中岡望の目からウロコのアメリカ

2009/6/8 月曜日

オバマ大統領のカイロ大学での演説と外交政策を評価する(1)

Filed under: - nakaoka @ 17:30

オバマ大統領は6月4日、エジプトのカイロ大学で演説を行いました。演説のタイトルは「新しい始まり(New Beginning)」で、アメリカとイスラム社会との和解を訴え、世界平和に向けて新しい政策を明らかにしたものです。このカイロ演説は、おそらくオバマ大統領が核廃絶を訴えた4月5日のプラハ演説と並ぶ重要な演説として記録されるでしょう。ブッシュ前政権はイスラム社会と対立する政策を取っていました。しかし、オバマ大統領は今こそ両者の対立関係を解消し、「新しい時代」を始めるべきだと訴えたのです。ホワイトハウスのギブズ報道官は演説に先立ち「大統領はアメリカが世界中のイスラム社会とアメリカを分断している相違を克服できることを訴える。共通の利益を実現するためのパートナーシップに関する新たな分野について説明する」と演説の内容について事前に説明していました。私は、オバマ大統領の演説はアメリカ大使館の報道部の会議室で見ました。私を含め3名が大統領演説をCNNの放送を通して見るために招待されたのです。なお大統領演説に関して大使館からの説明や解説は一切なく、ただ事前の演説テキストが渡されただけでした。今回は、オバマ大統領のカイロ演説の紹介と海外メディアの評価について分析します。

オバマ大統領は演説の最初に「私たちはアメリカとイスラム社会の間の緊張に直面している。その緊張は現在の政策論争を超える歴史的な力に根ざしている。イスラム社会と西欧社会の関係は何世紀にも及ぶ共存と協力と同時に宗教戦争の歴史であった。両者の緊張は、多くのイスラム人の権利と機会を否定する植民地主義と、多くのイスラム国家をイスラムの理念に敬意を払うことなく代理国家と扱った冷戦によって助長されてきた。またモダニティとグローバリゼーションによってもたらされた広範な変化によってイスラム人の多くは西欧をイスラムの伝統に対して敵対するものをみなすようになった」と、両者の間にある緊張の根源の深さを指摘しています。特に連続テロ事件以降、アメリカとイスラム社会の関係は抜き差しならぬ事態にまで発展しています。かつてネオコンの指導者の一人で、イラク戦争を支持したフランシス・フクヤマは、ネオコンと袂を別ち、国家再建プランを持たなかったイラク戦争の失敗を認め、さらに「過激なテロリストはイスラム世界の一部に過ぎず世界中の大多数のイスラム教徒は穏健な人々である」と、イスラム社会との和解を説いたことがあります。同様にオバマ大統領も「私はアメリカと世界中のイスラム教徒の間の新しい出発を求めてここにやってきた」と述べています。オバマ大統領は演説のなかで何度も「コーラン」を引用するなど、イスラム社会への和解の姿勢を鮮明に打ち出しています。以下でオバマ大統領のカイロ演説の内容を紹介し、内外の評価などを紹介します。なお演説はカイロ大学とアルアズハール大学の共催で行われたものです。

【カイロ演説で取り上げた7つの問題】
演説の全文はここでは紹介しません。引用した翻訳も一字一句正確な訳ではありません。ホワイトハウスのウエブサイトに全文が掲載されていますので、興味のある方はそちらを参照してください。オバマ大統領の演説は55分に及ぶ長いものでした。演説は世界的な視野から始まり、イスラム教が世界で果たした役割に焦点を当て、「私は文明が多くをイスラム社会に負っていることを知っている」と、西欧のルネッサンスや啓蒙時代を準備したのはイスラム社会であると評価し、単純な“文明の衝突論”を排しています。さらにイスラム社会とアメリカの歴史的な結び付きに触れ、「イスラムは常にアメリカの物語の一部であった。最初にアメリカを国家として承認したのはイスラム社会であった」とし、2代目大統領のジョン・アダムスの「合衆国は本質的にイスラムの法律や宗教、あるいは平和に対して敵対するものではない」という言葉を引用して、アメリカとイスラム社会の間には対立はないと聴衆に訴えかけました。

その中でオバマ大統領はアメリカとイスラム世界が直面する7つの問題を取り上げ、それぞれに対する解決策をそれぞれ提言しています。その7つの課題とは、①イスラム過激派の暴力の問題、②イスラエルとパレスチナ、アラブ世界の問題、③核兵器に関する国家の権利と責任の問題、④民主主義の問題、⑤宗教的自由の問題、⑥女性の権利の問題、⑦経済発展と機会の問題です。以下で、それぞれのポイントに対するオバマ大統領の発言内容を整理しておきます。

第1の「イスラム過激派と暴力の問題」=オバマ大統領は「アメリカはイスラム社会と戦争をしているわけではないし、将来においても決して戦争をすることはない。しかし、アメリカはわが国の安全に重大な脅威を及ぼす過激主義者とは断固として対決するつもりである」と、イスラム世界とイスラム過激主義者の間に明確な一線を引いています。さらに焦点となっているアフガニスタン問題に関して、同大統領は「アフガニスタンに米軍を常駐させようとは思っていない。アメリカはアフガニスタンに米軍基地を置くことを求めていない。アフガニスタンとパキスタンの過激主義者の暴力がなくなったと確信が持てるなら、喜んで米軍のすべてを撤退させる」と、アメリカの基本的な政策について語っています。ただ、同大統領は「まだそうした状況に至っていない」と、アフガニスタンとパキスタンでの戦いは続くと厳しい見通しを語っています。

さらに「無垢の人を殺戮する者は人類のすべてを殺戮するものである」という「コーラン」の言葉を引用して、改めて過激主義者との闘いを継続する決意を表明しています。その一方で、「軍事力だけではアフガニスタンとパキスタンの問題を解決できない」とし、経済援助によって両国の社会建設を支援すると訴えています。具体的には学校や病院などの建設資金をして向こう5年間、毎年15億㌦の経済支援をパキスタンに行うことを明らかにし、アフガニスタンに経済復興のために28億㌦以上の援助をしていることも指摘しています。

イラク問題については、フセイン政権のときよりはイラクの人々の生活は良くなったと指摘してフセイン政権を打破したことを評価しながら、「イラクでの出来事は、私たちの問題を解決するためには外交を活用し、国際的なコンセンサスを作り上げることが必要なことを思い出させた」と、ブッシュ前政権の軍事力と一国主義に頼った政策の過ちを指摘しています。要するに“ハードパワー”のみでは問題は解決できず、“ソフトパワー”と“インテリジェンス”が必要だというオバマ政権の外交政策の基本に触れています。さらにイラク撤兵に関して、「私は来年8月までに戦闘部隊の撤兵を命令した」、「2012年までにイラクからすべての部隊を撤兵させることでイラク政府と合意している」と語っています。また注目されるのは、9月11日の連続テロ事件に触れて、「連続テロ事件が引き起こしたアメリカ人の恐怖と怒りは理解できる。しかし、それがアメリカの理念に反する行動にアメリカを導いた。私たちは政策を変えるために具体的な行動をとっている。私は拷問を禁止し、グアンタナモ湾の収容所の閉鎖を命じた。アメリカは国家の主権と法による支配を尊重しながら自国を守る」と語っていることです。確かにアメリカは連続テロ事件に“過剰に反応”し、テロをすべての口実にしてアメリカ民主主義の原則を損なってきました。しかし、オバマ大統領の決定にもかかわらず、今でもチェイニー前副大統領など保守派の人々はアメリカ国民を守るために行った拷問は正しかったと主張し、オバマ大統領の決定を非難しています。アメリカ国内では、この問題を巡る世論は依然として分裂しています。続けてオバマ大統領は「過激主義者がイスラム社会から孤立し、歓迎されなくなれば、それだけ私たちは安全になるだろう」と、最初の対立を解消するために、イスラム社会が過激主義者と手を切ることを求めています。

第2の「イスラエルとパレスチナ、アラブ世界の問題」=オバマ大統領は「アメリカはイスラエルと強い絆で結ばれている。その絆は断ち切ることはできない」と、アメリカとイスラエルの緊密な関係を強調しています。さらにユダヤ人が様々な迫害を受けてきた歴史に触れ、その一方で「パレスチナ人々が祖国を求めるために60年以上にわたって苦しみを味わってきたことも否定できない。多くの人々はガザ地区のウエストバンクにある難民キャンプで平和と安全な生活が実現することを待ち続けている。彼らは日々屈辱に耐えている。パレスチナ人の状況は耐えがたいものである」と、パレスチナ人に対する共感も語っています。ではオバマ大統領はパレスチナ問題をどう解決しようとしているのでしょうか。大統領はイスラエルとパレスチナの双方に妥当な言い分があると認め、「対立を一方の側だけからみれば、私たちは真実に対して盲目になる」と、一方の立場だけに立つことを否定しています。そして「唯一の解決策はイスラエル人とパレスチナ人がそれぞれが平和で安全な生活ができる“二つの国家”を通して実現できる」と語っています。

具体的には「パレスチナ人は暴力を放棄すべきである。暴力と殺戮を通した抵抗は間違っており、成功することはない」と指摘し、アメリカの黒人解放の例に言及し、「アメリカの建国の理念に基づいた平和的で、断固として抵抗を行うこと」で黒人は平等な権利を得たと語っています。暴力による抵抗を批判し、そして「パレスチナ自治政府は統治能力を高め、人々のニーズに応える制度を構築すべきだ」と訴えています。さらにハマスに触れて、「ハマスはパレスチナ人の支持を得ており、責任を持っている。パレスチナの目的を達成し、パレスチナ人を統合する役割を果たすために、ハマスは暴力を中止し、過去の合意を守り、イスラエルの生存権を認めるべきである」と語っています。

ではイスラエルに対して何を言ったのでしょうか。「イスラエルはイスラエルの生存権が否定できないように、パレスチナ人の権利も否定できないことを認めるべきである。アメリカはイスラエルの(ウエス・バンクでの)継続的な入植の正統性を認めるものではない。イスラエル人のウエストバンクへの入植は過去の合意に違反し、和平達成の努力を損なうものである。イスラエルは入植を中止すべき時だ」と、パレスチナ和平の最大の障害となっているイスラエル人の入植問題に言及しています。

この問題に関する最後のコメントとして、オバマ大統領は「あまりにも多くの涙が流されてきた。あまりにも多くの血が流されてきた。私たちすべてがイスラエル人とパレスチナ人の母親たちが恐れを抱くことなく子供が成長するのを見守ることができる日が来るために責任を負っている」と語っています。オバマ演説を聞く限り、従来のアメリカ政府よりも積極的に中東問題に関わっていこうとする意向が伺えます。

第4の「民主主義の問題」=第3の問題は割愛し、第4の「民主主義」の問題について紹介します。ブッシュ前政権の外交政策の柱のひとつは“民主主義の普及”でした。ネオコンと称される人々はアメリカの民主主義を世界に普及することこそがアメリカの安全を確保する最善の道だと考えていました。オバマ大統領は「近年、民主主義の普及に関して議論があるのは知っている。その議論の多くはイラク戦争と結びついたものである」と前置きし、「政府がどのようなシステムを取るかは、他の国が強制できないし、強制すべきではない」と語っています。要するに強制的に他の国に“体制転換”を求めることはできないということです。「だからといって政府は国民の意思を反映したものでなければならないという自分の考え」は変わらないと、オバマ大統領は「どんな体制でも許される」というわけではないと釘をさしています。そして「人々は表現の自由、政府のあり方、法の支配、正義、透明性のある政府、人生の自由な選択といった共通な事柄を求めており」、「これらはアメリカの理想だけではなく、人権であり、どこの国であろうが、アメリカはそうした権利を支持する」と、民主主義の基本理念の重要性を主張しています。民主主義の本質として、強制ではなく合意の基づく権力の維持、少数派の権利の尊重、忍耐と妥協の精神をもった政治参画などを指摘し、「こうした(民主主義の)内実がなく、単に選挙が行われているだけでは本当の民主主義とはいえない」と、形式的な民主主義だけでは不十分であると語っています。ネオコンのような押し付け的な“民主主義の普及”に対して批判的ですが、民主主義には普遍的な価値があり、それを支持するという基本的な立場は変わらないということです。

第4の「宗教的自由の問題」=オバマ大統領はイスラム社会に言及し、「イスラム社会は寛容の伝統を持っている」と指摘し、「私はインドネシアで子供時代を過ごした時、イスラム社会の寛容さを直接見てきた。そこでは敬虔なクリスチャンも圧倒的にイスラム教徒が多数を占める社会で自由に礼拝していた」と語っています。「そうした精神こそが現在必要である。すべての国の人々は自由に信念を選び、信念に基づいて生きる自由をもつべきだ」と、宗教の自由に対する考えを述べています。だが「そうした宗教的寛容が様々な形で挑戦を受けている」と、宗教の自由が危険な状況に直面していると指摘しています。「宗教の自由こそが人々が一緒に暮らしていける基本である」と、宗教が反目しあう状況に警鐘を鳴らしています。オバマ大統領は、ひとつの例として、西欧社会はイスラム教徒の女性がどのような服を着るか強制すべきではないと指摘しています。ヨーロッパ諸国でイスラム教徒の女性が公的な場でベールの着用を禁止する動きがあります。そうしたことを意識しての発言でしょう。結論として、オバマ大統領は、宗教は人々を分かつのではなく、「信念が人々を一生に結びつけるべきである」と訴えています。

第6の「女性の権利の問題」=オバマ大統領は「西欧社会の一部で見られるような女性は平等ではないという考え方を拒否し、教育を否定されている女性は平等を否定されていると信じている」と語っています。「女性が高等教育を受けている国がはるかに栄えているのは偶然ではない」とも主張しています。要するに女性が高等教育を受け、社会参加している国は繁栄していると言っているのです。さらに「女性の平等の問題はイスラム社会だけの問題ではない。トルコや、パキスタン、バングラデシュ、インドネシアといったイスラム教徒が多数を占める国では女性を指導者に選んでいる。女性の平等を巡る戦いは、アメリカの生活の多くの面で現在でも続いている」と、女性の不平等の問題はイスラム社会特有の問題ではないと指摘しています。「息子たちが社会に貢献しているのと同じ様に娘たちも社会に貢献することができる。男女を問わず全ての人間が十分に自分の可能性の発揮できるようにすることで共通の繁栄がもたらされる。女性が男性と平等になるために男性と同じ選択をしなければならないとは思わない。私は伝統的な役割を果たすことの中で生きることを選んだ女性を尊敬する」と女性の生き様に対する考えを明らかにしています。専業主婦になっても、それが自らの選択であれば、問題ない。むしろそうした選択をした女性に敬意を払うと語っています。

第7の「経済発展と機会の問題」=オバマ大統領は、グローバリゼーションに関して、次のように指摘しています。「多くの人にとってグローバリゼーションは矛盾に満ちたものである。インターネットとテレビは知識と情報をもたらしたが、攻撃なセクシャリティと冷酷な暴力ももたらした。通商は新しい富と機会をもたらしたが、また大きな混乱とコミュニティの変化をもたらした。多くの国でこの変化は恐怖をもたらす可能性がある」とグローバリゼーションの問題を指摘しています。「しかし人間の発展を否定することはできない。発展と伝統の間に必ずしも矛盾が存在するというわけではない」とし、そうした世界において「古代においても、現代においても、イスラム社会は革新と教育の最前線に位置してきた」と、イスラム社会の可能性を強調しています。

イスラム社会との具体的な協力に関しては、アメリカとイスラム社会の間で学生などの教育プログラムを拡大する計画を明らかにしています。経済協力では、アメリカ企業とイスラム企業のパートナーシップを促進し、経営者や研究家を集めた「起業家精神に関するサミット」を年内に開催すると提案しています。技術協力として、イスラム社会の技術開発を支援するために基金を設立し、アイデアを商業化することで雇用創出を支援するという提案も行っています。

オバマ大統領はアメリカとイスラム社会が直面する問題の解決策を示した後、「こうした事柄はすべてパートナーシップによって行われなければならない」と語っています。一方的な押し付けでは成果は生まれないのです。しかし、様々な問題を解決することは容易ではありません。「私はイスラム教徒であれ、非イスラム教徒であれ、多くの人が、私たちがこうした新しい始まりを作り上げることができるかどうか疑問に思っていることを知っている」、「多くの人が、本当の変化が起こるかどうか懐疑的である。非常に大きな恐れと不信が存在している。しかし、過去に囚われることを選べば、決して先に進むことはできないだろう」と、前向きに発想することで新しい展望を開けるという見通しを語っています。

さらに「戦争は終わらせるよりも始めるほうが簡単である。自らを反省するよりも他人を批判するほうが簡単である。他人と共有するものを見つけるよりも、他人との違いを見つける方が簡単である」、「私たちには私たちが求める世界を作り上げる力がある」と“新しい始まり”の必要性を説いています。

【会場の反応】
非常に高い理念を掲げた演説でした。ただ、カイロ大学の会場ではアメリカ国内の演説で見られるようなスタンディング・オベーションは一度も見られませんでした。プラハの演説のように熱狂的な反応もありませんでした。ジャーナリストの癖で、何回拍手があったかを数えてみました。確認できた限りでは30回ありました。その中で比較的長い拍手があったのは、ガンタナモ基地の収容所の閉鎖に触れたときとなど数えるほどしかありませんでした。英語の演説を同時通訳をすることで、直接、学生などに訴える訴求力が弱かったのかもしれません。また、非常に高邁な演説であったが、全体の中東政策の輪格がもうすこし明確にならなかったことも、感動的ではなかった理由かもしれません。経済援助など具体的政策への言及もありましたが、今必要はなはもっと大きな枠組みの政策です。確かに「ニュー・ビギニング」はすべての出発点ですが、「ではどうするのか」という漠然とした疑問は残りました。オバマ大統領も、おそらくそうした反応は予想していたのでしょう。そのため懐疑的な姿勢だけでは前に事態は展開しないと何度も訴えたのは、そのためでしょう。

「言葉をどう実行に移すのかが問題だ」というのが海外の反応でした。今回はここまでにして、次回に演説の評価とオバマ外交の問題に関して分析します。
【以下は次回】

2件のコメント »

  1. 初めまして。

    今日はどんなことが書いてあるのか、
    ブログの更新をいつも楽しみにしています。

    お仕事頑張って下さいね!

    コメント by nana — 2009年6月11日 @ 14:49

  2. 初めまして(^-^)

    お仕事がんばってくださいねぇ~(o^-’)b

    コメント by nana — 2009年6月28日 @ 18:29

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