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2009/11/19 木曜日

米中関係と人民元問題（１）：歴史的背景と現状

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経済

- nakaoka @ 12:56

オバマ大統領のアジア歴訪が注目されています。本来の目的はシンガポールで開催されたＡＰＥＣ（アジア太平洋経済協力閣僚会議）に出席することでしたが、途中で日本に寄り、ＡＰＥＣ会議後に中国と韓国を訪問することになっています。アメリカ政府はアジア軽視しているとの批判もあり、今回のオバマ歴訪の目的のひとつは新しいアジア政策を示し、アジアでのアメリカの存在感を高めることにありました。11月14日に東京のサントリーホールで演説を行い、アジアに対するオバマ政権の基本的な姿勢を明かにしました。オバマ政権は、日本、中国、韓国とはそれぞれ問題を抱えています。たとえば日本では沖縄の普天間基地の移設問題があり、中国とは貿易不均衡、元相場問題、人権問題などがあり、韓国では批准が進まない自由貿易協定の問題があります。もちろんお互いの協力が必要な問題としては気候変動問題や北朝鮮問題などがあります。今回は、人民元の問題を取り上げ、問題点を整理することにします。オバマ政権は中国に対して人民元の切り上げを求めており、これに対して中国政府は人民元相場は適切であるとアメリカの要求を拒絶しています。人民元は管理変動相場（managed floating system）で、完全な変動相場制（free floating system）ではありません。そうした通貨制度の仕組みや適正相場を含めて説明することにします。

【アメリカと民元問題】
人民元相場が大きな問題となる理由は、中国が巨額の貿易黒字を計上しているためです。巨額の貿易黒字を計上する国の通貨の為替相場は強くなるのが普通です。ただ最近では貿易動向よりも金融取引や直接投資の比率が高まっているので、貿易収支だけで為替相場を議論することはできません。ただ、貿易不均衡はそれぞれの国の雇用問題にも結びつき、政治問題になる傾向があります。アメリカでは、議会から常に財務省に対して中国に人民元相場の切り上げを求めるべきであるとの圧力がかかっています。中国製品とアメリカ市場で競争する企業も政府に為替相場の是正を求める動きがあります。かつて日米貿易摩擦の結果、最終的に大幅な円高を日本政府は受け入れざるをえなくなり、日本経済に大きな影響を及ぼしたことがあります。

ではアメリカ政府は現在、人民元相場をどう見ているのでしょうか。米財務省は年に２回、世界各国の為替政策に関する報告を議会に提出することが義務付けられています。同報告は「Report to Congress on International Economic and Exchange Rate Policies」と題さています。最新の報告は10月15日に提出されています。その報告の中で財務省が通貨操作をしている国（currency manipulator）を判断した場合、財務省は何らかの報復措置を講ずることが義務付けられています。したがって議会は財務省に対して中国を通貨操作国に指定するように圧力を掛け、これに対して財務省が抵抗するという最近の状況です。もし財務省が報復措置を講ずれば、中国が反発して深刻な対立が発生することが予想されるからです。アメリカ政府としては中国政府との話し合いを通して為替相場の是正を図りたいというのが本音でしょう。今回の米中首脳会議でも為替相場問題が主要なテーマの一つになっていました。米中首脳会談でどのような話し合いが行われたのかは、後で詳しく説明します。まず、財務省の議会に対する報告の中で中国経済、人民元相場がどのように分析されているか紹介することにします。

【中国経済の状況】
まず中国経済に関する分析ですが、今や中国が世界経済の牽引役を果たしていることを認めています。中国の2009年上半期の経済成長率は7.1％でした。部門別の寄与度を見ると、固定資本投資が6.2％、消費が3.8％で、合計すると10％の成長になります。ただ世界経済の低迷で中国の輸出が減った結果、純輸出はマイナス2.9％となり、差し引きすると7.1％の成長になります（6.9＋3.8－2.9＝7.1）。工業生産も推計では第１四半期で4～6％、第２四半期で15～19％増加しています。その結果、今年の中国の経済成長率は、ＩＭＦの予想では8.5％と高い成長を実現すると予想されています。４月の段階でのＩＭＦの成長率の予想は6.5％でしたから、大幅な上方修正が行われたことになります。2009年の世界経済は3.1％の成長が予想されています（ＩＭＦ予想）。世界経済の成長分の28％は中国経済の成長によるものですから、中国経済がいかに世界経済の中で大きな地位を占めているか分かります。中国の高成長がなければ、世界経済はもっと低迷していたでしょう。たとえば日本経済の復調も中国向けの輸出が増加したのが大きな要因でした。

中国は“世界の工場”と言われています。世界各国の企業が中国に工場を建設して生産し、そこで生産した製品を自国に輸出したり、中国の企業から大量の商品を購入しています。金融危機後、世界経済が大不況に突入したことで中国の輸出も大幅に落ち込みました。2008年第４四半期から2009年第１四半期の間に輸出は31％、輸入は30％減少しています。しかし、第２四半期になると輸入が増加に転じます。これは中国政府が巨額の財政支出で景気を刺激したためです。2009年度の予算では、２年間にわたって1720億ドル（ＧＤＰの3.9％）の財政支出が組み込まれています。

中国政府の巨額の財政を使った景気刺激策が中国経済の急速な回復の要因なのです。成長の原動力になった固定資本投資の中には中央政府と地方政府の投資も含まれています。言い換えれば、公共事業によって景気が回復したのです。この結果、対ＧＤＰでみた中国の財政赤字は2008年の0.5％から2009年は４％へと急激に拡大すると推計されています。財政赤字急増ですが、日本と比べればまだまだ低水準です。

中国政府は、財政政策だけでなく金融施策でも景気刺激を図ってきています。中国人民銀行は銀行の期間１年の融資の金利を2.16ポイント引き下げて5.3％にする一方で、預金準備率を２ポイント引き下げて15.5％にしています。また中国人民銀行が発行している中央銀行債券を買い戻して金融市場に流動性を供給しています。またインフレを懸念して導入していた銀行の貸出上限規制を2008年末に撤廃しています。利下げ、流動性供給、貸出上限規制撤廃で、銀行の新規貸出は急増しています。2009年上半期だけで1.1兆ドルの新規貸出が行われています。この額は2008年上半期の新規貸出の３倍になります。貸出先は主に地方政府で、資金はインフラ整備に使われています。ただ景気刺激を政治的な目的とした急激な貸出増加は、将来、不良債権の増加という副作用を伴う危険もあります。そのため、中国政府は銀行に貸出基準の強化と貸倒引当金の積み増しを求めました。その結果、新規貸額は、７月は3550億ドル、８月は4100億ドルへと減速しています。上半期は月間平均の新規貸出額は1.2兆ドルでしたから、新規貸出に急激なブレーキがかかっています。

こうした金融財政政策を通した景気刺激策が内需を刺激し、輸入の増加につながったのです。しかし、世界経済の低迷で輸出の回復はわずかで、第2四半期の中国の貿易黒字は350億㌦（ＧＤＰの3.2％）へ縮小します。これは四半期ベースでは、過去３年で最低の水準でした。その結果、上半期の経常収支はＧＤＰの6.7％へ縮小しました。これは2007年の11％と比べると大幅に低下しています。アメリカの対中貿易赤字も縮小しています。2009年上半期の赤字は1030億ドルで、前年同期比で13％減っています。

【人民元相場の推移】
以上が財務省の報告書で分析されている中国経済の現状です。では、昨年から現在に至る人民元相場の動向はどうだったのでしょうか。人民元の実効相場（effective rate=二国間ではなく、各国別の貿易を勘案して計算した相場で、指数で表記されます）は2008年6月から2009年2月までに13.3％上昇しています（国際決済銀行の計算）。しかし、2009年2月から8月までに6.9％下落しています。なお中国政府は2005年７月に“管理変動相場制”に移行していますが、それ以降、現在までドルに対して21.2％上昇しています。実効相場では15.7％上昇しています。

人民元の実効相場は、今年に入って低下しています。では対ドル相場はどうだったのでしょうか。人民元高は着実に進んでいました。月間平均相場で見ると、2007年1月は１ドル＝7.788元でしたが、毎月、相場は人民元高に推移し、12月には１ドル＝7.367元になっています。2008年も元高基調は続き、1月が１ドル＝7.242元、11月には１ドル＝6.828元になっています。ただ12月は１ドル＝6.853元と、相場は元安となっています。2009年に入ると、1月が１ドル＝6.836元とやや人民元高になった後、11月まで１ドル＝6.83元台で安定した推移を示しています。過去３ヶ月間では、人民元相場は７月17日に１ドル＝6.837元の安値を付け、11月17日に１ドル＝6.826元の高値を付けています。人民元相場は金融危機の中でも極めて安定した動きをしています。これは後述するように、2008年8月から中国政府は人民下相場を対ドルで安定させるという政策を取っており、そうした政策を反映したものです。さらに言い換えれば、中国はかつてのような“ドル釘付け的な為替政策”に戻っているといえます。

ただ財務省の報告では、中国経済は好調であるにもかかわらず人民元相場は実効相場で下落し、外貨準備は増加を続けており、こうした状況から「人民元は過小評価されている」と指摘しています。中国の外貨準備は2.1兆ドルに達しています。2009年上半期に中国の外貨準備は1860億ドル増えています。ちなみに日本の2009年10月末の外貨準備高は１兆0567億ドルと、中国に次ぐ外貨準備保有国です。

財務省は、人民元相場は過小評価されており、切り上げが必要だと主張しています。ただ貿易不均衡を是正するには人民元高を推し進めるだけでは効果は薄く、中国が高成長を続ける必要があると指摘しています。オバマ・胡錦濤会談では、中国政府は不均衡の解消（rebalancing）が必要であることでは合意しています。また中国の第5次５カ年計画でも、リバランスが政策目標に掲げられています。要するに輸出主導型の経済政策戦略を見直し、国内消費を高めることが政策の大きな課題になっています。中国人民銀行は、第2四半期報告の中で「健全な高度成長を実現する基本的な方法は改革を促進し、消費と国内需要を高めることを優先することである」と指摘しています。

ただ個人消費促進は進んでいないというのが財務省の分析です。ＧＤＰに占める家計部門の比率は2000年の46.4％をピークに低下が続き、2008年には35.3％にまで落ちています。まだ個人所得の水準が低く、中国経済は個人消費が経済の原動力にはなっていないのです。中国経済の成長の原動力は輸出と投資（政府部門と企業部門）で、その構造を変えるのは容易ではないようです。しかし、日本経済も同様で、1980年代から内需主導の経済成長の必要性が訴えられていましたが、未だに成長の原動力は輸出のままです。財務省の報告は、構造改革を進めるには人民元相場の弾力性を高めることが必要だと述べています。為替相場が自由に変動するようになれば、金融政策の余地が拡大するというわけです。

こうした問題に関して米中両国政府は一定の了解に達しています。2009年7月にワシントンで開かれた米中戦略経済対話では、「より均衡の取れた持続的な成長を実現するために国内需要を相対価格を調整する政策を行うこと」で合意し、中国政府は「国内需要を刺激し、ＧＤＰの成長に個人消費の寄与を高める政策を継続する」ことで合意しています。

【中国の人民元国際化政策】
なお2008年8月に中国政府は為替相場政策の変更を行っています。人民元とドルの相場を安定化させる政策を取ることを決めています（報告では”policy of maintaining a largely-stable renminbi-dollar exchange rate”と表現されています）。中国人民銀行は、その狙いを「主要通貨の為替相場の動向を注意深く監視し、人民元相場の決定メカニズムを改善するために自発的で管理可能かつ緩やかに変動させるという原則にしたが、人民元相場をより弾力的にし、また基本的に適応的に均衡水準で安定的に維持すること」と説明しています。これを翻訳すれば、中国政府は人民元相場をドルとリンクするということを意味します。

また為替相場の自由化を進めるために金利の自由化を行う意向も明らかにしています。1985年に「日米円ドル委員会」で当時の大蔵省が円の国際化を図る一貫として金利自由化をアメリカ政府に約束しましたが、中国政府も「米中戦略経済対話」のなかで金利自由化を約束しています。中国も日本と同じようなプロセスで人民元相場の自由化を目指しているようです。「日米円ドル委員会」では円安・ドル高という状況は日本の金融市場が規制され、海外の投資家や企業が自由に円を調達できないからだというアメリカ政府の主張に基づいて、為替相場是正の一環として金利自由化が進められました。金利を自由化すれば、金融市場での資源配分を改善することになるというわけです。同じ議論が米中政府の間で行われているわけです。

なお人民元の国際化を促進するために中国政府は幾つかの新しい政策を導入しています。まず、①貿易決済で人民元を使える制度の整備を進める実験的なプログラムを実施しています。②他の中央銀行とそれぞれ“スワップ協定”を締結し、総額は950億ドルになっています（ちなみに“スワップ協定”は、中央銀行が外貨が必要となったときに融通し合う仕組みで、スワップと呼ばれるのは自国通貨と借入通貨を交換することから、そう呼ばれているものです。一方的な借入ではないということです）。③中国国内に拠点を置く香港の銀行に人民元建ての債券の発行を認めました。また昨年９月に中国政府は香港で8.8億ドルの人民元建て国債を発行しています。④中国企業が海外の子会社に自由に資金を貸し付けることが認められました。

【人民元相場の調整が課題に】
オバマ訪中を前に人民元相場問題が大きな話題になっています。首脳会談では、気候変動問題など以外に経済問題が大きなテーマになっています。オバマ政権にとって米中貿易不均衡の是正は大きな政治的課題になっています。アメリカ経済は底を打ったと言われていますが、雇用情勢は失業率が10％を超えるなど依然として厳しいものがあります。オバマ政権にとって雇用回復は大きな政治課題になりつつあります。最近のオバマ大統領の支持率低下の要因のひとつが、失業問題であることは明白です。失業問題を解消するひとつの方策は輸出増を図ることです。となれば中国との貿易を取り上げざるを得ないでしょう。対中輸出が増えれば、貿易赤字を削減できるだけではなく、雇用創出にもつながるわけです。財務省が認めているように、為替相場調整が貿易不均衡是正に与える効果には限度がありますが、政治的には人民元問題を取り上げざるを得ないでしょう。今後、議会の圧力も強まってくると予想されます。オバマ大統領も上院議員時代、人民元切り上げを積極的に主張していました。ＩＭＦのエコノミストは、人民元は切り上げられるべきであると指摘しています。ここ当分、この問題が大きな課題として取り上げられることは間違いないでしょう。

次回は、米中首脳会談での話し合いの内容を分析しながら、人民元相場とドル相場の今後について説明します。

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