中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/9/8 月曜日

米副大統領候補を評価する(1):ジョセフ・バイデン民主党副大統領候補

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米大統領選挙もいよいよ佳境に入ってきました。民主党の全国大会は終わり、バラク・オバマ上院議員が正式に大統領候補に指名され、ジョセフ・バイデン上院議員が副大統領候補に指名されました。他方、共和党ではアリゾナ州知事のサラ・ぺイライ・アラスカ州知事が副大統領に指名されました。これで11月4日の選挙に向けて選挙戦が展開されます。9月26日に両大統領候補の最初の公開討論会が開かれます。2度目は10月7日、最後は10月15日です。また副大統領候補の公開討論会も10月2日に行われます。今回は副大統領の経歴や政策などを紹介し、大統領選挙への影響を分析します。その前に副大統領が果たす役割について説明します。本記事は少し前に書いたもので、必ずしも直近の状況を踏まえたものではありませんが、提供した基礎的な情報と分析は有効だと思います。

副大統領候補の役割
副大統領の役割とはなんでしょうか。最大の役割は、大統領が暗殺されたり、任期途中で死亡したりした時に職務を引き継いで大統領に就任することです。そのため一つのルールがあります。それは大統領と副大統領は決して同じ飛行機に乗らないということです。二人が同時に死亡する事態を避けるためです。仮に正副大統領が死亡すると、次の大統領職を引き継ぐ人物は下院議長になります。ケネディ大統領が暗殺されたとき、ジョンソン・副大統領が大統領に就任しました。またニクソン大統領がウォーターゲート事件で弾劾を避けるために辞任したあと、フォード副大統領が後継者になりました。

副大統領のもう一つの重要な役割は上院議長の職に就くことです。下院議長は与党議員から選ばれますが、上院議長は副大統領が就きます。通常、採決に加わることはできませんが、賛成票と反対票が同数の場合、上院議長は1票の投票権を持ち、法案の採否を決定する立場に立ちます。普段は目立たない存在ですが、緊急の場合、副大統領の果たす役割は大きいのです。

では、副大統領はどのようにして選ばれるのでしょうか。通常、大統領候補が指名し、党の全国大会で投票によって決められます。大統領候補は自分の弱点を補完するような人物を選ぶのが普通です。たとえば東部に地盤があるが、南部には弱い大統領候補は南部に地盤のある人物を副大統領に指名します。今回、オバマ候補は上院議員一期目で外交政策などの分野での経験不足を批判されていました。そこで長年、上院の外交委員会の委員長を経験してきたバイデン上院議員を副大統領候補に指名したのです。またマケイン候補は72歳という高齢と共和党内部ではリベラル的な立場にあり、保守的な層の支持を得るのに苦戦していました。そこで44歳と若く、強硬は保守主義者のサラ・ぺライン・アラバマ州知事を選んだのです。それが成功するかどうかはわかりませんが、今回の大統領選挙では今まで以上に副大統領候補は大きな影響を与えそうです。

従来、副大統領は影の薄い存在でした。しかし、最近では実力派の副大統領が誕生しています。クリントン政権ではアル・ゴアが副大統領に就任し、その実力者ぶりを発揮しました。現在のブッシュ政権のチェイニー副大統領は大統領を凌ぐ影響力を発揮しています。それも副大統領候補が注目される要因のひとつといえます。

以下で、共和党副大統領候補のサラ・ペライン知事と民主党副大統領候補のジョセフ・バイデン上院議員がなぜ選ばれたのか、その思想と経歴、政策について説明します。そうした知識をもって大統領選の報道を見ていると、理解も深まると思います。

ジョセフ・バイデン上院議員とは何者か
オバマ上院議員(47歳)は副大統領候補としてジョセフ・バイデン上院議員(65歳)を指名しました。コロラド州デンバーで8月25日から3日間開催された民主党全国大会でオバマ議員の大統領候補、バイデン議員の副大統領候補が正式に承認されました。オバマ議員は最終段階まで副大統領候補の指名をせず、途中で様々な推測が流れました。以下でオバマ議員が最終的にバイデン議員を選んだ背景と理由、バイデン議員の経歴、アメリカ国民の反応、共和党の反応、大統領選挙への影響に関してアメリカのメディアの報道に基づいて分析します。

オバマ議員による指名のプロセス
バイデン議員は候補者の一人でしたが最有力な副大統領候補とは考えられていませんでした。その意味でペイリン知事と似ています。最終的に4名のファイナリストがいました。バイデン議員のほかにエバン・ベイ上院議員、バージニア州のティム・ケイン知事、カンサス州のキャサリーン・セベリウス知事です。それ以外に選考の対象となったのがニューメキシコ州のビル・リチャードソン知事とクリストファー・ドッド上院議員などです。しかし、ヒラリー・クリントン上院議員は最初の段階から対象には入っていませんでした。

状況が急激に変わったのはロシアの“グルジア侵攻”です。オバマ議員はマケイン陣営から外交政策に弱いと批判されていました。世論調査でも安全保障問題と外交問題ではオバマ議員よりもマケイン議員を信頼するという回答が多かったのです。そうした世論の不安に応えるために上院外交関係委員会の委員長で外交問題に精通しているバイデン議員が急浮上してきたのです。最近、バイデン議員はグルジアに行くなど、外交の分野で積極的な動きを見せています。バイデン議員は外交政策に関して「人々が野球について語るようにバイデン議員は外交政策を語る」と言われているように、国際情勢に熟知しています。

どんな過程でバイデン議員が選択されたのか
オバマ議員がバイデン議員を副大統領にすると決定したのは、同議員が休暇でハワイに滞在していた8月13日のことです。オバマ陣営は最後の段階まで決定を秘密にしていました。オバマ陣営は電子メールを使って、支持者にバイデン議員の副大統領指名を伝える戦略を取っていました。副大統領候補を決定したことを伝える電子メールには「私はジョー・バイデンをランイング・メイトに選んだ(Barack has chosen Joe Biden to be my running mate)」と書かれていました。同時にウエブサイト上に二人が並んだ写真を掲載し、政治献金を呼び掛けています。

バイデン議員が指名されたもうひとつの理由は、同議員はオバマ議員が弱い中西部の州の白人の労働者階層に対してアピールできることです。予備選挙でオバマ議員はこれらの州でクリントン議員に負けています。8月23日にイリノイ州スプリングフィールドの集会でオバマ議員はバイデン議員を「労働者階級出身で、外交政策にも精通し、幾多の個人的な困難も克服しきた人物」と紹介しています。バイデン議員の父親は自動車のセールスマンで、労働者階級出身といえます。また同議員は事故で家族を失うという悲劇を乗り越えてきた人物なのです。さらにオバマ議員は、バイデン議員の指名は「経験と変化の結婚」であるとも説明しています。

すなわちオバマ議員の主張する「変化」にバイデン議員の「経験」(36年の上院議員の経歴と外交政策の経験)を加えることで、共和党からの「経験不足」というオバマ批判に対抗する意味もあったのです。またオバマ議員は「何十年にもわたってバイデン議員はワシントンに変化をもたらしてきたが、ワシントンは彼を変えることはなかった」と、ワシントンの色に染まっていないことも強調しています。これに応えてバイデン議員は「今ほどワシントンが分裂し、多くの夢が破られ、意思決定が送らされているのは見たことがない。今こそ、ワシントンの世界観を変えるときだ」と、自分はワシントンの既成勢力とは違うことを訴えています。

さらにオバマ議員はバイデン議員の個人的な事柄に触れ、「史上最年少の上院議員の宣誓をする前に交通事故(72年)で妻と娘を失い、二人の息子たちも重傷を負った。同氏は議員になってもワシントンに転居することなく地元のデラウエアに留まり、そこで息子たちを育て、ワシントンにはアムトラック(電車)で毎日通勤している。彼は私の隣に立つ人物としてふさわしい」と紹介している。事故の後、バイデン議員は上院議員を辞職することを考えたが、説得されて留まったと語っています。アメリカ人は困難を乗り越えてきた人物を高く評価します。ブッシュ現大統領も一時期アルコール中毒になりましたが、それを克服してことが高く評価されています。特に保守的なエバンジェリカル(福音派)のキリスト教とは苦難を乗り越えて生まれ変わった人物こそ評価に値すると考える傾向があります。

彼らはよく“ボーン・アゲイン”クリスチャンという言葉を使いますが、それは「苦難を乗り越えて生まれ変わったキリスト教徒」という意味です。もうひとつの大きな選択要因があります。それはバイデン議員がアイルランド系のカトリック教徒だということです。選挙ではカトリック教徒の票の動向が重要です。カトリック教徒はクリントン議員を支持していました。カトリック票を確保するためには、バイデン議員は最適な人物の一人だったのです。

エピソードですが、オバマ議員はバイデン議員に副大統領に指名するとの連絡を直接電話で行っており、その時、バイデン議員は歯科医院で治療を受けていました。またオバマ議員の妻ミシェルはバイデン議員の妻ジルに直接電話をし、「素晴らしい会話をした」とオバマ議員のスポークスマンは説明しています。妻のジルは大学の教師です。バイデン議員にせよ、ペイリン知事にせよ、指名される直前まで当人にはまったく相談がありませんでした。これが副大統領候補選択では普通のようです。

バイデン議員の経歴
42年11月20日、自動車のセールスマンの子供としてペンシルバニア州で生まれる。
65年、デラウエア大学卒(専攻は歴史と政治学)。
65年、シラキュース大学法律大学院に入学。卒業後、デラウエアの法律事務所に勤務。後に大学院では上位の成績と語っていたが、実際は76番であることが判明
72年、デラウエア州選出の上院議員に、政界にはいる(29歳で最年少の上院議員に当選。上院議員になれる年齢は30歳だが、同議員は当選後、30歳になった)
75年、上院外交関係委員会のメンバーに就任(01年から03年と07年から現在まで委員長)
77年、上院司法委員会のメンバーに就任(87年から95年まで委員長)。保守派のロバート・ボークの最高裁判事就任を拒否(87年)、セクハラ問題でクラレンス・トーマスの最高裁判事就任の公聴会を実施(91年)
87年、民主党大統領予備選挙に立候補-レーガン時代を逆転させると主張
88年、脳の動脈瘤のため手術をし、成功
94年、「バイデン犯罪法」が成立(Violence against Women Actが含まれている)
07年、民主党大統領予備選挙に立候補、”Promise to Keep: On Life and Politics”を出版
08年、アイオワ州予備選挙の敗北(全体で5位)し、予備選挙から脱落

バイデン議員の外交政策
オバマ議員は2005年に上院議員に就任したとき、上院外交関係委員会の委員になっています。バイデン議員は現在、同委員会委員長の立場にあり、その関係でオバマ議員とバイデン議員はお互いに良く知っている仲です。オバマ議員はバイデン議員について「私は外交委員会でバイデン議員と一緒に働き、彼の指導力を見てきた」と語っています。

バイデン議員は1991年の湾岸戦争に反対しています。また2007年の春のイラク増派にも反対しています。その理由として「イラクへの軍事的関与を深めることはアメリカの国益にならない」と語り、増派反対決議案の共同提案者にもなっています。イラク問題に関連し、サダムフセインの排除には反対しています。ただ2003年のイラク戦争開始に関しては賛成票を投じています。ブッシュ大統領の“一国主義”や先制攻撃を主張する“ブッシュ・ドクトリン”を激しく批判しているのも、同議員の外交政策の特徴のひとつです。イラクに関して、同国をシイア派、スンニ派、クルド族で3分割することを主張しています。この案は「バイデン・プラン」あるいは「第3の道」と呼ばれ、オバマ議員も賛成しています。すなわち紛争を終結させるために宗教、民族に沿って分割し、それをベースに連邦国家を設立することを主張しているのです。

バイデン議員のその他の政策
AIDS撲滅運動も積極的に参加し、向こう5年間でAIDSとマラリアの撲滅を進める法案を共同提出、同法は7月に成立しています。中絶問題などで重要な影響力を持つ最高裁判事任命に関して、ブッシュ大統領が指名した保守派のジョン・ロバーツ最高裁判事とサミュエル・アリトー判事の任命に反対しています。バイデン議員は業界寄りの「倒産法」を支持していますが、それは地元にクレジット・カード会社があるからです。ただオバマ議員は「倒産法」を消費者寄りの内容に修正する公約を掲げています。バイデン議員はカトリック教徒ですが、民主党の方針に沿って女性の中絶権を認める立場を取っています。「後期中絶禁止法」にも反対しています。銃規制も賛成の立場を取っています。こうしたことから同議員は民主党主流派のリベラルと考えられ、ペイリン知事とは明確に異なる哲学を持っているのは間違いありません。

バイデン議員の個人的状況
バイデン議員の個性の問題点をして“口が軽く、失言が多い”ことが指摘されています。また何度か著名人の文章を剽窃する事件も起こしています。今年の1月、バイデン議員はオバマ議員を「能弁で、聡明で、清潔感があり、見栄えの良い最初の主流派のアフリカ系アメリカ人である」と語り、言外に“人種差別”を臭わせる発言を行っています。『ニューヨーク・タイムズ』紙は、バイデン議員は上院議員の中で最も貧しい議員の一人であると書いています。収入は上院議員の報酬16万5000ドルと本の印税だけ。大学教師の妻ジルの収入は2万ドル程度に過ぎません。息子が所属する州兵の部隊が2008年10月にイラクに派遣される予定です。息子は地方検事ですが、同時に州兵のキャプテンも務めているため、イラク派遣の対象になったのです。イラクに派遣されている多くの兵は州兵です。

マケイン陣営の反応
バイデン議員指名直後にマケイン陣営のリック・デービスは以下のような電子メールを支持者に送っています。「オバマ議員の副大統領候補指名は重要な意思決定に際して再び同議員の疑われるような判断を示した。バイデン議員はオバマ議員が大統領の職務に就く準備はできているとは思っていない。バイデン議員はオバマ議員の経験不足について聞かれたとき、大統領職はオンザジョッブ訓練でなんとかなるものではないと答えている。バイデン議員ほどオバマ議員の経験不足を激しく攻撃した人物はない」。予備選挙でバイデン議員はオバマ議員を批判してきました。皮肉にも同議員のオバマ批判を使ってママケイン陣営はオバマ批判を繰り返しているのです。

マケイン議員はオバマ議員がバイデン議員を副大統領候補に指名したことについて、次のように語っています。「彼は良い選択だと思う。ジョーと私は長い間いい友人であり、お互いに良くしっている。彼は手ごわい相手(formidable)になると思う。お互いの哲学は違うが、私は彼を良い友人であり、好人物であると思っている」。さらに外交政策に関して「同議員が湾岸戦争に反対したことやイラクを3つの地域に分割すべきだという意見には同意できない。しかし、ダルフールの虐殺を解決するために献身していることは高く評価している」と語っています。

大統領選挙への影響
世論調査(ラスムーセン)によれば、バイデン議員を副大統領候補に指名したことを支持すると答えたのは39%に過ぎません。25%が反対、35%が分からないと答えています。女性の回答者の33%がバイデン議員の選択を支持し、反対は27%でした。男性では賛成が46%、反対が24%でした。民主党支持層では52%が賛成、19%が反対と答えています。またバイデン議員をリベラルと答えた率は41%、中道と答えたのは22%、保守的と答えたのは15%でした。民主党の65%、共和党の22%、無党派の42%がバイデン議員を好意的にみています。2007年6月の調査(バイデン議員が予備選挙に立候補していたとき)では、同議員が大統領候補になった場合、47%が同議員に投票しないと答えています。

こうした調査から判断できるのは、バイデン議員の選択は必ずしも大統領選挙にプラスに作用しないということです。幾つかのメディアは「なぜバイデンなのか」と疑問を呈していますが、ある意味では当然かもしれません。予備選挙で1800万票を獲得したクリントン議員をなぜ選ばないのかという指摘もあります。バイデン議員はアイオワ州の予備選挙で1%程度の得票率しかなく、7位に終わった人物であり、特に有権者の間で人気があるわけではありません。中西部の労働者階級はクリントン支持派が多く、必ずしもバイデン議員を選ぶことが有利とはいえません。

1992年の大統領選挙でクリントンがゴアと組むことで新しい民主党のイメージ(ニュー・デモクラッツ)を作り上げて成功しましたが、今回のオバマ・バイデンの組み合わせにはそうした新鮮味はまったくなく、“変化”を訴えるオバマ議員の戦略としてはやや稚拙の感が否めません。ただカトリック票や組合票を獲得するには、バイデン議員はプラスかもしれない。バイデン議員のデラウエア州の選挙人は3人に過ぎません。出身地のペンシルバニア州での得票は期待できるでしょうが、副大統領候補としては魅力に欠けるのは間違いありません。

マケイン議員がペイリン知事を選んだと発表したとき、クリントン支持派の人々は「オバマ議員はクリントン議員を副大統領に選ばなかったことで後悔することになるだろう」と語っています。

1件のコメント »

  1. オバマ候補のジョークとしては以前下記のものを抜粋していました。
    (NYTまたは Washington Postより)

    Still, Obama seemed to borrow anew on Tuesday at an outdoor rally in San Antonio —
    this time from former foe John Edwards. Criticizing pharmaceutical companies’ ads,
    Obama joked: “You know those ads where people are running around the fields,
    you know, they’re smiling, you don’t know what the drug is for?”

    カタルーニャ新聞イラストレーター

    コメント by satoco gracia — 2008年9月12日 @ 20:30

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