中岡望の目からウロコのアメリカ

2009/5/25 月曜日

ガートナー財務長官は米銀を救済できるのか(1):救済案の骨子

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アメリカ経済は相変わらず厳しい状況にあります。3月27日に発表になった2008年第4四半期の修正値では6.3%のマイナス成長(速報値はマイナス6.2%)となりました。四半期ベースではこの25年で最悪の成長率です。2月にオバマ大統領は「米国復興再投資法」に署名し、7870億㌦という史上最大の景気刺激策が講じられることになりました。減税と公共事業が柱ですが、公共事業が実際に執行されるのは4月以降で、効果が出てくるには時間がかかるでしょう。多くのエコノミストは刺激効果を期待して2009年第4四半期から成長率はプラスになると予想していましたが、最近では年内の回復は難しいという見通しも出始めています。経済実態は予想よりも厳しそうです。

【不良資産救済プログラムによる資本注入】
そうした中で銀行救済問題が浮上しています。ガイトナー財務長官は「銀行の不良資産問題が解決し、銀行融資が増えない限り、経済の悪化は進むだろう」と述べています。大型刺激策も金融逼迫の状況が改善しない限り、本格的な効果を発揮できないというわけです。

昨年10月に「緊急経済安定化法」が成立し、銀行救済が始まりました。同法で「不良資産救済プログラム(TALP)」が設定され、7000億㌦の資金の拠出が認められました。当初は3500億㌦の支出が認められ、さらに今年の1月に議会は残りの3500億㌦の支出を認めました。ブッシュ前政権のもとで3798億㌦が支出されています。オバマ政権は残りの3202億㌦を使って銀行救済に取り組むことになっています。3月18日の段階で、残されているTARPの資金は1602億㌦になっています。オバマ政権が成立した1月20日以降、3月6日まで194行がTALPから資本注入を受けています。ちなみに財政資金を使ったTALPに加え、FRB(連邦準備制度理事会)の貸出制度などを使って様々な金融支援が行われていますが、政府は総額で9.9兆㌦もの資金援助を約束し、3月18日までに既に2.2兆㌦もの資金が使われています。

【効果がなかった資本注入方式】
しかし、なかなか効果が出てきていません。当初、TALPの資金は不良債権購入に充当される予定でしたが、途中から財務省は方向転換し、銀行への資本注入に使われることになりました。また12月には資金繰りが厳しく、倒産の瀬戸際に立たされていたGMやフォードへのつなぎ融資としても使われました。銀行は不良債権や不良資産の償却で自己資本を使い、BIS(国際決済銀行)が定めて自己資本比率の8%を満たせない銀行がでてきました。BISの定めた自己資本を維持できない銀行は営業停止の処分を受けることになります。そのため財務省は資本注入することで銀行の必要な自己資本の維持を図り、同時に企業や個人への貸出増加を期待していたのです。

しかし、資本注入にも拘わらず銀行の融資は増加しませんでした。たとえば大手13行は昨年10月から12月末までに2000億㌦の資本注入を受けていますが、その間に貸出残高は3.36兆㌦から3.31兆㌦に減っているのです。銀行全体の融資残高も昨年10月末の7.266兆㌦から今年の1月末の7.057兆㌦へと減っています。政府が一生懸命資本注入し、銀行の貸出の増加を期待したにもかかわらず、現実には融資は減り続けているのです。仮に十分な自己資本が確保されても、景気悪化の中で融資にともなるリスクが高まっているために銀行の貸出姿勢は一層厳しくなっており、それが融資の減少に結びついたと考えられます。日本でも融資のリスクが溜まっているために銀行の「貸し渋り」や「貸し剥がし」が起こっているのと同じ様にアメリカの銀行も貸出に慎重になっているのです。

【新しい金融機関救済プログラム:金融安定化プログラム】
しかし、いくら景気刺激策を講じても、それが民間の経済活動の活発化、銀行融資の増加に結びつかない限り、景気の本格的な回復は期待できません。政府は金融逼迫状況をなんとかして解消するために努力をしていますが、なかなか決め手はありません。そんな中、ガイトナー財務長官は2月10日に「金融安定化プログラム」を発表しました。これは財務省とFRB、連邦預金保険公社、通貨監督官など政府の金融関係の全組織を挙げた取り組みです。財務省は「金融機関の強さと活力に対する信頼が回復されない限り、金融機関は仲介機関として重要な役割を果たすことができない」と、銀行の不良資産問題の処理を急ぐ必要を強調しています。景気悪化が続き、不動産市場が低迷すれば、銀行はさらに不良資産の償却を迫られる可能性もあり、できるだけ早く不良資産の処分を急ぐ必要があります・

「金融安定化プログラム」の核となる内容は以下の通りです。
① 「資本支援プログラム(the Capital Assistance Program)」=将来の景気悪化に耐えられるような財務体質を構築するのを支援する。
② 「官民投資ファンド(Public-Private Investment Fund)」の設定=過去の不良資産(legacy assets)を買い取るために5000億㌦の規模のファンドを設定する。将来的には、ファンドの規模を1兆㌦にまで拡大する。
③ FRBの「資産担保証券融資制度(Term Asset-backed Securities Lending Facility)」を通して住宅融資、クレジットカード融資、奨学金融資、中小企業向け融資を支援するために担保証券を買い取る。
④ 連邦預金保険公社の「短期的流動性保証プログラム」を2009年10月31日まで延長する
⑤ 政府支援を受けた金融機関の配当、幹部の報酬を制限し、情報開示と監督強化を促進する。

上記の「資本支援プログラム」のポイントは、将来の景気変動に備えて金融機関の資本を確保することとことです。すなわち金融機関に「ストレス・テスト」を実施し、景気の悪化で資産償却が増えた場合、十分な自己資本を持っているかをチェックすることになっています。経済が平均的な予想で推移する場合と最悪の状況が起こった場合を想定して、財務内容の検討を行います。そして最悪の場合が起こったときに自己資本が足りない場合、銀行は政府から資本注入(政府に優先株を譲渡する)を受け、6カ月以内に民間市場で資本を調達しなければならないことになっています。この時の政府の資本注入を“資本バッファー(予備的な資本)”と呼んでいます総志資産が1000億㌦を超える19行が、ストレス・テストを受ける対象になっています。要するに資本不足になる前に最悪の状況を想定して、それに耐えられるだけの資本を確保することを狙ったものです。既にストレス・テストは実施に移されていますが、テストの結果は公表されないことになっています。

【官民投資パートナーシップ・プログラム】
しかし、「金融安定化プログラム」の評価は芳しいものではありませんでした。そこで財務省は3月23日に「官民投資ファンド」に関する詳細な計画を発表しました。財務省は、その狙いを次のように説明しています。「金融システムが景気回復を阻害している。その主要な理由は、不良資産(legacy assets)問題があるためである。不良資産とは銀行が直接間接に保有している住宅ローンと住宅担保の証券のことである。この資産が金融機関のバランスシートに関する不確実性を生み、金融機関の資本調達能力と貸出意欲を削いでいる」と説明しています。要するにいくら資本注入をしても、銀行が不良資産を抱えている限り、将来のリスクは高く、金融情勢は改善しないということです。TALPは当初は不良資産買取を目的としていたのですが、途中から資本注中に方向転換しました。その最大の理由は不良資産の価格をどう設定するかという極めて難しい技術的な問題があったからです。こうした不良資産の取引市場は実質的に存在しないため、価格の決定が難しいのです。しかし、上述のように資本注入しても銀行は必要な自己資本を確保しても積極的に融資をすることはありませんでした。また民間市場から資本調達をするにも、投資家はリスクを恐れて投資をしない状況が続いていたのです。そこで再び資本注中ではなく、不良資産買取方式を復活させることにしたのです。では、当初の不良資産買取方式とどこが違うのでしょうか。

新しい計画では「官民パートナーシップ投資プログラム(Public-Private Partnership Investment Program)」と名称が返られています。ポイントは“パートナーシップ”という言葉が入ったことです。それによって、同プログラムの内容は少し明確になりました。以下、その仕組みについて説明します。

「官民投資プログラム(Public-Private Investment Program)」は、まずTARPの未使用の資金から750億㌦から1000億㌦を拠出し、将来的には資産規模を1兆㌦にするとされています。これは3つの原則のもとに行われます。①税金であるTSRPの資金に加え、FRB、連邦預金保険公社、民間投資家の4者がそれぞれ出資してパートナーシップを組み、税金を最も効率的に活用すること、②民間投資家と利益とリスクを共有すること。すなわち民間投資家の損失は出資範囲内に限定され、利益が出れば納税者に還元されることになる。③不良資産買取に際して政府が過大な価格を支払わないようにするために民間投資家が競争して入札する仕組みを作る。

財務省は、「同方式は銀行が徐々に不良資産を償却したり、政府が直接買い取るよりも優れた方式である。銀行が時間をかけて償却すると、日本で経験したように金融危機を解決するのに時間がかかる。もし政府が単独で不良資産を購入すると、納税者がすべてのリスクを負うことになる。さらに政府の役人が購入価格を決定すると、納税者が追加的なリスクを負うことになる」と説明しています。要するにTARPの当初の買取方式は政府単独だったが、新しい方式は民間の投資家が参加することで、リスクの分散化図れるということです。

【2つの不良資産買取方式】
同プログラムでは不良資産を2つに分けています。それは「不良融資(legacy loan)」と「不良債券(legacy securities)」です。同じ不良資産でも、融資と証券では性格が違います。財務省は「不良融資がバランスシート上にあるために銀行は民間市場から資本を調達できず、融資能力も制限されている」と説明しています。また不良証券については「流通市場での流動性がないため、正常に機能している市場で決まる価格よりも低い価格で取引される。こうした不良証券は銀行だけでなく、保険会社や年金基金、投資信託、個人の退職年金ファンドでも保有されている」と、不良融資との違いを説明しています。したがって、不良融資の買い取りと不良証券の買取を別々に行うというのが、このプログラムの特徴のひとつです。

【不良融資プログラム(Legacy Loan Program)の仕組み】
まず「不良融資プログラム」について説明します。手順は次のようになります。連邦預金保険公社と財務省が買取対象となる融資の購入を民間投資家に呼かけます。その時、連邦預金公社は民間投資家に対して債務保証をし、財務省は共同投資者(equity co-investor)であることを明らかにします。財務省はTARPの残っている資金の半分を同プログラムに拠出します。広範な投資家の参加が期待されています。同プログラムの元に個々の「官民投資ファンド」が設定されます。要するに1本ではなく、不良融資をプールする何本かのファンドが設定されます。次に、連邦預金保険公社がファンドの設定、資金調達、運用を監督します。資金は財務省と民間投資家が拠出し、連邦預金保険公社が不良融資購入のために調達する際に発生する債務の保証を行います。財務省は納税者に代わって納税者の利益を守るために投資を管理します。財務省は各ファンドに対して50%の拠出をします。民間のファンド・マネジャーが連邦預金保険公社の厳しい管理のもとで資産運用を行います。最終的な処理が行われるまで、不良融資はファンドで保有されることになります。

具体的には、銀行が額面100㌦の不良融資を保有し、連邦預金保険公社に売却の意図を使えます。公開入札が行われ、最も高い価格で応募した投資家が官民投資ファンドを設定して、不良融資を購入します。仮に入札価格が84㌦だと、同公社が72㌦の資金調達の保証をし、残りの12㌦が出資(equity)に該当します。これを「debt-equity ratio」と呼び、その割合は6対1で想定されています。財務省は50%出資します(equityの50%)。この場合、財務省は6㌦拠出し、民間投資家の出資分は6㌦になります。同ファンドは状況を見ながら不良資産を処分します。その際、同公社の監督と承認が必要となります。

【不良証券プログラム(Legacy Securities Program)の仕組み】
不良証券の場合、先に触れたように流通市場が存在しないため、価格決定が一番の問題になります。買取のプロセスで価格を決定することで、不良証券の持つ不透明性を払拭することになります。具体的な例を使って説明します。

まず、財務省は同プログラムに興味のあるファンド・マネジャーを募集します。マネジャーというのは投資運用会社のことです。マネジャーは財務省と協力して投資に必要な資金調達をします。政府は、マネジャーが調達した民間資金と同額の資金を拠出することに合意します。マネジャーはファンドの販売を行います。まねじゃーが100㌦の資金を調達したなら、財務省も共同投資家として100㌦拠出します。同時に財務省は官民投資ファンドに100㌦拠出します。また財務省はマネジャーの要請があれば、最大100㌦まで追加拠出します。その結果、マネジャーの保有する資金は300㌦になります。この資金を使って不良証券の購入をします。運用はマネジャーに委ねられますが、実際の投資方針は購入して長期に保有する(long buy-and-hold strategy)が基本になります。

買取の対象となるのは、AAA格の証券です。住宅担保証券(residential mortgage-backed
securities :RMBS) だけでなく、商業用不動産担保証券(commercial mortgage-backed
securities: CMBS)も買取対象に含まれます。不良証券の“ヘアカッ(haircut:かけ目)は、
担保資産のリスクに応じて後で決定されます。財務省はマネジャーは最大5社を想定して
います。マネジャーがシニア債を購入した場合、財務省は100%の融資をすることもできま
す。

【これで問題は解決するのか】
先に指摘したように民間の投資家を加えるというのが、同プログラムの最大の特徴です。さらに民間の投資家に債務保証をすることで、リスクを大幅に軽減していることです。ニューヨーク・タイムズ紙は「投資家に対する巨額の補助金を出すようなものだ」と指摘しています。また、財務省が使える資金はTALPの資金しかなく、決して十分な資金量ではありません。さらに議会の承認を得て使える資金を増やす必要が出てくるでしょう。いろいろな推定がありますが、銀行が抱えている不良資産は2兆㌦とも言われ、官民投資プログラムを最大限駆使しても、おのずと限度があります。

著名な経済学者であるポール・クルーグマン・プリンストン大学教授やジョセフ・スティグリッツ・コロンビア大学教授は銀行の国有化しか最終的な救済法はないと主張しています。もし景気回復が進まず、金融危機が長引けば、オバマ政権は厳しい立場に追い込まれることになるでしょう。

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