中岡望の目からウロコのアメリカ

2010/7/4 日曜日

財政赤字問題:アメリカは第2のギリシャになるか

Filed under: - nakaoka @ 9:17

ギリシャの財政危機で世界各国の財政問題に注目が集まっています。ギリシャはEUとIMFの支援で当面の流動性危機は回避しましたが、どこまで国内経済の立て直しができるのかが、今後の焦点になっています。こうした中で、「アメリカも財政危機」の例外ではないという指摘も行われています。今回は、アメリカの財政危機について書いてみます。

ギリシャの財政危機は世界経済に暗雲を投げかけています。ギリシャ以外にも巨額の財政赤字を抱えるポルトガル、アイルランド、スペイン(この4カ国は頭文字を取ってPIGSと呼ばれています)も深刻な財政危機に陥る可能性が高いと予想されています。現在はギリシャが最大の焦点になっていますが、スペインの状況も急激に悪化しています。格付会社S&Pは4月末にスペインの格付けをAA+からAAに格下げしました。さらに5月28日に格付会社フィッチもスペインの格付けをAAAからAA+に格下げしました。同社は「スペイン政府の財政赤字と利払いの状況はまだAAA格の範囲内にあるが、当社はスペインの経済調整過程は他のAAA格の国に比べはるかに困難であり、時間がかかると予想している。これが今回の格下げの理由である」と理由を指摘しています。

スペインは財政赤字問題に対処するために公務員の給与削減や年金の凍結を発表しています。緊縮財政は、5月28日に行われた議会票決で賛成169票、反対168票、棄権13票と僅差で可決されました。スペインは社会党政権で、同党の議席数は169議席で、総議席350議席の過半数に達していません。ギリシャ同様に政治的に不安定な状況に置かれています。こうした政府の緊縮財政に対して、ギリシャ同様にスペインの労働組合はいずれも反対の立場を表明しています。スペインの2大労組のCCOOとUGTは6月8日にストライキを行うことを発表しています。今後、混乱はさらに強まると予想されます。ユーロゾーンに加盟する国の財政破綻から、ユーロ通貨の存続自体も問題になるとの指摘も出てきています。

財政危機は「PIGS」に留まるものではありません。イギリスも厳しい財政危機に直面する懸念が指摘されています。イギリスの昨年の財政の構造赤字(景気が回復しても残る財政の赤字のこと。景気変動で発生する赤字は「循環的赤字」と言います)はDGP(国内総生産)の9.2%に達しています。これは日本とギリシャに次ぐ高い水準です。こうした構造赤字を削減するには大胆な財政改革(歳出削減や増税)が必要になります。またイギリスは景気対策として財政規模を急激に拡大してきました。そのツケが回ってきているといえます。イギリスのジョージ・オズボーン大蔵大臣は、60ポンド(約87億ドル)の歳出削減を行う必要があると語っています。イギリス政府は公務員や国会議員の給与削減などを実施する方針を明かにしています。イギリスでは政府機関の責任者の給与は首相の給与よりも高いのです。首相の年収が19万7000ポンドに対して、たとえばthe National Policing Improvement Agencyの長官の年収は21万1831ポンドです。イギリスは官僚国家で、高級官僚の待遇は極めて良いのです。遠からずイギリスもPIGS同様、深刻な財政赤字に見舞われる可能性があります。一昨年、格付会社がイギリス国債の格付けの引き下げを検討しているというニュースが流れ、市場が大きく反応したことがあります。そう遠くない将来、イギリスの格付けを見直す動きが出てくるかもしれません。

【アメリカの格付けも引き下げか】

実はアメリカも例外ではないのです。3月に格付会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは、「アメリカは数年以内に格下げされる可能性がある」という報告を発表しました。同社はさらに「アメリカ政府が財政赤字の管理に失敗すれば、米財務省証券(米国債)は最も安全な投資対象の格付けが引き下げられるかもしれない」とも指摘しています。米財務省証券な“ギルト・エッジ格付け(最優遇格)”を失う可能性に限りなく近づいているとも指摘しています。現在の米財務省証券の格付けはAAAです。もし米財務省証券の格付けが引き下げられると、アメリカも他の国と同様に、財務省証券の発行条件が悪化します。すなわち金利が上昇します。金利が上昇すれば、利払い負担が増え、財政状況をさらに悪化させることになります。現在、世界の資金は“セイフ・ヘブン”であるアメリカに大量に流入してきており、アメリカ政府は低コストで資金を調達できるのです。しかし、財務省証券の信用度が低下すれば、調達金利は上昇することになります。事実、財務省証券の「イールド(市場利回り)」は上昇しています。2009年1月2日の20年物の財務省証券のイールドは3.22%でしたが、2010年5月28日のイールドは4.05%です。イールドは債券の信用度だけでなく、景気状況も反映しているので、単純に比較はできませんが、イールドが1.2ポイントと急激に上昇しているのは財務省証券の信頼度が低下している証拠であることは間違いないでしょう。ちなみに期間20年のAAA格社債のイールド(5月28日)は5.14%です。財務省証券と社債のイールド格差は縮小しています。

また、ムーディーズは、アメリカの財政赤字は構造的な赤字で、「成長率を高めるだけでは解決できない」とも指摘しています。先進国ではアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの国債の格付けはいずれもAaaです。しかし、同社は、アメリカとイギリスの状況はドイツやフランスよりも厳しいと分析しています。ちなみに日本は2009年5月にAaaからAa2に引き下げられています。これは英米仏独に比べると2ランク下になります。

今年度のアメリカの財政赤字はGDP比で10.6%に達すると予想されています。これは1946年以来最高の水準です。残高ではGDPの64%にまで増加すると予想されています。歳出規模も戦後最高のGDPの25.4%に達すると見られています。要するにアメリカの財政状況は戦後最悪の状況にあるのです。先進国はいずれも財政赤字問題に直面していますが、英米の状況が独仏に比べて悪いのは、経済政策の違いがあるからです。英米は積極的な財政拡張を続けてきました。これに対して独仏は財政刺激策に慎重な姿勢を取ってきました。そうした政策の差が、現在の財政状況の危機度の違いになって現れているといえます。

そうした状況の中で、イギリスの中央銀行であるイングランド銀行総裁が、アメリカの財政危機に警鐘を鳴らす演説を行いました。5月16日、イングランド銀行の「インフレ報告」を発表した後の記者会見でマーヴィン・キング総裁は「アメリカはギリシャと同じ財政問題に直面している」というショッキングな発言をしました。具体的には「世界中の国が同じ状況に置かれている。世界最大の経済大国アメリカでさえ、非常に巨額の財政赤字を抱えている。今後数年の内に巨額の財政赤字を削減しなければならない」と、財政赤字問題の深刻さを指摘しています。財政赤字削減は喫緊の問題で、短期間に対処する必要があるとも言っています。さらに「もし財政赤字問題で市場を納得させることができなければ、政府は巨額の資金を市場から“妥当な金利で”資金を調達することができなくなるだろう」と警鐘を鳴らしています。またユーロに関連し、「ユーロを存続させるためには、通貨同盟と同様な財政同盟を設立する必要がある」と、現在のユーロゾーンの抱える構造的な問題を指摘しています。通貨同盟で金融政策の一体化やユーロという共通通貨を導入したのですが、財政政策の運用は各国政府に委ねられています。それが今回のギリシャ危機に端的に現れたのです。

【本当にアメリカはギリシャと同じか】
5月11日付けのニューヨーク・タイムズ紙に同紙の経済記者デビッド・レオンハートは「In Greek Debt Crisis, Some See Parallels to U.S.」と題する記事を寄稿しています。同記者は記事の中で「アメリカは(ギリシャと)本当に違うのだろうか」という問題提起をしています。そして、「今後20年でアメリカの財政赤字はGDPの140%にまで拡大すると予想されている。州政府の財政赤字などを加えれば、その額はさらに大きくなるだろう。現在のギリシャの債務はGDPのほぼ115%である」と指摘しています。“20年後”という長期的な予想ですが、アメリカの財政状況の悪化は避けられないというのが、現在のアメリカの一般的な見方です。さらに続けて「アメリカはギリシャと同じ問題に直面しないかもしれないが、基本的な問題は同じである。両国とも政府の歳入以上に大きな政府になっている。政治家が問題なのではなく、国民こそが問題なのである」と書いています。「ギリシャなど欧州の国は外部からの圧力で改革を迫られている。アメリカには資金の貸し手が要求する前に問題を解決するチャンスがある。幸いにも貸し手はアメリカ経済をセイフ・ヘブンだと引き続き見ている」と、早く財政赤字問題に取り組めば、ギリシャの二の舞は避けられると訴えています。そのためには、政府は歳出削減と増税をGDPの7%から8%に達する規模で実施する必要があると指摘しています。要するに、アメリカがギリシャのようにならないためには、同記事は社会福祉などを削減し、“小さい政府”を実現する必要があると言っているのです。

こうした議論に対してプリンストン大学のポール・クルーグマン教授は、5月13日付けのニューヨーク・タイムズ紙に「私たちはギリシャではない」と題する記事を寄稿し、アメリカ=ギリシャ論に批判を加えています。「ギリシャ危機は医療保険制度改革に反対し、社会福祉削減を要求している一部の人を非常に喜ばせている。彼らは、福祉政策を放棄しなければ、今日のギリシャが明日のアメリカになると主張している」と、“アメリカ・ギリシャ論”は政治的な意図を持って一部の論者が行っていることだと指摘しています。さらに「アメリカとギリシャは巨額の財政赤字を抱えているが、市場は両国をまったく違った取り扱いをしている。ギリシャ国債の金利は財務省証券の金利の倍であり、ギリシャ国債は最終的に破綻する高いリスクがあるが、財務省証券のリスクは実質的にゼロだと見ている」と、市場の両国に対する評価が基本的に異なると指摘しています。しかも、アメリカ経済は回復基調にあり、やがて雇用も増え、税収も増える見通しであり、ここでもギリシャとは基本的に異なると指摘しています。

ギリシャ危機に関しては、「ギリシャは罠にはまっている。もしギリシャが独自の通貨を持っていれば、為替を切り下げることで競争力を回復できたはずだ。しかし、独自の通貨を持たないため、ギリシャは何年にもわたるデフレとゼロ成長に直面している。したがってギリシャにとって唯一の方法は歳出削減を通して財政赤字を削減するしかない。だが、投資家はそうした歳出削減ができるかどうか疑問を抱いている」と分析しています。

結論として「アメリカはギリシャではない。アメリカは現在巨額の財政赤字を計上しているが、アメリカ経済の状況は極めて良好である」と述べています。さらに「今後数年のアメリカの財政見通しは悪くはない。長期的に深刻な財政問題はあるが、それは医療保険制度改革などの政策の組み合わせと小幅な増税によって解決できる。財政責任を懸念している振りをしている人々を無視すべきだ。彼らの目的は福祉国家を解体することだ」と、アメリカでの議論は“政治的な目的”のために行われているのだと主張しています。

【これからのアメリカの問題】
クルーグマン教授の指摘は興味深いのですが、やや政治的な色合いが強く出ています。アメリカが深刻な財政赤字問題を抱えていることは事実です。過去において、第2次世界大戦など異常な事態に財政赤字は膨らんでいますが、平時に戻ると、財政赤字も縮小しています。楽観的な見方は、今回も金融危機や様々な異例の事態の中で財政赤字が拡大したので、事態が落ち着けば、財政赤字も減少し始めるというものです。しかし、オバマ政権の予測では2019年、2020年に財政赤字は再び拡大すると言うものです。要するに、10年以上にわたってアメリカの財政赤字の縮小は見込めないどころか、逆に増えていく可能性が強いのです。財政赤字の拡大は、ひとつには行政サービスの低下を招きます。あるいは増税が避けられなくなります。また、キング総裁が指摘しているように、市場から資金を“妥当な金利”で調達できなくなります。もうひとつ大きな影響があります。オバマ政権の国家経済委員会議長のローレンス・サマーズは「世界最大の借金国が世界の最強の国であり得るのだろうか」と語っています。事実、アメリカの国力は急速に落ち込んでいます。たとえば、アフガニスタンへの増派ももはや同盟国の支援なしには行えなくなっているのです。それはアメリカはもはや財政的な負担に耐えられなくなっていることを意味します。オバマ大統領も「財政問題がアメリカの外交政策を弱体化させる」と認めています。

アメリカとギリシャの大きな違いは、アメリカはドル、すなわち自国の通貨で資金を調達しているのに対して、ギリシャは同じドルですが、他国の通貨で資金を調達していることです。ギリシャが資金を返済するにはドル資金を調達する必要があります。しかし、アメリカは極論すれば、インフレを引き起こせれば、債務者利得を労せずして手に入れることができるのです。基本的にアメリカには流動性の問題はないのです。ただ、財務省証券に対する投資家の信頼が低下すれば、金利派上昇するという市場メカニズムは働きます。その意味で、アメリカはいつも自由であるというわけではありません。

財政赤字問題は経済問題であると同時に政治問題でもあります。ギリシャにせよ、スペインにせよ、国内での深刻な政治的対立を引き起こしています。「アメリカのギリシャ化」は、違った意味で、無視できない問題といえます。日本の場合は、どうなるのでしょうか。非常に興味あるテーマです。

2件のコメント »

  1. [...] 中岡望の目からウロコのアメリカ » 財政赤字問題:アメリカは第2の…まると予想されます。ユーロゾーンに加盟する国の財政破綻から、ユーロ通貨の存続自体も問題になるとの指摘 [...]

    ピンバック by ユーロ 格下げが気になる | ラッキーサイト — 2012年1月14日 @ 15:38

  2. 私には、あんまり解りづらいのですが、財政に対する割合い、自国の債権償還比率、または利払いのほうが、心配です。いかがなものでようか。

    コメント by lawson0120@nifty.com — 2013年9月30日 @ 19:38

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