中岡望の目からウロコのアメリカ

2004/11/21 日曜日

アメリカ経済、80年代の再現かードル相場下落の背景(1)

Filed under: - nakaoka @ 2:08

為替相場が大きく変動しています。相場というものが面白いもので、臆病な小動物のようなところがあります。ちょっとした物音でも、過剰反応することがあります。昨日と今日の経済に基本的な変化はないのに(数日で実態経済が急激に変動するはずはありません)、将来に関する何かのシグナルが出てくると、敏感に反応するのです。最近の経済学は「予想」とか「期待」(いずれも英語ではexpectationですが、訳し方によってニュアンスが随分違うものです)を重視します。古典的な経済学は現物の需給で価格が決まると考えたのですが、現在では人々の予想で市場価格が決まるのです。洗練された市場に限らず、予想で価格が決まる例は日常的にも見られます。トイレット・ペーパーがなくなるという”予想”は、トイレット・ペーパーに対する”超過需要”を生み出します。すると通常の生産、在庫では埋め合わすことのできない需要が瞬間的に発生し、価格が暴騰するのです。なぜ、こんなことを書いているかというと、今の為替相場をどのように理解したらいいかについて書きたいからです。

ドル相場は円とユーロに対して急落しています。そのきっかけは、グリーンスパンFRB(連邦準備制度理事会)議長が、ドイツで開催されてG20(20カ国会議)に出席し、アメリカの経常収支赤字と財政赤字に警鐘を発したことです。要するに、このまま経常赤字が累積すると、もう外国人投資家はドル資産に投資しなくなる可能性があると指摘したのですs。アメリカの経常赤字は、昨年、5500億ドルと過去最高を記録しています。今年も赤字は拡大し、予想では6500億ドルに達すると見られています。ブッシュ政権が誕生する直前の2000年の経常赤字はGDP(国内総生産)の4%弱を占めていました。しかし、それが現在では5.7%までに拡大しているのです。

経済学者は、常に経常赤字の拡大はやがて為替相場の調整を引き起こすと指摘しています。要するに、為替市場の需給で価格(為替相場)が決まるので、普通の状況で考えれば、アメリカが巨額の経常赤字を抱えているということは、市場で常にドル売りの圧力が高まっていることを意味しています。しかし、この4年間にアメリカが巨額の経常赤字を計上したにもかかわらず、ドルの”暴落”は起こりませんでした。確かに緩やかにドル安は進んできましたが、市場に混乱を引き起こすほどではありませんでした。

では、誰かが市場でドルを買っていたのです。通常、為替市場で買い手と考えられるのは貿易会社と投資家と中央銀行です。貿易決済をするために外貨が必要になります。しかし、貿易赤字が存在しているということは、貿易会社は恒常的にドルの売り手(輸出で得るドルと輸入で使うドルの差を考えてください)です。投資家はどうでしょうか。投資家には2種類あります。1つは企業で、海外で工場を建設したり、海外で子会社を作ったりするときに外貨(ドル)が必要になります。そうした投資を「直接投資」と呼びます。もう1つは、例えば、日本の生命保険会社が国内での運用難や資産の分散運用のために海外の証券を購入する場合があります。多くの機関投資家は、市場規模が大きく、安全なドルに主に投資しています。その場合、機関投資家は為替市場でドルを調達します。この投資を「ポートフォリオ(証券)投資」といいます。

もう1つの買い手は、中央銀行です。為替相場が急激に変動したり、あるいは国の経済政策と反対の方向に動いたりするとき、市場に介入して、外貨を売ったり、買ったりします。最近はありませんが、今年の3月まで、日本銀行は市場に介入して大量のドルを買っていました。なぜなら、円高を阻止するためです。市場でドルを買い、円を売るのですから、ドル相場は実態よりも高くなり、円は実態よりも安くなります。景気回復の先行きが不透明であったため、日本政府は円高になるのを阻止したかったからです。なぜなら日本経済は今でも輸出に依存している部分が大きく、円高になると企業業績が悪化して、景気に悪い影響を与えるからです。

世界の為替市場ではドルの売りと買いが拮抗し、あまったドル(市場で売られたドル)はちゃんと買い手がいて、為替市場で調達された資金は再びアメリカに還流してきていたのです。その仕組みは、ずっと続いていました。今、急にそうなったのではないのです。経済学者は、理論的にはドルの暴落は十分にありえると警告していました。しかし、市場の参加者は”予想”で動くものの、その”予想”に現実性がないと、実際の行動を起こさないものです。理論的に正しくても、急いでドルを売れば、損をする可能性もあるからです。しかし、いったん、”予想”が現実味を帯び、ひょっとすると・・・と思うと迅速に動きます。今回、ドル暴落の予想に現実性を与えたのが、グリーンスパン議長の発言だったのです。「このままのペースでアメリカの経常赤字が拡大すれば、海外の投資家はもうドル資産を持つのを嫌がるようになる」と発言したのです。

同じ資産を大量に持つことは、リスクが高まります。ですから、機関投資家は分散投資を真剣に考えています。ただ、現実的には世界で運用できる信頼できる資産はそれほど多くはないのです。流動性も必要です。すなわち、売りたいときにすぐ売れる、買いたい時にすぐ買えるというのが、国際的に運用対象となる資産の基本的条件です。そうした条件を満たす資産は、ドルや円、ユーロなど限られたものしかありません。ですから、どうしてもドル資産に対する投資が増えるのです。今年の9月30日(アメリカの会計年度の終わりの日)までにアメリカに流入してきたドル(外人投資家がアメリカに投資した額)は4130億ドルに達しています。外人投資家が持つドル資産の額は、それだけ増えたのです。

では、なぜ経常赤字が増えるのか。それは輸出よりも輸入が多いからです(この段階では「経常収支」とはいわず「貿易収支」といいます。それに配当や保険料、輸送費、旅行などの収支を加除したものが「経常収支」です)。なぜ輸出よりも輸入が多いのか。それは国内に需要があるからです。アメリカ人は、せっせと消費しているのです。国内で生産する以上に消費しているのです。その分は、輸入として海外から入ってきます。アメリカの場合、個人だけでなく、政府もせっせと消費しています。政府が税金で消費を賄えない場合、国債を発行して資金を調達します。それが財政赤字なのです。個人と政府、企業をあわせた貯蓄が「国民貯蓄」です。もともと企業は資金を溜めるよりも、銀行や証券市場から資金を調達して投資などに振り向けるのが一般的ですから、通常の状況では借り手なのです。

ただ、貿易赤字については、別の説明の仕方もあります。まず、ドルの為替相場が割高になているからアメリカ企業の競争力がなくなり、輸出が減り、輸入品が増えているのだという説明です。もう1つは、海外の市場は閉鎖的で、アメリカ企業が差別されているため、アメリカの輸出が増えないという説明です。これはブッシュ大統領などが言っていることです。市場でドルが実態よりも高くなっている場合、前に説明したように中央銀行が市場に介入することも理屈の上では可能です。しかし、アメリカ政府はあまり市場介入が好きではないようです。経済学者だけでなく、行政者も市場メカニズムを信奉している人が多いからです。最近、スノー財務長官は「為替相場は市場が決定するものだ」と発言しています。実は、これも今回のドル安のきっかけとなったのです。グリースーパン議長が、経常赤字のもつ危険性を指摘し、スノー長官が市場介入の可能性はないと語ったのですから、アメリカ政府はドル安を容認したと市場は理解したのです。

ちょっと長くなりましたので、今回はここまでにし、続きは次回に回します。

この投稿には、まだコメントが付いていません

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=32

現在、コメントフォームは閉鎖中です。