中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/12/16 火曜日

バラク・オバマに関する2つの省察:ニューディール政策とオバマ

Filed under: - nakaoka @ 0:59

なんだか最近のメディアの報道ぶりは「新ニューディール論」ばかりです。この1か月、このテーマで随分原稿を頼まれました。ICUで政治思想史を教えているので、従来は保守主義運動を中心に教えてきたのですが、今学期はニューディール・リベラリズムと保守主義の比較に重点を置こうと思っています。最近の経済学の評価では、ルーズベルト大統領のニューディール政策は失敗だったというのが通説になりつつあります。リベラル派を代表するポール・クルーグマン教授もそれは認めています。彼の論理は、もっと大胆に公共事業をしなかったこと、地方政府が歳出削減をして連邦政府の拡張政策を相殺したこと、ルーズベルト大統領が財政赤字を心配して途中で増税をしたために結果的にニューディール政策は世間で言われているほど効果がなかったということです。そこで同教授は、だったら今回は財政赤字のことなど心配しないで財政政策を発動すべきだと主張しています。この20年の経済学の議論は、眼前にある危機の前に急に無力になったようです。以下はある小冊子に書いた原稿です。

オバマは第2のルーズベルトになれるのか

バラク・オバマ次期大統領はルーズベルト大統領になりえるのだろうか。彼にとってルーズベルトが大きな目標であることは間違いない。民主党全国大会で党の大統領候補に指名された後の受諾演説の中で「我が党はルーズベルトの党である」と述べている。まさに民主党はルーズベルトが基礎を築いてリベラリズムの上に立っている。保守主義がアメリカ社会を席巻しリベラリズムという言葉が魅力を失ったこともあったが、オバマの登場は民主党が再びリベラル派の原則に戻ることを意味している。

さらにオバマは受諾演説の中で「政府がすべての問題を解決できるわけではないが、私たちができないことは政府が代わって行うべきだ」と、政府の果たすべき役割を積極的に評価している。それはレーガン大統領の「政府が問題を解決するのではなく、政府こそが問題だ」という言葉を意識したものであることは間違いない。保守主義者は、政府ではなく市場が問題を解決すると主張していた。小さい政府、規制緩和、自由競争は、そうした考え方からでてきたものである。だが無制限な市場主義は金融危機を招き、アメリカ国民を深刻なリセッションの瀬戸際に追いやった。国民の間に政府が何かをすべきであるという主張が出てきても不思議ではない。

オバマの言葉は、そうした国民の思いを受け止めたものであろう。ルーズベルトは四四年の一般教書演説の中で「どれほど国民の生活水準が上昇しようとも、10分の1の人々が飢え、着る物がなく、不安定な状況に置かれているなら、満足してならない」と国民に語りかけている。こうした精神がニューディール政策を支えた。今、オバマへの期待は高まっている。彼は、新ニューディール政策で国民の期待に応えることができるのだろうか。

実はオバマ自身、ニューディールという言葉を使ったことはない。筆者の知る限りでは、次期政権の政策に関連してニューディールという言葉を使ったのは、大統領首席補佐官に指名されたラーム・エマニュエル下院議員である。オバマが最も信頼を寄せる彼の発言は、オバマの考え方を反映したものでもある。彼は『ウォール・ストリート・ジャーナル』(3月19日)に「新しい経済のためのニューディール」と題する記事を寄稿し、その中で「アメリカの労働者が感じている不安に対する唯一の解決策はアメリカ人が信頼できる“新しい社会契約”を締結することである」と書いている。

さらに「新しい社会契約」として4つの政策を提言している。①国民が国際社会の中で競争的であるための教育や訓練、②誰でも利用できる医療制度、③海外への原油依存度を低下させ、環境や消費者を守るため新エネルギーの開発、④社会保障以外に生活の糧のない人々が利用できる貯蓄制度の確立である。それはルーズベルトが主張した「雇用の確保」「住宅の確保」「医療制度の確立」「経済的な安定の確保」「教育を受ける権利」など8つの政策と対応するものである。おそらくルーズベルトとオバマに共通があるとすれば、国民の目線に立った政策だろう。

ニューデフィール政策というと、すぐに公共事業や減税を通して雇用創出が話題になる。しかし本当のニューディール政策は、政府と国民が“新しい社会契約”を締結し、それに基づいて政策を実施することである。新しい時代には新しい社会契約が存在する。オバマに期待されているのは、“新しい国家”の在り方を示すことであるのではないだろうか。

理論的な枠組みが見えないオバマノミクス

2009年1月20日、第44代米大統領が誕生する。オバマ次期大統領はアメリカ初の黒人大統領であるだけでなく、レーガン政権から続いた保守の政治理念と経済政策を根底から変えると期待されての登場である。

アメリカに端を発した金融危機は世界同時不況に発展する兆しを見せており、アメリカ経済も深刻なリセッションに陥ることは間違いない。既に欧州各国はリセッションに陥り、途上国にも深刻な影響が及びつつある。新大統領の前途には大恐慌にも匹敵する厳しい経済状況が待ち構えている。オバマ次期大統領のリベラリズムの復活は、1933年に大統領に就任し、大胆なニューディール政策を実施に移したフランクリン・ルーズベルト大統領のイメージと重なり、人々は次期大統領に“新ニューディール政策”による不況の克服を期待している。

11月24日、シカゴで行った記者会見で次期大統領は直面する経済危機に関して「私たちが直面する挑戦を過小評価することはできないが、だからといってそれを処理する私たちの能力も過小評価すべきではない。私立ちの持ち前の断固たる決意と楽観主義の精神を奮い立たせ、新たな雇用を創出し、金融システムを改革し、長期的な経済成長を実現しよう」と呼び掛けた。次期大統領は、経済問題を最優先課題に掲げている。その柱は雇用対策である。2年間で250万人の新規雇用を創出する目標に打ち上げ、道路や橋梁建設などの大胆な公共事業と中産階級を対象にする減税を実施する意向を明らかにしている。景気刺激策の規模は5000億㌦を超えると予想され、選挙中に公約していた1750億㌦をはるかに上回るものになる。

新政権の国家経済会議議長に指名されたローレンス・サマーズ・ハーバード大学教授は景気刺激策に関して「当面は財政赤字にとらわれず大胆な政策を行うべきである」と次期大統領に進言している。プリンストン大学のポール・クルーグマン教授も「ルーズベルトのニューディール政策が思ったほどの成果を上げることができなかったのは、大統領が大胆な財政支出をせず、しかもその財政支出は途中で腰砕けに終わってしまったことだ」と述べ、新政権に対して「短期的な財政赤字を無視してでも景気回復に努めるべきだ」と、サマーズ教授と同様な政策を勧告している。
こうした主張に応えるようにオバマ次期大統領は選挙中に主張していた富裕層に対するブッシュ減税を中止し、中産階級の減税に回すと主張していたが、同減税を2011年に期限が切れるまで継続すると方向転換している。財政刺激策の財源については何の説明もないまま、財政赤字が1兆㌦を超えると予想されるなかでの“超ケインズ主義”の復活である。

1980年に誕生したレーガン政権も厳しい経済状況の中で出発した。大幅減税を実施し、経済を復興させた。だが、その政策の経済論理の是非は別にしても、“レーガノミクス”にはマネタリズム、サプライサイドの経済学、財政均衡主義といった経済理論の枠組みがあった。だが“オバマノミクス”には今のところ論理的な枠組みが見当たらない。サマーズ教授はクリントン政権の財務長官として財政均衡を実現した人物である。その彼が財政赤字を無視して超積極的財政政策を主張している。状況が変われば経済論理も変わるということか。新政権の経済スタッフがどういう経済理論の中で“オバマノミックス”を語るのか興味あるところだ。

2件のコメント »

  1. [...] 中岡望の目からウロコのアメリカ » バラク・オバマに関する2つの…に書いた原稿です。 オバマは第2のルーズベルトになれるのか バラクオバマ次期大統領はルーズベルト大統領に [...]

    ピンバック by オバマ 一般教書演説って、イケテルじゃんって感じです。 | キーワードライブ — 2011年1月26日 @ 16:11

  2. [...] 中岡望の目からウロコのアメリカ » バラク・オバマに関する2つの…に書いた原稿です。 オバマは第2のルーズベルトになれるのか バラクオバマ次期大統領はルーズベルト大統領に [...]

    ピンバック by オバマ 一般教書演説について、考えてみるブログ。 | 旬キーワード — 2011年1月26日 @ 16:21

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=269

コメントはお気軽にどうぞ