中岡望の目からウロコのアメリカ

2010/2/27 土曜日

FRB(連邦準備制度理事会)はいつ利上げに踏み切るか:公定歩合引き上げの意味

Filed under: - nakaoka @ 12:16

年初からの円ドル相場の動向は完全にドル金利の予想と連動した動きを示しています。金利動向の背景には、景気回復に対する見通しの変化があります。良い経済指標がでると、為替市場では、政策金利を決定するFOMC(連邦公開市場委員会)が利上げに踏み切るのではないかとの予想からドルが買われ、円が売られ、逆に悪い経済指標がでると、当分、利上げはないとの観測が強まり、今度はドルが売られ、円が買われるということが繰り返されてきています。対ユーロ相場は、EU諸国の財政赤字問題が相場動向を決める最大の要因になっています。その意味では、非常に簡単な図式で年初来の相場は動いてきていると言えます。

では、ドル金利はどうなるのでしょうか。もちろん、金利動向を決めるのは経済動向ですが、なかなか景気の先行きも読めない状況です。今回は景気動向よりも、FRBがどのように景気判断をしているのかを中心に説明してみたいと思います。そこで、4つの材料をそれぞれ分析します。まず、1月26日、27日に開催されたFOMCの議事録を分析します。続いて、FRBが2月17日に発表した公定歩合引き上げの意味と狙いを分析します。3つめは2月24日のバーナンキ議長が下院金融サービス委員会で行った証言を分析します。

結論を先取りしていえば、FRBが金融政策の決定で重視している指標が2つあります。ひとは雇用統計です。二つ目がインフレ期待です。すなわち、成長率が高まっても、高い失業率が続くと判断した場合、なかなか利上げに踏み切るのは難しいということです。インフレの方は、経済指標で出てくる実際のインフレ率よりも、インフレ期待の方を重視しています。特に金融危機以降、超低金利政策を取り、同時に市場に膨大な量の資金と注入しています。それは潜在的にインフレを高める要因になります。かりに実際のインフレ率が低水準に留まっていても、インフレ・リスクは非常に高いわけです。もちろん成長の維持も大切ですが、中央銀行の最大の使命は物価安定です。今の金融政策が緊急避難的であることは間違いありません。したがって、FRBとしては出来るだけ正常な状況に戻したいと思っています。それがマスコミなどでいわれる“出口戦略”です。現在、IMFなどで議論されているのは、どのような“出口戦略”を描くかということです。その前提は、世界経済は底を打ち、回復過程にあるとの認識があるからです。

オバマ大統領は、1月に行った一般教書演説で、雇用政策を最重点政策にすると語っています。1月は9.7%と10%を切ったものの、年内は高水準の失業率が続くことは間違いありません。11月に中間選挙を控えたオバマ政権にとって、経済状況が改善しなければ、選挙で苦しい戦いを強いられることは間違いありません。特に失業は選挙結果に直接的な影響を及ぼします。そうした状況で、FRBが政府の政策を無視して、利上げに踏み切るのは難しい状況です。理屈からいえば、金融政策はそうした政治的な思惑で左右されてはならない、すなわち金融政策の独立性があるわけですが、とは言っても時の政権と真正面から対立する政策を打ち出すことは難しいのも現実です。いずれにせよ、以下でFRBが何を考えているのか、これからの金融政策がどうなるのかを分析してみます。

【1月のFOMCの分析】
まずFOMCのメンバーは、「2010年は、経済は緩やかな成長を遂げ、インフレも抑制された状況が続く」という点で全員意見が一致しています。ただ、大半の委員は「生産と雇用の増加は過去の深刻な不況の回復の時と比べるとかなり鈍い」見ています。雇用に関しては2010年も高い失業率が続き、2011年と2012年になればかなり回復に向かうと見ています。ということは、少なくとも年内は高失業が続くというのが、委員の共通した認識です。委員は、雇用情勢が改善しないと、雇用は増えず、個人消費の回復は進まないと見ています。
インフレに関して言えば、委員によって意見は分かれています。現状に関しては、「今後数年、潜在生産力を下回る生産が続くため、インフレ率はFRBが想定する最大雇用と物価安定と一致する率を下回る可能性がある」と見ています。エネルギー価格や食料価格の変動を除いたコア・インフレ率は抑制され、当面、安定が続くというのが委員の共通認識です。ただ、現在の統計に表れているインフレ率は必ずしも実態を反映していないと指摘しています。すなわち、企業は製品価格を引き上がることができず、また住宅価格の下落、賃金の抑制で企業の労働コストが低下しているからです。要するに、物価安定は不況に伴う要因で、必ずしも基調としてのインフレ動向を示していないという訳です。単純な将来のインフレ予想は安定しているが、金融市場の参加者が抱くインフレ期待は高まっていると指摘しています。すなわち、財政赤字の拡大、FRBによる巨額の流動性の供給で、市場関係者は中期的にインフレが高まると予想しています。

議事録の議論は、インフレ・リスクは存在するが、当面は低稼働率や労働コストの低下で、インフレが高進する状況ではないというものです。その結果、FOMCはフェデラル・ファンド金利を0%~0.25%に据え置くことを決定しました。この決定に賛成したのが、バーナンキ議長など9名、反対したのは2名(カンサス連銀総裁)でした。議事録には「委員会はフェデラル・ファンド金利を0%~0.25%維持し、低稼働率、インフレ基調の落ち着き、インフレ期待の安定をいう経済状況は長期に渡る超低金利政策を保証している」と書かれています。

要するに、インフレは警戒しなければならないが、低稼働率や高失業率を考慮すれば、すぐにインフレが問題になる状況ではない。ただ、財政赤字の拡大、巨額の流動性の供給で、金融市場や為替市場、株式市場ではインフレ期待が高まる懸念はあると指摘しているわけです。いずれにせよ、ゼロ金利政策を転換する状況ではないと判断したわけです。

【公定歩合の引き上げ】
1月のFOMCが終わってから1ヶ月も経たない2月18日にFRBは突然、公定歩合の引き上げを発表しました。公定歩合は中央銀行が市中銀行に資金を貸し出す時の金利です。フェデラル・ファンド金利は市中銀行がお互いの資金の過不足を調整するために貸借する際の金利のことです。教科書では公定歩合政策は重要な金利政策と説明されていますが、現実には象徴的な意味しなく、金利政策はフェデラル・ファンド金利を通して行われています。なお、公定歩合の変更は連銀総裁の提案を受けて、FRBが行うものです。今回も、12の連銀総裁が一致して変更を求め、FRBが承認したものです。

FRBの声明には「FRBは金融市場の改善に照らし、割引窓口を通した幾つかの貸出条件の変更を(FRBの理事会で)全会一致で承認した」と書いています。変更は2つあります。一つは、公定歩合を0.5%から0.75%に引き上げること。もう一つは公定歩合による最長期の貸出期間を現在の90日からオーバーナイトにするということです(3月18日から実施)。さらに「この変更はFRBによる貸出を正常化させることが目的である」とも説明しています。すなわち、金融危機で金融が逼迫し、金融機関が市場で資金調達ができなくなった事態に対処するためFRBは積極的に窓口を通して金融機関に貸出を行ったのです。言い換えれば、FRBからの資金借入を奨励したのです。これは基本的に“異例”な事態で、今回の公定歩合引き上げはそうした事態を“正常化”する狙いがあったのです。したがって、FRBは、「今回の公定歩合に関する変更は家計や企業にとって金融状況を厳しくすることを目的としたものではなく、1月に行われたFOMCで議論した経済見通しや金融政策の変更の前兆ではない」と説明しています。

公定歩合の引き上げが金融政策の変更を意味するものではなく、FRBの貸出を正常化するものである、というのは何を意味するのでしょうか。声明の最後に次のように説明しています。「公定歩合の引き上げは公定歩合とフェデラル・ファンド金利のスプレッド(金利差)にまで50ベーシス・ポイント(0.5%ポイント)拡大させるものである。スプレッドの拡大と最長貸出期間を短縮することで、預金金融機関は短期の資金を民間市場で調達し、FRBからの借入を資金のバックアップとして使うようにさせることである」と説明しています。解説すると、今まで民間の金融市場で資金調達を調達することができず、FRBから資金を借りていた銀行は、スプレッドが拡大することによって、FRBからの借入コストが上昇するため、民間市場で資金調達をするようになり、FRBからの借入は緊急の場合に限るようになる、ということです。これは公定歩合の本来の機能でもあります。しかし、金融危機以前は公定歩合とフェデラル・ファンド金利のスプレッドは100ベーシス・ポイント(1%ポイント)あったことからすれば、まだ十分なスプレッドとはいえません。いずれにせよ、公定歩合式上げは、声明にも書かれているように「金融市場の状況が改善」と「貸出の正常化」が主な目的だといえます。

事実、FRBの貸出残高は2月17日現在で14.16兆ドルです。1年前の残高は51.7兆ドルでした。なお、金融危機が発生した直後の2008年10月は1110億ドルでした。要するに既にFRB借入は急速に減ってきているわけです。したがって、公定歩合引き上げはそうした状況を追認しただけとも言えます。

【公定歩合引き上げに対する市場の反応】
FRBの「公定歩合の引き上げは金融政策の変更を意味するものではない」という説明にも拘わらず、市場はショックを受けます。多くの市場関係者は、3月17日と18日に開催されるFOMCでフェデラル・ファンド金利が引き上げられるのではないかと予想したのです。あるいは3月のFOMCで引き上げが決まらなかったにせよ、FOMCが利上げの準備に入ったと解釈されたのです。その影響はまず為替市場に現れ、ドルが買われたのです。また、株式市場も直撃し、株が売られる局面もありました。

1月のFOMCの決定にただ一人反対票を投じたカンサス連銀のホーイング総裁は「超低金利は次のバブルを生み出すリスクがあり、許容しがたいインフレを引き起こす可能性がある。そうしたリスクを回避するためにフェデラル・ファンド金利を穏やかに引き上げるべきだ」と主張しています。そうした主張が公定歩合引き上げと重なり、市場はやや過剰反応を示したのです。またエコノミストの中にも「フェデラル・ファンド金利をゼロ水準に維持しても景気を支援することにはならず、単に銀行の間接的な補助金を与えているだけだ。むしろ預金の利息収入が減り、消費者にマイナスの影響を与えている」と、FOMCの主張を批判する声もあります。これは日本のゼロ金利政策の際にも見られた議論です。
また巨額の流動性注入にも拘わらず、銀行は企業や個人への貸出を渋り、財務省証券への投資を増やして、利益を上げているとの議論もあります。これも日本のゼロ金利政策に関連して言われたことです。

こうした市場の反応に対して、セントルイス連銀のブラード総裁は「公定歩合引き下げは利上げの兆候ではない。フェデラル・ファンド金利は年内は変更はない」と説明しています。また、バーナンキ議長も「利上げをすればせっかくの景気回復の腰を折ることになる」と利上げに慎重なコメントを繰り返しています。FRBのヂューク理事も「まだ景気回復は初期の段階で脆弱であり、支える必要がある」と説明しています。FRBの声明の説明通り、公定歩合引き上げは銀行のFRB借入への依存を低下させるのが目的とみるのが正しい解釈でしょう。

【バーナンキ議長の議会証言】
市場関係者や投資家にとって利益を上げる源泉は価格変動です。英語でいえば、“ボラティリティ”です。相場が動かなければ、市場関係者も投資家も干上がってしまいます。ボラティリティこそ、利益の源泉なのです。したがって、市場関係者や投資家は市場を動かす材料を常に物色しているのです。しかし、中央銀行は物価安定と成長を両睨みしながら、政策を決定しているのです。

恐らくFRBの理事たちは、市場の過剰反応に驚いたのではないかと思います。公定歩合引き上げ後、FRBの理事や連銀総裁は相次いで「公定歩合引き上げは金融政策の前兆ではない」「景気回復はまだ弱く、超低金利政策が必要である」と説いています。そして、バーナンキ議長は2月24日に下院金融サービス委員会で証言を行いました。そこで同議長は、改めて超低金利政策が必要であると説明し、その発言を受けて、今度はドルが売られ、円が買われたのです。以下に同議長の証言の一部を紹介します。

まず金融市場の状況について次のように語っています。「昨年の春に始まった金融市場の改善は続いている。短期資金調達市場の状況は危機以前の水準に近づいている。多くの企業、特に大企業は社債や株式を発行することがでるようになっている」「これとは対照的に、銀行貸し出しは、経済見通しが不透明な中、貸出基準の引き上げや低調な資金需要を反映して引き続き減少している」。

雇用に関しては、「FOMCは景気回復のペースは緩やかで、2010年は3%から3.5%、2011年は3.5%から4.5%と予測している。緩やかな経済成長のため、失業率は若干低下するに留まり、2012年末までに6.5%から7.5%に低下すると予想している。これは長期的な持続的な水準の5%を大きく上回るものである」。

インフレに関しては、「インフレ抑制は続き、2010年から2011年の消費者物価の上昇率は1%と2%の間に留まる。長期的には、1.75%から2%の上昇になる」

金融政策に関しては、「住宅ローンや住宅市場を支援し、民間の金融市場の全体的な状況を改善するために、FRBはファニーメイなどの機関のモーゲージ・バック・セキュリティ(不動産担保証券)1.25兆ドル、同債券1750億ドルを購入している。市場の移行を徐々に進めるために、こうした買入のペースを鈍化させてきた」「(公定歩合引き上げによって)FRBは商業銀行への窓口を通した貸出の正常化を行っている」。

金利に関して、「フェデラル・ファンド金利は長期間にわたって異常な低水準が続くと予想されるが、FRBはある時点で、インフレ圧力が高まるのを阻止するために金融引き締めを行う必要があるだろう」と指摘しつつ、「FRBは経済情勢から判断して、超低金利がさらに長期にわたって続くと予想している」と語っています。

【結 論】
要するに、バーナンキ議長は景気回復が鈍く、しばらくの間、超低金利が続くと指摘しているわけです。しかし、これは今まで繰り返し同議長が主張していたことで、何も珍しいコメントではありません。しかし、為替市場は、この発言を受けて、当面、利上げはないと判断し、ドルが売られたのです。

私は、年初に本欄で「今年は円安の年だ」と書きました。その前提条件は、アメリカの景気回復が進み、年、後半にはFRBは利上げに踏み切ると予想していたからです。だが、アメリカ経済は思ったほど力強い回復をしていません。特に雇用の改善は当分期待できない状況です。オバマ大統領の雇用重視の政策を打ち出し、議会も雇用法案を審議しています。かりに新雇用法案が実施に移されても、失業率の改善は当分期待できないでしょう。とすれば、FRBもよほどインフレ期待が高まったと判断されない限り、利上げに踏み切ることはないと思われます。しかし、今年の後半、FRBは厳しい選択を迫られる場面もあると思われます。

この投稿には、まだコメントが付いていません »

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=317

コメントはお気軽にどうぞ