中岡望の目からウロコのアメリカ

2009/4/28 火曜日

日米の巨額財政刺激策の実態-本当に景気刺激効果はあるのか?

Filed under: - nakaoka @ 0:27

本当に大規模な財政出動は必要なのだろうか、最近、そんな思いを抱いています。そんなとき、官僚とお酒を飲む機会がありました。彼は「どうせ実現しないだろうと要求していた予算が全部認められ、これからその予算をどう消化したらいいのか頭を悩ませている」と嘆いていました。まず予算の規模が決定され、それに見合うだけの歳出を捻出するというのが、今回の麻生政権の景気対策です。日本と同様に大規模な財政出動を決定しているアメリカでも、同様な状況にあります。オバマ政権の公共事業の内容を詳細にチェックしてみると、目標の額を達成するために、取るに足りない公共事業とも呼べない市町村の事業が積み上げられています。以下、その実態を報告し、世界経済の見通しについて書いてみます。

マサチューセッツ州のインフラ整備計画表というのがあります。120ページの膨大な工事リストが掲載されています。最初のページに記載されている工事は教育施設の改善工事で、最初の項目はバークシャー・アート&テクノロジー・チャーター・パブリック・スクールの老朽化した屋根の修理となっています。その額は12万2250㌦。続いて同じ学校のボイラーの取り換えで、費用は8万8780㌦と、リストは延々と続きます。マサチューセッツ州に限らず、各州も同様な予算要求を行っています。この機会を利用して、それほど緊急性や長期的な展望がなくても、地元の工事をしてしまおうという地方自治体の思惑が見え見えです。先の日本の官僚が述べていたのと同じことが、アメリカでも見られるのです。

オバマ政権が発足してわずか1か月で7870億㌦の史上最大の財政刺激策が作られたのです。その全額が公共事業に向けられるわけではありませんが、かなりの規模の公共事業が行われるのも事実です。そんなに短期間に事業プロジェクトを積み上げるのは実際上、不可能です。大型プロジェクトは計画、環境アセスメント、設計、用地取得と長い時間がかかります。数か月で有望な公共事業リストを作成するのはどうかんがえてもできない相談です。そんな背景から、パソコンの取り換え、公園整備、学校の補修など、予算的に厳しい地方自治体が予算要求を積み上げた結果、巨額の公共事業が登場したのです。日本でも、先の官僚の言葉ではないですが、使いきれないほどの予算が与えられ、とにかく消化しなければならないと各省は苦慮しているのです。普段なら決して予算が認められないような事業にも潤沢な予算が割り振られています。

『タイム』誌が「怒りを覚える10のプロジェクト(Top 10 Outrageous Earmarks)」という記事を掲載しています。その中の幾つかを紹介します。子供の弓矢を製造する企業の非課税措置で200万ドル、ニューヨーク州選出のチャールズ・ランゲル下院議員を記念した公共サービスセンターで190万㌦、80年代のウッドストックの音楽祭を記念するウッドストック博物館建設で100万ドル、メイン州立大学のロブスター研究所建設に18万8000㌦、モンタナ世界貿易センター建設に58万3000㌦、アラスカ州のネズミの島と呼ばれるAleutian Islandでのネズミ駆除に15万㌦などです。これは議員が地元に利益を還元するためのプロジェクトです。日本の景気刺激策も本質的には、オバマ政権の政策と変わらないのかもしれません。

確かに財政出動すれば、景気にプラスの効果は期待できます。GDPで言えば、政府部門の支出が増えるのですから、成長率はそれだけ嵩上げされます。ただ伝統的なケインズ経済学が主張するような乗数効果が発揮されるかどうかは疑問です。もし十分な乗数効果が発揮されなければ、財政刺激効果は一回限りで終わってしまうでしょう。単純に需給ギャップが存在し、それを埋めるために財政出動による需要創出が必要だというのでは、まるで素人の議論です。最終的に残されたものは巨額の財政赤字だけという事態に陥る懸念は十分にあります。

以下の文章はある雑誌に寄稿したものです。執筆したのは4月初旬です。

世界経済の見通しがさらに厳しいものになってきている。2009年3月30日に世界銀行は今年の経済見通しの修正を発表した。前回の予想は12月に発表されたが、今回の見通しでは大幅な下方修正が行われた。同見通しは「金融市場における信用の縮小は現代史で最も急激な経済の縮小をもたらした。投資家は海外資産を回収し、信用状況は逼迫し、世界中の企業は生産を縮小し、設備投資計画を先延ばしにしている」と、世界の経済情勢が急激に悪化していと指摘している。

そして今年の世界経済の成長見通しをマイナス1・7%と予測している。昨年の世界経済の成長率は1・9%であるから、今年は急激に落ち込むことになる。世界経済の成長がマイナスになるのは、戦後初めてのことである。先進国であるOECD(経済開発協力機構)に属する国の経済成長率はマイナス2・9%と予想されている(OECDによる予測ではマイナス4・3%成長となっている)。世銀は「先進国は深刻なリセッションに落ち込む」と指摘している。

先進国の中で特に経済の落ち込みが顕著なのは日本で、成長率はマイナス5・3%と予想されている。これはアメリカのマイナス2・4%、ユーロ圏のマイナス2・7%をはるかに上回っている。数カ月前、麻生首相は「日本の経済の落ち込みは欧米に比べれば軽微である」と語っていたが、現実はまったく逆で、日本は先進国で最も深刻な不況に陥りつつある。政府が早々と補正予算で約15兆円と史上最大規模の追加的な景気刺激策を決めたのは、こうした厳しい見通しが背後にあったからである。日本と同様にアメリカも2月に7870億㌦と史上最大規模の財政刺激策の実施を決めている。中国も世銀によれば、成長率は前年の9%成長から今年は6・5%へ大幅に減速すると予想されている。こうした成長鈍化に対応するため、中国政府は既に昨年11月に4兆元に及ぶ景気刺激策を発表している。現在、世界各国は、超金融緩和に加え巨額の財政出動で必死になって景気の底割れを食い止めようとしているのである。

4月2日、ロンドンで開催されたG20首脳会談の最大の焦点は世界不況をどう克服するかであった。会談終了後に発表されたコミュニケには「我々は現代の世界経済で最大の挑戦に直面している」と現状認識を示し、「世界危機には世界的な解決策が必要だ」と訴えている。

そして具体的な政策目標として六項目を挙げている。①自信と成長と雇用を回復すること、②貸出を増やすために金融システムを修復すること、③信頼を取り戻すために金融規制を強化すること、④危機を克服し、将来の危機を防ぐために国際金融機関の資金を強化し、改革を行うこと、⑤繁栄を維持するために世界貿易と投資を促進し、保護主義を排すること、⑥包括的で環境に配慮した持続的な回復を実現すること、である。

そして景気政策としては、「我々は前例がなく、かつ協調的な財政拡張政策を取っている」とし、「来年末までに5兆㌦の財政支出をすることで生産を4%増やし、それによってグリーン経済への移行を促進する。我々は成長を回復させるために必要な持続的な努力を行う約束をした」と、コミュニケの中に書かれている。さらに金融政策に関しては「中央銀行は必要な限り緩和的な政策を維持し、物価安定に配慮しながら異例な手段を含むありとあらゆる金融政策手段を発動する」としている。

しかし、世界的な財政拡張を求めるアメリカと、財政拡張に慎重で、財政赤拡大を懸念するEUの首脳の間で意見の対立が見られるなど、各国の景気政策に対する取り組みには明確な濃淡が見られた。財政政策の発動に関して5兆㌦という目標が掲げられたが、国別のコミットメントはなく、単なる目標の域を出るものではなかった。

では世界は不況の悪化を食い止めることができるのであろうか。世界大恐慌の再来を阻止することができるのであろうか。世銀の予想では、世界経済は来年は持ち直し、成長率は2・3%に復調すると予想している。OECDはマイナス3%から1・5%、アメリカは2%、日本も1・5%といずれもプラス成長に転じると予想されている。オバマ大統領も4月14日にジョージタウン大学で行った演説の中で、「依然として厳しい時代にあることは疑いの余地はない。どの観点からみても、私たちはまだ森の中から出ていない。しかし、現在、私たちが立っている場所から希望の光が見え始めている」と、アメリカ経済の回復の曙光が見え始めていると楽観的な見通しを語っている。タイミングを合わせるようにバーナンキFRB(連邦準備制度理事会)議長も「リセッションが緩和するかもしれないという信号が点滅し始めている」と楽観的な見通しを述べている。

経済は生き物で、常に変わっている。景気変動も下降局面もあれば、必ず上昇局面もあり、永遠に一方向に動くものではない。他方、人間は今の状況があたかも永遠に続くという錯覚に陥る傾向がある。ブームの最中にはブームは永遠に続き、不況の時には不況は底なしに悪化すると思いがちである。今の世界不況もいつかは転換的を迎えることになるだろう。しかし、現実の政界では、マイナス成長が1年で終わるのか、2年続くのかで、状況は大きく変わってくる。では、今回の世界不況は世銀が予想するように今年中に底を打ち、来年は回復に向かうのだろうか。あるいは今回の不況は単なる循環的なもので、補修に時間を要する構造的な要因はないのだろうか。

世銀の予測やオバマ大統領の発言にはかなり“希望的観測”が含まれているのは間違いない。エコノミストの予想では、アメリカ経済は今年の第4四半期にはプラスに転じるという見通しが主流であった。しかし、最近ではプラスに転じるのは来年の半ばにまでずれ込むとの予想も発表されるなど、大規模な財政発動にも拘わらず、その効果には限りがあるとの認識が強まっている。通常のモデルを使った予測では対応できない事態が起こっているのかもしれない。

景気が悪化するのは需給ギャップが拡大するためである。要するに需要が落ち込めば、企業は生産調整を迫られる。それは経済成長率を低下させ、雇用調整を引き起こして失業率を上昇させる。したがって景気を回復させるには落ち込んだ需要を回復させればいい。まず金融緩和で企業や個人が低利の資金を借りて投資や消費を増やすことが考えられる。しかし、金融不安から銀行の貸し渋りも加わり信用が拡大する兆候はみられない。借り手の企業や個人も先行き不安から資金を借りて投資をしたり、消費を増やす状況ではない。金融緩和が効果を発揮しないのなら、財政出動しか道はない。各国が史上最大規模の財政刺激策を講じるのも、そのためである。

確かに金融危機をキッカケに需要が大幅に落ち込み、大きな需給ギャップが発生したのは間違いない。しかし、視点を変えれば、世界経済は既に過剰供給の状況にあり、今まで無理やり需要を創出することで成長を遂げてきた。その実態が金融危機を契機に一気に表面化したのかもしれない。とすれば、問題は需要の落ち込みと当時に世界的な過剰生産能力にもある。今や消費し切れないほどの物が市場に溢れている。需要政策と同時にストック調整も必要となっている。ただストック調整は雇用情勢をさらに悪化させることになる。また需要政策も必要なストック調整を遅らせる可能性もある。膨大な規模の財政支出は巨額の財政赤字を招くことになる。要するに財政政策は需要を先食いにすぎない。それが持続的な成長に結びつく保証はない。

もう少し詳しく説明する必要があるが、結論的を言えば、今回の世界不況は一般に考えられている以上に長引くと思われる。

4件のコメント »

  1. 補正予算のいい加減なことを池田信夫ブログを引用して広瀬誠のブログ「補正予算とふるさと創生」に書きました。ぜひお読みください。

    コメント by 広瀬誠 — 2009年5月4日 @ 02:55

  2. やっほー!
    初めまして~~。

    いつも楽しみにしていまーす!
    お仕事頑張ってくださいね~(笑)

    コメント by nana — 2009年5月14日 @ 16:06

  3. エコ減税とかで車の売れ行きが好調になりそうな兆しで、トヨタのお膝元はにわかに活気がでてきたっていうニュースを見ました。


    これも楽観視はできませんし、負の要素もあるのでしょうが、とりあえず経済対策効果なんでしょうね^^;

    コメント by FX口座開設比較 — 2009年6月23日 @ 16:39

  4. バーナンキがFRB議長に再指名された事で、アメリカでは一つの結論を出した訳ですが、果たして日本ではどうなのでしょうか?

    仮に今回の衆院選で政権交代したとしたら?

    EUの動向を含めて、本当の結果を検証できるのは何年か後になるのでしょうね・・・

    コメント by マスクの通販 — 2009年8月27日 @ 02:33

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