中岡望の目からウロコのアメリカ

2009/7/25 土曜日

中国の人民元はドルに代わる”基軸通貨”になれるか

Filed under: - nakaoka @ 1:21

最近、中国の存在感が一段と強くなっています。確かにGDPはドイツを抜き、日本に迫っています。しかし、一人当たりのGDPで見れば、依然として発展途上国に変わりはありません。確かに中国経済の高成長には目を見張るものがあります。ただ、どうもメディアは過剰に反応している気がしないでもありません。中国の人民元が米ドルに代わって基軸通貨になるという主張も、そうした例です。単に2兆㌦もの外貨準備を持っているからと言って、人民元が世界の基軸通貨になれるわけではありません。基軸通貨は外貨準備として使われるだけでなく、資産運用としても、貿易決済としても使われるものです。自由で奥行きのある国内の金融市場が存在しない限り、基軸通貨になる資格はありません。中国がドル離れを指向しているのは確かです。中国人民銀行の周小川総裁がSDRに基軸通貨の役割を担わせるべきだと語りましたが、それは人民元がドルに取って代わるべきだと言っているわけではないのです。安定した運用資産が欲しいというだけのことです。以下、人民元の基軸通貨論を分析しました。

中国の国際社会での存在感はますます強くなっている。イタリアのラクイラで開催されたG8で目立ったのは、先進工業国と発展途上国の対立であった。発展途上国を代表する役割を演じたのが中国であった。胡錦濤主席は本会議には欠席したが、それが逆に中国の存在感を示す結果となった。もはや先進工業国だけでは地球温暖化問題や経済危機の解決に目処さえ付けられなくなっていることが再認識された。

胡錦濤主席はG8でドルに代わる基軸通貨を作るべきだと主張する準備を行っていた。今は中国の外貨準備は推定で2・2兆㌦に達している。外貨運用の内訳は米財務省証券が35%、ファニー・メイなどの政府機関が発行する証券が23%、他の米国資産が8%とドル建て資産の比率は、約66%に達している。中国は外貨準備の大半をドル資産に投資しているのである。それだけにドル相場の変動によって中国の外貨準備の価値は大きく変動する。ドル相場はアメリカ政府の政策によって大きな影響を受ける。中国からすれば、アメリカは基軸通貨という特権的な地位を享受しており、それに見合う十分な責任を果たしていないのである。

現在、世界の準備通貨のうちドルは65%、ユーロが26%、円とポンドが約2%を占めている。ドルは準備通貨として圧倒的な地位にある。中国は、こうしたドルが基軸通貨の国際金融制度に挑戦し始めているのである。ロシアやインド、ブラジルは中国の主張に同調しており、先進国でもサルコジ仏大統領もG8で記者の質問に答えて、「現在の国際金融制度は時代遅れになっており、新しい制度に取って代わられるべきである」と語っている。胡錦濤主席の突然の欠席でG8の場でIMFの改革など国際金融制度を巡る本格的な議論は行われなかったが、これからドル基軸通貨制度を巡る議論はますます活発になってくるだろう。

国際通貨制度改革議論は、4月2日から始まるロンドンG20 会議を控えた3月23日に中国人民銀行の周小川総裁が同行のウエブサイトに「国際通貨システムの改革」と題する論文を掲載したところから始まる。もちろんIMF改革は今までも議論されてきたが、今回のように公然とドルに挑戦する議論はなかった。周総裁は論文の中で4つの指摘を行っている。

第一に「危機の勃発と世界全体への波及は現在の国際通貨制度の本質的な脆弱性とシステミック・リスクを反映したものである」こと。第二に「国際通貨制度の好ましい目標は特定の国と関係を持たない国際準備通貨制度を構築する」こと。第三に「改革はグランド・ビジョンに基づき、実行可能なことから始めるべきである」こと。最後に「加盟国が保有する準備の一部をIMFが集中的に管理するファンドへ委譲することで危機に対処する国際社会の脳力を高め、国際通貨・金融制度の安定性を維持するだけでなく、SDR(特別引出権)の役割を大幅に高めることになる」と主張している。
周総裁の議論のポイントは、現在のドルが実質的な基軸通貨制度からIMFのSDRを基軸通貨とする新しい制度の確立を主張していることである。

その主張は、必ずしも人民元がドルに取って代わるべきだというものではない。現在のようにアメリカの国内政策でドル相場が振り回されるような状況は避けるべきであり、そのためにSDRを準備通貨として活用することを主張しているのである。もっと言えば、アメリカと欧州、日本が実質的に支配する国際金融制度に対して異議を唱えているともいえる。
これに対してアメリカは強く反発している。周総裁の論文が発表された後、オバマ大統領は「私は国際通貨が必要だとは思わない。ドルは現在異常なほど強くなっている」と、ドルに対する信頼に揺るぎはなく、ドルに代わる準備通貨の創設に強く反対している。

SDRは1968年に公的準備通貨を増強する目的で設立され、IMFの出資比率に応じて配分されている。要するに通貨危機に陥った場合、加盟国は配分されたSDRを引き出して、危機に対応することができる。SDRの価値はドル、ユーロ、円、ポンドの相場を加重平均して決められるため、特定の通貨の影響が弱くなる仕組みになっている。中国は、ドルよりもSDRが国際的な準備通貨としてふさわしいと主張しているのである。またIMFは国際通貨危機に際して“最後の貸し手”の役割も果たしており、現在、資金量の拡大が進められている。中国はそうした状況を使って出資比率を高めてIMF内での影響力の増大も狙っている。

そうした政策に沿って、中国はIMFが発行するSDR債の購入を決定している。7月1日、IMFはロンドンG20の決定に基づきSDR債の発行を発表した。それに対して中国は最大限500億㌦分、購入する意向を明らかにしている。同様にロシアとブラジルもそれぞれ最大100億㌦購入すると発表している。フィナンシャル・タイムズ紙は「中国とロシアはIMFの資金増強に協力することでIMF内での影響力増大を狙っているのは公然たる秘密である」と指摘している。膨大な外貨準備を背景に中国がIMF内での影響力を強めながらドル準備通貨制度の変更を求めてくることは間違いない。同時に中国はSDRの五通貨のバスケットに人民元を含めるように要求してくるだろう。

同時に中国は人民元を国際通貨に育成する政策を進めている。7月6日に中国政府は中国本土以外の香港、マカオ、ASEA諸国が貿易決済に人民元を使うことを認める方針を明らかにしている。数年後には中国の貿易の40%以上が人民元建てで行われるとの予測もまる。世界最大の貿易国である中国で貿易決済がドルから人民元に移れば、人民元の重要性が高まることは間違いない。

さらに中国人民銀行はアルゼンチン、インドネシア、マレーシア、韓国などと通貨のスワップ協定を結び、これらの国が中国から品物を輸入する際に人民元が必要となれば融資する制度を構築している。さらに香港の銀行に人民元建ての債券の発行を認め、人民元のオフショア市場の育成に乗り出している。こうした政策を通して貿易や資産運用で人民元を利用できる道を開くことで人民元を国際通貨にしようとしているのである。

しかし、人民元がドルに取って代わる国際通貨になるには多くの障害がある。中国為替管理局助理の胡暁煉も「新しい準備通貨制度を再構築するには時間がかかる」と述べている。そのため中国は当面はドルに代わってSDRの役割を高める主張を戦略的にしていると思われる。最終的な狙いは、人民元を準備通貨として認知させることにあるのは間違いない。しかし、中国の貿易量が増えたとしても、それだけでは準備通貨として認知されるのは無理である。人民元の自由な市場が必要である。貿易決済通貨として貿易業者が決済資金を自由に調達できる市場が必要である。また準備通貨として累積された人民元を運用する自由な市場も不可欠である。だが、中国にはそうした自由な市場は存在しない。果たして中国がそうした自由な市場を作る覚悟があるかどうか分からない。人民元の自由な国際市場がない限り、いかに貿易量が増えても人民元はローカル通貨に止まらざるをえないだろう。

ドルが基軸通貨の地位を享受しているのは、戦後のドル金本位制のブレトン・ウッズ体制の名残もあるが、ドルを自由に取引でき、運用する底の深い市場が存在するからである。

中国の人民元がドルに匹敵するか、それを凌駕する準備通貨になることがあるとしても、それは遠い将来のことである。それが実現する日が来るとすれば、中国の政治・経済体制も大きな変貌を遂げているだろう

1件のコメント »

  1. 初めまして~\(^^)/

    ブログの更新いつも楽しみにしてます。
    これからも頑張ってくださぁい~(^▽^)

    コメント by あけみ — 2009年7月25日 @ 22:44

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=294

コメントはお気軽にどうぞ