中岡望の目からウロコのアメリカ

2010/2/18 木曜日

アメリカの金融規制の現状:「ボルカー・ルール」とは何か

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アメリカの金融規制の動向が注目を浴びています。1月21日、オバマ大統領は金融規制に関する発表を行いました。その中で、大統領は「経済回復諮問委員会」のメンバー二人と生産的な会合を行ったと断った上で、新たな金融規制を提案しました。二人の委員とは、ポール・ボルカー元FRB(連邦準備制度理事会)議長とビル・ドナルドソン元SEC(証券取引委員会)委員長です。この記者会見で発表した規制案は、元もとボルカー元議長が主張していたものです。そのため、オバマ大統領が新たに発表した案は「ボルカー・ルール」と呼ばれています。今回はアメリカの金融規制法案の審議状況と法案の内容を紹介します。最近のメディアの焦点は「ボルカー・ルール」に当てられていますが、金融法案は昨年の春に財務省案が提案され、議会で審議が続いていました。そして、昨年12月11日に下院案が可決され、同法案は上院に回されています。「ボルカー・ルール」は必ずしも銀行規制全体をカバーしているわけではありません。金融規制全体を理解するには、議会で審議されている法案を見てみる必要があります。以下では、まずオバマ大統領の金融規制に関する基本的な考えを紹介します。そして下院で成立した金融規制法案の内容を紹介し、さらに「ボルカー・ルール」の内容を説明することにします。最後に金融法案の行方と「ボルカー・ルール」の内容を検討してみます。

【オバマ大統領の金融規制に関する基本的な考え方】
オバマ大統領の金融規制に関する基本的な考え方は、2月21日に行われた演説に端的に表れています。以下に、その発言内容を紹介します。

アメリカは深刻な経済不況に見舞われています。オバマ大統領は、金融機関の利益追求に走り、無責任な行動を取ったことが、経済危機の根因であると考えています。大統領は次のような発言をしています。「この経済危機は金融危機として始まった。銀行と金融機関は簡単に利益を上げ、巨額のボーナスを払うために巨大で無謀なリスクを取った。事態が収まり、無責任な酒盛りが終わった時、世界最古の巨大金融機関の幾つかが崩壊し、他の金融機関も崩壊の瀬戸際にあった。市場は暴落し、信用は枯渇し、毎月、雇用は数百万も失われていった。私たちは、第2の大恐慌の危機に直面しているのである」。

さらに続けてオバマ大統領は「危機を回避するためにアメリカ国民は危機に直面する金融機関を救済しなければならなくなった。その危機は金融機関が自ら作り出したものである。金融機関救済は後ろ向きのものであるが、危機を避けるためには必要なことであり、金融システムの安定化にし、恐慌を避けるのに効果があった」と指摘しています。要するにブッシュ政権が始めた7000億ドルの金融救済策(問題金融資産救済プログラム:TARP)を引き継ぎ、その効果があったと自賛したうえ、「私たちは納税者を保護し、将来の危機を回避するために常識に基づいた改革(common-sense reform)を行わなければならない」と、金融規制の必要性を訴えています。この発言のポイントは、「常識に基づいた改革」というところにあるのでしょう。金融取引は複雑で、素人には理解するのが難しく、往々にして金融機関に都合の良いルールが出来上がっています。一般の人でも理解できるようなルールを作ることが必要だと、オバマ大統領は訴えているのです。

ではオバマ大統領は金融ルールをどう判断しているのでしょうか。大統領は次のように行っています。「金融システムは1年前と比べると現在、強固になっているが、依然として崩壊の瀬戸際間で事態を悪化させた同じルールの下で運営されている。こうしたルールのため、企業は消費者の利益に反する行動を取ることができ、複雑な金融取引を通して債務残高を隠蔽することができ、納税者の税金で保証された預金から便益を得ることができるのである。その一方で、投機的な投資を行い、大きなリスクを取り、金融システム全体に脅威を及ぼしている」と、現在のルールの問題点を指摘しています。

では具体的にどのような規制が必要なのでしょうか。オバマ大統領の説明を聞いてみましょう。「これが、私たちが消費者を守る改革を使用としている理由である。私たちは、大金融機関が監視を受けることなくクレジット・デフォールト・スワップや他のデリバティブ商品など高リスクの金融商品の取引をすることを認めている抜け道を塞ぎ、システムの崩壊を招くようなシステム全体のリスクを明かにし、システムを安定化させるために資本と流動性の規制を強化し、大手企業が倒産しても経済全体に影響を及ぼさないようにする意向である」と、規制の内容を説明しています。金融界の議論の中で、「大きすぎて倒産させられない(too big to fail)」という言葉があります。大手金融機関が倒産すると、単にその金融機関の破綻に留まらず、金融市場や金融制度、実態経済にまで影響が及ぶ可能性があります。要するに、金融機関は大きくなりすぎると、倒産のリスクが少なくなるのです。それは政府や中央銀行が、大手銀行の倒産の影響を恐れて、救済してくれるということです。それは明らかに一種の“モラル・ハザード”です。規模が大きかろうが、小さかろうが、金融機関は自ら責任を負うべきです。そのためには、様々な規制が必要になってきあます。そのポイントは「大手金融機関が取ることができるリスクに制限を課すことが、私が提案している改革の核心である」ということです。これが、オバマ大統領が提案した第一の規制の内容です。

さらに、オバマ大統領は2つの提案をしています。オバマ大統領は「多くの金融機関はヘッジ・ファンドやプライベート・ファンドを運営して国民のお金をリスクに晒し、短期的に利益を上げるためにリスクの伴う投資を行ってきた。こうした金融機関はリスクを取る一方で、銀行の与えられる特権を享受している」と指摘しています。銀行の“特権”とは、政府による預金保険制度のことです。銀行は顧客から預かった預金をリスクに高い商品に投資すべきではないということです。もし投資に失敗して損失を計上しても、預金保険制度で預金は保護されています。要するに、銀行はモラル・ハザードを犯しているのです。簡単にいえば、リスクのある取引をして儲かれば経営者などが巨額のボーナスを手に入れるのに、損をすると国に救済を求めるというのは許せないということです。

大恐慌の前、アメリカでは金融機関は商業銀行業務と投資銀行業務を兼業していました。しかし、それが様々なモラル・ハザードを引き起こし、大恐慌の要因のひとつになったために、アメリカでは商業銀行と投資銀行を分離する「グラス・スティーガル法」が制定されました。「グラス・スティーガル法」は1999年に廃止され、現在では金融機関は持ち株会社を設立して、商業銀行業務、投資銀行業務、保険業務、金融サービス業務を行えるようになっています。そうした業務の間には垣根が設定されていますが、完全に遮断するのは無理なのが現状です。オバマ大統領は「納税者のお金によるセフティネット(預金保険制度)の恩恵を受けつつ、低コストの預金を使って利益を上げるために(リスクのある)取引をするのは適切ではない」と指摘しています。要するに預金を受け入れて、貸出を行う「商業銀行」業務と、自らリスクを取って投資や市場取引をする「投資銀行」業務の分離を訴えているのです。オバマ大統領は「銀行がリスクのある取引をするのは預金者の利益に反する」とも言っています。

もう一つの提案は、金融機関の巨大化を阻止するということです。オバマ大統領は「将来の危機を防ぐために、金融機関のこれ以上の統合を阻止することを提案する」と述べています。具体的には「預金の上限を設定することで、ひとつの銀行に過度なリスクが集中するリスクに備える」ことです。また、預金の上限規制に留まらず、「同じ原則が様々な形の資金調達にも適用されるべきである」と、オバマ大統領は語っています。銀行の資金源は預金と市場からの借入です。その両方に上限を設定するというのが、二つ目のオバマ提案です。金融危機後、金融機関の合併や統合が進んでいます。こうした事態も、消費者にとって好ましい状況ではありません。金融市場が少数の大手銀行で寡占状況になれば、銀行同士の競争が行われず、国民は低廉で質の高い金融サービスを受けることができなくなるからです。寡占や独占の弊害は、常々言われてきたことです。

オバマ提案を整理すると、次のようになります。①銀行のヘッジ・ファンドやプライベート・ファンドなどの保有と投資を規制すること、②銀行の預金シェアの制限(現在の規制では一行の預金シェアの上限は10%です)、③銀行の市場からの資金借入による規模の拡大の規制(ただ、これは現在でも銀行の自己資本規制によって自ずと限度が設定されています)、④自己勘定による高いリスクの商品取引の禁止(ただ顧客勘定での取引、顧客の依頼による自己勘定での取引は認める)ということです。

【ボルカー元FRB議長の考え方とボルカー・ルール】
オバマ大統領は1月21日の演説の中で、「私は単純で常識的な改革を提案している。私は、この提案を“ボルカー・ルール”と呼んでいる」と語っています。オバマ大統領はボルカー元FRB議長とドナルドソン元SEC委員長を話し合って、提案を行ったと言っています。しかし、これらの提案は従来からボルカー元議長が主張していたことです。ボルカー元議長は現在82歳で、オバマ政権の中で強い影響力を持っています。また閣外の著名なエコノミストで構成される「経済復興諮問委員会」の議長を務めていますオバマ大統領の経済顧問のオースチン・グールズビーは「ボルカーがアドバイスをすると、政府は非常に興味を示す」と語っています。しかし、ボルカー元議長が昨年の10月頃に議会証言で、銀行がリスクの高い証券取引を行うことを禁止することを主張しましたが、オバマ政権はその提案に対して否定的でした。オバマ政権のガイトナー財務長官やサマーズ国家経済委員会議長はグラス・スティーガル法を廃棄し、金融自由化を進めてきた人物です。ボルカー元議長の提案は、そうした金融自由化を逆転させる内容ですから、政府内から反対論が出るのは当然でした。

金融危機の時、大手投資銀行はこぞって銀行に業態転換をしました。FRBに銀行として登録し、銀行持株会社を設立したのです。理由は簡単です。投資銀行はFRBから資金を借りることができないのです。投資銀行は商業銀行と比べると資金力が弱く、金融危機で信用が干上がってしまったとき、深刻な資金問題に直面しました。しかし、商業銀行になれば、FRBから資金を調達することができるのです。しかし、危機を乗り切ると、ゴールドマンサックスなどは自己勘定を使った市場取引で巨額の利益を計上し、役員に膨大な額のボーナスを支払うことを決めたのです。オバマ大統領が指摘していたように、儲かったら山分けし、損したら政府の救済に頼るという事態が起こったのです。大手金融機関は懲りもせず同じ事を繰り返しているのです。

ボルカー元議長は、今の状況が続けば、将来、再び金融危機が起こると警告しています。「銀行は国民に奉仕すべきである。銀行業務以外の活動をすれば利益の対立が生じる。そうした活動はリスクを作り出し、リスクを管理しようとすれば、摩擦と困難な問題が発生するだけだ」と指摘しています。さらに、そうした問題を解決するには、大銀行を分割することしかないというのが、ボルカー議長の考え方です。具体的には、JPモルガン・チェースは買収したベアスターンズの取引部門を、またバンク・オブ・アメリカもメリルリンチを分離するように主張していました。従来、資本の少ない投資銀行は市場や銀行から資金を調達して自己資本の何倍もの額をリスキーな金融商品に投資していました。これを“レバレッジ”といいます。銀行も同じようなことをしていました。特別投資目的会社(SIV)を設定し、それが発行する短期証券を保証することで市場から低利の資金を調達し、不動産担保証券に大量に投資していたのです。本来なら銀行はレバレッジを効かした投資はできないのですが、実際にはレバレッジを使った投資を行っていたのです。

多くの実務家や学者は、世界経済のグローバル化が進む中で、商業銀行と投資銀行を分離するのは非現実的であると冷ややかな反応をしていました。特に欧州の銀行は“ユニバーサル・バンキング”といって、全ての金融商品を自由に扱うことができ、もし商業銀行と投資銀行を分離すれば、アメリカの銀行の競争力が弱まるとの批判もありました。経済の国際化に批判的で、ノーベル経済学賞の受賞者のジョセフ・スティグリッツ・コロンビア大学教授など少数の学者は、ボルカー元議長の主張を支持していました。また、ボルカー議長は金融機関の巨額のボーナスも「極めてグロテスクだ」と批判しています。大きくなりすぎた銀行が投機に煽られてリスクを犯すことは、経済全体からみて好ましくないというのが、彼の基本的な考え方です。

では、なぜ急にオバマ大統領は“ボルカー・ルール”を金融規制として取り上げたのでしょうか。オバマ大統領はボルカー元議長に全幅の信頼を置いています。21日の演説の中でも、「私の後ろに立っている背の高い人物」と紹介しています。私も以前、ボルカー元議長と食事を一緒にしたことがありますが、190センチを越える長身で、極めて威厳のある人物でした。昨年の秋からボルカー元議長の主張は一貫しています。しかし、当時、誰も真剣に耳を傾ける者いませんでした。『ウォールストリート・ジャーナル』(2010年1月21日)は「ボルカー氏は自分の考え方を変えていない。変わったのは状況である」と書いています。それは大手金融機関が巨額の利益を上げ、幹部に巨額のボーナスを支払うことが明かになったことです。深刻な不況に苦しむ国民からすれば、理解に苦しむ状況です。支持率の低下に直面しているオバマ大統領としては、何らかの手を打つ必要があったのは間違いないでしょう。特にマサチューセッツ州上院予備選挙で民主党候補が惨敗を喫したことが、オバマ大統領の危機感を高めました。しかも、国民はガイトナー財務長官を信用していませんし、サマーズ国家経済会議議長を嫌っています。オバマ大統領としては、ボルカー元議長のアドバイスを受け入れることは政治的に意味があったのです。1月の14日にオバマ大統領は大手金融機関に900億ドルの特別税を課すことを発表しています。しかし、その程度のことで国民の不満を抑えることはできませんでした。同じ日、ボルカー元議長はニューヨークのエコノミック・クラブの昼食会で演説し、リスクの高い取引をしながら、伝統的な消費者金融を行っている銀行は「想像を絶する利益相反を犯している」と強い口調で持論を展開していました。具体的な経緯は想像の域を出ませんが、オバマ大統領が政治的な理由から、“ボルカー・プラン”を買ったことは間違いないでしょう。

【ボルカー・ルールは効果があるのか】
“ボルカー・ルール”の有効性について2つの事を考える必要があります。まず、その提案がどの程度実効性があるのかということで、もうひとつは、現在、議会で審議中の金融機関規制法案に盛り込まれるかどうかです。オバマ大統領が発表したからといって、それがそのまま法案に盛り込まれるかどうか不明です。金融機関規制法案(「2009年ウォール・ストリート改革・消費者保護法案」と呼ばれています)は、昨年12月11日に下院で可決され、現在、審議は上院に移っています。上院銀行委員会では下院案をベースに民主党と共和党で協議が行われています。同委員会の共和党の委員は「オバマ提案は極めて政治的なものだ」と批判的なコメントをしています。共和党のグレッグ上院議員は「オバマ提案は問題を複雑にしている。オバマ大統領は基本的にポピュリズムを煽っているだけだ。ポピュリズムでは良い規制もできないし、市場も強くならない」と語っています。また同じ上院銀行委員会の共和党のシェルビー議員は「銀行への課税もボルカー・ルールにも反対」との意思表示をしています。他方、民主党のテスター上院議員は「大統領の提案は私たちが検討しなければならない素材を与えてくれた」と前向きな発言をしています。いずれにせよ、議会では銀行規制法案を巡って民主党と共和党の鍔迫り合いが続いています。その過程で、オバマ提案がどう処理されるか、まだ分かりません。

下院で成立した銀行規制法案について若干説明しておきます。内容の詳細に立ち入る紙幅はありませんので、法案の各章を列挙します。それで法案の内容が想像できるでしょう。第1章「金融安定完全法案」、第2章「企業と金融機関の報酬公平法」、第3章「デリバティブ市場の透明性と説明責任法」、第4章「消費者金融保護局法」、第5章「資本市場」、第6章「連邦保険局」、第7章「住宅ローン改革と高利貸し禁止法」、第8章「住宅差し押さえ回避と住宅購入」、第9章「非認可保険と再保険改革法」、第10章「利息付き取引勘定の承認」です。同法案のポイントのひとつは、クレジットカード、住宅ローン、債務回収などの金融活動を監視する消費者保護庁の設立です。ただ、全米銀行協会は同庁の設立に反対しています。

最後に「ボルカー・ルール」が現実的にどんな意味を持つかについて簡単に説明します。上院銀行委員会では、「ボルカー・ルール」が金融機関のリスクを軽減することになるのかどうかを巡って議論が行われています。テクニカルな問題ですが、焦点は自己勘定の取引規制の部分です。しかし、現実にはBOAとJPモルガン・チェースの場合、自己勘定の取引から得ている利益は全体の1%未満に過ぎません。シティコープとモルガン・スタンレーは5%未満で、最も比率が高いのはゴールドマンサックスで10%に達しています。こうしたことから、「ボルカー・ルール」の狙いはゴールドマンサックスであるというコメントも見られます。

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