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2009/8/26 水曜日

バーナンキFRB議長のスキャンダル：メリルリンチ証券買収でBOAを”恐喝”

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経済

- nakaoka @ 8:55

オバマ大統領がベン・バーナンキFRB(連邦準備制度理事会）議長の再任を決定しました。同議長の任期は来年１月末に切れますが、早々と再任を決定しました。バーナンキ議長はブッシュ前大統領が指名した人物で、政治的には共和党の立場にあります。ただ、80年代にレーガン大統領が民主党のボルカー議長を再任したり、９０年代にクリントン大統領が共和党のグリーンスパン議長を再任した例もあり、必ずしも党派だけに基づいて議長を選択しているわけではありません。特にオバマ政権は共和党の人材を閣僚に登用するなど、党派を超えた任命を行っています。今回の再任決定は、オバマ大統領がバーナンキ議長の金融危機に対する対処を評価したものだと伝えられています。今回、金融危機の最中に行われたバンク・オブ・アメリカのメリルリンチ証券買収に関連するバーナンキ議長の強引な介入に関連するスキャンダルについて分析します。なお、記事は７月中旬に『週刊エコノミスト』に書いたものです。

アメリカの金融危機に端を発した世界不況にも底が見え始めてきた。今回の金融危機は改めてアメリカの金融システムの脆弱性を露呈する結果となった。一般に信じられているほどアメリカの金融システムや金融行政には透明性がなく、政府の意向で金融機関の意志決定が左右されていることが明かになった。現在、下院監視・政府改革委員会でアメリカ銀行のメリルリンチ証券との合併を巡って公聴会が開かれている。

６月11日にアメリカ銀行のケネス・ルイスCEO(最高経営責任者)の証言が行われ、続いて６月15日にベン・バーナンキFRB(連邦準備制度理事会)議長の証言が行われた。さらに７月16日にヘンリー・ポールソン前財務次官の証言が行われている。焦点は、２００９年１月１日に行われたアメリカ銀行とメリルリンチの合併の過程でポールソン財務次官（当時）とバーナンキ議長がアメリカ銀行に圧力を掛けたかどうかである。三者の証言は、あたかも“藪の中”の様相を呈している。「問題資産救済法（TARP）」から巨額の資金がアメリカ銀行に注入されており、その運用を含めてポールソン長官の責任問題が浮上してきている。事態の推移によっては、アメリカの金融界と金融行政を根底から揺るがしかねない事件に発展する可能性が出てきたのである。

このスキャンダルは、ニューヨーク州のアンリュー・クオモ州司法長官が４月23日に上院銀行委員会のクリストファー・ドッド委員長や証券取引委員会のメアリー・シャピロ委員長など４名に宛てた書簡で明かになった。以下、クオモ書簡に沿って問題のポイントを整理する。

事件は、クオモ検事総長がメリルリンチの役員に対する巨額のボーナスの支払いに関する調査を開始したところから始まった。クオモ検事総長が同行のルイスを喚問していくうちにポールソン長官とバーナンキ議長が関与したスキャンダルが発覚したのである。リーマン・ブラザースが破産法11条を申請した2008年9月15日と同じ日に、経営危機に直面していたメリルリンチ証券はアメリカ銀行と合併交渉に入った。もはや合併以外に同証券は生き残る道はなかった。９月13日と14日の二日間にわたって両社の間で合併交渉とデュー・ディリジェンス（信用調査）が行われ、両社は合併に同意した。12月５日にアメリカ銀行の株主総会で合併が承認され、合併は２００９年１月１日に実施されることになった。

財務省とFRBのアメリカ銀行への圧力の存在

これだけであれば何の問題もなかった。だがメリルリンチの業績は予想された以上に悪化していることが明かになったのである。だがアメリカ銀行の株主総会の前に予想されていたメリルリンチの赤字が大幅に増えることが明かになったのである。12月14日に同行の財務最高責任者がルイスに「メリルリンチの業績は驚くべきスピードで悪化し、深刻な事態に陥っている」と報告したのである。メリルリンチの第4四半期の赤字は、当初予想よりも90億㌦から最終的には１５０億㌦を超える結果となった。要するにデュデリジェントの調査にも拘わらず、メリルリンチの実態は把握し切れなかったのである。

ただ合併契約の中に「MAC（契約を失効させる重大な事態）条項」が含まれており、メリルリンチの予想を超える業績の悪化は、これに該当した。行内で弁護士などと協議を繰り返した後、ルイスは12月17日にポールソン長官に、同行がMAC条項を発動することを真剣に検討していると伝えた。するとポールソン長官はルイスをワシントンに呼び、同夜、話し合いがもたれた。その会議にはアメリカ銀行からルイスとFCO、政府からポールソン長官の他にバーナンキ議長などが出席し、同行のMAC条項の発動を巡って議論が行われた。その席で政府の担当者から同行に対して「さらに検討を加えるので、それまで同条項を発動しないように」という要請が行われた。

会議が繰り返され、最終的に政府の担当者は同行に対して合併契約を廃棄しないように“圧力”を掛けたのである。クオモ書簡では、政府担当者は複数形で表現され、“圧力”という言葉が使われている。

だが同行の合併を白紙に戻す試みは、12月21日に阻止されることになる。その日、ルイスはポールソン長官に対して「合併を白紙に戻したい」との意思を伝えた。それに対してポールソン長官はルイスに「もし貴行が合併を取りやめるのなら、経営陣と取締役は更迭されるだろう」と、極めて厳しい発言を行った。その際、ポールソン長官は「政府は貴行がMAC条項を発動することは貴行の利益に叶わないと思う」という言葉を使った。こうしたポールソン長官の強い言葉に、ルイスは「取締役会と相談してみる」と答えざるを得なかった。

こうしたルイスの証言を元にクオモ検事総長はポールソン長官にインタビューを行っている。同長官は大筋でルイスの発言を認めている。同長官はルイスに対して「メリルリンチとの合併で後退すれば、政府は取締役と経営陣を排除することはできるし、その気である」と語ったことも認めている。同長官は、同行がメリルリンチとの合併を止めれば、金融市場にシステミック・リスクを引き起こすこと、FRBの担当者の解釈では同行がMAC条項を発動する法的な権限を持っていないことが、そうした発言を行った理由であると説明している。また、脅かすような表現を使ったのはバーナンキ議長の要請によるものだとの説明も行っている。

そうしたポールソン長官の脅しにルイスはひるんだ。そうした脅しが行われた後、ポールソン長官はルイスに対して、メリルリンチの赤字の増加を勘案して政府の追加的な支援を同行に提供すると提案したのである。同長官との話し合いを受けて、ルイスは取締役会の個々のメンバー一対一で話し合いを行った。そして12月22日に取締役会はルイスに対してMAC条項を発動しないように勧告したのである。

そのときの取締役会の議事録には、以下の事柄が記録に残されている。まず、財務省とFRBは一致して同行がメリルリンチとの合併に失敗すれば、金融市場にシステミック・リスクが発生し、同行にとっても厳しい結果がもたらされると主張したこと。財務省とFRBは合併が失敗したら同行の取締役と経営陣を更迭すると強力に主張したこと。財務省とFRBは、同行に対してメリルリンチのマイナスの資産を引き継いだ場合の影響から同行を守り、同行の資本を確保するために支援を行うことなどである。ただ議事録には、この決定は財務省の脅しによって影響を受けたものではないとの一文も付け加えられている。

同行と財務省、FRBのやりとりを見ていると、金融危機のただ中で財務省とFRBがいかに強い危機感を抱いていたかが分かる。なんとしてもメリルリンチの救済合併を実現させねばならないというのが、ポールソン長官とバーナンキ議長の偽らざる気持ちだったのであろう。しかし、それは様々な問題を引き起こした。この交渉プロセスで投資家の利益は顧みられることはなかった。ルイスも認めているように、MAC条項を発動しないことで投資家は大きな被害を受ける可能性があった。また、ルイスは、情報を公開しなかったのは自分が決めたことではなく、バーナンキ議長の指示に従っているだけだと証言したのである。また取締役会でも株主に対する情報公開に関する議論はなかったと証言している。

クオモ書簡は、さらに重要な事実を指摘している。こうした交渉が行われている間、SEC(証券取引委員会)は完全にらち外に置かれていたのである。同書簡は「納税者にとって政策決定過程の透明性は重要である。また投資家の利益を守り、尊重することも重要である」と指摘している。ポールソン長官はTARPの資金を利用してMAC条項を発動しなければ、同行に追加的な支援を行うと約束している。こうした状況に対してクオモ検事総長は議会に対して調査を求める書簡を送ったのである。

ルイス、議会で脅しの存在を認める

議会は金融危機に際して政府を含めたモラルはザードの問題に強い関心を抱いていた。６月11日、下院監視・政府改革委員会の共和党スタッフが「アメリカ銀行とメリルリンチ－いかに私的な取引が連邦政府の救済となったか」と題する書簡を同委員会の共和党委員に送付し、問題点を指摘している。①政府はアメリカ銀行がメリルリンチ合併を中止しないように権限を越えて介入したのではないか。②政府はメリルリンチの第４四半期の業績の情報公開を制限したか、あるいはコントロールしたのではないか。③メリルリンチにとってアメリカ銀行との合併が最後の望みだったのか。④アメリカ銀行はメリルリンチとの合併に際して同社の財務内容に対して十分なデュー・ディリジェンスを実施したのか。⑤政府がアメリカ銀行とメリルリンチの合併を強要し、経営危機にある金融機関を税金を使って救済することは違憲であり、不適切なことではないのか。

この問題に対する議会の関心は急速に高まり、下院金融サービス委員会と上院銀行住宅都市問題委員会でも公聴会が開かれた。こうした公聴会を通してFRBのスタッフが電子メールを通して議論している赤裸な様子も明らかになり、証拠物件として議会に提出された。

6月11日、下院監査・政府改革委員会でルイスの証言が行われた。同氏は「株主総会の後、メリルリンチの損失が急増していることを知り、財務省とFRBの担当者に連絡を取り、MAC条項の発動を検討していると伝えた。財務省とFRBの代表者はMAC条項の発動を延期するように求め、アメリカ銀行がそうした行動を取れば金融市場に深刻なシステミック・リスクが発生するという懸念を表明した」と、公的な場所で初めて財務省とFRBから“脅し”があった事実を認めた。
さらに合併が行われれば、政府支援が約束されたことで「アメリカ銀行はMAC条項を発動することは重大なリスクを伴うとの結論に達し、政府の支援のもとに取引を進めることを決めた」と語り、「これは当行にとっても、当行の株主にとっても、また市場の安定にとっても意味のあることであった」と付け加えた。なお証言で言及されている“政府支援”とは、メリルリンチの第4四半期の赤字１５８億㌦を補填し、アメリカ銀行に注入された追加的な２００億㌦の資金を意味している。

これに対して同委員会の委員からルイスに容赦ない質問が浴びせかけられた。「もしそれが“脅し”でないのなら、あなたは“脅し”とは何だと思うのか」「この取引は政府の役人に対する恐怖心と威嚇のもとで行われた」。こうした厳しい質問に晒されたルイスは政府の厳しい圧力があったことを認めたが、「私は彼らが強力に私に勧告し、強い言葉を使ったと発言したが、それは善意に基づくものであると思っている」と、ポールソン長官やバーナンキ議長を擁護する発言を行った。

さらにFRBから提供されて電子メールのコピーは、バーナンキ議長やFRBの担当者がいかに厳しい圧力をルイスに加えたかが如実に示されていた。だがバーナンキ議長は電子メールの中で「ルイスが合併を取りやめると脅したのは、政府から支援を取り付けるための“バーゲニング・チップ”だった」と述べている。要するに、バーナンキ議長に言わせれば、脅したのは財務省やFRBではなく、アメリカ銀行であったということになる。

行動の正当性を主張したバーナンキ議長

下院監査・政府改革委員会のエドルファス・タウン同委員長は、バーナンキ議長とポールソン前長官を承認として召還することを決めた。６月25日に行われたバーナンキ議長の証言に先立って、同委員長は新たな問題提起をする。今回の取引でFRBの果たした役割の大きさが際立っていた。FRB内部の電子メールによって、バーナンキ議長だけでなくFRBの担当者はルイスの本音を疑っていた。また連邦預金保険公社のシーラ・ベアー理事長も、アメリカ銀行への追加支援に反対していた。こうした状況を踏まえて、同委員長は「オバマ政権は金融規制改革でFRBに広範かつ強力な権限を付与する提案を行っていることを考慮すれば、今回のスキャンダルは重要な問題を提起している」、「FRBの内部電子メールでは、FRBはこの問題を他の政府機関に対して秘密にしていた」と、問題は単にアメリカ銀行とメリルリンチの合併を超える内容を含んでいると指摘した。

焦点は、バーナンキ議長の証言に移った。同議長は「アメリカ銀行との議論の中で私は同行がMAC条項を発動することは金融システム全体だけでなく、同行にとっても好ましくないという懸念を表明した」と、クオモ書簡の指摘を認めた。
さらに続けて「FRBのスタッフの法的な分析によれば同行がMAC条項を発動して契約を中止することはできないと信じていた。同条項を発動すれば、メリルリンチとの間で訴訟が発生し、最終的には同行は巨額の保証金を支払うか、訴訟に対する市場のネガテフィブな反応によって企業価値が大幅に低下するか、破壊された会社を買収しなければならなくなると信じていた」と、“脅し”ではなく、法的な分析に基づく適切なアドバイスであると反論した。そして「私は、同行にとっても、金融システムにとっても最善の選択は、同行が財務省とFRBと協力して緊急計画を策定することであると信じていた」と、お互いが協力して事態に対応したことを強調した。

さらに“脅し”に関して、同議長は「私は同行の取締役会や経営陣に対して対抗的な行動を取ると言ったことはない」と、FRBが同行の人事に関与することはあり得ないと主張した。ここもいわば“藪の中”の議論で、ルイス証言と真っ向から対立するものであった。しかし、12月21日にリッチモンド連銀のジェフリー・ラッカー総裁は電子メールの中で「バーナンキ議長はルイス氏に、もし同行が合併を取り止め、後になって救済が必要になったら、経営陣を更迭すると伝える意向であった」と書いている。

質疑に移った時、タウンズ委員長は同議長に「あなたは個人的にルイス氏に解雇するか、取締役を更迭すると言ったのか」と質問し、これに対して同議長は「私はそんなことは言ってない。彼との会話で交わされた言葉をすべて思い出すことはできない」と答えた。

情報公開に関してもバーナンキ議長は「私もFRBのスタッフも、メリルリンチの損失、役員報酬などに関する情報の公開を遅らせるように命令したことも、指示したこともない」と全面的に否定した。そして証言の最後に「同行のメリルリンチ合併を促進する支援策を含め私たちが取った行動は、最高の高潔さを持って行われただけでなく、企業を強化する一方で金融市場の安定性を高めるために行われたものである」と、その政策の正当性を訴えた。

証言が終わっても、バーナンキ議長に対する疑惑は払拭されなかった。このことはまた別の問題につながる可能性がある。まず、来年、任期が切れるバーナンキ議長の再任の可能性が低くなったことと、オバマ政権が成立を目指す金融規制改革がFRBに権力を集中させるものであることから、議会の反発が強まるかもしれないということだ。

7月16日にもうひとりの主役であるポールソン前長官の証言が行われた。彼は「私を含む政府の担当者は同行と同行の株主が被る可能性のある損害よりも我が国の金融システムのシステミック・リスクのほうを懸念していた」と、問題は合併そのものよりも金融システムが不安定化することにあったと、その立場を正当化した。さらに続けて「合併を破談にすることは金融システム全体の安定性を損なうだけでなく、同行とメリルリンチ双方の存在を脅かすことになる」と、バーナンキ議長と同様な理論を展開した。

アメリカ銀行の経営陣と取締役の更迭に関して、同前長官は「12月21日に行われた私とルイス氏の会話に不適切な内容があったと指摘している。私のルイス氏に対する発言は不適切であったと思う」と、実質的に“脅し”があったことを認めた。「私は同氏に現在のような状況の下ではFRBが権限を行使して同行の経営陣と取締役を排除する可能性があることを説明した」と、人事に直接介入する意図はなかったと釈明している。

７月９日、17名の議員が連名でオバマ大統領に初刊を送り、金融規制改革で政府は「FRBに追加的な権限を付与しようとしているが、アメリカ銀行とメリルリンチの合併に関してFRBが取った行動に対して十分に調査する必要がある」と、オバマ大統領に今回のスキャンダルの調査を行うように要請している。さらに「FRBが権限を逸脱し、現在の法律によって与えられた権限を乱用したという結論に達したら、FRBに新たな権限を付与することは不適切である」と、金融規制改革に対して異論を呈している。

ルイス、バーナンキ、ポールソンの証言は大きく食い違ったままである。秋から金融規制改革の議会での審議が始まる。この問題は政治的色彩を帯びながら、ますます大きな問題に発展する可能性がある。

（追記）
本原稿の中でバーナンキ議長の再任は難しくなるかもしれないと書きましたが、最初に書いたようにオバマ大統領は再任を決定しました。

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