中岡望の目からウロコのアメリカ

2009/2/21 土曜日

クリントン国務長官と単独インタビュー:ブロガーとして米同行記者団に加わる

Filed under: - nakaoka @ 18:57

アメリカではブログは市民権を得ています。ブログで主張している人をブロガーと呼びます。大手の新聞なども「影響力のあるブロガー」という形容詞をつけてブロガーの意見を紹介するのが当たり前になっています。学者たちもブログを使って積極的に政策分析や政策批判を行っています。私は、このブログの中でホワイトハウスがブロガーに記者証を発行した記事(2005年4月1日「ホワイトハウスで初めて記者証を得たブロガーの物語」)を書いていますが、大手メディアに属さなくてもジャーナリストとして活動する可能性は大きくなっています。要するにジャーナリズムは大手メディアの独占ではなくなりつつあるのです。ただアメリカの状況と比べると、まだ日本ではブロガーがジャーナリズムの世界で市民権を得るまでにはなっていないようです。自ら取材源にアプローチし、独自の分析とコメントを書くのは、容易ではありません。ましてや“アマチュア・ジャーナリスト”の域を出ることができなければ、大手メディアのジャーナリストに太刀打ちできるわけはありません。私はフリージャーナリストが本職で、雑誌などに寄稿しています。ただブログも有効な発信手段であり、もしブログという自分だけの発信手段を持たなければ、なかなか自己主張できないこともあります。2月16日にクリントン国務長官が来日しました。アメリカから同行記者団も特別機に同乗して来日しています。実は私はブロガーとして同行記者団に加わり、同長官を取材しました。同行記者団に日本のブロガーを参加させるというのはクリントン長官の指示とのことでした。また、フリージャーナリストとしてクリントン長官に単独インタビューもすることができました。以下は、その報告です。

オバマ大統領が誕生して1か月経ちます。最初の課題であった景気刺激法案(アメリカ復興・再投資法)も議会を通過し、2月17日、オバマ大統領が署名し、成立しました。議会では共和党の抵抗に合い、厳しい状況に立たされ、妥協も強いられましたが、史上最高額の7870億㌦の大規模刺激策を短期間で成立させたことで、オバマ大統領の最初の“勝利”と言われています。次の課題は外交政策になるでしょう。既にバイデン副大統領は欧州訪問を終えています。クリントン国務長官は2月16日に最初の海外の訪問国に日本を選び、インドネシア、韓国、中国と歴訪中です。オマバ大統領が最初に選んだ訪問国はカナダです。いわばオバマ大統領がアメリカ最大の貿易相手国であるカナダを選び、バイデン副大統領が欧州、クリントン国務長官がアジアと、それぞれ役割を分担しながら最初の外交政策が行われたのです。どこを最初に選ぶかは、いろいろな含みがあるようです。

ブッシュ前大統領が最初に訪問した国はメキシコでした。選挙中にオバマ大統領やクリントン長官が日本に言及することがなかったため、日本が軽視されているのではないかという声が聞かれました。実はイギリスでもオバマ政権がイギリス軽視の政策を取っているのではないかという議論が行われました。しかし、イギリスの外務大臣が最初にオバマ大統領に会ったことから、イギリス人は少し安堵したようです。同様にクリントン長官が最初の訪問国に日本を選んだことで日本政府は安心し、同時にオバマ大統領が麻生太郎首相を最初の外国首脳をしてホワイトハウスに招待したことで安心しているようです。

クリントン長官は16日の夕方来日し、18日の早朝にインドネシアに向いました。

前週の末、「米国務省からクリントン国務長官の同行記者団の中に日本人のブロガーを入れるようにとの指示があったのですが、中岡さんはブロガーですね。参加できますか」との電話がアメリカ大使館からありました。私は「私はジャーナリストですが、ブログも持っています」と答え、またとない機会なので申し出を受諾しました。後でアメリカ大使館のスタッフに聞いたところ、日本のブロガーを参加させるというのは、長官の希望であったとのことです。現在、アメリカではブロガーの影響力が非常に強くなっています。ブロガーを政治的に無視することはできないのが実情です。

以下、クリントン国務長官の同行記です。2月16日、クリントン長官を迎えるためにアメリカ大使館からスタッフと一緒にバンに乗り、羽田空港に向いました。その晩は、今年一番の冷え込みで、待っている間、冷たい浜風に吹かれ体中が凍ってしまうかと思われるほどでした。長官が到着したのは7時半。羽田空港から離れた場所に空港貴賓室があり、そこで小さな歓迎式典が行われました。クリントン長官は「日米同盟関係はわが国が世界で行う行動の要石である」と、日米関係の重要性を訴えました。これを受けて日本政府代表は「長官が最初の訪問地で日本を選んだことは米国政府が日米関係を重視していることの表れである」と歓迎の辞を述べました。オバマ政権が対日関係を軽視しているのではないかという批判を気にしてのエールの交換から長官の日本訪問が始まりました。

歓迎式に参加した後、私はアメリカから特別機で来日した同行記者団と一緒にバスに乗り宿泊場所であるホテル・オークラに向かいました。記者は「ニューヨーク・タイムズ」「ワシントン・ポスト」などの新聞、CNN、フォックスなどのテレビ局、ロイター、ブルムバーグなど通信社の計18名でした。翌朝は長官が明治神宮を参拝するのを取材するために朝6時半にホテルに来るように指示され、最初の取材は終わりました。

17日の朝も手がしびれるほど冷え込みました。日米の記者団が待つ中、参拝に向かう長官が現れ、日本人記者が一斉に「印象はどうですか」「なぜ明治神宮を参拝するのですか」と声をかけました。長官は「明治神宮はとても美しい」「参拝するのは、日本の文化に対する敬意を払うためです」と立ち止まって丁寧に答えていたのが印象的でした。ただ、なぜ宗教施設である明治神宮を訪問先に選んだのかという疑問が残りました。あとから取材したところ、17日はお昼まで公式行事がなかったことから、アメリカ大使館が明治神宮参拝の予定を組んだので、特になんらかの意図があったわけではないようです。

明治神宮参拝が終わると、クリントン長官はアメリカ大使館に戻り、職員を集めた集会に参加してスピーチを行いました。大使館員に感謝の辞を述べ、外交政策に関する基本的な考え方を説明しました。正式な記者会見以外の場所で同長官が繰り返し語った言葉に「3D」と「スマート・パワー」があります。「3D」とはDiplomacy(外交)、Defense(防衛)、Development(開発)の頭文字を取ったものです。同長官は「3Dの一つでも欠けると政策はうまくいかない」とものだと強調していました。要するに外交だけでも、軍事力だけでも、外交政策を有効に行うことはできないということです。

また“スマート・パワー”という言葉も何度か使っています。軍事力を“ハード・パワー”といいます。この数年、“ハード・パワー”に代わって“ソフト・パワー”という言葉が頻繁に使われるようになりました。すなわち文化交流などが非軍事的なアプローチが外交政策を行う上で必要だということです。そうした主張は、ジョセフ・ナイ・ハーバード大学教授が言い始めたものです。そして“ソフト・パワー”を超え、様々なパワーを有効に活用する“スマート・パワー”という考え方が出てきました。クリントン長官は、有効な外交政策を行うには「スマート・パワーを発揮する必要があり、そのためにはプラグマチズムと原則を結びつけなければならない」と訴えていたことです。それは、オバマ政権と原則に縛られ大きな過ちを繰り返したブッシュ政権との違いを指摘しているかのように聞こえました。

また政策の課題として、気候変動、クリーンエネルギーの開発、貧困の解消などを訴えていたのも印象的でした。テロとの戦いに対する言及が少なかったのは意外でした。アメリカ人の同行記者も「クリントン長官はあまりテロとの闘いという言葉を使っていない」と語っていました。さらに同長官は「世界の問題は一か国では解決できない」と、新しい国際的ネットワークとパートナーシップの確立を訴えていました。これも一国主義に大きく傾斜したブッシュ政権との大きな外交政策の違いといえるでしょう。

アメリカ大使館での行事が終わったあと、外務省の迎賓館である飯倉公館で中曽根外相との昼食会と会談が行われ、「海兵隊グアム移転協定」の署名式が行われました。同協定に関してクリントン長官は「太平洋のアメリカ軍の近代化は日本の防衛と抑止力を強化することになる」と説明していました。この協定署名式は、今回のクリントン長官訪日の最大の政策的なイベントでした。飯倉公館の記者会見場はアメリカからの同行記者団と日本の記者で立錐の余地もないほどで、アメリカ大使館の担当者は「国務長官クラスの要人が来日しても、これだけの記者は集まらない」と語っていたように“クリントン人気”で盛り上がっていました。

調印式後に行われた記者会見で中曽根外相が「クリントン長官が国務長官としての最初の訪問国に日本を選んだことはアメリカ政府とクリントン長官が日米関係を重視している表れであると歓迎しています」と語り、クリントン長官も「日米同盟はアメリカの外交政策の上で欠くことのできないものです」「日米と世界が直面している問題を解決するためには国際的な協調が必要です。世界で第1と第2の経済国である日米が大きな責任を果たすべきです。日本はクリーンエネリギーの分野で世界の指導者であり、エネルギーと気候変動の問題でお互いに協力しあっていくことを期待している」と語りました。

北朝鮮問題に関しては「6カ国協議での緊密な協調の重要さについて議論し、北朝鮮の完全かつ実証可能な非核化を実現できるようにさらに努力しなければならない」と、オバマ政権の基本的な政策姿勢を明らかにしました。また拉致問題も6カ国協議の議題(agenda)の一つであると、「私は拉致問題が日本にとって重要な問題であることは理解している」「この問題は北朝鮮との包括的な合意の一部として解決できるものと期待している」説明していました。さらに記者の質問に答えて、「北朝鮮が約束を守り、核開発計画を完全に放棄すれば、アメリカ政府はそれに対して明確な対応を取る。すなわち国交正常化、平和条約の締結、北朝鮮の国民に対する援助を行う」と、北朝鮮に対して明確なメッセージを送っていました。記者会見後、飯倉公館で浜田防衛大臣との会談が行われました。

飯倉公館を後にしてクリントン長官は皇后とのお茶会に向いました。これに同行を許されたのはアメリカの同行記者のうち10名だけでした。その後、東大でのタウンミーティングが開かれました。予定では5時40分から開始でしたが、長官が会場に到着したのは6時を回っていました。会場に着いて大学側の挨拶が終わった後、クリントン長官は野球の話を始め、75年前にニューヨーク・ヤンキースが来日し、大変歓迎されたというエピソードに触れ、ニューヨーク州の上院議員として野球のフアンであり、自分も子供の頃野球をやったことがあると語り、東大生の喝采を浴びました。「今日、私がここに来たのは皆さんの意見を聞き、学ぶためです」と、学生に質問をするように促しました。

ここでも“スマート・パワー”に言及し、「スマート・パワーとは政府間の交渉だけではなく、人々の持つ常識を最大限活用するものである」と説明していました。学生の質問はすべて英語で、ここでは十分に紹介できませんが、興味深い質問もあり、クリントン長官の明確な対応は極めて印象的でした。タウンミーティングが終わったのは7時を回っていました。

行事の予定は順調に進んだ。そんなとき米国大使館のスタッフから「長官とインタビューしませんか」との声がかかりました。「9時まで待機していてください」とのことでした。8時過ぎからクリントン・小沢一郎会談が始まり、その後に時間が取れそうだとのことでしたが、結局、時間がなかなか決まらず、11時過ぎにホテルを後にしました。「明日の朝7時半にホテルに来てください」との連絡が入ったのは深夜です。翌朝、7時過ぎにホテルのロビーに着き、国務省の報道担当官と打ち合わせをし、インタビューの時間を待ちました。しかし、なかなか時間が取れず、ホテルを出る直前に短時間ですが、インタビューをすることができました。以下、単独記者会見の内容です。

【クリントン長官とのインタビュー】
―ガイトナー財務長官が中国の人民元は操作されていると議会で証言したが、長官はどう思うのか。
「現在の喫緊の問題は世界経済をどう再び成長軌跡に戻すかということであり、最善の道は日米が中国にも協力を求めて一緒に景気回復をさせることだ。(中国の為替問題というよりも)当面は、世界景気の回復を一刻も早く実現することが私たちの最優先事項である」

―米国の大型景気刺激策も貿易赤字が拡大すれば効果が半減してしまうのではないか。
「米国の深刻な貿易不均衡の問題を抱えている。米国が中国だけでなく日本に対しても巨額の貿易赤字を計上している。他の国も対米輸出に依存している。しかし、その一方で米国は中国や日本に大量の財務省証券を買ってもらっている。私の主人(ビル・クリントン)が大統領の時、そうした事態は一時的に解消し、米国は良い方向に向かっていたが、それは不幸にして長くは続かなかった。しかし、現在は貿易不均衡を解消するよりも取り組まなければならない問題がある。それは繰り返すが、世界経済の回復である。それ以外の問題も深刻だが、解決可能な問題だと思っている。

―しかし、今回成立した刺激法案の中に「バイ・アメリカン条項」が含まれるなど、米国には保護主義的な動きも見られる。

「その条項は修正された。米国の行動は国際的な協定と一致したものでなければならない。すべての国は保護主義的な衝動に駆られるものである。そうした事態に対して非常に用心深く取り組まなければならない。そうした動きが出てくれば、世界の景気回復はスローダウンすることになるだろう。多くの人が職を失うことを恐れているのは理解できる。オバマ大統領など世界の指導者は、そうした事態に対処していかなければならない。私たちは市場に対する信頼を取り戻さなければならない。そのためにも保護主義的な動きを阻止すべきだ」

―今後の日米中の関係について。
「かつて米国は二酸化炭素の排出量で世界一であった。現在は中国が一番多い。気候変動の問題は深刻で、日米中の三か国は協力して中国の環境問題やエネルギー問題に取り組む必要がある」

極めて短時間のインタビューでしたが、質問に対して極めて簡潔な答えが返ってきたのは印象的でした。オバマ政権はまだ始まったばかりですが、クリントン長官の言葉の中に今後の外交政策の基本的な考えは出ていたように思います。

6件のコメント »

  1. オバマ大統領はカナダ。ヒラリー国務長官は亜細亜歴訪というタイミングに
    ソフィア・ファンカルロス西班牙国王夫妻の合衆国訪問が組まれていたのは
    とても興味深いと思います。(二酸化酸素は誤謬でしょうか・・・)

    コメント by satoco gracia — 2009年2月22日 @ 19:52

  2. 以下の部分どうしてもクリントンが大統領の様に読めてしまいます。在米が長いせいでしょうか?
     「以下は、その報告です。クリントン大統領が誕生して1か月経ちます。最初の課題であった景気刺激法案(アメリカ復興・再投資法)も議会を通過し、2月17日、オバマ大統領が署名し、」

    特にクリントン長官の振る舞いをみていると大統領が2人いるような気がしてなりません。

    コメント by h ogura — 2009年2月23日 @ 06:15

  3. ご指摘の「クリントン」の部分は「オバマ」のうち間違いでした。修正しました。ご指摘、感謝します。(中岡)

    コメント by nakaoka — 2009年2月23日 @ 08:14

  4. なかなか興味深い内容ですね。アメリカは最近どうやら金融不安を利用して経済を破壊し世界における自国の影響力を弱めているように思えるのですがいかがでしょうか?

    コメント by state of kyrgyz — 2009年2月24日 @ 11:16

  5. 私の拙い記憶では、貴稿が開発関係者以外(特にプロの報道関係者で)3Dを最初に取り上げたBlogだと思います。

    新政権が3Dとソフト・パワーを前面に打ち出して行くことは、全面的な政策転換で画期的なことと思います。とはいえこれこそ、ニューディール以来の民主党の党是みたいなことですが…。ソマリアでうまく行かなかったクリントン時代の(内政的な)悪夢を、イラク、アフガン+パキスタンで繰り返さなければ良いのだが、と心配しています。とはいえ、冷戦終結後の多くの紛争地域では、多国間の枠組み・封じ込めができれば、成功率は意外と高いという現実もあります。日本もPKO本体は無理なのかもしれませんが、Developmentの分野では(イラクと同じように)自衛隊も含めて、前のめりで参加すべきと考えています。

    コメント by odspecialist — 2009年2月27日 @ 12:06

  6. ご無沙汰しています。クリントン長官に直接インタビューなんてすごい機会ですね!!!何を考えてるのか、何を言っているのかいつもよく分からない日本の政治家と比べるべくもないですが、、、クリントン長官の先を見据えた簡潔な返答。・・・クリントン長官に関しては、こういう指導者をもつアメリカが羨ましく感じます。

    コメント by 藤原たかこ — 2009年2月27日 @ 17:19

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