中岡望の目からウロコのアメリカ

2009/5/26 火曜日

ガイトナー財務長官は米銀を救済できるのか(2):銀行のストレステストをどう評価するか

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金融危機後、信用逼迫が続き、それが景気悪化の大きな要因になっているといわれています。大量の不良債権を抱え、償却負担から資本不足に陥った銀行が貸出を渋ったことで経済活動が低迷し、経済成長が大幅に落ち込んだというのが一般的な分析です。そうした状況に対応するためにアメリカ政府は様々な対策を講じてきました。昨年の10月に7000億㌦「不良債権救済プログラム(TARP)」を通して銀行に資本注入を行いました。さらにオバマ新政権の下で今年の2月10日に「金融安定化プログラム(Public-Private Investment Fund)」が発表され、資本注入から不良債権の買い取りを目的とする「官民投資ファンド(Capital Assistance Program)」の設定と資本不足の銀行への資本注入を行う「資本支援プログラム」を柱とする対策が発表されました。その際、「資本支援プログラム」の一環として主要銀行を対象に“ストレス・テスト”を実施し、銀行ごとに必要な資本増強額を明らかにすることになりました。“ストレス・テスト”は2月下旬から開始され、5月7日に財務省は結果を発表しました。今回は“ストレス・テスト”の具体的な内容と、その結果について分析してみます。

【ストレス・テストの狙いは何か】
“ストレス・テスト”は、特に目新しい分析手法ではありません。従来から銀行に限らず、一般企業も含め、経営環境が悪化した場合に財務的にどこまで耐えることができるかを検討することは普通に行われてきました。ただ、そうした“ストレス・テスト”は経営者が経営を行う際の資料や企業買収などの際の資料として利用されてきたもので、企業の内部で行われてきました。今回の財務省が行った“ストレス・テスト”は主要米銀19行を対象に、“平均的なベースライン・シナリオ(Average Baseline Scenario)”すなわち平均的な経済見通しをベースにする検討と、より厳しい経済見通しを想定した“より厳しい代替的なシナリオ(Alternative More Adverse Scenario)”の2つのケースで対象銀行が必要資本額を満たしているかどうか検討を加えたものです。最大の特徴は、個別に“ストレス・テスト”を行うのではなく、2つの共通のシナリオに基づいて19行の財務状況の分析を横断的かつ総合的に行ったことです。それによって各銀行の資本状況を客観的に評価することができるからです。

財務省は、こうした“ストレス・テスト”を行うことで、資本不足に陥ると想定される銀行に資本増強を行うことを求める一方、金融市場に対する信頼を回復し、一般投資家が銀行に投資できるような環境を整備することを狙っていました。テストの結果の詳細は後で紹介しますが、ガイトナー財務長官は一連の銀行救済策の結果、「金融システムは回復に向い始めた」と高い評価をしています。十分な資本を確保しているという結果の出た銀行はTARPから注入された資本の返済を進めると予想され、ガイトナー長官は「返済された資金は全米で8300行ある銀行のうち90%以上を占める中小銀行の救済に向けられることになる。これによって金融部門の調整は大幅に進捗することになる」と語っています。問題は、“ストレス・テスト”の結果をどう評価するかです。

【ストレス・テストの2つのシナリオ】
財務省は4月24日に「政府資本評価プログラム(Supervisory Capital Assessment Program)」の仕組みと実施要綱に関する文書を発表しています。まず同文書に基づいて“ストレス・テスト”の仕組みを実施方法に関して説明します。

同文書は「大半の米銀は現在、必要とされている十分な資本を持っている」と指摘していますが、「経済情勢の悪化によって資本不足に陥る可能性のある銀行が存在する」可能性も指摘しています。そうした事態に備えるために2つのマクロ経済のシナリオを設定し、それぞれの場合の資本状況を分析する必要性を説明しています。そして「大手銀行持株会社は一般に想定されているよりも巨額の損失が発生した場合に備えて“バッファー”となる追加的な資本を確保すべきである」と説明しています。要するに、経済状況の悪化によって予想外の損失が発生しても資本不足の状況に陥らないように余分な資本を確保する必要があるということです。そうすることによって経済状況がさらに悪化しても信用不安を回避することができるというわけです。

“ストレス・テスト”の対象は資産が1000億㌦を超える大手銀行持株会社19行です。この19行で米国の銀行の総資産の3分の2、総融資の半分以上を占めています。2008年末の財務状況を前提に、2011年の経済情勢に耐えるだけの資本を確保しているかどうかが分析のポイントになります。調査は、各行に2つのシナリオに関する詳細な分析資料の提出を求め、約150名の財務省などのスタッフが提出された資料を詳細に分析して、資本の過不足を判断することになります。各行は、融資と証券で予想される損失額、金融商品の取引ポジション、純益、オフバランスの取引、ポートフォリオのリスク評価などに関する資料を提供しなければなりません。各行が提出した資本の過不足に関する分析がそのまま採用されるわけではなく、財務省が最終的に判断して、各行別の資本の過不足を決定することになります。必要があれば銀行は資料の再提出を求められることになります。3月初旬に19行は財務省に要請された資料を提出しています。財務省スタッフは分野ごとにチームを作り、提出された資料の詳細な検討を行っています。そして各行の業務内容などを織り込んだ各行別のベンチマークを作成し、必要があれば追加的な資料の提出を求めたりしています。そして財務省の上級スタッフが各銀行持株会社に必要な資本バッファーの額を決定したのです。

【2つのシナリオ】
分析は2つのマクロ経済のシナリオごとに行われます。2月末の時点の経済予想が採用されています。したがって、その後の経済情勢の悪化は、“ストレス・テスト”には織り込まれていません。マクロ経済指標で使われたのは「実質経済成長率」「失業率」「住宅価格」の3つです。「平均的ベースライン・シナリオ」は民間の3つの予測を平均したものです。2009年の平均経済成長率は、「コンセンサス・フォーキャスト」のマイナス2.1%と「ブルー・チップ」のマイナス1.9%、「プロフェッショナル・フォーキャスターズ調査」のマイナス2.0%を平均したマイナス2.0%が採用されています。これに対して「より厳しい代替的シナリオ」では成長率はマイナス3.3%と想定されています。2010年のベースライン予想は2.1%で、3団体とも成長率はプラスに転じると予想しています。2009年の失業率は先の民間3団体の予想の平均8.4%がベースライン予想として採用されています。「より厳しい代替的シナリオ」では8.9%が採用されています。2010年のベースライン予想は8.8%ですが、代替的予想は10.3%です。住宅価格は、2009年のベースライン予想のマイナス14%に対して厳しい予想はマイナス22%です。2010年のベースライン予想はマイナス4%ですが、厳しい予想ではマイナス7%が採用されています。

これは“ストレス・テスト”を行うためのマクロ経済のシナリオです。既に述べたように、この経済予想は2月下旬の段階のものです。それ以降、アメリカ経済情勢は悪化しています。特に雇用情勢の悪化は予想を上回っています。しかし、“ストレス・テスト”は、そうした新しい経済情勢の変化は織り込んでいません。また、アメリカ経済は2010年にはプラス成長に転じるというのがベースライン・シナリオと代替的シナリオの共通した予想です。また失業率は景気が回復に向かっても2010年はさらに悪化するというのが共通した見通しです。住宅価格の下落は2010年も続くが、下落幅は大幅に縮小すると予想されています。こうした事柄に関して財務省の文書は「こうしたタイプの分析は大幅な不確実性が伴うものである」「ストレス・テストは起こりうる可能性のあるシナリオの下で損失を吸収するために各行に必要とされる資本バッファーの額を評価する組織的かつ厳格な枠組みを提供するものである」と説明しています。要するに、あくまで想定されたもとでのシミュレーションであるのです。

【必要な資本バッファー額の決定】
しかし、ストレス・テストで算定された必要資本バッファーの額は単に資料的に使われるわけではありません。もし資本不足が想定されると指摘された場合、当該銀行持株会社は何らかの形で資本増強を行うことが義務付けられているのです。しかも、銀行が提出した資本状況に関する報告がそのまま採用されるわけではありません。仮に甘い評価をして代替的シナリオの場合でも十分な資本は確保されていると報告しても、財務省の判断がそれと異なることもありうるのです。財務省は、提出された資本不足額の「推定値は政府資本評価プログラムにとって有益なベンチマークであるが、政府が行う最終的な損失、収入の予想と必ずしも一致するものではない」と指摘しています。なお、銀行持株会社は「ティア1」と呼ばれる自己資本比率は6%を達成することを求められています。「ティア1」は資本の基本項目と呼ばれ、資本金、法定準備金、利益余剰金、子会社の少数株主持ち分、優先株などで構成されています。これは国際決済銀行(BIS)が決めた国際基準です。なお「ティア2」は「ティア1」に有価証券の含み益の45%、土地の再評価益と簿価の差の45%、貸倒引当金、劣後ローンなどが含まれる広い概念の資本です。

財務省は、「ティア1」を普通自己資本(common equity=普通株)と非普通自己資本(non-common equity)に分けています。普通自己資本は「ティア1」から優先株、信託優先証券、少数株主持ち分を控除したもので、「普通自己資本はティア1の最も重要な部分である(common equity should be the dominant component of Tier stock)」と指摘しています。そして、資本バッファーを判断するとき、普通株のリスク資産に関する比率の4%を重視しています。要するに銀行持株会社は、普通株をベースにする自己資本比率4%を超える資本バッファーを確保することが求められているのです。“ストレス・テスト”の結果を発表した文章の中で「このテストは資本額だけでなく、資本の構成にも焦点を当てた」「ティア1の水準とティア1の普通株の比率を評価した」「普通株は損失を吸収する最初の資本部分である」と書かれています。これは、資本の中の普通株部分を重視したということを意味しています。

【ストレス・テストの結果】
財務省は当初、“ストレス・テスト”の結果は発表しないと言っていました。しかし、好評するという異例な措置を取ったのは、“ストレス・テスト”の透明性を高めることで、不確実性と取り除き、金融機関に対する信頼を取り戻すことが重要だと判断したからです。

以下で“ストレス・テスト”の結果について説明します。経済が「より厳しい代替的シナリオ」に沿って推移した場合、19行合計で2009年と2010年の2年間に総額で6000億㌦の損失が出るという結果になりました。このうち4550億㌦は住宅融資や消費者金融を中心とする融資部門で発生します。これは総融資額の9.1%に相当する額です。投資ポートフォリオ部門では1350億㌦の損失が発生すると予想されています。金融危機が始まってから既に相当額の償却が行われていますが、そうした償却分を加えると2010年末までに19行は総額で9500億㌦の損失が発生したことになります。

6000億㌦の損失が発生した場合の資本の状況はどうなるのでしょうか。2008年12月末の時点では、19行の自己資本比率は必要最低水準を上回っていました。2008年第4四半期のティア1の資本額は8350億㌦ありました。単純に考えれば、今後予想される損失が6000億㌦ですから、それに耐えるだけの自己資本は確保されていることになります。さらに2年間の利益を充当して損失を吸収することもできます。他方、利益の一部は貸倒引当金の積み増しにも使われるでしょう。そうした事柄をすべて織り込むと、「2010年末までに19行が必要とする資本バッファーの額は1850億㌦になる」と、財務省の文書は説明しています。

以上は19行の総額での話ですが、個別銀行持株会社になると状況は違ってきます。財務省は追加的な資本バッファーが必要なのは19行のうち10行で、9行は追加的な資本増強を行う必要はないと指摘しています。すなわち9行はティア1の自己資本で6%、ティア1の普通株自己資本で4%をクリアしているのです。もうひとつの特徴は、10行で資本不足が発生するのはティア1の自己資本ではなく、ティア1の普通株自己資本の部分であるということです。資本不足が指摘された10行は、資本構成が普通株以外の資本に過度に依存しているといえます。したがって、この10行は普通株を増やすことで資本を充足しなければならないのです。ただ1850億㌦の算出のベースになっているのは2008年末の財務状況です。それから現在まで、多くの銀行は様々な資本増強の手段を講じています。そうした部分を考慮すると、必要な追加的資本増強額は750億㌦になると財務省は指摘しています。

資本増強が必要だと指摘された銀行は、30日以内に詳細な資本増強計画を財務省に提出しなければなりません。そして、その計画に基づいて6カ月以内に資本増強計画を実施することが求められています。その際、財務省は銀行に対して民間の資本市場で資本を調達するように勧告しています。また、資産売却を行うことも計画の一部に盛り込むこともできます。優先株などの普通株への転換も可能です。ただ、配当や自社株の買い戻しは制限されています。そうした資本増強が行えない銀行は、つなぎ資金をして「資本支援プログラム」のもとで「強制的転換優先株(mandatory convertible preferred stock)」と引き換えに資金を得ることも可能です。ただ、必要があれば財務省は「強制的転換優先株」を普通株に転換することができます。

【個別銀行別必要資本増強額】
9行は経済情勢が悪化した場合でも追加的な資本バッファーを調達する必要はありませんが、残りの10行は普通株を発行することで資本増強をしなければなりません。銀行別内訳は以下の通りです。

資本増強が必要ない銀行

銀行名            
JPモルガン・チェース
ゴールドマン・サックス
USバンコープ
バンク・オブ・ニューヨーク・メロン
ステート・ストリート
キャピタル・ワン・フィナンシャル
BB&T
アメリカン・エクスプレス     
メットライフ

資本増強が必要な銀行と資本必要額

銀行名                     必要資本額
バンク・オブ・アメリカ              339億㌦
ウエルズファーゴ                 137億㌦
GMAC                     115億㌦
シティ・グループ                 55億㌦ 
リージョンズ・ファイナンシャル          25億㌦
サン・トラスト                  22億㌦
キー・コープ                   18億㌦
モルガン・スタンレー               18億㌦
フィフス・サード・バンコープ           11億㌦ 
PNCフィナンシャル               6億㌦

【銀行の対応】
財務省から資本増強が必要ないとお墨付きをもらった銀行持株会社は、ある意味では信任を与えられたことになります。このなかでUSバンコープ、BB&T、キャピタル・ワン、バンク・オブ・ニューヨーク・メロンは増資をして、TARPから注入された資本を返済する計画を立てています。同じく資本増強の必要がないと判断されたJPモルガン・チェースは、増資をしなくてもTARPからの資本注入分の250億㌦の返済は可能であると語っています。他方、18億㌦の資本増強が必要だと指摘されたキー・コープは、7.5億㌦の増資計画を既に発表しています。

最大の問題はバンク・オブ・アメリカです。同行はメリルリンチや住宅ローン会社大手のカントリーワイドを買収するなど、今回の金融危機の中で目立った動きをしていました。しかし、足元の財務内容は決して優良ではなかったわけです。既に財務内容の問題は指摘されており、ケネス・ルイス会長兼CEOは4月に会長職の権限を株主から剥奪されています。また資産売却や増資をしても不足すると判断された339億㌦の資金を調達するのは難しいと言われています。資産売却では、中国建設銀行の保有株の一部135億株(シェアは約6%)を売却することを5月13日に発表しています。同株の買い手は中国生命と同関連会社、中国銀行の投資会社BOCIアジアです。また、バンク・オブ・アメリカは、同行の資産運用部門であるコロンビア・アセット・マネジメントの売却も検討しています。ファースト・リパブリック・バンクの売却も発表しており、こうした資産売却で100億㌦程度の資金が調達できると見られています。普通株の発行で170億㌦の資金を調達するという情報もあります。しかし、339億㌦の資金を調達するのは容易ではないと見られています。その場合、残された道は財務省が持つ優先株を普通株に転換することですが、そうなれば財務省が同行の筆頭株主になる可能性があります。言い換えれば、そのことは同行は実質的に国有化されることを意味します。

【残された問題点】
今回の“ストレス・テスト”は金融制度に対する信頼を取り戻すことが最大の目的でした。これによって金融部門の不透明性が払拭され、金融システムが機能し始めれば、財務省の狙いは成功したといえます。しかし、前提となっているマクロ経済見通しが正しいかどうか、まだ時間が経たないと正確な判断はできません。もしさらに経済情勢が悪化すれば、資本増強が必要とないと判断された銀行持株会社も新たに資本の積み増しが必要になるかもしれません。また、市場で資本を調達できない銀行は財務省の支援を仰ぎ、実質的に国有化される可能性も否定できません。ガイトナー長官は、金融部門の調整は進んでいると語っていますが、まだ不確実性は多くのこされています。金融救済プログラムの柱の一つである「官民投資ファンド」もまだ動き始めていません。金融問題を解決するには、まだ時間がかかりそうです。

2件のコメント »

  1. なるほど、まだ不確実性は多いんですね。

    コメント by いの — 2009年5月29日 @ 13:18

  2. 初めまして~♪
    お仕事頑張って 下さいネ(-^□^-)

    コメント by nana — 2009年5月29日 @ 18:24

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