中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/11/30 日曜日

オバマ大統領首席補佐官ラーム・エマニュエルとは何者か

Filed under: - nakaoka @ 13:20

アメリカの政治の仕組みはなかなか分かりにくいところがあります。ホワイトハウスが政権の中心で、その外側に実際の行政を運営する省や局があります。ホワイトハウスの主要なスタッフ(例えば国家安全保障会議や国家経済会議の議長など)と長官などでキャビネット(内閣)が構成されます。そうした権力構造の中で一番大統領に近く、影響力を持っているのが首席補佐官です。国務長官でもアポなしでは大統領に会えないこともあります。大統領への距離が権力への距離を示し場合もあります。首席補佐官は単に政策のアドバイスをするだけでなく、大統領とは個人的に関係を持っているのが普通です。オバマ大統領が最初に示ししたのが主席補佐官で、選挙参謀であり、下院議員のラーム・エマニュエルです。以下、彼の紹介をします。

米大統領選挙はバラク・オバマ民主党候補の地滑り的な勝利で終わった。8年振りに民主党政権が誕生する。同時に下院と上院ともに民主党が多数を占めた。ホワイトハウスと議会の両方を民主党が支配するというのは、1979年のカーター政権以来のことである。

アメリカの一部のメディアは、81年のレーガン政権誕生から始まった保守化の流れが変わり、これからはリベラルな民主党の長期政権の時代が来ると予想している。折しも大恐慌に匹敵する深刻なリセッションを招きかねない金融危機の直撃を受けていることから、ルーズベルト大統領のニューディール政策に匹敵する大胆な“新ニューディール政策”を期待する声も高まっている。

しかし、まだオバマ政権の姿は見えていない。選挙戦の中で様々な政策が出されたが、政策の全容は明らかではない。その大きな手がかりとなるのが、オバマ次期大統領の最初の人事である。選挙参謀のラーム・マニュエル下院議員を大統領首席補佐官に指名し、同議員も受諾する意向を明らかにしている。

この人事は様々な憶測を生んでいる。共和党からは、オバマ次期大統領が唱えていた“超党派”政治を裏切るものであるという批判が出てきている。マニュエル議員はある意味では最も党派的な人物と見られているからだ。民主党の中にも疑問視する声も聞かれる。この人事が与野党から批判されたり、疑問視されるというのは、それだけ同議員の存在感が大きいという裏返しかもしれない。

主席補佐官は大統領の右腕であり、極めて大きな影響力を持つ。政治能力や行政能力だけでなく、大統領の個人的な信任を得ていることが任命の大前提となる。それだけに誰が首席補佐官になるかで政権の傾向が伺えると言っても過言ではない。また首席補佐官はホワイトハウスを実質的に運営する立場にあり、常に大統領と行動を共にする。国務長官といえどもアポなしで大統領に会うことはできないが、首席補佐官は大統領執務室に最も近いところにオフィスを構え、いつでも大統領に会うことができる立場にある。

ではなぜオバマ次期大統領はマニュエル議員を首席補佐官に選んだのであろうか。

同議員は1959年生まれの49歳、身長は約一七二センチとアメリカ人としては小柄である。シカゴ生まれのユダヤ人で、30代の後半から政治と関わり始めている。一九八九年にシカゴ市長選挙で、現在、シカゴの政界を牛耳っているリチャード・デイリー市長の選挙運動に参加したことから政治活動に入って行く。特に選挙資金集めでは抜群の能力を発揮した。デイリー市長の下でシカゴ政界をベースに着実に政治的な地歩を固めていった。彼のやり口は極めて強引で、”ランボー”というニックネームがついたほどだ。これは映画「ランボー」をもじって、ファーストネームの”Rahm”をひねって”Rahmbo”と名付けたものである。

そうした実績を背景にビル・クリントン氏が大統領選挙に出馬したときも選挙資金集めで活躍している。同氏が大統領に当選した後、大統領の政治顧問に就任し、クリントン大統領のインナー・サークルのメンバーになっている。ただ極めて傲慢で、同僚を睥睨するところがあり、必ずしも周囲から好かれてはいなかった。ヒラリー・クリントンなどホワイトハウスのスタッフは彼を放逐しようとしたが、彼は「クリントン大統領が私に向かって直接言うのなら聞くが、それ以外は受け付けない」と拒絶し、6年間にわたって政治顧問の地位に留まっている。その強引さでワシントンの政界を生き抜いてきたと言われている。

クリントン政権を去った後、M&A専門の投資銀行ワッサースタイン・ペレラ社に勤めている。その時の経験が金融危機に対処する際に役に立つとの見方もある。2002年にシカゴに戻りデイリー市長の支持を得て下院選に立候補し当選を果たしている。下院議員に当選すると持ち前の強引さを発揮し、短期間で党内第四位にランクされる地位に就いている。2006年の中間選挙では民主党下院選挙委員会委員長として采配を振い、民主党を下院の多数派に復帰させる成果を上げている。

同議員は「勝つためには何でもする」という選挙戦略を展開する。中絶反対という保守的な思想を持っていても現職の共和党議員に勝てると見込みがある人物であれば候補者として擁立するなど、従来の民主党には見られない大胆な選挙戦略を展開している。今回の選挙でも同様な戦略を展開し、それが民主党が議席を増やした一因となっているのは間違いない。民主党の中に同議員に対する反発はあるが、民主党に勝利をもたらした実績の前に公前と批判しにくい雰囲気になっている。

クリントン元大統領は雑誌のインタビューに答えて「エマニュエル議員の政治スタイルは新しいアイデアと古い価値の両方に根ざしている」と語っている。すなわち発想は新しいが、政治スタイルは古いというわけだ。言いかえれば、目的を達成するためには何物をも辞さないという現実主義者でもある。

思想的には中道右派に近いと見られている。クリントン政権を支えたのも、ニューデモクラッツの思想に共鳴するところがあったからだろう。逆にいえば民主党内のリベラル派には嫌われている。ただワシントンの政界には精通しており、民主党のみならず共和党内にも広範なネットワークを持ち、メディアに対しても大きな影響力を発揮している。オバマ次期大統領は上院議員一期目でワシントンでは新顔であることから、議会対策などでマニュエル議員に期待するところは大きいと思われる。しかも政策を実現するためには何でもするという同氏の現実主義はオバマ次期大統領にとって代えがたいものであろう。

極めて党派的な人物との批判があっても、オバマ次期大統領にとってエマニュエル議員は欠くことのできない存在になるかもしれない。ただ自信家で何でも公言して憚らない性格の同議員は、抑制気味な姿勢を貫いているオバマ政権の中で異質な存在になることは間違いない。また対立的な姿勢が共和党の反発を招き、民主党の議会運営を難しくする懸念もないわけではない。

政策に関してはどうなのであろうか。最近、メディアは“新ニューディール政策”という言葉を頻繁に使っている。おそらく、その言葉を最初に使ったのはエマニュエル議員ではないかと思われる。同議員は3月19日の『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙に「A New Deal for the New Economy(新しい経済のためのニューディール)」と題する一文を寄せている。その中で「私は新しい経済のためのニューディールを提案する」と、四つの政策を提言している。その四つの提言とは、①経済の競争力を維持するために労働者の教育と訓練を充実すること、②良質で保険料の安い皆保険制度を設立すること、③新エネルギーや代替エネルギーの開発を促進すること、④貯蓄を増やすために新たな貯蓄制度の導入である。こうした政策はオバマ次期大統領の公約の中に織り込まれている。そして政府は労働者と新たな“社会契約”を結び、共和党の政権下で犠牲を強いられてきた中産階級を重視すべきだと主張している。

エマニュエル議員を首席補佐官に指名したのが吉と出るか、凶と出るかまだ分からない。ただ『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙は、エマニュエル議員の役割はリベラル派からの圧力を排除し、オバマ政権を中道に維持することであり、今回の人事は評価できると書いている。とするなら最もリベラルな議員だと言われていたオバマ次期大統領はエマニュエル議員を首席補佐官に指名することで中道にシフトすることを意味するのだろうか。それとも将来、両者の間に亀裂が生じる予兆を含んでいるのだろうか。

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