中岡望の目からウロコのアメリカ

2010/3/26 金曜日

医療保険制度改革とオバマ政権:対立深まる民主党と共和党

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アメリカにとって国民皆保険制度は重要な課題でした。最初に国民皆保険制度を訴えたのは進歩党(Progressive Party)から大統領選挙に立候補したセオドーア・ルーズベルトでした。その後、フランクリン・ルーズベルト大統領もニューディール政策の一環として国民皆保険制度の確立を目指しましたが、実現に至りませんでした。ジョンソン大統領の時に高齢者と低所得者を対象にするメディケアとメディケイドが導入されましたが、アメリカの医療保険は基本的に個人加入か企業が提供するものでした。その結果、膨大な数の無保険者が存在し、医療サービスも保険料で決まるなど所得による大きな差が存在しました。そうした民主党の長年の念願が実現したのです。それは大きな前進ではありますが、同時にまだ多くの問題が残されています。当面の問題は、同制度を巡る民主党と共和党の対立激化で、11月の中間選挙の大きなテーマになりそうです。

① 法案成立に至る過程=今回の下院での法案成立は異例な措置で可決された。本来なら下院案と上院案の相違の調整は両院協議会において行われる。両院協議会で法案の一本化が図られ、再度、両院で採決されることになる。両院は昨年12月にそれぞれの案を可決している。1月19日のケネデフィ上院議員の死去に伴う補欠選挙で、共和党候補が勝利し、上院の勢力図に変化が生じた。選挙の結果、上院は無所属を含め民主党議員の数は59議席となった。上院では野党のフィリバスター(議事妨害)が合法的に行うことができる。その理由は、議事進行規定に発言時間の制限がないため、延々と演説を継続することができる。そうしたフィリバスターを阻止するには、審議打ち切り・採決道議を提出し、可決する必要がある。同法案を成立されるには60票が必要となる。しかし、マサチューセッツ州上院議員補欠選挙で共和党候補が勝利し、民主党から議席を奪った結果、上院の勢力図は民主党が60議席を割り込む状態となった。共和党は同法案成立に反対の立場を取っており、もし両院協議会で法案調整が行われ、再び上院で採決が行われるとなると、共和党はフィリバスター戦略を取り、法案成立阻止を図る懸念が出てきた。

そのため、民主党は共和党のフィリバスターを阻止するために異例な手段を取った。それは民主党が圧倒的多数を占める下院で、上院案を無修正で可決することである。そうすることによって両院協議会での調整が必要となくなる。しかし、民主党としては上院案をすべて飲むことはできないことから、民主党の主張を織り込んだ修正案を同時に可決する方法を選択した。同修正案は”Reconciliation law(調整法案)”と呼ばれる。この調整法案は上院の採決を経る必要があるが、その際、単純多数決で採決が行われる。それによって上院で共和党のフィリバスターを封じることができることになる。この手法は、予算案の審議に用いられるもので、通常の法案に適用するのは異例の事態である。

② 民主党内の対応=下院民主党は全会一致で同法案を支持していたわけではない。むしろ反対派が多く存在していた。特に中絶費用を負担するかどうかが大きな争点となっていた。特に民主党のBart Stipak議員は中絶に反対する立場から法案成立を阻止する立場を取っていた。保守派の民主党議員の支持を得なければ、法案成立は難しい状況であった。従来、法案成立に関して指導力を発揮していないと批判されていたオバマ大統領はアジア歴訪の予定を延期して議会工作にあたった。最終的にオバマ大統領は、法案成立後、大統領令(executive order)を出して、中絶費用は保険の対象にならないと決定するという妥協案を提案し、民主党内の保守派議員の説得に成功し、法案成立に至った。なお、オバマ大統領は3月23日に「連邦資金を中絶費用に宛てることを制限する」という大統領令を出している。上院案は219対212とわずか7票差で可決された。調整法案は220対211で可決された。成立した法案はホワイトハウスに送付され、3月23日に大統領が署名した。しかし、同法が効力を発するには調整法案が上院で可決される必要がある。調整法案は3月25日に上院で可決され、最終的に医療保険制度改革は実現されることになった。

③ 同法案成立に対する評価=多くのアメリカのメディアは、同法案の成立を高く評価している。同法案の成立は、ジョンソン政権の時に成立した「メディケア(高齢者医療保険制度)」と「メデケイド(低所得者医療保険制度)」に匹敵する“歴史的出来事”であると評価。また、一部のメディアは、同法の成立で「オバマ大統領は歴史に残る大統領になった」と極めて高い評価を行っている。オバマ大統領も「既得権益者の不当な影響力押し返した」「私たちは不信と嘲笑と恐れに屈することはなかった」「これはラディカルな改革ではないが、大きな改革である」と、その勝利を表現している。また、民主党のマーシー・キャプチャー下院議員は「同法の成立はアメリカの新しい時代の先駆けとなる」と語っている。またドリス・マツイ下院議員も「同法によって数百万のアメリカ人の生活が改善される」と、高い評価を与えている。

ちなみに、同法案の成立によって3200万人の無保険者に保険が適用されることになる。それでも2300万人が無保険の状況に取り残されるが、その大半は違法移民者である。同法では違法移民者に対する適用は認められていない。また、議会予算局によれば、医療費は10年間で9380億㌦増えるが、「メディケア」の費用削減、高額保険への課税などによって収入増が諮られ、今後10年間に財政赤字を1430億㌦削減する効果が期待できるとされている。上院案では、医療費は8710億㌦増えるが、財政赤字は1320億㌦削減されると予想されている。また3100万人に新たに保険が適用され、無保険者は2300万人になるとされている。調整法案では、医療費は9400億㌦増えるが、財政赤字は1380億㌦減少すると予想されている。

④ 共和党の反応=共和党は上院でフィリバスター戦略を封じられ、同法案の成立を許したが、「同法を廃止する」という戦略を継続している。当初、上院で調整法案の成立阻止を画策したが制度的に無理であった。共和党は2面戦略を取ると見られる。一つは同法が憲法に違反するとして訴訟を行うこと。もうひとつは11月の中間選挙を“国民投票(リフレンダム)”と位置づけ、政策綱領の中に「法案の廃止を盛り込む」と見られる。

訴訟戦略は既に始まっている。大統領が法案に署名した直後、フロリダ州の司法長官が同法は憲法違反であるとの訴訟を起こした。共和党系の州がこれに賛同しており、少なくとも14州が訴訟に加わると見られる。現在、訴訟に加わっているのはフロリダ州に加え、南カロライナ州、ネブラスカ州、テキサス州、ミシガン州、ユタ州、ペンシルベニア州、ワシントン州などである。論点は、同法が国民に健康保険制度への加入を義務づけていることが個人の自由を保障している憲法に反するということである。こうした訴訟の動きと同時に、法案が成立する1週間前にバージニア州議会は「州の住民は個人保険に加盟する義務はない」という法案を可決している。アイダホ州知事も「アイダホ州民は保険に加入するかしないかは自由に選択でき、罰則は適用されない」という法律に書名している。これは調整法案では「2014年までにすべてのアメリカ人の保険加入を義務づけ、加入しない場合、1年に95㌦、あるいは年収の1%の罰金を支払うこと。ただし低所得者は除外される」を規定している

裁判がどうなるか予想できないが、フランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール政策の時、保守的な立場にあった最高裁は幾つかの法案が憲法に違反したとの判決を下し、ニューディール政策の一部が後退した例もあり、裁判の動向は注目される。

共和党のスチール全国委員会委員長は「Repeal and Replace(廃棄と取り替え)」をスローガンに反対運動を続けると主張している。具体的には11月の中間選挙まで医療保険改革を主な議題に取り上げ、中間選挙を実質的な国民投票に持ち込む意向である。下院選挙では、同法案成立の立役者の一人であるナンシー・ペロシ下院議長を攻撃の対象にし、落選に追い込む計画を立て、既に電子メールを支持者に大量に送り、政治献金などを訴えている。通常、中間選挙は与党に不利である。もし、医療保険制度改革が大きな争点となると民主党は厳しい状況に追い込まれる可能性がある。上院は民主党、共和党ともに改選議席数は18議席であるが、選挙予想では民主党は7議席失う可能性が強い。

また、2008年の選挙で保守派は分裂したが、医療保険制度改革が保守派を団結させる効果を発揮している。特にティーパーティ運動を通してクラスルーツの保守派の動員が顕著になっている。これも中間選挙に大きな影響を与えると思われる。

⑤ オバマ大統領、民主党の戦略=民主党は医療保険制度改革を成し遂げた勢いで中間選挙に臨むとしている。もし、改革が成立しなければ、中間選挙で民主党は有権者に対して何の実績もアピールできなかった。その意味で、同法案の成立は民主党にとって必ずしもマイナスではない。ただ、新医療保険制度が実際に国民に影響を及ぼすには時間がかかり、即効的な効果は望めない。その意味で、どうアピールするのかが重要な課題となる。オバマ大統領は既に全国遊説で、同改革のメリットを訴えている。ただ、どれだけの反応があるかまだ分からない。共和党が同改革に絞り込んだ戦略を展開するのに対して、オバマ大統領は新しい課題、すなわち雇用創出、金融機関規制、気候変動など新たなアジェンダを訴えつつ、支持を拡大させる必要がある。ただ、まだ明確な選挙戦略は見えてこない。

⑥ 世論の反応=改革法案成立はオバマ大統領の支持率にどう影響を与えたのだろうか。ギャロップ社が法案成立直後の22日と23日に行った調査では、オバマ大統領の支持率は若干上昇にたに留まった。下院で採決が行われる前の3日間の支持率は50%であったが、法案可決直後は51%とわずか1ポイント上昇したに留まった。言い換えれば、同案の成立は支持率低迷に直面するオバマ大統領にとって必ずしもプラス要因とはならなかったといえる。

またCBSニュースの調査では、下院での採決前には改革法案に賛成と答えて比率は37%、反対が48%であった。法案成立後は、賛成が7ポイント増えて42%になり、反対は2ポイント減り46%であった。支持率は若干上昇したが、それでも反対が賛成を大きく上回る状況に変わりはない。ブルームバーグが3月22日に行った調査では、改革法案に賛成が38%、反対が50%であった。ギャロップが法案成立は「良い」か「悪い」かを調査したところ、「法案成立」を「良い」と答えたのが49%、「悪い」と答えたのが40%と、他の調査とやや違いが見られた。世論調査全体でいえば、アメリカ国民の医療保険制度改革に対する見方は厳しいといえよう。その意味で、共和党がこの問題を中間選挙の重点課題に取り上げる方針を打ち出しているのは当然といえよう。

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