中岡望の目からウロコのアメリカ

2010/1/30 土曜日

為替相場展望(1):2010年は円安の年へ

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為替相場動向は経済に大きな影響を与えます。私は1980年代から記者として為替相場の関する記事を書き続けて来ました。1985年にはプラザ合意の記事も書きました。現在も為替相場の動向は、私の大きなテーマのひとつです。相場見通しの記事は当てることが大事ですが、同時にどう論理付けるかも重要です。今回は2つの記事をアップします。この記事は1月7日に書いたものです。その後の状況の変化がありましたが、そのまま修正せずにアップします。経済は生き物で、相場予想も経済の動きに応じて予想も刻々変わります。ですから、市場動向を見ているだけでは、相場展開の意味は理解できません。ここでは2009年の相場の特徴を分析し、2010年の相場を予想してみました。

2009年の円相場は大きく動きました。最安値では4月16日に1ドル=101円45銭を記録。最高値では11月27日に1995年7月の円高を14年振りに超える1ドル=85円15銭を付けました(いずれもニューヨーク市場での相場)。1年間に16円以上動いたことになります。流れとしては2009年1月1日の相場は寄りつき90円台で始まりました。1月21日に87円台の高値を付けた後、円相場は3月初旬に99円台へと下落しました。3月中旬に96円台まで戻した後、再び円安に推移し、4月16日に最安値を付けたわけです。その後、変動を繰り返しながらも、基調的には円高に向かって相場は展開します。6月初旬、8月初旬、10月下旬に円安に振れる局面があったものの、11月27日の円高に向かって進んで行きます。しかし、12月に入ると円相場は反落し、ドルが急騰しています。12月だけを見ると、ドルは円に対して7%、ユーロに対して4.7%上昇しています。また12月31日の終値は93円02銭でした。2009年1月1日の相場が1ドル=90円71銭で始まっていますから、年初と年末の相場を比べると2円32銭の円安でした。率にすると2.6%の“円安”でした。

2010年1月1日の相場は1ドル=93円で始まっています。週明けの1月4日は92円72銭で始まっています。7日までの相場は91円台と93円台の間で推移しています。昨年12月の急激な円安相場は一段落した感じです。今後の相場がどう推移するのか、まだ明確なトレンドは見えてきていません。

ちなみにユーロ相場は、2009年1月1日に1ユーロ=1.400ドルで始まり、12月31日は1.432ドルで終わっています。2009年はユーロ高で終わりました。過去4年間で3度目のユーロ高相場でした。年間の最安値は3月5日の1ユーロ=1.247ドルでした。年間では2.3%の“ユーロ高”になります。最高値は12月3日の1.514ドルでした。最高値と最安値の差は、77セントでした。年初の1月4日は1ユーロ=1.432ドルで取引が始まっています。その後も、7日までは小幅な値動きで推移しています。

2009年の為替相場は、前半は国際的な金融危機を背景に投資家は安定した通貨としてドルに投資しました。4月以降、各国の中央銀行の支援策で金融市場が安定したきたことからドルは売られ、11月まではドル安相場が続きました。12月は景気回復を受けて再びドル買われ、1年を通してみるとドル相場は円に対しても、ユーロに対しても、それほど大きく変動しませんでした。

【相場展開の背景】
円相場が11月末に85円台の高値を付けたとき、評論家や学者の一部には“超円高”を唱える人がいました。しかし、12月に入ると相場の雰囲気は一転して、ドル高が急速に進みました。12月の1ヶ月間にドルは円に対して7%、ユーロに対して4.7%も上昇しました。対円、対ユーロだけでなく、主要6通貨のバスケットに対するドル指数も4.8%上昇しています。要するに主要通貨に対して軒並みにドル相場は上昇したのです。それまでのドル安のパターンが完全に変わってしまったようです。

12月以降のドル高の背景には、アメリカ経済の回復がありました。特に雇用統計が改善したことを為替市場は注目しています。労働市場の改善から、市場ではFRB(連邦準備制度理事会)が早晩“利上げ”に踏み切るのではないかという思惑が高まっています。欧州中央銀行(ECB)などが出口戦略として超低金利政策の修正を示唆するなかでアメリカの金融政策が注目されていたのです。11月4日に開催されたFOMC(連邦公開市場委員会)は、景気がまだ十分でないことに加え労働市場の悪化が続いていることを理由に、フェデラル・ファンド金利の目標水準を0~0.25%に据え置く方針を決めていました。しかし、12月4日に発表になった11月の失業率が大方の予想に反して10.0%と10月の10.2%から低下しました。さらに、非農業部門の雇用減少数が1万1000人に留まったことが明かになったのです。その前の3ヶ月の雇用減少数は平均13万5000人でしたから、雇用情勢が大きく改善に向かっていると考えられました。失業保険給付申請件数も、12月21日から26日の週で2万2000件減少し、季節調整後で43万2000件になりました。これは2008年7月以降、最低の水準です。ただ、12月16日に開催されたFOMCでは、依然として景気に対する慎重な見通しから、フェデラル・ファンド金利を“当分の間(for an extended period)”据え置くことを決めています。次のFOMCは2010年1月26日と27日に開催されます。市場関係者は、FOMCの言う“当分の間”が具体的にどの程度に期間を意味するか様々な思惑を巡らしています。

為替市場はFOMCの政策決定がどうなるか注目しています。その大きな材料となるのが、労働市場の状況です。当面は12月の失業率がどうなるかが最大の関心の的となっています。1月8日に12月の雇用統計が発表になります。現在、失業率が低下し、非農業部門の雇用者数も小幅に増加すると予想されています。そうなれば2年間に渡って続いた非農業部門の雇用者の減少に歯止めがかかることになります。もしFOMCに何らかの利上げの動きがあれば、ドル高の要因になるとみられています。もうひとつ注目されるFRBの動きは、市場に対する流動性の供給です。金融逼迫を背景にFRBは緊急融資や債券の購入を通して市場に大量の資金を投入してきました。しかし、2月までに、そうした流動性注入政策を中止することを決めています。そうしたFRBの動きを受けて、金融市場がどう対応するかも、為替相場の動向を見る上で忘れてはならないでしょう。大方のエコノミストや市場関係者は、FOMCは2010年後半に利上げに踏み切るのではないかと見ています。

またアメリカ経済は最悪の事態を脱しつつあるようです。第3四半期の経済成長率は速報値が3.5%でしたが、第一次修正で2.8%に下方修正され、12月22日に発表された第二次修正では2.2%へとさらに下方修正されています。しかし、アメリカ経済が回復に向かっているというのは一般的な見方になっています。たとえばモルガン・スタンレー証券の予想では、2010年のアメリカ経済の成長率は2.8%です。2010年の成長率は2~3%というのが一般的な見通しになっています。ちなみに2009年のアメリカの経済成長率は、モルガン・スタンレー証券の予想ではマイナス2.5%になっています。また日本は2009年がマイナス5.4%、2010年が0.4%と予想されています。EUは2009年がマイナス4.0%、2010年が1.2%となっています。先進工業国10カ国の成長率では2009年がマイナス3.4%、2010年が1.9%ですが、中国、インド、ブラジル、オーストラリア4カ国の2009年の成長率は1.6%ですが、2010年は6.6%と高成長が予想されています。もし経済のファンダメンタルズで為替相場が決まるとすれば、円が一番弱い通貨になりそうです。もちろん、為替相場は経済成長率だけで決まるわけではありません。

【キャリー・トレードと為替相場】
経済成長率が先進国で最悪であるにも拘わらず、円相場が1ドル=85円台にまで上昇したのでしょうか。資金は成長率の高い国(あるいは投資収益の高い国)に流入するのが普通です。しかし、それ以外の要因もあります。2009年の相場の特徴のひとつは、“ドルのキャリー・トレード”が積極的に行われたことです。言い換えれば、超低金利のドルを借りて、途上国などのリスクの高い資産、ありいはイールド(利回り)の高い資産を購入するというパターンが見られたことです。ドルのキャリー・トレードは、ドル安要因になります。すなわち投資家は低金利のドル資金を借りて、そのドルを為替市場で売却し、他の通貨の金融商品に投資することになるからです。ドルのキャリー・トレードは、2007年半ばから積極的に行われるようになっていました。調査機関のPi Economicsは、2009年上半期だけでドルのキャリー・トレードの額は2500億ドルから5500億ドルに達していると推計しています。2009年3月から11月のドル安相場の背景には、キャリー・トレードに伴うドル売りがあったのです。12月のドル高は、ドル金利上昇の思惑からドルのキャリー・トレードの巻き戻しがあったのも要因の一つでした。ちなみに2004年から2007年の間、円のキャリー・トレードが積極的に行われていました。その間の円のキャリー・トレードの額は1兆ドルに達していたという推計もあります。

もしドル金利が上昇することになれば、キャリー・トレードの巻き戻しが起こるでしょう。それはドル買い要因になります。現在、市場が注目している要因のひとつに、円のキャリー・トレードが再び始まるのではないかということがあります。ドル金利やユーロ金利はそれほど遠くない将来、引き上げられる方向にあることは間違いありません。しかし、日本は再びデフレ問題に直面しており、日本銀行は低金利政策を維持し、金融市場に大量の資金を供給することを決めています。2010年半ば以降、円金利と他の先進国の政策金利の差は拡大することになりそうです。市場の関係者は、キャリー・トレードのための通貨はドルから再び円に戻るのではないかと予測しています。12月以降、円安が急速に進んだもう一つの要因として、日銀が12月1日に市場への流動性供給などデフレ対策を発表したことも指摘されています。2010年の為替相場を予想する上で主要国の金利差の動向とキャリー・トレードの動きが要注意でしょう。

【2010年の円相場はどうなるか】
円キャリー・トレードが本格的に始まれば、それは円安要因になります。さらに先進国の中で日本の景気回復が最も遅れそうです。超低金利と低成長という状況を考慮すれば、円相場の基調は円安に傾くのではないかと予想されます。少なくとも一部の評論家や学者が主張するような“超円高”相場が実現する可能性は極めて低いと思われます。バークレー・キャピタルは2010年末の円相場は1ドル=100円と予想しています。またモルガン・スタンレー証券も、3月末に97円、6月末に101円、9月末に105円、12月末に109円と、2010年を通して円安基調の展開になると予想しています。繰り返しになりますが、金利動向、経済のファンダメンタルズなどから判断して、円高を予測するのは無理があると思われます。またユーロ相場もドルに対して弱くなると予想されます。

もちろん経済は生き物で何が起こるか分かりません。もしアメリカ経済が二番底を打つような状況が起これば、シナリオは大きく変わってくるでしょう。アメリカの巨額の財政赤字、貿易赤字は持続できないことは間違いありません。それが長期的にドル相場に影響を与えることも十分にありえます。しかし、2010年という年に限ってみれば、それがドル暴落を引き起こす要因にはならないでしょう。

また昨年3月に中国人民銀行の周小川総裁がドルの基軸通貨に挑戦する発言をしました。ドルに代わってユーロを基軸通貨にすべきだとの議論もあります。また現実に途上国は外貨準備の分散化を進めており、ドル離れが現実の物になりつつあります。しかし、ドルに代わる基軸通貨は存在せず、短期間に急激な変化が起こると想定するのは非現実的でしょう。こうした事柄も長期的には無視できない要素ですが、今年の相場に大きな影響を与えるとは思われません。

2010年の円相場は前半は1ドル=100円に向かった動きとなり、後半は100円を挟んだ動きになると予想しています。

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