専門家は、中国経済の減速化は避けられないと見ています。IMF(国際通貨基金)が7月に発表した世界経済の予測の中では、中国の今年の経済成長率は9.7%、2009年は9.8%と予想しています。2006年の成長率は11.6%、2007年の成長率も11.9%と二桁台の成長を遂げており、それから比較するとかなり大きな減速であることは間違いないでしょう。しかし、本当にその程度の減速に留まらないのではないかという悲観的な見方もあります。過去の例を見ると、オリンピックが終わった後、公共事業の落ち込みなどで景気が急激に悪化した例もあります。

今年は異常な事態に襲われ、経済成長に影響を及ぼしています。それは年初の大雪、5月の四川省での地震、大洪水の発生があり、その影響を受けて成長率も若干低下したと予想されます。では今年に入ってからの経済状況はどうでしょうか。第一四半期の成長率は10.6%、第二四半期の成長率は10.1%と二桁台の成長を維持しています。上半期では10.4%で、前年同期の11.4%と比べると成長率は1ポイント低下しています。中国の経済成長の原動力は輸出と企業の設備投資や公共投資などの固定資産投資です。先進国ではGDP(国内総生産)の65%から70%を占める個人消費は、中国ではまだ低水準に留まっています。中国がバランスの取れた経済成長を実現するには輸出依存を低下させ、個人消費を増やす必要があります。とはいえ、日本の高度成長期と同じように輸出依存、投資依存の経済であることは間違いありません。ただ最近は消費も増加の傾向にあり、2008年上半期の小売売上は21.4%増えています。

成長の原動力・輸出に陰り

その輸出が減速し始めています。理由は二つあります。一つはアメリカ経済を中心とする先進国経済の減速です。先進国は中国にとって大きな輸出市場であり、先進国の景気低迷は中国の輸出に大きな影響を及ぼします。もう一つは人民元高です。中国は管理変動制を採用しており、実質的に為替相場を操作し、人民元の価値は割安になっています。それが中国の巨額の貿易黒字の要因となっているとして、アメリカ政府などは中国政府に対して人民元の切り上げを要求しています。その結果、緩やかですが、確実に人民元相場は上昇しています。それは輸出品の価格競争力を損ないます。そうした要因を受けて輸出は、昨年は前年比で30%以上も増えていたのが、最近では7%増程度にまで伸び率は鈍化しています。この傾向が続けば、2009年には輸出は実質ベースで減少に転じる可能性もあります。そうした事態が起これば、経済成長率に大きな影響を与えることになります。その一方で輸入も2008年上半期に30.6%増えています。前年同期の伸び率が18.3%でしたから、倍の伸び率になっています。こうした傾向が続けば、膨大な貿易黒字も小さくなっていくと思われます。

ではもう一つの成長の原動力である固定資産投資はどうなるでしょうか。企業の設備投資は依然として堅調を維持するでしょう。特に外資系企業は中国市場の将来を見ながら、積極的な投資を続けるものと思われます。インフレ高進で中国人民銀行は金融引締めを行なっていますが、多くの企業は投資資金を内部調達(利潤の留保や償却費)で賄っており、借入などの外部資金への依存が低いため、金融引締めが企業の設備投資に大きなブレーキを掛ける可能性は薄いでしょう。要するに、企業の手元流動性は潤沢なのです。

また公共投資も高水準で推移すると予想されます。北京オリンピック後に2020年に上海エクスポとアジア大会が大きなイベントとして控えています。さらに地方での公共インフラに対する需要は旺盛で、地方政府は高水準の公共投資を継続すると予想されます。ちなみに2007年の中国の総投資額は1.6兆ドルに達しており、北京オリンピック関係の公共投資は430億ドルと全体の1%にも満たず、この面からも北京オリンピック関連の設備投資が減っても、全体の経済に与える影響は小さいと予想されます。要するに北京オリンピック後の投資の落ち込みの影響は、極めて限られたものになると思われます。ちなみに2008年の上半期の固定資産投資は26.3%増えています。

インフレ高進が大きな脅威に

中国経済の最大の懸念材料はインフレです。2008年2月に対前年同月比でみた消費者物価の上昇率は8.7%と12年来の高水準を記録しています。5月は7.7%、6月は7.1%とインフレ率は緩やかに低下しています。上半期のインフレ率は7.6%です。中国政府はインフレ率の目標値を4.8%と設定していますから、実際のインフレ率はその水準を大きく上回っています。特に食糧品価格の上昇が顕著です。上半期の食糧品の対前年同期比の上昇率は20.4%に達しています。卸売物価も5月が8.2%、6月が8.8%上昇しています。6月の上昇率は1999年以来最高です。ただ中国では電力料金やガソリン価格などは政府の統制価格となっており、原油高が直接価格に反映されていません。ただ、昨年の11月と今年の6月に中国政府は石油関連商品の価格引き上げを実施していますが、国際価格と比べると低水準に抑えられています。もっと深刻なのは動労賃金の上昇です。食糧品価格の上昇などで労働者の賃上げ要求は強まっています。労働賃金は15%から20%上昇しています。労働賃金の上昇が続けば輸出製品の価格にも跳ね返るだけでなく、低賃金を求めて進出してきている外資系企業にも影響を与えるでしょう。

こうしたインフレ高進を抑制するために中国人民銀行は金融引締めを行なっています。中国の金融政策は金利操作よりも、法定準備率の引き上げと信用割当を使って行なわれています。法定準備率は2008年にはいって3ポイント引上げられ、現在史上最高の17.5%になっています。年内にさらに引上げられる可能性があります。準備率が引上げられると銀行の貸出が抑制されることになります。胡首席は「高成長維持は最優先事項だ」と述べています。インフレを抑制しながら、高成長を維持する難しい政策運営を迫られています。中国は最低7%の成長を維持しないと深刻な失業問題が出てくると言われています。まだ多くの国営企業が残存しており、民営化、合理化は避けられない状況です。また貧富の格差も急速に拡大しており、低成長になれば社会的、政治的問題が噴出してくる懸念があります。中国にとって高成長維持は政治的にも、社会的にも絶対に維持しなければならないのです。

住宅バブルの破裂はないのか?

中国経済悲観論のひとつの根拠は、“住宅バブル”が存在するのではないかという見方があることです。日本の不動産バブル、アメリカの住宅バブルなどを思い起こせば、そうした懸念を抱くのも当然かもしれません。確かに、沿岸の大都市圏では今年に入って住宅価格の下落も見られ始めています。しかし、地方都市での住宅価格の上昇は続いています。今後の展開は要注意ですが、日米のようなバブル崩壊という事態が起こる可能性は小さいのではないでしょうか。

2008年上半期の建築総額は2兆2665億元で、前年同期比で24.4%の増加を記録しました。住宅建設総額は36兆9500億元で、前年同期比で20.1%の増加でした。少なくとも中国経済全体で見れば、住宅を含めた建設投資は堅調といえます。建設会社の業績も25.9%の増収、42.2%の増益となっています。

とはいえ、先に触れたように一部の都市では住宅価格の下落が顕著です。特に中国経済発展の象徴的存在である深圳では新築住宅件数と金額の双方が大きく落ち込んでいます。中国政府は住宅市場の加熱を沈静化させようとしています。同市でも住宅コストを引上げる政策を取っています。まず住宅取得の際に支払わなければならない頭金の比率を従来の30%から40%に引上げる一方、住宅ローン金利も中国人民銀行が設定している基準金利を上回る水準にまで引上げています。その結果、同市の新築住宅の価格は昨年の10月のピークから36%も下落しています。2007年の上半期には新築住宅価格は65%も上昇しており、住宅市場の状況が大きく変ったことを示しています。新築住宅価格は、年末までにさらに10%から15%の下落が予想されています。他の大都市でも深圳ほどではないにせよ、同様な動きが見られます。北京では新築住宅の取引件数は46%減少、上海でも16%減少しています。それ以外の地方都市では、依然として住宅価格の上昇は続いています。

新築住宅の販売不振が不動産会社にも影響を及ぼしています。最大手の万科企業(China Vanke)の今年の1月から5月までの売上は前年の総売上の35%に留まっています。その結果、株価も昨年の11月以降64%も下落しています。業界第二位の保利地産(Poly Real Estate)の年初より5ヶ月間の売上は前年の総売上の27.7%と低迷しています。住宅ローン金利の上昇や頭金の引き上げなどで住宅市場の調整は進んでいます。一部の住宅購入者は返済負担の増加で厳しい状況に立たされているようです。しかし、それが金融機関の不良債権の増加という事態を引き起こすまでにはなっていません。最も深刻な住宅市場の落ち込みに襲われている新圳市が発表している資料では、同市の商業銀行の不動産融資総額は2200億元で、不良債権比率は0.67%に過ぎません。また今年の1月から5月の間に増加した不良債権0.02%と、無視できる程度です。もちろん、今後急激な変化が生じるかもしれませんが、日米のバブル破裂の再演ということにはなりそうにありません。

今後の中郷経済の見通し

中国経済が大きな転換点にあることは疑問の余地はありません。新しい世界経済の状況の元に二桁台の成長を持続するのは無理でしょう。最初に指摘したIMFなどの国際機関や民間の金融機関などの予測では、今年の成長率は8%台にまで落ち込むと予想されています。1ポイント、あるいは2ポイントの成長鈍化は非常に大きな影響を中国経済に与えるでしょう。中国政府も、事態を十分に把握しているようです。最近、行なわれた会議で中国国家統計局広報部長の李暁超は、中国経済の状況を次の3つのポイントについて要約しています。すなわち、①中国経済は正しい方向に向かって進んでいること、②成長を維持するのは容易ではないこと、③マクロ経済政策が効果を現し始めていることです。事実中国政府は慎重な経済運営を行なっています。金融引締めで住宅市場の加熱は沈静化の方向にあります。インフレも年初の水準から低下に向かっています。北京オリンピック後の落ち込みも限定的なものに留まるでしょう。当然のことながら、景気減速はあっても、破局のシナリオはやや極論といえるでしょう。

 日本は経済的な奇跡を実現しました。しかし、1970年代の石油ショックを境に成長率が大幅に低下しました。中国経済も同じような状況にあるのかもしれません。ただ、中国は一人当たりGDPで見ればまだ発展途上国です。まだインフラ整備も十分ではありません。ある論者は中国の現在は日本の1950年代から1960年代の状況に近いと指摘しています。まだまだ成長余力は十分にあります。海外からの資本進出も高水準で続くでしょう。ただ、労働賃金の上昇でスピードは鈍化するかもしれませんが、多くの企業にとって中国市場が魅力的な市場であることに変わりはないでしょう。中国経済の最大の課題は、輸出や投資主導の経済成長から消費主導の経済成長に変えていくことです。やっと大都市を中心に中産階級が誕生し始めています。大都市では消費が大きな成長の原動力になりつつあります。

次回で詳細に説明しますが、日本が1980年代に犯したような為替相場政策とインフレ政策で大きな失敗をしなければ、中国経済の成長は続くでしょう。

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