中岡望の目からウロコのアメリカ » 家計部門のバランスシートから見た米国経済：消費の足を引っ張る過大債務

2009/9/28 月曜日

家計部門のバランスシートから見た米国経済：消費の足を引っ張る過大債務

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経済

- nakaoka @ 12:11

アメリカ経済の先行きに関して楽観論が広がっています。ＦＲＢはリセッションが底を打ったという見方を出しています。その理由は、個人消費が回復していることだが、それは燃費の良い自動車への買い換え補助、住宅取得の補助金の提供など政策的な支援によるところが大きい。しかし、家計部門の過大債務は依然として解消されていないし、雇用はさらに悪化しています。さらに低金利政策でかろうじて消費が持ちこたえているのが現実だと思います。今回は家計部門のバランスシートの状況について説明します。

世界経済は底を打ったというのが一般的な見方になっている。マスコミが喧伝したように、“世界大不況”は“大恐慌”に発展する可能性はほぼなくなった。しかし、このまま世界経済が順調に回復し、再び高成長を実現できるかどうか、まだ判断できない。中国経済は急速に持ち直しているが、米国や日本など先進国経済の回復歩調は鈍く、場合によっては、景気は再び減速し、“二番底”を打つ可能性も否定できない状況である。

その最大の要因は、景気が底を打ったと言っても、所得増が期待できないどころか、依然として雇用不安が払拭できず、家計部門に過大な債務負担が重くのしかかっており、消費マインドが冷え込んでいることだ。先進国ではエコ製品への買い換え促進策の効果で自動車などに一時的な販売回復が見られるが、支援策が終われば、再び息切れする懸念はある。政策的な支援は、単なる需要の先食いに終わってしまう可能性が強い。

もうひとつ景気動向に大きな影響を及ぼす要因に、家計部門のバランスシート調整の問題がある。特に米国経済は、家計部門のバランスシート調整がどのように進むかによって大きな影響を受けるだろう。2001年以降の米国経済の成長は、住宅価格と株価上昇による資産効果にテコにした消費拡大によって支えられてきた。資産増で家計部門は貯蓄を減らす一方、借入担保能力の上昇で借入を増やし、所得を上回るペースで消費を増やしてきた。また、サブプライムローンに見られるように金融機関の融資条件の緩和も、家計部門の債務増加を支えていた。

60年代から80年代半ばまで家計部門の可処分所得に対する借入比率は55％から65％の間で推移していた。しかし、その後、同比率は上昇を続け、2007年には過去最高の133％にまで達している。債務比率は80年代の倍と、異常ともいえる急上昇を記録している。その後、金融危機と不況によって家計部門は借入を返済し始め、最近時点では130％程度にまで低下している。しかし、家計部門が依然として過大な債務を抱えていることに変わりはなく、今後も債務返済負担が消費を圧迫すると予想される。

大恐慌のまっただ中の1929年から1933年の間に家計部門は債務残高を30％減らしている。今回の調整の中で大恐慌の時と同じような調整が行われるとすれば、家計部門は債務比率を30ポイント減らして100％程度まで低下させる必要がある。所得の大幅な増加がない限り、家計部門は消費を抑制して、資金を借入の返済に向ける必要がある。サンフランシスコ連銀は、債務比率を100％に低下させるには10年かかると試算している。エール大学のロバート・シラー教授は、米国経済は日本の“失われた10年”のような長期にわたる低成長に陥るのではないかと指摘しているが、家計部門のバランスシートを見る限り、その可能性は否定できない。日本もバブル破裂後の10年間にGDP比で債務残高を30％減らしている。ただ日本の場合、債務削減は家計部門よりもむしろ企業部門が主に行っており、米国の状況とは異なっている。

いずれにせよ家計部門のバランスシート調整が終わらない限り、米国経済の本格的な回復は期待できないことは明かである。

FRBの「資金循環表」を使って家計部門の債務状況、純資産状況の推移を見てみよう。家計部門の債務の増加率は2003年に前年比で11.6％を記録、2006年まで10％から11％で推移している。金融危機が勃発した2007年に6.6％にまで低下し、2008年には0.4％にまで落ち込んでいる。特にリーマン・ブラザーズが破綻した第四四半期はマイナス二％となっており、これは家計部門が債務を返済したことを示している。その内容を見ると、住宅ローンは2008年第二四半期から減少に転じ、同第四四半期から消費者金融ローンもマイナスに転じている。その傾向は二〇〇九年に入っても続き、第一四半期の債務残高はマイナス1.1％、その内訳は住宅ローン0％、消費者金融ローンマイナス3.5％となっている。

金額ベースでみた家計部門の債務増残高は、2000年が7兆0090億㌦であったが、その後、増加を続け、2008年第三四半期に13兆9009億㌦とピークを付けている。その後、減少に転じ、2009年第一四半期の債務残高は13兆7949億㌦となっている。

他方、資産と債務の差である純資産は、2007年末に62兆5916億㌦と過去最高を記録した後、金融危機が表面化した2008年第一四半期以降、減少に転じ、2009年第一四半期に50兆3756億㌦にまで減少。2008年第一四半期比で9兆7743億㌦の減少となっている。これは株価と不動産価格の下落を反映したものである。

では可処分所得に対する貯蓄率はどう変動しているのか。1980年代半ばまで貯蓄率が8％を下回ることはなかったが、その後、長期的な低下傾向が続いていた。住宅バブルが始まる前の2002年から2004年までは3.5％前後で推移していた。しかし、住宅バブルが本格化した2005年には1.4％に急落。金融危機が起こる前の2007年は2％を割り込むまで低下している。すなわち資産効果を背景に、家計部門は貯蓄を大幅に減らし、借入を増やすことで消費支出を増やしていたのである。だが2008年になると貯蓄率は上昇に転じ、年間で2.9％、第四四半期には3.8％にまで上昇している。2009年第一四半期には実に5％にまで上昇している。最近の月次ベースでみると、1月から3月までが3％台で推移し、4月が5.6％、5月には6.9％にまで上昇している。5月に一人当たり250㌦の減税が行われたこともあり可処分所得が増えているが、貯蓄率は逆に上昇している。

これは雇用不安、個人破産、住宅差し押さえなど経済環境が厳しくなるなかで、多くの家計が可処分所得の増加分を貯蓄に回したためである。減税しても資金は消費に向かわず、貯蓄されたのである。減税による消費刺激効果はかなり限界があると見られる。これは経済学的に説明すれば、ミルトン・フリードマンの“恒常所得仮説”では一過性の所得は消費されず貯蓄に回ると説明されているが、そうした事態が起こったといえよう。

可処分所得はどうであろうか。2006年は3.1％、2007年は1.2％と順調に増えているが、2008年は一転してマイナス0.4％と減少している。2008年第三四半期は実に9.4％の減少となっている。可処分所得が減る中で貯蓄率が上昇しているということは、個人消費がそれだけ抑制されていることを意味する。

次にGDPベースで見た個人消費を見てみると、2008年の個人消費は前年比でマイナス0.2％となり、経済成長の足を引っ張った。2009年第一四半期は0.6％と増加したものの、第二四半期は再び1.0％の減少となっている。バブルの時期に4％を超える消費の伸びがあったのと比べると、消費支出の状況は大きく変わったといえる。

家計部門のバランスシートは、住宅バブルの中で大きく歪んでしまった。過剰な債務はいずれ返済されなければならない。また可処分所得の増加が期待できなければ、消費を抑制するしか債務返済の道はない。こうした状況を考えると、米国経済の低迷は予想以上に長引くかもしれない

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