中岡望の目からウロコのアメリカ

2004/11/22 月曜日

アメリカ経済、80年代の再現かードル相場下落の背景(2)

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ベルリンでG20が開かれました。会議後のコミュニケでは、世界経済の不安定性が高まっているとの指摘があります。為替相場の変動、原油価格の上昇、イラク情勢の地政学的なリスクの高まりで、世界経済の先行きの見通しが不透明になってきたと、今後の世界経済の展開に懸念を表明しています。前回、ドルの需給がどのように決まるのか、そして実際の為替相場は単なる需給だけでなく、”予想”の影響を大きく受けることを説明しました。したがって、今まで世界の過剰なドルは対米投資という形でアメリカに還流することで、一種のバランスが取れていたのです。しかし、アメリカの経常赤字の拡大(その裏返しての財政赤字の存在)から、いつまでも還流が続かない可能性があること、そうなれば、外国の投資家は過剰なドル資産を持つことと嫌い、追加的な対米投資を中止し、さらに既に持っているドル資産を処分するかもしれません。そうなれば、為替市場で一気にドルが売られ、”ドル暴落”になる可能性がでてきます。海外の投資家は、そうした事態を恐れ、”ドル暴落の予想”に基づいて、できるだけ早くドル資産を手放そうとするでしょう。一種の”チキン・ゲーム”が始まることになります。という状況を頭において、以下の文章をお読みください。

まず経常赤字のことに触れます。その理由として、貿易の不均衡があります。それは、為替相場の実態から離れた不均衡が存在することです。純粋な状況では、需給が変動すれば、価格(ここでは為替相場)が変化して、価格調整を通して貿易の不均衡が達成されます。しかし、価格機能がなんらかの関係で均衡値に戻らないような硬直性が存在すれば、貿易不均衡が存在し続け、貿易不均衡も続くわけです。今の状況に、この考えを適用すれば、アメリカが大量の貿易不均衡を抱えているのは、ドルが強すぎる(アメリカの製品が国際市場で高すぎる)のが理由だということになります。アメリカの企業は、この主張を繰り返しています。たとえば、アメリカの自動車産業は事あるごとに、円が安すぎる(すなわち、ドルが高すぎる)とアメリカ政府に訴えています。

しかし、この理屈とをそのまま現実に適用することはできません。経済理論では、為替調整の貿易不均衡を是正する効果は限界があることを示しています。たとえば、日本企業は円が高くなっても(輸出価格が上昇しても)、すぐに輸出価格を引上げるようなことはしません。引上げれば、需要は間違いなく減ります。しかし、アメリカ市場で商品を売り続ける気であれば、できるだけアメリカでの販売価格を維持しようとするでしょう。すなわち、集積悪化を覚悟して、輸出価格の引き下げを行います。将来、また円安になるかもしれない。為替市場は、あくまで市場で、円相場は常に変動しているのです。短期的な変動に合わせて、自動的に輸出価格を引上げるというのは非現実的なのです。とすると、為替相場が変わっても、価格変動を通して商品の需給にすぐには影響を及ぼさないのです。しかし、長期にわたって円高が固定すれば、日本企業は収益を確保するために、最終的に価格を引き上げなければならないでしょう。しかし、価格を引上げたら、すぐに需要が減るものではないのです。価格以外の付加価値があれば、商品は価格が上昇しても、売れ続けます。消費者は小売価格が上昇しても、良い製品は買い続けるでしょう。いずれにせよ、為替調整の貿易不均衡を是正する効果には限りがあるのです。

もう1つの貿易不均衡の発生を説明する理屈は、アメリカの国内需要が強すぎることです。アメリカは自国で生産する以上に消費しているのです。ですから、その過剰消費分を輸入しなければなりません。為替相場が変動しても、アメリカの消費者と政府は過剰消費をやめないのです。経済学の教科書でいえば、貿易収支は、国内での生産から消費を引いたものです。生産に比べて消費が多すぎれば、当然、貿易赤字が発生します。ですから、この理屈は、アメリカが過剰消費をしているのですから、ドルの需給を調整するには(貿易赤字を削減するには)、アメリカの国内消費を減らすしかないということになります。アメリカ経済を見ていますと、特徴的なことは、まず個人貯蓄が非常に低いことがあります。もう1つは財政赤字が膨大な額になっていることがあります。貯蓄が少ないということは、個人の消費水準が高いことを意味します。財政赤字は、政府が使いすぎているのです。これも政府の過剰消費といえます。稼ぐ以上に(税収以上)に消費しているのです。その部分が、輸入という形で入ってきます。

国内消費に関連すれば、もう1つの大きな部門があります。企業部門です。企業は材料を仕入れて、加工し、製品を作って売っています。しかし、それ以外でも大きな活動をしています。それは投資です。それは一旦使えばなくなる消費ではありませんが、大きな国内の需要を構成しています。設備投資をするには、2つのものが必要です。1つは資金です。通常、投資資金は国内の貯蓄に一致します。要するに、溜めたお金を借りて投資をするわけです。ここで1つ問題が起こります。先ほど、国内の貯蓄が少ないことを指摘しました。国内の貯蓄で投資資金を賄うことができなければ、どこからか借りてくるしかありません。それは、海外です。幸い、海外の投資家はたくさんのドル資金を持っています。もしアメリカ企業が十分な利回りを約束すれば、海外の投資家は喜んでアメリカ企業に手持ちのドル資金を貸すでしょう。しかし、銀行が企業に貸すように、直接貸すわけではありません。株式市場や証券市場を通して買うのです。株式市場でアメリカ企業の株を買ったり、社債を買ったりします。

もう1つ、資金需要が必要な部門があります。それは巨額の財政赤字を出している政府です。政府も勝手にお金を印刷して、使うことはできません。どこからか借りてこなければなりません。その資金調達のために国債を発行します。多くの外国の投資家はアメリカの国債(アメリカでは財務省証券といいます。なぜなら財務省が発行するからです)に好んで投資します。なぜなら、アメリカの政府が発行する債券ですから、信用度が一番高いからです。企業の株式や社債に投資すれば、企業が倒産した場合、投資した資金を回収することができないからです。利回りをある程度犠牲にしても、安全を求めて投資する海外の投資家も多いのです。特に外国の政府は、投資で収益をあげるよりも、安全に外貨準備を運用することを選びます。外貨準備というのは、政府が持ている支払い準備のことです。今、世界で最大の外貨準備を持っている国は日本です。その次が中国です。(1)の原稿の中で、日本が為替市場に積極的に介入して、円高を阻止していたことを指摘しました。政府が日銀を通して為替市場で購入したドルは、「外貨準備」と呼ばれます。しかし、民間で保有する外貨は、外貨準備とは言いません。日本の場合、外貨準備の大半はドルです。ただ、ドルをアメリカの当座預金に預けているだけではまったく意味がありません。ですから、政府も外貨準備を運用しようとします。その際、最も一般的な運用対象は短期の財務省証券です。そうした証券を買えば、利子が付くのです。これもドルのアメリカへの還流の大きな部分を占めています。昨年、最も多くドルを買った政府は中国政府で、次が日本政府でした。

整理します。アメリカの過剰消費が貿易不均衡の背景にあるのです。過剰消費は過小貯蓄の裏返しで、設備投資をする企業は、投資資金を国内貯蓄で賄えないので、海外の資金に依存することになります。政府も、財政赤字を埋めるために国債を発行していますが、そのかなりの部分を海外の投資家(海外政府を含む)が買っているのです。こうして貿易赤字を通して海外に蓄積されたドルは、アメリカに還流してくるのです。ですから、膨大な貿易赤字が存在し、為替市場で大量のドルが売られるのですが、それを買う人もいて、それなりに需給のバランスが取れ、為替相場が一見安定しているように見えるのです。しかし、背後には、上で説明したような構造的な問題が残っているのです。

貿易赤字がまったく駄目なのかというと、必ずしもそうはいえません。企業の設備投資が積極的に行なわれ、海外から設備投資に必要な資本財を輸入するために、輸入が輸出を上回っているのなら、問題はありません。それは企業の生産能力を高め、生産性を向上させることになります。ですから、短期的に貿易赤字が発生しても、それがすぐに悪いこととはいえないのです。企業の生産力、生産性が高まれば、いずれ輸出増という成果を生むと期待できます。ただ、輸入がもっぱら消費財なら、こうした議論は成立しません。輸入の中には消費財もあり、資本財もあります。その比率を何が決定するのかは難しい問題ですが、ここでは貿易赤字即悪と断定できないことを覚えておいてください。

いずれにせよ、還流が順調に進んでいる間は、潜在的なリスクはあっても、投資家はドル暴落を”予想”しません。理論的にありえるとしても現実的に起こりうるかどうか別ですし、また起こるにしてもいつ起こるかが問題になります。数年先のことなら、何も今心配してドルへの投資をやめる必要はないからです。ブッシュ政権が誕生したとき、ドルは過大評価されていると言われていました。この2年くらい、ドル相場は除々に下落してきました。こうした緩やかな調整であれば、誰も文句は言わないのです。なぜなら調子しやすいからです。したがって、この数年、ドル暴落を言う人はいませんでした。むしろアメリカの過剰消費(高い成長率)を歓迎していたのです。世界経済が低迷するなかで、唯一高い成長を遂げていたのがアメリカと中国で、日本を含む多くの国やアメリカへの輸出を増やすことで景気を維持することができたのです。要するにアメリカの”犠牲”の上に成長を遂げていたのです。

だが、「裸の王様」ではありませんが、それまでお互いがメリットがあったので見て見ぬふりをしていたのですが、誰かが「やっぱり裸だ」と言い始めたのです。要するに、「やっぱりドル暴落がおこるよ」って言い始めたのです。それまでは、見てみぬ振りをしながら、アメリカに投資してきたのですが、誰かが「それは危ないぞ」と言い始めたので、急に不安になってきたのです。今回、その口火を切ったのが、グリーンスパンFRB議長でした。彼は、「今のペースのままで経常赤字を続けると、海外からの投資が止まるかもしれない」と語ったのです。為替相場で、急に不安が高まりました。それが、まず、今回のドル下落の背景にありました。

では、なぜグリーンスパン議長は、ドル暴落の引き金にもなりかねない発言をしたのでしょうか?少し長くなったので、それは次回に譲ります。

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