中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/10/30 木曜日

オバマ政権誕生の可能性高まる―期待高まる“新ニューディール政策

Filed under: - nakaoka @ 3:58

11月4日の大統領選挙までわずかとなりました。マケイン陣営は必死の巻き返しを図るが、もう時間的にも、政策的にも時間切れになる可能性が強くなっています。その焦りからか、マケイン陣営はオバマ候補の個人的な中傷などダーティな攻撃を仕掛けていますが、逆効果になっているようです。アメリカの「RealClearPolitics」は世論調査をまとめて発表し、平均値を取っています。それによると10月22日から28日の間に行われた世論調査の平均値はオバマ支持が50%、マケイ支持が44%となっています。その差は6ポイントと開いており、大勢はほぼ決まったとの見方が強い。そのため焦点は選挙結果よりも、オバマ候補がどうした政策を取るかに移ってきています。

10月15日、オハイオ州でオバマ民主党大統領候補とマケイン共和党大統領候補の三度目の公開討論会が行われた。討論会直後の世論調査ではオバマ候補の支持率が上昇する結果が示された。今回の公開討論会はマケイン候補にとって最後のチャレンジであった。サラ・ペイリン・アラスカ州知事を副大統領候補に選出した共和党全国大会直後の世論調査ではマケイン候補の支持率がオバマ候補の支持率を上回ったが、それ以降、マケイン候補の支持率はじり貧を続けていた。

10月10日から13日に掛けて行われたニューヨーク・タイムズ紙とCBS放送の共同調査で「今、投票が行われるとすると誰に投票するか」との問いに53%がオバマ候補と答え、マケイン候補と答えた39%を14ポイントもリードする結果が出た。11月4日の投票日まで一カ月を切った段階で支持率が二ケタ台にあるということは、マケイン候補にとって絶望的状況と言えよう。最近、マケイン陣営がオバマ候補の人種問題や若いころの過激派との交遊などを問題にするなど人身攻撃的な傾向が強くなっているのは、劣性に対する焦りを反映していることは間違いない。

超保守派のペイリン知事を副大統領候補に指名することで共和党内の保守派の支持を得ると同時に、選挙の争点を中絶問題や同性婚問題など価値観を巡るテーマにシフトさせる狙いがあった。それはブッシュ大統領が地滑り的勝利を収めた2004年の選挙戦略を再元することであった。しかし、9月中旬から始まった金融危機はマケイン候補にとって抗しがたいほどの逆風となった。多くの論者は金融危機の原因はブッシュ政権の経済政策にあったと批判し、マケイン議員もそうした世論を受けて「私はブッシュ大統領ではない」と弁明に追われた。

ただひとつ不確定要因があるとすれば、「有権者の嘘」である。すなわち世論調査が必ずしも投票結果に結びつかないことがあるということだ。それは“ブラドリー効果”と呼ばれている。1982年のカリフォルニア州知事選挙で立候補した黒人のロセンジェルス市長が、ほとんどの世論調査で勝利が予想されていたにもかかわらず、敗北した例がある。敗北の最大の要因は黒人であることであったが、世論調査では回答者は必ずも本音を語っていなかったのである。

今回の大統領選挙で“ブラドリー効果”が出てくるかどうか判断できない。ただリベラル派の多くは「もしオバマ候補が負けることがあれば、それは人種問題が原因である」と語っている。九分九厘、オバマ候補の勝利は堅いと思われるが、まだ100%とは言えない。

焦点は大統領選挙そのものよりも、オバマ政権の政策に移りつつある。と同時にアメリカの政治がどう変わるのかが最大の関心事になりつつある。アメリカの政治は保守派対リベラル派の明確な思想的対立軸を中心に展開してきた。1980年の大統領選挙でドナルド・リーガン政権が誕生し、アメリカは社会的にも、政治的にも保守化が急激に進んできた(そうした思想と政治の動きに関しては中央公論新社から出版されている拙著『アメリカ保守革命』を参照)。
 
経済政策に関していえば、財政均衡、小さい政府、市場主義経済、規制緩和などが柱となってきた。オバマ政権の成立は、約30年続いてきた保守主義思想に基づく政策の転換を意味する。さらに言えば、忘れられかけていたケインズ経済学のルネサンスが始まるとの議論も聞かれる。それは「小さい政府」から「大きい政府」への転換でもある。

その兆候は既に出ている。オバマ候補は減税や積極的な財政支出を主張している。公約の中にはクリーン・エネルギー開発や雇用創出のために10年間で1500億ドルの支出やインフラ整備のための600億ドル、中産階級や中小企業を対象とした減税、住宅ローン減税など支出プログラムや減税政策が目白押しになっている。アメリカの研究機関タックス・ポリシー・センターは、そうした政策を実施に移せば10年間で税収は2.8兆ドル減ると推定している。現状をベースに推定した財政赤字は七五〇〇億ドルに達すると見られる。金融機関救済に伴う新たな財政支出やイラク戦争などの戦費はまだ続き、医療保険制度の改革を進めれば、さらに財政支出規模は拡大するだろう。既に民主党は6月に実施した1000億ドルに規模の戻し税に加え、さらに景気刺激を目的に減税を行うことを主張している。

6月の減税政策は効果がなかったと言われる。レーガン政権で大統領経済諮問委員会の委員長を務めたマーチン・フェルドシュタイン・ハーバード大学教授は、戻し税のうち支出に回ったのは10%から20%で、残りは貯蓄や借金返済に回ったと推定している。いわばケインズ経済学が主張している乗数効果は発揮されなかったわけだ。にもかかわらず民主党は新たな減税を主張している。

大統領選挙と同時に行われる連邦議会選挙では下院は民主党が圧勝し、上院も総議席数100のうち民主党が56議席から60議席を占めると予想される。大統領が民主党で民主党が両院で多数を占める状況が生まれることになる。それは1993年のクリントン第一期政権以来のことである。1994年の中間選挙で共和党が両院の過半数を占め、それが2006年の中間選挙まで続いている。その間、民主党は議会の少数派としての悲哀を味わってきた。しかし与党になり両院の圧倒的多数を占める状況の中で民主党リベラル派が息を吹き返しつつある。

民主党はリベラル派と中道派に分かれている。クリントン大統領は中道派を代表し、財政均衡など保守派に近い主張をしてきた。保守主義がアメリカ社会を席巻する中で、それは避けられない選択であったかもしれない。しかし、現在の状況は世論の保守離れを背景に再びリベラル派が勢いを取り戻しつつある。中道派は財政赤字拡大に反対するなど、リベラル派と一線を画している。

リベラル派がイメージする政府とはフランクリン・ルーズベルト政権である。大恐慌の最中の1993年に成立した同政権は公共事業などを柱とするニューディール政策を打ち出し、政府が大きな役割を果たすことを主張した。すなわち「大きな政府」を積極的に擁護してきた。そうした政策がピークに達したのは1963年に成立したジョンソン政権の「偉大な社会」プログラムであった。しかし、リベラル派はその後様々な面で後退を迫られてきた。オバマ政権の誕生で、民主党内のリベラル派が勢いついている。まさにアメリカは大恐慌と同じような経済危機の最中にあり、政府に対する期待感も高まっている。リベラル派は、この絶好の機会を利用して、アメリカ政治の潮流を変えようとしている。

ではオバマ候補は、リベラル派に組みするのか、それとも中道派に軸足を置くのか、どちらなのであろうか。アメリカの政治専門誌『ナショナル・ジャーナル』は上院での投票行動を分析し、オバマ候補は最もリベラルな議員であると評価している。選挙運動の中でオバマ候補は軸足を中道に移す動きを見せていた。それは選挙戦略なのか、あるいは実際的な状況の中で迫られた政策選択なのか分からない。

「変革」を主張するオバマ候補に大胆な政策を期待する声は多い。オバマ候補をルーズベルト大統領に重ね合わせ、新しいニューディール政策を期待する人は多い。特に経済危機の中で、危機を打開する政策への期待は高まってこよう。ルーズベルト大統領は就任後100日間に主要な政策をすべて打ち出した。オバマ候補は最初の100日にどのような政策を打ち出すのであろうか。

2件のコメント »

  1. どの記事も興味深く読まさせていただいています。

    本文の一番最後の「マケイン」は「オバマ」の間違いではないのですか?

    コメント by 遠藤真也 — 2008年10月30日 @ 10:42

  2. 参考にさせていただきます。

    コメント by ホスクラ — 2008年12月5日 @ 09:55

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