中岡望の目からウロコのアメリカ

2009/6/30 火曜日

世界経済の焦点はデフレからインフレへ:各国が模索始めた出口戦略

Filed under: - nakaoka @ 2:34

世界経済はまだ“グレート・リセッション(大不況)”の最中にあります。世界不況にやや底打ち感が出てきているとはいうものの、本格的な景気回復を期待するのはまだ早すぎる。そうした状況の中で世界の関心がデフレにあるのも当然かもしれません。世界経済を泥沼のようなデフレに落ち込ませてはならないといういのが、各国政府と中央銀行の共通した思いだろう。G20を初めほとんどの国際会議で「各国首脳は一致協力して財政政策と金融政策を総動員して世界経済の浮揚を図ることで合意した」という声明が出されている。しかし、最近の会議では景気は底を打ち、これからはどうインフレを防ぐかが問題だという議論に移りつつあるようです。バーナンキFRB議長は6月25日に議会証言で「FRBは銀行救済プログラムを終え、インフレも抑制できる」と語っています。同じ日に金融専門家のマーク・フェイばーはテレビのCNBCの番組で「将来、10%から20%のインフレが起こるだろう」と語っています。そこで今回はインフレ問題について分析しています。

アメリカの失業率は8%台まで上昇し、日本の雇用情勢も日増しに悪化している。「大不況を克服するためならできることはすべてやるべきだ」という考え方が、各国政府、特に日米政府を大型刺激策に駆り立てている。

世界がデフレに目を奪われている最中の6月2日にドイツのメルケル首相が「中央銀行がやってきたこと(超金融緩和政策)は今すぐ止めるべきである。中央銀行が独立性を回復しないと10年前の状況に逆戻りしてしまうだろう」と、インフレが再燃するかもしれないという強い懸念を表明したのである。外国の首相が、FRB(連邦準備制度理事会)やイングランド銀行の金融政策を公然と批判するということは従来では考えられないことである。ドイツはワイマール時代にハイパーインフレを経験しており、インフレに対しては極めて敏感である。それにしても、主要国の金融政策を公然と批判するというのは、それだけインフレに対して強い懸念を抱いているという証拠であろう。

メルケル首相よりも早くからデフレよりもインフレを心配すべきだと主張しているのが、“投資の神様”ウォーレン・バフェットである。彼は3月初めにテレビ番組に出演して「私たちはインフレを引き起こすようなことをやっているのは間違いない。この世界にフリー・ランチ(ただの昼飯)などない」と、過剰な財政刺激策や金融緩和策は必ず将来、その“代価”を払わなければならないと指摘している。バフェットは5月に開催された株主総会の場でも「現在の政府の政策が続くならインフレが再燃し、ドル安が進むことになる。次に起こるインフレは70年代のインフレよりも厳しいものになるだろう」と再び警告を発している。

危機的な状況に直面すると人は常軌を逸してしまうものである。かつて経験したことのない金融危機と急激な景気の落ち込みに対する対応はそうした例の一つであろう。日米政府は史上最大規模の財政政策の発動とゼロ金利政策を取った。その政策効果を緻密に問うこともなく、政治的な衝動から景気政策が発動されたといっていい。日米中の大規模な景気刺激策に押されて、欧州中央銀行も渋々ながら金融緩和を進めた。財政支出の増大と金融緩和は確かに需要を創出し、景気を下支えすることは間違いない。しかし、それは同時に巨額のマネーサプライを供給することも意味している。急激に膨れ上がったマネーサプライは、これから経済に様々な影響をもたらすだろう。

FRBは、リーマンブラザーズが破綻した2008年9月から急激にマネタリー・ベースを増やす政策に転じ、その増加額は既に一兆㌦を超えている。これは戦後最高の増加である。2008年末から前年同期比で120%近い増加を記録している。マネタリー・ベースは、現金通貨と銀行が中央銀行に預けている準備金の合計である。マネタリー・ベースは信用乗数を通じてマネーサプライを増やすベースになる。マネタリー・ベースの急増は、将来、マネーサプライが大幅に増える可能性があることを意味する。すなわち景気が回復に向かえば、同時に急激なインフレが起こる可能性があるということだ。

現在、銀行は金融危機の中で貸出を抑制している。FRBが景気対策の一環として銀行の貸出増を促すためにマネタリー・ベースを増やす政策を取っているにもかかわらず、銀行は過剰のリザーブを保有する一方、貸出を抑制しているためマネーサプライは思ったほど増えてはいない。M2の増加率は2007年が5.7%、2008年が6.7%であった。FRBの政策が変わった昨年の第4四半期は14%を超える増加となり、2009年第1四半期も13%強の増加を示している。これは通常の増加率と比べると大きいが、100%を超えるマネタリー・ベースの増加と比べればはるかに少ない。本来ならもっとM2が増加しても不思議ではない。金融危機の中で通常の金融パターンが崩れているのである。

さらに注目されるのはM2の流通速度(名目GDPをM2で割った比率)が急速に低下していることだ。90年代は2倍を若干超える程度であったが、2008年後半以降、1.5倍にまで低下している。要するにM2が増えているにもかかわらず、名目GDPは増えていないということだ。言い換えれば、M2が通常の流通速度にもどれば、名目GDPは増加するはずである。すなわちインフレ率は高まるはずである。マネーサプライの増加と通貨の流通速度の正常化が加われば、インフレ・リスクは一気に高まるだろう。金融統計から見る限り、潜在的なインフレ圧力は間違いなく高まっているといえる。

代表的なマネタリストでノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマンは「インフレは常に、またどこにおいても“貨幣的現象”である」と書いている。フリードマンは、大著『アメリカの通貨史』で長期にわたるマネーサプライと物価変動を研究し、マネーサプライと物価の間に密接な関係があることを実証している。要するにマネーサプライが増えれば、それは必ず物価上昇に結びつくということである。そして、ひとたびインフレに火がつけば、それを抑え込むのは非常に難しいというのは歴史が教えるところである。

もうひとつのインフレと関連する懸念材料は財政赤字の拡大である。アメリカの資本市場では巨額の財務省証券に対する投資家の投資姿勢が慎重になってきている。10年物の財務省証券のイールドは昨年末の2%から今年の6月までに3.5%程度まで上昇している。15年来の急激な上昇である。FRBが財務省証券を買い支えているにもかかわらず、イールドは確実に上昇している。財務省証券だけでなく、10年物のドイツ国債の利回りも2.9%から3.6%へと上昇している。

アメリカの債務は急激に増加している。議会予算局の調査では2008年度のGDPに対する債務比率は41%であったが、2010年には65%に達する。その比率は遠からず100%に達するとの予想もある。アメリカ政府は今後数年、毎年5兆㌦を超える財務省証券を発行すると予想されている。そうした巨額の発行が利回りの上昇の背景にある。

政府は財務省証券を消化するために利率を引き上げるか、FRBに買い支えることを要請するしか方法はない。現在もFRBの買い支えで利回りの上昇が抑えられている。それは財務省証券の“貨幣化”であり、マネーサプライの増加の要因ともなる。

投資家が長期の財務省証券の高利回りを要求するのは、単に受給の問題ではなく、将来のインフレ上昇率を利回りに織り込みつつあるからでもある。言い換えれば、インフレ・リスクを回避するためにインフレ・プレミアムを要求しているということでもある。

人々がデフレに目を奪われている陰で、確実にインフレ・リスクが高まりつつあるのは間違いない。最近、原油価格が再び上昇の兆しを見せているのは、単に世界経済が底を打ったというだけでなく、投資資金が動き始めている兆候でもある。

追記(7月3日):
6月30日、サンフランシスコ連銀のエーレン総裁は次のように語っています。
「今後数年の主要なリスクはインフレが低すぎることであって、高すぎることではないと思う。私はインフレ率2%がベンチマークで、これは物価安定と最大の雇用の達成というFRBの2つの目的に合致する水準である。またFOMC(公開市場委員会)の大多数の委員がインフレの長期的目標に掲げている数字である」

要するにFRBはまだデフレに対する警戒感を抱いているということであろう。ただ、超緩和政策の転換の時期を間違えると、予想外のインフレを招く事態も決して否定しているわけではない。

2件のコメント »

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    ピンバック by ‚‚ƒ若ƒƒ潟ƒ祉ƒƒ•‚сƒƒƒˆ | €Ÿ”祉ƒ–ƒ㏍‚ — 2009年6月30日 @ 12:46

  2. いつも楽しみに読んでいます。
    よくある質問だと思いますが、すみません。

    > 要するにマネーサプライが増えれば、それは必ず物価上昇に結びつくということである。

    バブル崩壊以降の日本ではそれが起こらなかったと思うのですが、どうでしょうか。

    コメント by shutora — 2009年7月1日 @ 23:35

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