中岡望の目からウロコのアメリカ

2009/3/12 木曜日

米国の景気刺激法に盛り込まれた「バイ・アメリカン条項」の問題点

Filed under: - nakaoka @ 12:00

アメリカ経済に対する悲観的な見方が強くなっています。7870億㌦の景気刺激策が成立したばかりですが、すでに次の刺激策が必要との議論も聞かれるようになっています。日本の雇用調整を上回る厳しい雇用調整が続いています。民主党の強力な支持基盤のひとつに労働組合があります。民主党は雇用喪失の要因のひとつは、企業のアウトソーシングにあると主張してきました。雇用情勢の悪化が続けば、保護主義的な圧力も強まってくると予想されます。「米国復興・再投資法」の中に「バイ・アメリカン条項」が盛り込まれています。同条項は公共事業などに使用する鉄鋼などは米国製のものでなければならないと定めています。今回は「バイ・アメリカン条項」の具体的な内容を紹介し、その影響を分析します。この記事は時事通信の「トップコンフィデンシャル」(3月6日号)に寄稿したものです。

保護主義的色彩が強い「バイアメリカン条項」

史上最大規模の景気刺激法(正式名称は「アメリカ復興・再投資法」)は2月18日、オバマ大統領が署名して、成立した。同法の中に「バイアメリカン条項」が盛り込まれていることから、審議の過程で議論を呼んだ。筆者は訪日中のヒラリー・クリントン国務長官に「バイアメリカン条項」は極めて保守主義的な内容ではないかと聞いたところ、同長官は「議会での審議を経て修正され、国際協定に反するものではない」と答えた。しかし、バラク・オバマ大統領とクリントン国務長官は民主党の大統領予備選挙のなかでお互いに保護主義的な立場を強調していた。両者は公然とNAFTA(北米自由貿易協定)の見直しを主張し、クリントン長官は「新しい通商協定は一切認めない」との立場を明らかにしていた。
選挙で大勝した民主党は労組を強力な支持基盤に持つこともあり、保護主義への傾斜を強めている。国内経済の低迷で雇用問題が深刻化するなかで、アメリカの保護主義の動きは間違いなく加速化している。景気刺激法の「バイアメリカン条項」は、大恐慌の要因の一つとなった輸入関税引き上げを決めた1930年の「スムート・ホーレイ法」を彷彿させるものがある。いかに大規模な景気刺激策を講じても、輸入が増えれば、国内需要は相殺され、雇用創出効果も薄れる。以下でオバマ政権の通商政策を検討することにする。

景気刺激法第16章一般規定の中の1605五条に「バイアメリカン条項」は、「アメリカ製の鉄、鋼材、工業製品の利用」について規定している。具体的には「公共の建物あるいは公共事業の建設、建て替え、補修プロジェクトで使われる鉄と鋼材、工業製品のすべてがアメリカ製でなければ、本法で支出が認められた資金を使ってはならない」と、厳しい支出認可条件が付けられている。ただ、「同規定の適用が国益に反する場合」「アメリカ国内において生産される鉄、鋼材、関連する工業製品の数量と品質が十分でない場合」「アメリカ製の鉄、鋼材、工業製品を使うことでプロジェクト全体の費用が25%以上増加する場合」が、同規定の適用除外としてあげられている。さらに連邦政府の各省が同規定の適用除外が必要であると認めた場合にも、適用されない。

最終法案には明記されていないが、上院案では“公共事業”として空港、橋梁、運河、ダム、パイプライン、鉄道、都市交通システム、道路、トンネル、桟橋が挙げられている。さらに「同規定は国際協定のアメリカの責務と一致する形で適用されなければならない」と定めている。具体的にどのような場合に適用され、どのような場合に適用されないのか極めて曖昧である。「バイアメリカン条項」を適用するかどうかは、政府の恣意的な判断に委ねられる部分が大きく、今後のアメリカ経済や世界経済の情勢次第では“貿易戦争”の火種を残した内容になっていることは否めない。

「バイアメリカン条項」は1月中旬に提出された下院法案にも盛り込まれていた。その内容は「公立学校の施設の近代化、改善、補修プロジェクトで使われる鉄と鉄鋼のすべてがアメリカ製でなければ、地方の教育委員会は本法に基づいて受け取った資金を支出する義務はない」と規定されていた。同規定を巡って両院で協議が行われ、先に指摘した規定に修正された。下院案と最終案を比較すると、最終案は下院案よりも妥協的になったとオバマ政権は説明しているが、逆に厳しくなっている。下院案では、対象になっているのが鉄と鋼材だけだが、最終案では工業製品も含まれている。さらに下院案では公立学校のみが対象になっていたのに対して、最終案では公共の建物と公共事業が付け加えられている。両院協議では「バイアメリカン条項」はより厳しくなったといえる。

ただ、最終案には「国際協定を順守する形で適用する」という新しい規定が加わっている点が、オバマ政権の保護主義的でないという唯一の根拠になっている。先のクリントン長官の発言も、この部分を指してのものである。ただアメリカ政府は伝統的に国内政治を優先し、WTO(国際貿易機関)など国際機関や国際協定を軽視する傾向が強い。もともと保護主義的な傾向を持つオバマ政権が、新たに付け加えられた規定をどこまで順守するか明確ではない。

当目は国内経済政策優先で通商問題は先送り

「バイアメリカン条項」が実際に適用されれば、その影響は甚大である。下院に法案が提出されるとすぐに、カナダ政府とEUは抗議の書簡をアメリカ政府に送付している。書簡が送付された時点では、まだオバマ政権は発足しておらず、法案は民主党下院が作成したものである。しかし、オバマ政権移行チームが法案作成に深く関わっていたことは間違いなく、「バイアメリカン条項」はオバマ政権の意向を反映したものであることは間違いない。オバマ政権発足後も、ジョン・バートン駐米EU大使はガイトナー財務長官とクリントン国務長官に書簡を送り、「アメリカが世界に保護主義のシグナルを送ることになる」と批判している。

オバマ大統領とクリントン長官は、選挙運動中、「国際化はアメリカにとってマイナスであった」と繰り返し語っている。二人ともNAFTAの見直しは最優先政策のひとつに掲げられていた。また、二人とも中国政府の人民元政策に対して極めて批判的で、「人民元は操作されており、切り上げが必要だ」という主張を繰り返し行っていた。オバマ大統領は昨年七月に行われたインタビューの中で「人民元の切り上げは必要だ」と語っている。そうしたオバマ大統領の意向を受け、ティモシー・ガイトナー財務長官は一月下旬に行われた上院の承認公聴会の証言で「オバマ大統領は人民元が操作されていると信じている」と語り、中国政府の反発を買っている。

ただオバマ政権の保護主義的な傾向はこのところトーンダウンしている。クリントン長官は筆者の質問に対して「最優先事項は世界経済の浮揚を図ることで人民元問題ではない」と答えている。事実、北京訪問中、貿易不均衡問題や為替問題に対してまったく言及していない。また最初の訪問国としてカナダを訪れたオバマ大統領は、インタビューに答えてNAFTAに関連して「選挙運動中はNAFTAの見直しを主張したが、今は考えなおしている」と政策の変更を示唆している。他方、カナダ政府の最大の関心事は「バイアメリカン条項」であったが、これに対しても「国際協定を順守する」との立場を説明するに留まった。

要するにオバマ大統領にとって最大のテーマは国内景気の浮揚であり、アフガニスタン政策への支持を取り付けることであり、環境問題やクリーンエネルギー開発での協力に移っているようだ。とはいえ、景気刺激策を効果あるものにするには貿易不均衡の是正は避けて通ることができない道であり、リセッションがさらに深刻化してくれば国内での保護主義の台頭も無視できなくなるだろう。

「バイアメリカン条項」で強調されているのは鉄鋼であるが、これはアメリカの鉄鋼産業の不振が背景にある。たとえば昨年12月にAKスティール社は800人、スティール・ダイナミックス社は65名、1月にはUSスティール社は4225名の従業員の解雇を発表している。全米鉄鋼労組のピート・サボイ委員長は「オバマ大統領は公約を実行してくれるものと期待している」と語っている。鉄鋼業界は「バイアメリカン条項」だけでは1000億㌦の国内鉄鋼市場は保護されないとして、鉄鋼輸入を抑制するために関税引き上げを求める動きを示している。特に中国製鋼材はダンピングされていると、政府に正式に相殺関税を課すことを求める準備をしている。ちなみに鋼材の対米輸出が最も多いのはカナダで、中国、メキシコ、韓国、日本が続く。国内景気の悪化とともに産業界だけでなく、民主党内部からも「バイアメリカン条項」の厳格な適用だけでなく、様々な保護主義的な政策を求める声が強くなると予想される。オバマ政権が、そうした圧力に抵抗できるのかどうか疑問である。

雇用の創出効果は小さく海外の報復で雇用は減少

「バイアメリカン条項」の基本的な狙いは、刺激策に伴う雇用増を確保することである。下院案で明確なように当初は鉄鋼産業の雇用確保が最大の目標であった。鉄鋼の出荷量は昨年11月は前年同月比で40%も落ち込んでいる。最大の顧客である自動車業界の不振で、今後、さらに落ち込むことが懸念されている。最終的に鉄、鋼材に加えて関連工業製品も含まれたが、同条項が適用された場合、どの程度の雇用効果が期待できるのだろうか。

ワシントンの有力なシンクタンク・ピーターソン国際経済研究所の調査(「ポリシー・ブリーフ」2009年2月号)によれば、鉄鋼生産は50万メトリックトン増え、鉄鋼業界の雇用は約1000名増えると推測している。もともと鉄鋼会社は資本集約的であり、生産増による雇用増効果は小さい。最終案では工業製品の「バイアメリカン条項」が盛り込まれたが、同調査では工業製品の輸入品から国内品へのシフトは4%程度で、雇用効果は9000名程度と推定している。もともと公共部門の輸入品依存率は低く、「バイアメリカン条項」が適用されても、国内企業の重要増はそれほど大きくはないのである。要するに同状況が適用されても、雇用増は1万人程度に過ぎない。アメリカの総雇用数は一・四億人であり、「バイアメリカン条項」の雇用増出効果は極めて小さい。

むしろ懸念されるのは外国の報復で、アメリカの輸出が減れば、国内では雇用の減少に見舞われることになる。諸外国が報復措置を取りアメリカ製品の輸入を規制すれば、アメリカの輸出は減少することになる。同調査では、アメリカの輸出が1%減少すれば、国内の6500人の雇用が失われる。もし10%減少するという極端な状況が起これば、6.5万人の雇用が喪失する可能性があり、「バイアメイカン条項への海外の報復による雇用に対するマイナス効果は国内のプラスの雇用効果を上回る可能性がある」と指摘している。「バイアメリカン条項」のマイナス効果は雇用面だけに留まらない。廉価な輸入品が使えなくなれば公共事業のコストは上昇することになる。同条項ではコストが25%以上高くなる場合は適用除外としているが、コスト高は避けられない。材料費のコスト高は、財政刺激効果を減殺することになる。

どこから見てもアメリカ経済にとってプラスにはならないのは明白である。そのため全米商工会議所などの産業団体は「バイアメリカン条項」に反対する立場を取っている。また政府内も必ずしも意見は一致しておらず、オバマ大統領とクリントン国務長官の間に温度差がある。オバマ大統領は「バイアメリカン条項は支持しない」と語っているように、保護主義的な傾向はレトリックほど強くはない。ただ拒否権を発動してまで阻止する気はない。同大統領の支持団体にサービス業界の労組であるサービス・エンポロイー・インターナショナル・ユニオンやトラック運転手組合のチームスターがあり、いずれも保護主義的な組合ではない。これに対してクリントン長官の支持基盤は保護主義的傾向の強いAFL-CIOで、その分クリントン長官のほうが通商問題に対して厳しい姿勢を取っている。具体的に「バイアメリカ条項」がどのように適用されるかで、影響の出方も変わってこよう。

もうひとつの大きな保護主義政策-自動車産業救済

アメリカの自動車産業は危機的な状況に直面している。銀行救済資金のTABPからつなぎ融資を受ける一方で、高燃費エンジン開発の資金を政府から優遇利息で得ている。さらに「消費者自動車救済法(CAR:コンシューマー・オート・リリーフ法)」で自動車購入者に対して州税に相当する額の戻し税が行われている。こうした自動車産業に対する様々な救済措置は実質的に産業貿易政策と考えられる。EU委員会のジョセ・マニュエル・バロッソ委員長は「自動車会社に対して違法な支援が行われるのなら、EUはWTOに提訴する」と語っている。

現在、自動車産業に対する救済措置を講じている国はアメリカに留まらない。ドイツ、フランス、カナダ、スエーデン、ロシア、中国と日本を除く大半の国で自動車産業に対する資金的な支援が行われている。ドイツのペール・シュタインブルック大蔵大臣は「アメリカの自動車会社が何十億㌦もの支援を受けているときにドイツの自動車会社に支援を行わなかったら致命的になるだろう」と語っている。フランス政府も自動車産業に対して78億㌦の融資と融資保証を行うと発表している。こうした政府支援は先進国に留まらない。ブラジル政府もブラジル銀行に自動車会社に17億㌦の融資を行うように指示し、自動車税の減税を打ち出している。中国も自動車購入税を半分に引き下げるなどの措置を講じている。
こうした自動車産業救済策の多くがWTOのルールを犯していることは明白である。深刻な不況と雇用不安のなかで自由貿易の枠組みが徐々に崩れつつあるのかもしれない。政府補助金や保護主義的な支援は金融機関から自動車産業、鉄鋼産業へと広がっており、今後、さらに拡大してくると予想される。

世界同時不況のなかで一国が刺激策を講じても、輸入が増えれば、国内需要が海外に流出して、景気刺激効果は薄れてしまう。景気刺激策が効果を発揮するには、需要の海外への流出を防ぐ必要がある。それは必然的に保護主義的な対策に結びついてくる。「バイアメリカン条項」は、需要を国内に留めようとする典型的な保護主義政策である。各国が国内の雇用を守ろうと保護主義的な政策を取れば、世界は“貿易戦争”の様相を示すことになるだろう。そうした保護主義的な政策を阻止するには、世界各国が協調してリフレ政策を取る必要がある。4月にロンドンで行われるG20会議は、そうした国際協調が行えるかどうかの重要な試金石になるだろう。

9件のコメント »

  1. もうこの世界恐慌前夜によってもう救いようがないと思います。もう追加の経済刺激策をするよりも一度経済を切り崩し破綻させたほうが全体の損害は少ないと思います。あなたのアメリカの意見は面白いです。しかしあまりにも文章に押しがありません。もっと自信を持って叩き切るみたいな意気込みが必要だと思います。私はあなたに期待しています。これから目まぐるしくどんどんと最悪なニュースがやってきます。そこであなたはどう処理をできるのか楽しみにしています。

    コメント by fürstentum liechtenstein — 2009年3月12日 @ 12:12

  2. 今頃になって、と言われそうですが、貴訳書「ポールクルーグマン著:恐慌の罠」を拝読しました。
    2年ほど前に貴ブログにて発せられたアメリカ住宅バブルの崩壊についての警告同様大変感銘を受けました。
    今後とも目から鱗が落ちるような情報を発せられることを期待しております。

    コメント by kamohara — 2009年3月12日 @ 13:18

  3. 初めまして。

    今日はどんなことが書いてあるのか、
    ブログの更新をいつも楽しみにしています。

    お仕事頑張って下さいね!

    コメント by えりな — 2009年3月26日 @ 15:38

  4. いよいよプリンティングマネーですが、アメリカ国内の反応は
    どうなのでしょうか?
    バーナンキさんも持論の壮大実験を始める事が出来さぞご満悦なのでは?
    フォードも新しい方(ジャパンバッシングで有名な)を向かえましたが、また
    新たなバッシング開始ですかね?
    中国もIMFに圧力をかけオバマさんもあちこち厳しい対応ですが・・・
    次回の更新を楽しみにしております。

    コメント by 名無し — 2009年3月26日 @ 17:09

  5. はじめまして。
    とても勉強になるブログですね。
    ありがとうございます。

    コメント by バストアップ — 2009年4月15日 @ 14:43

  6. GMも破綻ですね。
    いよいよアメリカの経済も先が見えなくなります。

    コメント by 出会い系 — 2009年5月13日 @ 18:46

  7. 勉強になりました!

    コメント by 出会い系 無料サイト — 2009年12月18日 @ 21:15

  8. ちょっと難しかったけど、すごく勉強になりました!
    ありがとうございました。

    コメント by 無料 出会い 掲示板 — 2010年1月27日 @ 12:47

  9. とても勉強になりました。これからも楽しみにしています!

    コメント by テレホンセックス情報 — 2010年3月26日 @ 19:58

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