中岡望の目からウロコのアメリカ

2009/4/26 日曜日

米国の財政赤字拡大と中国政府の財務省証券投資の動向

Filed under: - nakaoka @ 10:23

しばらく記事をアップできませんでした。多忙な日が続き、やっと一息つけました。4月から大学の授業も始まりました。前期は日本女子大で経済学概論と比較社会論の2コース、武蔵大学ではアジアの金融の金融とアメリカ社会と文化の2コースを教えています。さて、今回はアメリカの財政赤字と海外投資家、特に中国の米国債(財務省証券)投資の問題について説明します。米政府の財政赤字は拡大の一途を辿っています。その分だけ、財務省証券の発行が必要となってきます。海外の投資家、特に日本と中国の財務省証券への投資が重要な役割を果たしています。ただ中国政府は財務省証券への投資に慎重な発言を繰り返しており、米政府も必死に中国に財務省証券への投資を継続するように呼び掛けています。オバマ大統領は「財務省証券は魅力的な投資対象である」とわざわざ異例な発言を行っています。今回は、中国の対財務省証券投資がどういう状況にあるか説明します。

現在、金融界で大きなテーマのひとつが、アメリカの膨大な財政赤字と中国の対米投資の動向です。アメリカ政府はクリントン政権の最後2年を除き、巨額の財政赤字を計上してきました。最近時点では、2008年度の財政赤字は4590億㌦と前年度の1620億㌦から急増しています。議会予算局は、2009年度の財政赤字は1兆8450億㌦とさらに膨れ上がると推定している。この推定値が発表されたのは1月で、それ以降、アメリカ経済はさらに悪化の様相を呈しており、この見通しは既に過小で、最終的には2兆㌦に達するとの見方も出ています。

なお議会予算局はオバマ政府の2010年度予算案をベースに財政赤字の規模を予想していますが、それによれば、2010年度が1兆3790億㌦、2011年度は9700億㌦、2012年度6580億㌦、2013年度は6720億㌦と大幅な赤字が予想されています。これに対してオバマ政権は景気回復と増税によって財政均衡を達成すると政策目標を掲げていますが、実現は厳しいでしょう。

問題は、こうした財政赤字がどのようにしてファイナンスされるかです。基本的には国内貯蓄で賄われるのが普通であり、最も健全ですが、アメリカの家計部門の貯蓄は少なく、財務省証券を国内だけで消化するのは不可能です。企業も設備投資資金を調達するために社債を発行しなければならず、少ない貯蓄を巡って競合することになります。そのため、財務省は海外の投資家に依存しない限り赤字を補填する資金を調達することができないのです。ただ、財務省証券の発行額は膨大な額に達しており、外人投資家がどこまで投資を増やしていくのか懸念されます。投資家にとって特定の金融商品に過大に投資することは、それだけリスクが高まることを意味するからです。

米政府の財務省証券の発行状況は次のような状況にあります。2008年9月の財務省証券の発行残高は10兆0250億㌦に達しています。この内、民間部門で保有されている残高は5兆3442億㌦(全体の53・3%強)です。この中には外人投資家(政府と民間投資家を含む)の保有分2兆8620億㌦も含まれている。すなわち民間保有のうちの53・5%が、外人投資家によって保有されているのです。要するに実質的に米政府は、財務省証券の半分以上を外人投資家に買ってもらっているのです。

外人投資家の中で最大の投資家は中国です。2008年6月時点の国別の米国証券(財務省証券と社債、株式の合計)の保有高を見ると、中国は1兆2050億㌦の米国債(株式が995億㌦、長期債が1兆0752億㌦、短期債が302億㌦)を保有しています。ちなみに日本は1兆2503億㌦(株式が1986億㌦、長期債が9861億㌦、短期債が656億㌦)と中国を上回っています。日本は中国と違い株式投資の比率が高いのが特徴です。これに対して中国は長期債への投資が多い。このことは、中国の財務省証券への投資比率が高いことを意味しています。

では財務省証券の国別保有高はどうでしょうか。2008年12月現在の数字ですが、外人投資家の保有残高は3兆1232億㌦で、そのうち中国の財務省証券保有高は6962億㌦と世界で最大です。日本は5783億㌦ですが、実は2008年8月までは日本の財務省証券の保有高が世界一でした(日本が5826億㌦、中国が5424億㌦)。2008年9月に日本と中国の純二は逆転しているのです。中国は海外で保有される財務省証券の22・3%強を保有していることになります。日本の保有比率は18・5%です。

ちなみに日中に続く第三位はイギリスで3550億㌦、四位はカリブ諸島の2133億㌦、五位は中東産油国の1970億㌦、六位はブラジルの1205五億㌦、七位がロシアの865億㌦の順です。保有残高が1000億㌦を超える国は6ヶ国であります。この上位6ヶ国が、海外で保有される財務省証券の約70%を保有しているのです。なお、この投資額は政府と民間を合計したものです。

中国が最大の投資家であるのは、膨大な外貨時準備を持っているからです。2008年12月末の中国の外貨準備は1兆9460億㌦、日本は1兆0109億㌦でした。中国が膨大な外貨準備を持つのは人民元を管理変動制(為替相場の変動を管理している)に採用しているため、中央銀行(中国人民銀行)が為替市場に介入してドルを購入するからです。ただ中国政府は外貨準備をすべてドルで保有しているわけではありません。2006年8月時点での推定では外貨準備の約70%がドルで、残りの30%は別の通貨で保有しています。ドル保有分もすべてが財務省証券で運用しているわけではありません。最近、中国は政府系ファンドの中国投資公司を通して外貨準備の分散投資を始めています。同公司の運用資金は2000億㌦と小規模ですが、今後、増ええいく可能性があります。

なお、中国の外貨準備で注目される動きがあります。それは金の保有量が増えていることです。2003年以来、金保有量が76%増え、1054トンになっています。この10年間で金保有量は倍になっています。その結果、中国の金保有量はアメリカ、ドイツ、フランス、イタリアに次ぐ金保有大国になっています。なお2001年の保有量は500トン、2003年は600トンでした。

2月1日にスイスのダボスで開かれた国際会議に出席した温家宝首相は「中国がどれだけの財務省証券を購入するかは国内のニーズによって決める。現在、中国は外貨準備の効率的な運用について検討中である」と語っています。場合によっては、中国は財務省証券への投資を見直すともとれる発言です。また中国投資公司の幹部も「キャッシュ・イズ・キング」と発言するなど、資産運用の見直しも始めています。さらに中国は外貨準備を使って資源関係企業の買収や、海外企業への融資を行っています。これは中国の外貨準備投資が財務省証券から他の投資対象に分散化されつつある兆候といえます。

もし中国が財務省証券への投資を減らしたらどうなるのでしょうか。重要が減れば、アメリカ政府は財務省証券の金利を引き上げなければなくなります。そうなればドルの長期金利が上昇し、経済活動の足を引っ張ることになるでしょう。経済情勢が悪化すれば、ドル相場は下落するでしょう。ただ金利上昇でドル投資の需要は増えるかもしれません。金利上昇の経済に与えるネットの影響を測定するのは難しいでしょうが、仮にドル相場が下落すれば最終的にアメリカの輸出増に結び付きますが、それには時間がかかるため、短期的には金利上昇で景気悪化という事態が起こるでしょう。

しかし、中国が財務証券投資を減らすという危機のシナリオが実現する可能性はあるのでしょうか。中国が財務省証券投資を減らすとしても、どの程度の影響が出るかはスピードと量によって違ってきます。急激に減らせば、大きな影響が出ることは避けられないでしょう。しかし、そうした事態はありうるのでしょうか。冷静に考えれば、可能性は極めて低いと思います。まず財務省証券を売却することは財務省証券の価格の下落を意味し、それは中国が保有する財務省証券の保有価値を急激に減らすことになります。アメリカだけでなく、中国自身も大きな影響を被ることになるのです。さらに売却して得た外貨は、何らかの形で運用しなければなりません。そうでないと中国政府は得るべき利息収入も得られなくなってします。日本の国債などと比べると財務省証券の利回りははるかに魅力的です。財務省証券以外に巨額の投資を受け入れ、高い流動性を持っている市場や金融商品はないといっても過言ではないでしょう。

また財務省証券売却で得たドル資金を為替市場で売却すれば、人民元相場は上昇することになります。それは中国の輸出に大きな影響を与えます。現在、中国の輸出30%以上がアメリカ向けであり、それが減少すれば、中国経済も返り血を浴びることになります。

では時間をかけてゆっくりと分散投資を進めた場合はどうでしょうか。実は、そうした例は存在します。日本政府は財務省証券投資額を2004年8月の6994億㌦から2007年9月の5822億㌦に1172億㌦も減らしています。しかし、それはアメリカ経済にほとんど影響を与えることはありませんでした。中国が何らかの政治的意図をもって財務省証券を急激に売却するという事態がない限り、中国政府のポートフォリオの変化はアメリカに大きな影響を及ぼすことはないと思われます。

なお今年に入ってからの海外の財務省証券投資の状況は次の通りです。外人投資家の米長期債の純購入額(購入と売却の差)は1月が547億㌦の売り越しでしたが、2月は50億㌦の買い越しになりました。財務省証券投資に関して言えば、1月が127億㌦、2月が236億㌦でした。中国は2月に46億㌦の財務省証券を購入しています。その結果、財務省証券の保有額は7442億㌦に達しています。中国政府は対米投資に対して慎重になるとの発言をしていますが、現実には財務省証券への投資を着実に増やしています。日本の財務省証券投資は、2月に271億㌦増えて、総額が6619億㌦になっています。

なお米政府は、今年、財政赤字の拡大に加え、銀行や自動車会社救済などの資金が必要なため、2.5兆㌦の財務省証券を発行すると予想されています

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