中岡望の目からウロコのアメリカ

2009/2/10 火曜日

オバマ政権の通商・為替政策:中国人民元問題とバイアメリカン条項

Filed under: - nakaoka @ 10:08

1月20日、オバマ政権が誕生しました。それから3週間経ちました。すこしずつオバマ政権の政策が明らかになってきています。オバマ大統領が最優先課題という経済問題に関しては2月28日に下院が「アメリカ復興・再投資法」を可決しました。総額8190億㌦と史上最大の規模です。ただ下院共和党議員は全員反対、民主党議員も11人が反対に回り、オバマ大統領の狙った超党派支持は実現しませんでした。現在、上院で同法案は審議中で、今週中には成立する見込みです。成立した時点で、さらに詳しく分析します。今回は、オバマ政権の為替政策についてお伝えします。ティモシー・ガイトナー財務長官は上院の承認を得て、正式に長官に就任しました。しかし財政委員会の質問に対して書面による回答の中で「中国の人民元は操作されている」と指摘、大きな波紋を呼んでいます。円についても言及しています。今回はガイトナー証言の紹介と、その背景を分析します。また「アメリカ再生・再投資法」の中に「バイアメリカン条項」があります。極めて保守的な内容で、オバマ政権の保護貿易に傾斜する懸念が強まっています。その問題も合わせて分析しました。

【上院財政委員会への回答】
アメリカでは閣僚クラスのポストに就任するためには議会での承認が必要です。候補者は担当委員会(たとえば国務長官は上院外交委員会、司法長官は上院司法委員会など)で開かれる公聴会に出席し、議員の質問に答えなければなりません。場合によっては、委員会は承認を拒否することもあります。1月21日にガイトナー財務長官の公聴会が上院財務委員会の質問に対して書面で回答しています。その中に為替相場、特に中国の人民元に関する質問がシューマー上院議員から質問がありました。同議員は中国に対して厳しい姿勢を取っているので知られています。まず同議員の質問と、それに対するガイトナー財務長官の回答の全てを紹介します。

シューマー議員:「私は5年以上にわたって中国の為替政策で中国に圧力をかけている上院議員の指導的な立場に立つ一人であることは、あなたも御存じでしょう。最初に私はグラハム上院議員と共同で中国からの全輸入品に対して関税を課す法案を提出しました。続いて、ボーカス議員とグラスリー議員が提出した法案の共同提案者になり、同法案は上院財政委員会で20対1で可決されましたが、最終的には法律になりませんでした。オバマ大統領は大統領選挙の終盤に中国の為替政策に関してほんの少しだけ言及していました。しかし、具体的な提案は行っていません。私が知りたいのは、我が国や世界が直面する経済問題のために中国の通商政策を巡って中国と対峙することが短期的に“より重要”かつ緊急であると考えるのか、あるいはそれほど重要でないと考えるのか知りたい。私はこの問題(通商問題と為替問題)に関して政府の見解を理解したいと思っています。なぜなら、一部の人たちはアメリカの不安定な経済情勢なためにアメリカは現在行動を取るべきではないと主張しているが、他の人たちは今、何か意味のある行動を取るべきだと主張しています。政府はどちらの立場を取っているのですか」

ゲイトナー財務長官:「オバマ大統領は非常に多くの経済学者が出している結論を受けて、中国は為替相場を操作していると信じています。オバマ大統領は中国の為替政策を変更させるために利用できるすべての外交手段を積極的に活用すると、大統領として約束しています。オバマ大統領は、上院議員時代に通貨操作国を決定するアメリカ政府の手続きを強化し、新しい強制的な権限(を政府に)付与することで中国のような国が公平な貿易の原則を損なうことができないようにする厳しい法案の共同提案者になっています。問題は、いつ、またどのように害よりもより多くの益をもたらすような方法で問題に取り組むかです。オバマ政権の新しい経済チームは、経済の経済環境のもとで通貨の再調整をどのようにすれば実現できるか総合的な戦略を構築中です」

【円相場に関するガイトナー財務長官の発言】
また、ガイトナー財務長官は円相場に関する質問に対して次のような回答をしています。「アメリカの貿易相手国が対為市場で為替相場が弾力的に決定される制度で為替相場を運用することはアメリカや世界経済にとって重要なことだと信じています」と語り、日本が5年間にわたって市場介入をしていないことに関して、「私は非常に良い政策だと思っている」と答えています。日本は2004年3月以降、為替相場への介入を一度も行っていません。それ以前は円相場が1ドル100円を超える円高になるのを阻止するために巨額の資金を使って市場介入をしていました。しかし、現在、円相場はドルに対して13年来の高値を付けていますが、日本政府は円高を阻止する介入を行っていません。今回のガイトナー長官の発言は、そうした日本政府の政策を支持すると同時に、今後も市場介入をしないように注文をつけたものであるとアメリカのメディアは解説しています。

【オバマ大統領の考え方と人民元切り上げを求める理由】
オバマ大統領はガイトナー財務長官の発言にあるように、中国の通商政策、通貨政策に関して批判的でした。2年前、当時上院議員であったオバマ大統領とヒラリー・クリントン国務長官はブッシュ大統領とポールソン財務長官に中国に人民元の切り上げを要求することを求める書簡を送っています。またオバマ大統領は大統領選挙中の昨年7月にテレビのインタビューに答えて、人民元の切り上げを求める必要があると語っています。民主党は2006年の中間選挙から貿易の不均衡でアメリカの雇用が失われていると主張し、雇用の海外へのアウトソーシングを規制する必要があると主張していました。特に中国とは大きな貿易不均衡を抱え、アメリカの雇用を守るためにも中国の通商政策と通貨政策を変更させるべきだと主張しています。シューマー議員の発言にもあるように、議会は中国に対して厳しい姿勢を取ってきました。人民元は過小評価されているとして、それに相当する額の関税課すべきだという法案も提出されています。オバマ大統領も、上院議員時代は他の議員と同様に中国に対して厳しい姿勢を取っていました。また選挙運動中は国際的な通商協定に関しても批判的で、カナダやメキシコとの間で締結しているNAFTA(北米自由貿易協定)の見直しが必要だと主張しています。

そうしたオバマ政権の保護主義的な姿勢は今後強まると予想されます。その理由は国内経済問題にあります。アメリカの雇用情勢の悪化は厳しく、おそらく日本よりも遥かに厳しい状況にあると思われます。オバマ大統領にとって景気対策は最優先課題で、既に指摘したように巨額の財政支出を行う準備をしています。しかし、いくら国内で需要喚起を図っても、その分、輸入が増えれば、国内の雇用効果はなくなってしまいます。すなわち100の重要喚起を行っても、輸入が100増えれば、国内の生産はもちろん、雇用も増えることはありません。景気政策を効果的にするには輸入が増えないようにする必要があるのです。その方法のひとつは、為替調整です。最大の貿易不均衡を抱える中国からさらに輸入が増えれば、景気政策も台なしになってしまいます。議会では貿易不均衡の要因は、中国政府が為替操作を行い、人民元を人為的に低く抑えているからだと主張する議員がたくさんいます。そうした要因も加わり、オバマ政権は中国に対して人民元の切り上げを求める可能性があります。ただ為替相場を調整しても、貿易不均衡が是正されるわけではありませんが、中国に人民元切上げを求めることは政治的には意味があるかもしれません。

【オバマ政権と円相場】
なお日本の円に関しては、次のように考えることができます。前述したように財務省・日銀は2004年3月以降、市場介入をまったくしていません。ガイトナー財務長官も、「それは好ましい政策である」と支持する発言をしています。しかし、もし円高相場が続けば、日本経済に甚大な影響が及ぶことになるでしょう。その際、日本は2つの選択を迫られると予想されます。市場介入をして円高に歯止めをかける、あるいは円安相場に誘導することです。あるいは財政政策を発動して景気浮揚を図ることです。逆にいえば、オバマ政権はアメリカの景気政策を効果あるものにするために、世界的なリフレ政策(景気浮揚政策)を求めてくるでしょう。もし日本が積極的に財政政策を発動して、景気浮揚を図らないと、さらに円高を求めてくるでしょう。日本政府は財政赤字問題を抱え、オバマ政権のような大胆な景気刺激策を取るのは難しいでしょう。とすると政治的に円高圧力がかかることは十分に予想されます。いずれにせよ、中国と同様、巨額の対米貿易黒字を抱える日本も、厳しい選択を迫られる可能性があります。

【財務省の為替操作に関する調査】
アメリカでは財務省は年に2回、議会に対して世界の為替相場の動向と各国の為替政策の状況に関する報告書を提出しなければなりません。そのなかで、もし為替相場を操作している事実があると、財務省は報告書の中で、その国を“為替操作国(currency manipulator)”として報告しなければなりません。為替操作国に指定されると、財務省はその国に対して報復を含めた何らかの対応策を講じなければなりません。議会は財務省に対して中国を“為替操作国”に指定するように圧力をかけ続けています。しかし、ブッシュ政権のもとにあった財務省は議会の圧力を退けて、「中国は為替操作をしていない」「人民元相場は市場で決まっている」という報告を繰り返しおこなっています。実はブッシュ政権と中国政府は極めて友好な関係にありました。特にポールソン前財務長官はゴールドマン・サックス時代から親中国派として知られていました。数えきれないほど中国をビジネスだけでなく、個人的にも訪問し、中国人脈を誇っていました。また米中経済戦略対話を年2回開き、閣僚クラスでの対話を進めていました。

財務省は過去1度だけ、クリントン政権時代に中国を為替操作国に指定したことがありますが、それ以外は議会の圧力にも拘わらず一貫して中国は為替操作をしていないという報告書を提出し続けています。しかし、ガイトナー財務長官は「オバマ大統領は中国が為替相場を操作していると信じている」と語っており、景気政策とも絡み、中国に対して厳しい政策を取ると予想されます。

ただアメリカにも弱みがあります。それは中国政府が大量の財務省証券(国債)を購入しているということです。中国は貿易で稼いだ外貨を公的な外貨準備として積み上げています。最近時点の統計では、中国の外貨準備は1兆9500億㌦に達しています。その大半はアメリカに再投資されているのです。オバマ政権は巨額の財政刺激策を講じようとしていますが、当然、資金調達のために財務省証券を発行しなければなりません。現在、財務省証券の6割程度が海外の投資家(政府と民間を含めた)が購入しています。もし為替問題で中国に圧力をかければ、中国の対米投資にブレーキがかかるかもしれません。それは財務省証券の最大の買い手がいなくなることを意味しています。仮にオバマ政権が中国政府に人民元切上げを求め、それが実現しない場合、なんらかの報復措置を講じる事態になれば、両国関係が一気に緊張することは間違いありません。しかし、対中貿易、人民元問題を放置することは、国内の景気政策を空洞化する懸念もあり、オバマ政権にとっても厳しい選択を迫られることになるでしょう。ガイトナー発言が報道されると、資本市場では財務省証券が売られ、価格が下落し、利回りが上昇しています。ガイトナー発言を受けて、10年物の財務省証券の利回りは2.59%から2.65%に上昇しています。30年物財務省証券の利回りは3.26%から3.36%へ上昇しています。市場は米中関係が悪化すれば、中国の財務省証券購入が減ることを懸念しているのです。要するに市場は既に敏感に反応しているわけです。

【保護主義的傾向を強めるオバマ政権】
為替相場問題以外でも、オバマ政権は保護主義的な色彩を強めています。選挙運動中にNAFTAの見直しを行うとオバマ大統領は選挙公約をしています。それが具体的にどのような形になるか不明ですが、なんらかの行動を取ることになるでしょう。実は、それ以前に既に極めて保護主義的な対策が取られつつあります。それは「アメリカ再生・再投資法」の中にある「バイアメリカン条項」です。先ほど触れたように、いくら国内で刺激策を講じても輸入が増えたら、刺激効果は相殺されてしまいます。そのため、「バイアメリカン条項」が景気刺激法案の中に含められているのです。具体的には「アメリカ再生・再投資法」に基づいて橋や道路、ビルを建設する際に使われる鋼材はアメリカ製でなければならないというものです。日本ではほとんど注目されていませんが、これは重大な内容を含んでいます。カナダ政府とEUは即座に抗議しています。もし「バイアメリカン条項」が成立すれば、自由貿易の原則が侵されることになります。下院で成立した法案には、この条項が含まれています。上院の審議で、その扱いがどうなるかわかりませんが、今後の大きな焦点になることは間違いありません。日本の製鉄会社も対米輸出ができなくなる事態もありうるからです。いずれにせよ、中国の通貨政策への対応、「バイアメリカン条項」と、オバマ政権は保護主義的な色彩を強めていることは間違いありません。

【中国政府の反論と国際世論】
中国政府は当然、ガイトナー財務長官の中国が為替操作をしているとの発言に猛烈に反発しました。まず中国商務省は「中国政府は国際貿易で利益を得るために為替操作を行ったことはない」「為替政策の基本は相場の安定にあり、輸出を支援するために人民元切り下げに依存することはない」という声明を発表しました。

またIMFもガイトナー財務長官の発言に関して否定的なコメントを発表、現在の世界経済の状況のもとで人民元問題を取り上げることは好ましくないとしています。

中国経済の状況も大きく変わりつつあります。中国の輸出は10月、11月、12月と減少を続けています。12月の貿易黒字は390億㌦にまで縮小してきています。また外資の流出も増えてきています。12月の中国への外資流入額は前年同月比で5.7%減少しています。その結果、昨年第4四半期の外貨準備の増加額は400億㌦となり、2004年以降、最低の水準になっています。元相場は昨年8月26日に1ドル=6.78元と高値を付けた後、元安が進み12月1日に1ドル=6.8842元になっています。12月1日に人民元はドルに対して0.7%と過去最高の下落を記録しています。最近時点の相場(2月5日)は、1ドル=6.8367元です。市場では人民元相場は下落の可能性が強いというのが一般的な見方になっています。中国の輸出の伸びは急速に鈍化してきています。もし中国政府が為替市場に介入して人民元を買い支えなければ、人民元相場はさらに下落していたというのが専門家の評価です。中国政府は、今年は人民元の対ドル相場の下落を5%程度に抑えたいという意向を持っていると伝えられています。

オバマ政権は人民元は政策的に過小評価されていると批判していますが、市場では逆に中国政府の介入がなければ、もっと元安が進んでいるとみているのです。果たしてオバマ大統領の分析が正しいのでしょうか。それとも市場は十分に人民元を評価しているのでしょうか。市場の判断が正しいとすれば、人民元相場は弱含んでいくことになるでしょう。

5件のコメント »

  1. 中国による為替操作の可能性…

    ガイトナー米財務長官は10日、幅広く調査を行った上で中国が為替操作を行っているか判断すると示し「(中国が為替操作を行っているかについて)われわれは注意深く判断を行う。中国における為替制度運営で何が起きているかだけでなく、世界的にそのとき何が起きているか…

    トラックバック by ブログけんさく — 2009年2月11日 @ 05:56

  2. 中国の経済は徐々に鈍化してくるとは思います。オリンピックが終わった後に何があるのでしょうか?

    コメント by ガイ — 2009年2月21日 @ 09:23

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