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2009/12/1 火曜日

米中関係と人民元問題（２）：オバマ大統領訪中と中国政府の対応

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経済

- nakaoka @ 15:35

為替市場が大きく揺れています。ドバイ・ショックとアメリカ経済の先行き不安がドル売りを引き起こしたものです。円相場は11月27日に１ドル＝86円60銭の高値を付けました。ただユーロ・ドル相場は逆にユーロが弱くなっています。ユーロ相場は６月17日に１ユーロ＝１ドル38セントの高値を付けた後、ユーロ安に進み、11月25日には１ユーロ＝１ドル50セントのユーロ安を記録しています。では人民元とドル相場の推移はどうだったのでしょうか。この３ヶ月間、人民元相場はほとんど動いていません。この間の最安値は６月17日の１ドル＝6.8374元で、最高値は10月12日の１ドル＝6.8234元とほとんど動いていません。人民元の切り上げ問題がオバマ・胡錦濤首脳会談の主要テーマでしたが、会談後も人民元相場はまったく動いていません。今回のドバイ・ショックの影響もまったくありません。人民元問題が米中首脳会談でどう話し合われたのか、なぜ人民元相場が動かないのか、前回に続いて説明することにします。

今回の米中首脳会談の最大の焦点は経済問題でした。深刻な失業問題を抱えるオバマ政権は、対アジア輸出の増加に雇用創出の期待を込めていました。特にオバマ政権にとって米中貿易不均衡の是正が大きな課題で、オバマ大統領は経済政策の調整の必要性を訴えていました。オバマ大統領の言葉を使えば、“成長の再調整（rebalance growth）”です。消費過剰なアメリカは貯蓄を増やし、国内需要の抑制を図る一方、中国は輸出依存の経済成長から国内消費を刺激する政策への転換を進める必要があるということです。その一環として、中国の人民元相場の切り上げ問題がありました。

オバマ大統領もクリントン国務長官も人民元切り上げ論者でした。両者は上院議員の時、連名でブッシュ大統領に中国に人民元切り上げを要求すべきだという書簡を送っています。さすがに大統領と国務長官に就任してからは、それほどあからさまに中国に要求することはなくなりましたが、それでもアメリカ経済を不況から抜け出させるためには人民元の切り上げが必要だと思っていることに変わりはないでしょう。

【オバマ政権と人民元相場】
オバマ大統領がアジア歴訪の旅に出る前の11月９日にワシントンでロイター通信とインタビューを行っています。その中で人民元問題について次のように語っています。「ガイトナー財務長官は中国の金融当局と通貨問題だけでなく、米中の貿易不均衡を引き起こしている様々な要因についても積極的に協議を行っている。こうした広範な会話が私たちのアメリカとの対話の中核になるだろう。通貨問題は首脳会談で取り上げられることになるだろう。私は米中両国が両国に恩恵をもたらすような広範な政策で合意に達すると確信している」「中国は巨額のドルを保有しており、アメリカ経済が順調に成長することが中国にとっても重要である。もし問題を解決できなければ、経済的にも、政治的にも両国の関係が緊張することになると思う」。オバマ大統領は東京のサントリーホールで行った演説でも、中国の経済成長はアメリカにとっても好ましいことであると繰り返し述べており、中国を封じ込める意図はまったくないことを明らかにしています。

また民主党にとって重大なテーマである人権問題には、あまり積極的に触れていません。２月にクリントン国務長官が中国を訪問したときも、主要な議題は中国に外貨準備で財務省証券への投資を続けるように訴えることでした。その時も、人権問題は実質的に棚上げされていました。

米中首脳会談の主要課題が人民元問題であったとするなら、具体的に首脳会談で何が話し合われたのでしょうか。会談後に発表された共同声明の中では、為替相場に関しては一言も言及されていません。ただ次のような内容が盛り込まれています。「両国はマクロ経済政策に関する対話と情報交換を強化し、より持続的かつ均衡の取れた成長を達成するために国内需要と相対価格を調整する政策を取る。中国は経済構造を調整し、家計部門の所得を増やし、ＧＤＰに占める消費の比率を高めるために国内需要を拡大する政策を引き続き実施し、社会保障制度を改革する。アメリカは、ＧＤＰに占める貯蓄比率を引き上げ、非インフレ的な持続的成長を促進する対策を講じる。この目的を達成するために、アメリカは財政赤字を持続可能な水準にまで引き下げ、民間貯蓄を促進することを約束する」。

要するに中国は国内消費を増やし、アメリカは財政赤字を削減する一方、民間貯蓄を殖やすことを約束しているのです。やや強引に解釈すれば、為替相場に関連する部分といえば「相対価格の調整」という下りになるでしょう。これから判断すると、人民元問題では何らの合意も達成することはできなかったと考えて間違いないでしょう。事実、オバマ・胡錦濤会談後、あるいは共同声明発表後も人民元相場にまったくと言っていいほど動きはでていないのです。

【首脳会談で何が話し合われたのか】
オバマ大統領が首脳会談前のインタビューで人民元問題は首脳会談の大きなテーマの一つであると答えています。ということは、首脳会談で何らかの話し合いがあったと考えるのは当然です。ではどんな議論があったのでしょうか。ロサンジェルス・タイムズ紙（11月19日付け）は「北京での差し迫った課題は人民元の切り上げと中国の通商政策が中心テーマであった。また個別問題を別にすれば、両国政府が世界経済の全体的な福祉を向上させる政策に関して合意できるかどうかであった。その答えは“ノー”である」と書いています。

要するに米中首脳は通貨問題、通商問題で合意に達することはできなかったということです。同紙はさらに中国の立場を次のように説明しています。「中国は人民元を切り上げる代わりに人民元をドルに釘付けにする政策を続けそうである。まあ、他の主要国のように通貨を自由に変動させるのではなく、徐々に独立した市場の力に対応して自由に変動させようとしている」。

共同声明では通貨問題には触れていませんが、首脳会談後の共同記者会見の席で中国政府が時間をかけてより市場指向型の為替相場に移行するという過去の約束に触れて、オバマ大統領は中国政府が人民元相場を切り上げることを望んでいる趣旨の発言をしています。ただあくまで“過去の約束”であって、“新たな約束”があったわけではありません。他方、胡錦濤国家主席は「中国は貿易赤字を追求していないし、二国間の貿易不均衡が着実に均衡することを望んでいる」と首脳会談で語たり、人民元問題に直接言及していません。しかし、具体的な話になると協議の進展は見られませんでした。お互いの思惑だけがある感じです。イギリスの「エコノミスト」は、オバマ大統領の人民元切り上げの要請を「胡錦濤主席は丁重に無視した」と書いています。「ウォールストリート・ジャーナル」紙も胡錦濤の「人民元に対する私たちの立場は誰の目にも明かだ。したがって何もコメントしない」という言葉を引用している。

逆に、中国政府はオバマ政権の圧力にも拘わらず、人民元相場を実質的にドルに釘付けにする政策を取っているというのです。人民元相場をドルに釘付けにすることで、ドル相場が下落すれば、人民元も下落することになり、人民元とドル相場の調整は行われず、逆にドル安になれば人民元相場も他の主要通貨に対して下落することになるのです。ドルが他のアジア通貨に対して下落すれば、人民元相場も下落することになり、近隣のアジア諸国から中国は市場を奪うことになります。要するに、この１年、中国は最大の貿易黒字国でありながら、欧州やアジアの通貨よりも弱くなっているのです。たとえば韓国のウォンは今年の３月以降、人民元に対して36％上昇しています。ブラジルのリアルは42％も上昇しています。こうした状況に対して、アメリカ政府だけでなく、ＩＭＦや途上国も人民元は過小評価されていると批判しています。中国は金融危機と世界不況のなかで輸出が落ち込むのを避けるためにドル釘付け政策を取ることで、“人民元安政策”を取ってきたのです。

人民元相場をドルに釘付けにするメリットはもうひとつあります。中国は2.2兆ドルの外貨準備を持ち、そのうちの70％近くをドル資産で保有しています。もし人民元相場がドルに対して切り上がれば、中国は巨額の為替差損を計上することになります。しかし、対ドル相場が安定している限り、そうした懸念はないのです。人民元相場の“安定化政策”に関して中国政府の何亜菲・外交部助理は「金融危機の最中に人民元の安定化政策を取ることで国際経済を支援しただけでなく、国際金融市場の安定にも寄与した」と、政策の正当性を主張しています。

これは1997年のアジア通貨危機の時にアジア各国が為替相場の切り下げをしたときに、中国は人民元相場を維持したのと似た状況ともいえます。当時は過大評価にもかかわらず切り下げを行わず、アジア諸国を結果的に支援する形になりましたが、今回は人民元が過小評価されていると、人民元の置かれた状況は違います。さらに中国政府は、通貨政策の変更は国内の状況に配慮して行われるもので、国際的な圧力に対応するために行うべきものではないという声が強いようです。

【対ドルと対円でみた人民元相場の変動】
中国の人民元相場は管理変動制を取っていますが、2008年半ばから人民元相場を１ドル＝6.8元の水準で固定されているのです。世界不況や金融危機にもかかわらず中国政府は人民元相場を極めて“安定的”に維持しているのです。特に対ドル相場は実質的に釘付けといえるほど安定しています。たとえば2008年の１月３月までは１ドル＝7.07元から7.24元で推移していましたが、４月以降、１ドル＝6.8元台でずっと推移しています。その間の高値と安値の変動率は0.6％に過ぎません。2009年も１ドル＝6.8元台とほとんど変動していません。しかし、対円相場でみるとかなり変動しています。2008年は人民元の最安値（月間平均）は14.24円、最安値は15.97円と1円73銭の差があり、変動率は約12％です。中国人民銀行は、昨年、「為替相場の安定を図る」趣旨の発表を行っています。それは実質的に人民元相場をドルに対して安定化させること、もっといえば以前と同じように釘付けにすることを意味しているようです。

【人民元相場制度の歴史】
2005年7月に中国政府は人民元相場をドル釘付けから主要通貨によるバスケット方式に変更し、一日の変動幅を拡大しました。その結果。2005年7月から2008年7月までに人民元の対ドル相場は21％上昇しています。簡単に中国の為替制度の歴史を整理しておきます。

1981年から1993年まで「公定レート」と「実勢レート」の二重相場制が採用されていました。しかし、小平の南巡講話で本格的な経済開発が始まり、外資の流入が図られるようになりました。それに合わせて二重相場制は廃止され、銀行間の為替取引が認められるようになりました。そして１ドル＝8.28元の相場が設定され、ドル釘付け制が導入されました。1996年に貿易取引勘定の人民元の交換性が認められましたが、資本勘定は規制されたままでした。為替相場制度とは直接関係ありませんが、中国はＷＴＯ（国際貿易機関）に加入。その際、国内市場の自由化を約束し、その対象に外国為替市場の自由化も含まれていました。

2005年7月21日に中国人民銀行がドル釘付け制の廃止を発表、バスケット方式が導入されました。同時に人民元は2.1％切り上げられ、１ドル＝8.11元になりました。変動幅も中心相場から１日の変動幅が上下0.3％に広げられました。前日の終値をベースに中心相場が翌日発表され、それを軸に取引が行われるようになったのです。１日の値幅制限はありますが、長中期的には為替調整が行われるようになったのです。2007年に１日の変動幅は上下0.5％に拡大されました。その結果、バスケット方式に移行してから2008年7月までに21％の人民元高が実現したのですが、この１年の動きはドル釘付けに戻った観があります。

【今後の人民元の見通し】
中国では為替政策を決定するのは中央銀行の中国人民銀行ではなく、国務院です。それは日本も同様で為替政策を決定するのは日本銀行ではなく、財務省です。日本銀行は財務省の指示で市場介入を行うのです。中国の国務院、特に商務部は人民元の切り上げに反対だといわれています。商務部のスポークスマンは「人民元の切り上げは世界経済の回復にとって好ましくない。また、自分の国の通貨を下落させておいて、他の国に切り上げを求めるのは不公平である」と語っています。ただ、こうした中国の主張は国際的には受け入れられないようです。多くの専門家は、人民元の切り上げは米中の貿易不均衡だけでなく国際的な不均衡是正に役立つだけでなく、中国の消費を増やす上でも有益であると主張しています。また人民元相場を維持するために中国か過剰に金融を緩和する結果となっているのです。

すなわち中央銀行は人民元相場を維持するためにドル買いの介入を行い、その結果、流動性を市場に注入することになるからです。中国が金融政策の健全性を取り戻すためにも、人民元の切り上げは避けられないというのが欧米の専門家の主張です。また過剰な輸出依存の経済体質改善にも、人民元相場の切り上げは避けられないということです。

しかし、中国政府は人民元の切り上げがなくても、既に輸出は減少していると反論しています。この１年間で輸出は14％減少しています。経常黒字も2007年がＧＤＰの11％あったものが、現在では6％にまで低下しています。また人民元の切り上げが行われるとなれば、大量のホットマネーが流入し、金融をさらに緩和させることになるかもしれないという懸念もあります。９月に外貨準備は620億ドル増加していますが、そのうちの半分弱がホットマネーだとの推計もあります。人民元高を予想して大量のホットマネーが流入すれば、既にバブル化しつつある不動産価格や株価上昇に油を注ぐことになる懸念もあります。11月19日、中国はホットマネーの動きを制限するために国際送金ができる個人口座の数を制限すると発表しています。その通達は「個人口座を使っての国内に入ってくる異常な資本を規制し、外国為替の闇市場や地価銀行を取り締まり、為替市場の秩序を守るため」と説明しています。

また人民元の切り上げが為替調整の貿易赤字縮小に与える効果には限界があります。日本は1980年代にアメリカ政府の圧力に屈して大幅な円の切り上げを受け入れました。しかし、その結果、貿易黒字は減らず、むしろ拡大しました。さらに円高でドル建ての国内コストが上昇したため、多くの日本企業が生産拠点を海外に移すという事態が起こりました。いわゆる産業の空洞化です。そうした日本の経験からすれば、貿易不均衡を是正するために人民元高の要求を簡単には受け入れられないということです。

ただ人民元の切り上げを求める国際世論の圧力は強く、長期的には人民元高は交易条件の改善を通して中国の国民の実質所得を高める効果があります。短期的かつ急激な人民元切り上げは中国経済に大きな影響を与えるでしょうが、長期的には切り上げは避けられない道です。「エコノミスト」誌は、来年初めから中国政府は人民元の切り上げを緩やかに認めると予想しています。

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