中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/8/25 月曜日

エネルギー問題で守勢に立たされるオバマ議員

Filed under: - nakaoka @ 11:28

前回、オバマ上院議員とマケイン上院議員の経済政策について書きました。その執筆後にオバマ議員の沖合の石油開発に対する政策が変わってきました。世論調査では大統領選挙の大きな課題はエネルギー政策にあるという結果が出ています。マケイン陣営はエネルギー政策で攻勢に転じ、それが支持率上昇の大きな要因のひとつになっています。これに対してオバマ陣営も反攻に転じていますが、現状ではやや歩が悪いようです。選挙情勢は常に変動しています。当面の最大の課題であった副大統領候補も、オバマ議員が外交政策に強いジョセフ・バイデン上院議員を選び、8月中にマケイン議員も共和党副大統領候補を発表するとみられています。バイデン上院議員の紹介記事を準備しています。民主党全国大会の開催もあり、大統領選挙は本番を迎えます。今後もできるだけ詳細に選挙動向を分析していくつもりです。

ガソリン価格の上昇はアメリカの国民に対して、日本人が想像もできないほど大きな影響を与えている。アメリカに住んだ経験があれば理解できるが、アメリカでは自動車がなければ生活できない。また夏休みの旅行シーズンは自動車で出かけるのが普通である。1990年代末には1ガロン=1ドル50セント程度だったガソリン価格が、現在は4ドルにまで上昇している。高ガソリン価格の上昇の影響は既に高速道路の利用者数の減少という形で顕在化している。最近会った知人のアメリカ人は、ガソリン高で外出を控えていると語っていた。

さらに深刻なのは暖房用の灯油価格の上昇である。アメリカの住宅は全館暖房が普通で、膨大な費用がかかる。昨年だけで暖房費は2倍に上昇、郊外の一戸建て住宅の場合、光熱費が月に5000ドルはかかると言われている。

そうした国民の悲鳴に似た声が大統領選挙の動向に大きな影響を与えつつある。6月末に行われた世論調査機関ピュー・リサーチの調査結果では、60%が新規エネルギー開発に賛成し、環境保護を支持したのはわずか34%に過ぎない。8月初めに行われたCNNの調査では73%が沖合の油田開発を支持するという結果がでている。原油高騰を前に環境保護など悠長なことは言っておれないというのが、国民の本音なのである。

こうした国民の意向を受けて大統領選挙でも沖合の油田開発問題が脚光を浴びている。口火を切ったのはジョン・マケイン上院議員である。もともと同議員は沖合の油田開発に反対の立場を取っていた。しかし、選挙戦略としてバラク・オバマ議員を攻撃する格好の材料として沖合の油田開発を取り上げたのである。要するに高騰するガソリン価格を抑え込むには国内における原油の増産しかないというのが、その主張の根拠である。同議員は「沖合の油田開発はエネルギー価格上昇に取り組むための重要なステップである」と、その必要性を訴えた。

さらに同議員は原子力発電開発の促進も訴えている。1972年に事故を起こしたミシガン州のフェルミ発電所を訪れ、2030年までに原子力発電所を45基建設する計画を明らかにしている。元々、同議員は原子力には安全性の問題があると、原子力発電には消極的であった。しかし大統領選挙に勝利するためには“変節”は常に起こることである。

こうしたマケイン議員のエネルギー政策と呼応するように7月末に共和党下院議員の100名以上が署名した「アメリカン・エネルギー法案」が議会に提出された。その内容は沖合の油田開発の促進、西部山岳地区でのオイルシール開発支援、エネルギー消費の削減を行った企業や家計に対する減税措置、更新可能な代替エネルギー開発支援などが盛り込まれている。

マケイン議員と共和党は、エネルギー問題を選挙の争点にすることでオバマ議員と民主党への攻勢を強める戦略と取り始めている。事実、マケイン議員はオバマ議員や民主党にはエネルギー政策はないと厳しい批判を展開している。共和党は“国民のために働く党”だが、民主党は“何もしない党”であると攻撃のトーンを強めている。マケイン議員も「オバマ議員はエネルギー政策に関して“ミスター・ノー”で、なんでも反対するだけだ」と、エネルギー政策の無策を突いている。

こうした攻勢に対して、オバマ議員がエネルギー問題で守勢に立たされていることは否めない。当初はマケイン議員と同様にオバマ議員も沖合の油田開発に反対であった。マケイン議員はエネルギー問題が最優先課題だとする国民の意向に沿って政策転換したのに対して、オバマ議員は沖合の油田開発に反対の立場を取り続けた。伝統的に民主党の支持基盤の一つに環境保護団体があり、簡単に路線転換ができない状況もあった。しかし、同議員も世論調査の結果を無視できなくなり、8月に入って部分的に沖合の油田開発を認める可能性があると路線転換を行っている。

そうした妥協は別にしても、オバマ議員の考え方は極めて明確である。従来の同議員のエネルギー政策は、国内における原油増産ではなく長期的な代替エネルギーの開発を柱としてきた。それは同時に短期的にガソリン価格上昇を抑制する手段はないという考え方が背景にあった。したがって、当初、沖合の油田開発地域の拡大の提案に対して、石油会社は既に承認されている地域での開発活動を促進すべきであり、フロリダ沖など従来禁止されてきた地域で開発を許可する必要なないとの立場を取ってきた。さらに沖合での原油開発を認めたとしても、実際にそれが増産に結びつくには10年以上かかり、当面のガソリン価格上昇に対する有効な手段ではないと、マケイン議員のエネルギー政策を批判していた。

しかし、国民のエネルギー価格上昇に対する苛立ちの高まりの前に、いつまでも守勢でいるわけにはいかなくなった。その結果、フロリダ沖合の油田開発を認める可能性があると示唆する姿勢に転換したのである。ある地方紙のインタビューに答えて、同議員は「環境に対する重大な影響が出ないように細心の注意が払われた沖合油田開発戦略なら妥協の余地がある」と、従来の立場を修正している。その一方でマケイン議員のエネルギー政策はブッシュ政権のエネルギー政策を踏襲するもので、「同議員の政策は石油ガス産業のロビイストに対する早めのクリスマスの贈り物である」と、その業界よりの姿勢に批判を加えている。さらにテレビで「国民が自動車のガソリンタンクを一杯にするたびに大手石油会社はポケットを一杯にしている」というスポット広告を流し、マケイン議員と石油会社との間の密接な関係を訴えている。

反攻に転じがオバマ陣営は8月1日に「緊急経済政策」を発表した。その政策の柱のひとつが、大手石油会社に対する課税強化である。エクソン・モービルは第2四半期に約117億ドルという史上最高の利益を計上している。これはアメリカ企業の過去最高の利益でもある。こうした利益は原油高を背景にした“ウィンドフォール・プロフィット(予期せぬ利益)”であり、その利益に課税して、ガソリン高で苦しむ消費者に戻し税を行うことを主張している。具体的には独身者に500ドル、既婚者に1000ドルの減税を行うというものである。さらに中産階級世帯に年間1000ドルの減税を恒久的に行う長期計画を明らかにしている。また景気刺激策として500億ドルの財政支出を行い、そのうち250億ドルを基金に拠出し、道路や橋梁、学校の補修などの充当する案も盛り込まれている。もうひとつ注目されるのは先物市場での投機的投資の規制を盛り込んでいることだ。

両議員のエネルギー政策を比較すると、基本的に大きな差があるわけではない。オバマ議員が指摘するようにマケイン議員のエネルギー政策が短期的にガソリン価格高騰を抑制する効果は期待できないだろう。原子力開発計画も明確な裏付けのないまま提案されている感が強い。政策全体も石油業界の利害を反映しているのは間違いない。しかし、その意欲的な姿勢は国民にとって頼もしく映るのかもしれない。

他方、オバマ議員のエネルギー政策は代替エネルギー開発など長期的な目標であり、目先的に国民にアピールするものではない。また戻し税や公共事業拡大という経済政策も、どの程度の実効性があるのか疑わしい。お互いに大統領選挙を控え、国民にアピールする政策作りに腐心し、本当に原油高対策を打ち出しているとは言い難い。さらに選挙運動が過熱してくれば、両陣営の批判合戦も一段と激しいものになってくるだろう。

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