中岡望の目からウロコのアメリカ

2009/2/16 月曜日

オバマ大統領の新ニューディール政策:オバマはルーズベルトになれるか

Filed under: - nakaoka @ 0:26

オバマ大統領の最初の政策である「アメリカ復興・再投資法(American Recovery and Reinvestment Act of 2009)」が議会を通過しました。今週にオバマ大統領が署名をして、法律は発効することになります。1か月にわたる議会での攻防を経て、やっと成立にこぎつけました。「超党派政策」を標ぼうするオバマ大統領は共和党に積極的に働きかけましたが、なかなか同意を得ることはできませんでした。特に下院では共和党議員は全員反対票を投じ、上院で3名の共和党穏健派議員の支持を得て、法案は成立しました。その間にオバマ大統領は多くの譲歩をしてきました。しかし、公共事業は効果がないと主張する共和党を説得することはできませんでした。それは党派性と同時にケインズ的な公共投資に対する意見の相違を反映したものでした。法案成立は確かにオバマ大統領の最初の勝利ですが、苦い勝利でもあります。この記事は1月中旬に書いたもので、数字などその後の過程を反映していない部分がありますが、御容赦を。なお、これは『週刊エコノミスト』に寄稿しあ記事のオリジナルです。

蘇るケインズ主義的な公共事業政策

世界経済の状況は日を追うごとに悪化の様相を強めている。1930年代の大恐慌の再来という予測も、無視できなくなってきている。1月28日、IMFは2009年の世界経済の修正見通しを発表した。見通しによると、世界経済の成長率は08年の3・4%から一気に0・2%にまで低下する。これは、第二次世界体制以降、最低の成長率である。先進諸国の経済状況はさらに悪く、OECD諸国全体でマイナス2%(前年は1%)、米国はマイナス1・6%、ユーロ圏はマイナス2%、日本はマイナス2・6%といずれも急激な悪化が予想されている。

世界の経済成長をリードしてきたエマージング諸国も状況は同様で、中国は前年の9%から6・7%へと急激な成長鈍化が予想されている。中国では成長率が8%を下回ると、雇用問題の深刻化から政治・社会問題が発生すると言われている。インドも7%台から5%台へと減速が予想されている。

IMFのオリビア・ブランチャード調査部長は、経済危機を克服するためには、まず金融制度の安定性の回復、金融・財政政策の迅速な発動が必要だと指摘する。しかし、巨額の不良債権を抱えた金融機関の急速な健全性の回復は見込めない。米国は7000億㌦の資金を使って金融機関に資本注入を行ってきたが、その成果は見られない。不良債権の処理が進まないだけでなく、巨額の資本注入にもかかわらず、銀行貸出の減少は続いている。大手13行は昨年10月から2000億㌦の資本注入を受けたが、貸出残高は第3四半期末から第4四半期末の間に700億㌦も減少している。資本注入で貸出を増やすという政府の思惑は完全に裏切られ、議会から政府の金融機関救済策に対する批判が出てきている。

もうひとつの政策手段である金融政策も、まったく効果を発揮していない。米国のFRB(連邦準備制度理事会)は政策金利を0%から0・25%にまで引き下げている。さらにFRBは財務省証券などの買いオペを進めることで、金融の量的な緩和を進める意向も示している。英国の中央銀行イングランド銀行も、政策金利を1・5%と同行の315年の歴史上、最も低い水準にまで引き下げている。ECB(欧州中央銀行)もベンチマーク金利を2%と同行設立以来最低の水準にまで引き下げ、近い将来、追加的な利下げも予想されている。

だが、世界的な超金融緩和政策にもかかわらず景気をIMFが予想するようにさらに悪化の度合いを強めている。金融政策は効力を失い、ケインズ経済学でいう“流動性の罠”が世界規模で起こっているのである。この10年間、財政均衡が強調され、金融政策が景気政策の主な役割を担ってきた。しかし金融危機を背景に金融政策は効力を失い、再び財政政策が注目され始めている。それは、もはや死んだと言われてきた“ケインズ経済学の復活”も意味している。今、世界的な規模で公共事業や減税を柱とする財政政策が発動されている。

ルーズベルト大統領のニューディール政策の意味

大恐慌に匹敵する厳しい経済情勢を背景に誕生したバラク・オバマ大統領に大きな期待が寄せられている。それは同時に大恐慌の克服を期待された登場したフランクリン・ルーズベルト大統領のイメージと重なり、オバマ大統領の「新ニューディール政策」への期待を高めている。現在、米議会ではオバマ政権の意向を受け、公共事業と減税を柱に最終的に1兆㌦の規模になると予想される超大型景気政策である「米国復興・再投資法」の審議が行われている。同法は1月28日に下院を通過し、焦点は上院の審議に移っている。同法は、オバマ政権の「新ニューディール政策」あるいは環境政策を重視した「グリーン・ディール政策」を具体的に表現するものである。

オバマ大統領の「新ニューディール政策」を評価するためには、ルーズベルト大統領のニューディール政策の経済的、社会的、思想的な意味を問い直してみる必要がある。

ルーズベルト大統領のニューディール政策は、単に大恐慌から経済を救い出す景気政策に留まらず、社会構造や国家の基本理念を根本から変えるほどの大きな影響を持った社会政策でもあった。米国は、その成立の過程からイデオロギーの国であった。国家の在り方を巡って中央集権的な強い国家の建設を主張するアレキサンダー・ハミルトン(初代債務長官)と、地方分権と連邦主義を主張するトーマス・ジェファーソン(第三代大統領)は激しい論争を展開している。結果的には米国はジェファーソンの主張に沿った形で国家制度が作り上げられる。すなわち国家の権限を制限し、経済は自由市場に委ねられることになった。

だが大恐慌は小さな政府、自由競争、個人主義、私有財産制をベースとする“古典的リベラリズム”を根底から打ち砕いた。レッセフェール(自由競争)を主張し、市場は見えざる手によって調整されると主張する古典派経済学者はマクロ経済的な景気政策を持たず、大量の失業者を前に国民の信任を失った。大恐慌は政府に新しい役割を求めた。それを担ったのが、ルーズベルト大統領であった。同大統領は民主党の大統領候補受諾演説の中で初めて“ニューディール”という言葉を使い、新しい時代の到来を訴えた。

保守派の論者アミティ・シェラーズが、ニューディール政策を批判した自著『忘れられた人』の中で「ルーズベルトはレッセフェールの経済学は非道徳的かつ非キリスト教的だと信じていた」と指摘するように、同大統領は大恐慌に際して国家が積極的な役割を果たすべきだと考えていた。ルーズベルト大統領は“古典的リベラリズム”に対して“ニューディール・リベラリズム”を主張したのである。それはジェファーソン的な米国からの離脱であり、国家の基本的な理念とシステムの転換を意味していた。

ルールベルト大統領の思想は44年1月の提案された「第二の権利章典」に端的に表現されている。そこでは国民は雇用と所得、住宅、教育、医療、経済変動からの保護など九つの権利を持ち、国家はそれを充足する必要があると主張されている。こうした発想のもとにニューディール政策は実施された。就任直後に銀行業務を一時中止する「緊急銀行救済法」を皮切りに、就任後100日で主要な政策を相次いで打ち出した。それはテネシー川流域開発でのダム建設や「連邦緊急救済法」による雇用創出、資源保存市民部隊への失業した若者25万人の採用などの公共事業や雇用政策に留まらなかった。

35年には「ワーグナー法」を制定し労働組合の団体交渉権を認め、「社会保障法」で65歳以上の高齢者を対象とする公的年金制度を創設し、最低賃金制、労働時間規制、失業保険制度の導入など積極的な労働政策も実施している。ルーズベルト大統領は労働者の賃金を上げることが消費を増やし、大恐慌を脱する有力な手段であると考えていた。また「証券取引法」「グラス・スチーガル法」など金融業界での“自由競争”を規制する法律も成立させている。ニューディール政策は、米国の社会・経済構造を根底から変革し、戦後の福祉国家の基礎を作り、それがやがて大きな政府へと結びついていく。

ニューディール政策がジェファーソン的な米国との決別であったとすれば、81年に成立したロナルド・レーガン政権はジェファーソン的な古典的リベラリズム(これは“ネオリベラリズム”と呼ばれた)への回帰であった。ルーズベルト大統領が国家の役割を強調したのに対して、レーガン大統領は就任演説で「国家が問題を解決するのではなく国家そのものが問題なのである」と、再び小さい政府、自由市場、自由競争、規制緩和、自己責任を政策の柱に据えた。

このレーガン革命を可能にしたのが、大恐慌がルーズベルト政権を生んだのと同様に、70年代の深刻な不況であった。福祉政策は巨額の財政赤字を生み出し、様々な規制は産業の競争力を奪っていた。ニューディール・リベラリズムへの幻滅が、人々の間に保守的な思想を蘇らせた。80年代のレーガン革命は規制緩和によって産業を蘇らせ、90年代に戦後最長の経済的繁栄をもたらした。だが、行きすぎた規制緩和や自由競争は大きな社会的、経済的歪を生み出し、金融危機を誘発した。大恐慌の再来が囁かれる中で、米国民は再び“ニューディール・リベラリズム”に希望の光を見出そうとしている。それはオバマ大統領の誕生である。多くの人が「新ニューディール政策」を語る背景には、そうした歴史の流れがあった。

「米国復興・再投資法」にみるオバマ大統領の政策

では大きな政治思想の流れの中でオバマ大統領をどう位置付けたらいいのであろうか。ルーズベルト大統領は大きな政府を主張し、レーガン大統領は小さな政府を政策の基本とした。オバマ大統領は民主党大統領候補受諾演説の中で「民主党はルーズベルトの党である」と語っている。しかし、就任演説の中では「問題は政府が大きすぎるとか、小さすぎるということではなく、どう機能しているかである」と、国家の在り方について述べている。すなわち同大統領が目指すのは“脱イデオロギー”であり、政治的両極化を克服した超党派による国家の統治であるといえる。

現在、議会で審議されている「米国復興・再投資法」は、オバマ大統領の国民に対する最初のメッセージである。下院で成立した法案は総額8190億㌦と史上最高の規模となっている。上院で修正が予想され、最終的には9000億㌦程度の規模に落ち付くと予想されている。順調に行けば2月中旬には議会で成立すると見られる。
しかし、同法案はオバマ大統領が目指した超党派の支持を得るのは難しい。下院では共和党議員は全員反対票を投じ、民主党のからも11議員が反対に回っている。共和党議員は減税額が多すぎると主張し、民主党議員は公共事業が少なすぎると批判している。予算の内容は総額の三分の二が公共事業、残りが減税に充てられ、民主党と共和党のそれぞれの要求を織り込んだ妥協的な内容になっている。オバマ大統領が直接議会に赴き、共和党主導者を説得したにも拘わらず下院では共和党から一人の支持者も得ることはなかった。

法案の内容はどうであろうか。確かに予算規模は大きいが、極めて網羅的な内容であることは否めない。失業保険給付に430億㌦、食券給付に200億㌦、失業者の医療保険に400億㌦、州政府に対する高齢者医療補助で870億㌦、道路補修などで430億㌦、公共の建物の建設・修繕で310億㌦、州政府への教育支出支援で790億㌦、電力の配電施設近代化で320億㌦、環境関連で33億㌦、減税では労働者一人当たり500㌦の給付で、総額1450億㌦、その他に企業減税なども盛り込まれている。

ニューディール政策が社会的な枠組みを変える大改革であったことと比べると、通常の景気刺激策の域を出るものではない。しかも、減税に関しては多くの経済学者は景気効果に疑問を呈している。これはオバマ大統領の選挙公約の実施以外に何物でもないといえいよう。「グリーン・ディール」という掛声にも拘わらず、同法では必ずしも主要な柱になっていない。

政権が発足してまだ数週間に過ぎない。ラーム・エマニュエル首席補佐官は「危機をチャンスにして大胆な政策を迅速に実施に移すべきだ」と主張している。だが、ニューディール政策に匹敵する“大胆な政策”の姿はまだ十分に表れているとは言い難い。作家でテレビのコメンテーターでもあるスティーブ・スターク氏は「同法案は最も基本的な点でルーズベルトのニューディール政策に及びもつかない。それは米国民に訴えるインスピレーションにまったく欠けている点だ」と語っている。

ルーズベルト大統領は党派的な立場に立ち、共和党を圧倒しながら政策を実現して行った。だがオバマ大統領は超党派政治を目指すまったく異なったアプローチを取っている。その成否を問うのは早すぎるが、「米国復興・再投資法」の内容を見る限り、オバマ大統領が米国社会を根底から変えたルーズベルト大統領やレーガン大統領と同じような評価を得るような大胆な政策を打ち出すことができるかどうか疑問である。

ニューディール政策の効果を巡る論争

共和党や保守派のエコノミストたちは、ルーズベルト大統領のニューディール政策が効果がなかったとの根拠から、公共事業による雇用創出を訴える「新ニューディール政策」に対する批判を強めている。保守派のシンクタンクのケートー研究所は1月9日にオバマ政権の景気政策を批判する新聞広告を出し、220名の著名な経済学者が署名している。その中で「私たちは政府の支出が経済情勢を改善する方法とは信じない。フーバーとルーズベルトの政府支出の増大は米国経済を大恐慌から救い出すことはできなかった」と書いている。

このところ米国ではニューディール政策は効果がなかっただけでなく、むしろ大恐慌を長引かせたという論調が増えている。ニューでフィール政策批判の急先鋒の一人であるアミティ・シュラーズは、政府が民間部門の介入してきた結果、「アメリカは信頼できない場所になった」、「ルーズベルト政権の2期で最も良かった時でも失業率は9%以上あった。この数字は人々に希望を与えるものではなかった」と、ニューディール政策は効果よりも副作用のほうが大きかったと主張する。

またカリフォルニア大学のリー・オハニアン教授は「ニューディール政策によって米国経済の回復は7年間遅れてしまった」と、『ジャーナル・オブ・ポリティカル・エコノミー』(2004年8月号)に書いている。マーク・レビーは「ルーズベルト政権の8年が経ったが、失業率は政権発足当時とほとんど変わっていない。そして巨額の財政赤字が残った」というモルゲンソー財務長官の日記を引用して、ニューディール政策を批判している(『ウォール・ストリート・ジャーナル』2009年1月17日)。

こうしたニューディール政策批判に対して反論するのが昨年のノーベル経済学賞の受賞者ポール・クルーグマン・プリンストン大学教授である。同教授はオバマ政権の経済政策の責任者であるローレンス・サマーズの「やり過ぎるよりも足らない方が危機を招く」という言葉に同意しながら、「政府は必要あれば5兆㌦まで借り入れを増やして、公共事業を行うべきである」と主張している。同教授はニューディール政策が思ったほどの効果を上げることができなかったのは、ルーズベルト大統領はモルゲンソー財務長官が均衡財政に囚われ、思い切った支出をしなかったからだと、ニューディール政策の有効性を説く。オバマ政権の景気政策に関しては減税に反対し、公共事業を増やすように提言している。

3件のコメント »

  1. こんにちは。

    いつもブログ拝見させて貰ってます。
    毎回、楽しい話題が多くて更新が楽しみです。

    また遊びに来ま~す!

    コメント by えりな — 2009年2月16日 @ 23:45

  2. 初めまして
    興味が湧く話題が多くこれからも拝読させていただきます。
    オバマ大統領の船出はかなりきついように見受けられます、また景気対策の
    予算はなんとか通りましたが財源のファイナンスはどうするのでしょうか?
    日本もある程度米国債の買い入れは必至ですが、日本の他中国の協力を考慮しても実際問題足りない事も予想されるのでは・・・
    また今回のお題であるニューディールですが、直接の景気浮揚になった第三次ニューディールである戦争をできるのか?
    またの更新楽しみにしております。

    コメント by 名無し — 2009年2月22日 @ 22:52

  3.  はじめまして。興味深く拝見しました。さて、アメリカ復興・再投資法が東日本大震災復興とダブっているのは何とも皮肉ですd(^-^)ネ!  ところで、あのシェークスピアもエリザベス女王の顔色を伺って戯曲を創り、大衆受けする演出を施してしています(ウェスト・エンドのミュージカルは、ブロードウエィミュージカル以上に素晴らしいか?むむ…好みの問題かあ!) 「劇場政治」とは昔からよく言いますが、現世の世俗価値を決定いや混乱させているのは現ナマではなく所詮、莫大な数字と情報のいわば仮想現実。大向こうをうならせる見得を切って聴衆の拍手喝采を引き出さなければ大物役者とは言えません。一般大衆も救いを求めて涙し、酔い痴れます。マフィアの親分同士がパソコンで資金の調達をやり合っている(交換・移動する)映画を観ました。
     オバマ氏はやり遂げることでしょう! 中東から「名誉ある撤退」をして、軍の再編成と「双子の赤字解消」のためという新「ニューデイール」を!
    あの古代エジプトのピラミッド建設にも極少ない手当(ニンニク?弁当?)は出したと云いますから…共和党も、今のところ表面上一致して反対して、政権交代後を期待するしかありません。経済は(ファッション同様)循環するのですから・・・日本の野田「ドジョウ親分」は久々の鍛え上げの苦労人政治家。ならばと「劇薬をもって難病を制す秘策」でも出して欲しいが…無理をせずとも相手の出方次第で、この世の中、作用反作用のベクトル・バランス=神の見えざる手?が働いて富の移動もするのですから…」 アメリカ国債の買い取り販売?」も一つの手段でおもしろいが、なにぶん深入りして火傷をしないようご注意のほどを。しかし大体の経済学者は、建前と本音をないまぜにして結論をぼかし、予測が外れるのですが、久々に「本格派の登場」でスッキリしました。今後も注目していきたいです。頑張ってください!

    コメント by 鈴木東吉 — 2011年9月13日 @ 01:48

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