中岡望の目からウロコのアメリカ

2010/10/21 木曜日

アメリカ経済はデフレに陥るリスクはあるのか

Filed under: - nakaoka @ 22:30

ずっと多忙で記事をアップする時間がありませんでした。この間に雑誌などに書いた記事をアップします。この記事は9月中旬に『週刊エコノミスト』の臨時増刊に書いたものです。時間が経っていますが、アメリカ経済が抱えている問題の基本は変わっていません。本当にデフレが起こるかどうかは別にして、こうした考え方もあるということで読んでみてください。大学の授業も始まり、相変わらず時間との競争の日々が続いています。何人かの読者に「最近、アップしていませんね」と注文を付けられました。改めて体勢を立て直して記事を掲載するつもりです。

成長鈍化で急速に高まるデフレ懸念 
春先にアメリカに溢れていた景気の先行きに対する楽観論は、完全に消えてしまった。アメリカのDGP成長率は昨年の第四四半期の5・0%、今年の第一四半期の3・7%と高水準を記録し、力強い回復を見せていた。金融政策の焦点は超低金利政策から、いつ、どのように脱出するかに移っていた。しかし、第二四半期の成長率がわずか1・6%に急激に減速したことに加え、8月の失業率が9・6%と高止まっていることで、急速に“ダブル・ディップ(二番底)論”が現実味を帯び始めている。さらに今まであまり真剣に議論されてこなかった“デフレ・リスク”も無視できない事態になりつつある。

しかし、経済回復の内容を詳細に検討してみると、昨年後半からの景気回復は本格的なものでなかったことが明かである。景気回復を支えてきたのは在庫積み増しであった。昨年の第四四半期の在庫投資の成長率の寄与度は57%であった。すなわち成長の半分以上は在庫投資によるものであった。今年の第一四半期も基本的なパターンは変わらず、在庫投資の寄与度は70%を越えている。金融危機で企業は過剰に在庫調整を行い、その反動による積み増しが行われたものである。
設備投資の伸びはあったものの、その大半は更新投資で、長続きするものではない。自動車販売の伸びや住宅建設の増加は減税措置に支えられたもので、減税措置が終わると早々と息切れしてしまった。

第二四半期の低成長の最大の要因は在庫投資の減速である。在庫投資は今年の第一四半期の808億㌦から第二四半期に191億㌦に落ち込んでいる。最終需要が低迷している中で、企業がさらなる在庫積み増しに慎重であるのは当然である。金融危機の原因となった住宅市場の改善も進んでいない。7月の中古住宅販売戸数は15年来の低水準に留まっている。バブル期に行われた企業の旺盛な設備投資で、アメリカ経済は過剰な生産能力を抱えており、非常に大きなGDPギャップを抱え込んだままである。

8月27日にワイオミング州ジャクソンホールで行われた会議で行った演説でバーナンキFRB議長は、景気の現況を「景気減速の最大の要因は家計部門の低調にある。消費支出と住宅需要は予想を下回る伸びに留まった」、「家計は借入の返済を進めており、消費支出の伸びの鈍化は当面続くだろう」と、個人消費の低迷を指摘している。個人消費の低迷の最大の要因は雇用不安にあるが、同時にバブル時代に積み上げた債務の返済を進めていることも響いている。住宅バブルの時期の家計部門の貯蓄率は1%~2%であったが、09年第一四半期は7%を越え、最近時点では6%で推移している。GDPの70%を占める個人消費が回復しない限り、本格的な景気回復は期待できない。

こうした景気の状況を受けて、シカゴ連邦銀行のエバンズ総裁は8月24日に行った演説でアメリカ経済がダブル・ディップに陥る可能性が高まっていると指摘している。こうした危機感は金融政策を決定するFOMC(連邦公開市場委員会)の中でも徐々に浸透しつつある。インフレ鷹派で知られ、早期の利上げを主張していたセントルイス連銀のブラード総裁は7月に発表した論文の中で「アメリカは日本型のデフレに近づきつつある」と指摘し、大胆な金融緩和を続けるべきであると主張している。同様にボストン連銀のローゼングレン総裁、ニューヨーク連銀のダドリー総裁もデフレ・リスクに警鐘を鳴らしている。こうしたデフレ・リスクを指摘するFOMCのメンバーはまだ少数だが、金融政策に少し変化がでてきつつある。FRBは、量的緩和政策として住宅抵当証券や財務省証券を購入して大量の資金を市場に供給してきた。だが、その措置も景気回復が進んでいるとの判断と将来のインフレ懸念から今年の3月から債券の買入を中止している。だが、8月のFOMCでは一転して景気先行きに対する警戒感から購入債券の満期償還金を債券購入に再投資する決定を行っている。
 
効果ない財政刺激策と超低金利政策
オバマ政権は8000億㌦を越える史上最大規模の財政刺激策を実施し、FRBもゼロ金利政策(08年12月以降、政策金利の目標は0%から0・25%に設定)と長期債券の購入を行うなど、異例な景気浮揚策を講じてきた。だが、その効果は極めて限られている。様々な雇用創出プログラムにもかかわらず失業率は9%台に留まり、超低金利にも拘わらず銀行の貸出も増えていない。FRBの債券購入額は2兆㌦を超えている。

量的緩和政策によって銀行は大量の過剰準備を抱える状況にある。通常ならば過剰準備を抱える銀行は貸出を促進し、超低金利は企業や個人の資金需要を刺激するはずである。しかし、マネーサプライはほとんど増えていない。今年の第二四半期のM1(現金と預金通貨)の増加率はわずか1・75%に過ぎない。7月は約3%の減少となっている。M2(M1と定期預金)も第二四半期の増加率は1・95%に留まり、7月は減少している。銀行貸出も08年後半からほとんど横ばいに推移している。要するに資金供給はあるが、資金需要がないのである。これはアメリカ経済が“流動性の罠”に陥っていることを示している。

大量に余剰資金を抱える金融機関は、その資金を財務省証券の購入に向けている。これは日本でも量的緩和政策が取られていた時期に見られた現象である。長期債の購入で長期金利は低下(たとえば再優良社債の金利は08年の5・6%が10年7月は4・72%)しているが、投資を促す効果は見られない。企業は過剰生産能力を抱えており、新規に生産能力拡大のための投資を行える状況ではない。また、住宅ローン金利も08年当時の6%台から現在は4%台にまで低下しているものの、住宅市場の調整が遅々として進んでおらず、個人の住宅ローン資金の需要は低迷したままである。

在庫投資に嵩上げされた景気回復は一巡し、個人消費と住宅投資の低迷が続き、設備投資にも多くを期待できない状況が当分続きそうである。さらにユーロ安を受けて貿易赤字の拡大が続けば、ダブル・ディップ論も現実味を帯びてくるだろう。バブルの後遺症である過剰生産能力、家計部門の過剰借入、住宅市場の調整など構造的な調整が進まない限り、財政金融政策による需要喚起政策の効果は一時的なものに留まるだろう。

アメリカは日本型デフレに陥るか
こうした状況のなかで物価下落が続いている。もしダブル・ディップが本物になれば、物価のスパイラル的な下落という事態も十分に想定される。今年に入って消費者物価指数がマイナスを記録する月が増えている。1月は0・2%の上昇だったが、2月はゼロ、3月はプラス0・1%、4月はマイナス0・1%、5月はマイナス0・2%、6月はマイナス0・1%と下落が続いた。7月は0・3%の上昇となったが、基調として低インフレが続いている。7月のコア・インフレ率(食品やエネリギーを除いた物価)は1年前比で0・9%の上昇に留まったが、これは44年来の低水準である。FRBはコア・インフレ率の目標を1%~2%と想定しており、現実のコア・インフレ率はそれを大きく下回っている。

基本的にアメリカ経済は供給過剰の状況にあり、常に物価下落圧力がかかっている。S&Pのチーフエコノミストのデビッド・ワイス氏は「コア・インフレ率が1%を下回る状況になれば、デフレに陥るのもそう遠くはない。ダブル・ディップ不況が起これば、アメリカ経済はその瀬戸際にまで追い込まれるだろう」と指摘している。32年の大恐慌の時には諸費者物価は10%以上低下している。それと比べれば、まだ低インフレの領域に留まっているが、確実にデフレ・リスクは高まりつつある。ウォールストリート・ジャーナル紙が8月に行ったエコノミスト調査では「3年以内にデフレが大きな問題となる」と53名のうち36名が答えている。4月に行ったときは半分であったが、デフレ懸念派が確実に増えている。

デフレ・リスクにどう対応するか
バーナンキ議長は先の演説の中で「FOMCは物価安定の下方への乖離に徹底的に抵抗する」と述べている。「物価安定の下方への乖離」がデフレを意味していることは明かである。ウエルズ・ファーゴのエコノミストのアルバート・ボソー氏は「8月のFOMCの声明にはデフレという言葉は出てきていないが、明らかにデフレを意識している」と指摘している。大恐慌の専門家であるバーナンキ議長はかつて「デフレに対する最も有効な対策はデフレに陥るのを阻止することだ」と語っている。いったんデフレ・スパイラルが始まれば、日本の例を待つまでもなく、それを阻止するのがいかに困難か良くしられている。
ジャクソンホールの演説で同議長はFRBが取るべき政策を4つ指摘している。①長期債券の無条件での買い取り、②FOMCの市場とのコミュニケーションの仕方の改善、③過剰準備の金利の引き下げ、④インフレ目標の引き上げ、である。①に関しては8月のFOMCで償還金の再投資で債券購入を継続すると決定している。ただ、これは新規の購入ではなく、償還に伴う間接的な引き締め効果の相殺が目的である。FOMC内では新規の購入に反対する委員も多い。インフレ目標の引き上げに関して、同議長は「そうした戦略は現在のアメリカの状況では不適切である」と否定的なコメントをしている。客観的に評価する限り、4つの政策は「デフレを阻止する」にはあまりにも無力である。

金利政策は効果がなく、量的緩和政策もやや及び腰である。バーナンキ議長は“ヘリコプター・ベン”と呼ばれているように、大量に通貨を市場に供給すればデフレは防げると主張してきた。だが、ゼロ金利政策、量的緩和政策も信用創造には結びつかず、需要は低迷したままである。残された道は金融機関を対象にするのではなく、直接、企業や国民に資金を供給する道しかないとの指摘もある。すなわち社債、投信、土地などを直接購入する方法である。ただ、その実現性は薄い。FRBにはもはや金融政策の手段は残されていないのが実情である。

バーナンキ議長はデフレを懸念しながらも、政治的に動き、FOMC内のインフレ鷹派に配慮して動きが取れないとの指摘もある。カンサスシティ連銀のグラムリー元総裁は「アメリカ経済が本当に厳しい事態に直面しない限り、FRBに本格的なデフレ対策を取らせるのは難しい」と言う。
金融政策に期待できないとなれば、デフレ回避は財政面からの刺激しかない。オバマ大統領は景気低迷に関連して追加財政措置を発表している。だが、これにも問題がある。まず最初の大規模なケインズ的な財政刺激策は期待された効果がなかったこと。追加措置も投資減税など内容的にも刺激効果は限定的であり、仮に実施されても短期的な効果は薄いことだ。さらに中間選挙では共和党の勝利が予想されており、共和党が優勢になった議会が追加刺激策を認める可能性は低いだろう。構造調整が進み、自律的な回復を待つしかないのが実情である。問題は、その前にデフレ的状況が起こる可能性があることだ。
アメリカ経済の“ジャパナイゼーション(日本化)”という指摘がある。日本と同じように、デフレと低成長に直面するというものだ。アメリカ経済が実際にデフレに陥るかどうか分からないが、長期にわたって低成長が続く可能性は強い。

1件のコメント »

  1. [...] This post was mentioned on Twitter by わぼん丸, chintaro3. chintaro3 said: 通貨安競争をしないなら、アメリカにはデフレになってもらうしかない / 中岡望の目からウロコのアメリカ » アメリカ経済は [...]

    ピンバック by Tweets that mention 中岡望の目からウロコのアメリカ » アメリカ経済はデフレに陥るリスクはあるのか -- Topsy.com — 2010年10月24日 @ 03:16

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=329

コメントはお気軽にどうぞ