中岡望の目からウロコのアメリカ

2004/11/23 火曜日

アメリカ経済、80年代の再現かードル相場下落の背景(3)

Filed under: - nakaoka @ 16:57

ブッシュ大統領が「アメリカは強いドルを望んでいる」と発言しています。ドルは唯一の機軸通貨です。そのアメリカの大統領が「ドルは高すぎる」と公然と語れば、一気にドル売りを加速させることになるでしょう。ですから、アメリカの高官が、ドル高を是正したいときに使う用語は「為替相場はファンダメンタルズを反映して相場で決まる」というものです。今回もスノー財務長官は、そう言っています。ドル高是正が始まった一昨年9月のドバイでのG5でもコミュニケの中に「為替相場は市場で決まる」という内容の言葉が入り、それがドル高是正のきっかけとなりました。その後、ドル高是正は進み、ドル安の領域に入ってきました。そんな時にグリーンスパンFRB議長の発言が出てきたのです。今まで2回にわたって、為替相場の基本的な決まり方について説明してきました。今回、もう少し話を進めましょう。

まず、グリーンスパン議長の本当の狙いは、為替調整にあるわけではないのです。狙いは、アメリカの財政赤字問題にあります。彼は、第2期ブッシュ政権の発足を前に、財政赤字削減を進めるべきだというメッセージを送っているのです。同議長は2006年1月に職を辞すことになっており、残された時間も1年余になっています。財政赤字削減を主張することは、財政赤字は問題ではない、減税を進めるべきだと主張するサプライサイダーが政府の経済政策の中枢にいる現在、面と向かって主張しにくいかもしれません。しかし、このまま経常赤字が続けば、ドル暴落という事態も起こりうるというグリーンスパン議長の主張は、「だから財政赤字を削減しなければだめだ」という裏のメッセージがあるのです。

その前に、ドル安がなぜアメリカにとってマイナスになるのかを整理しておく必要があるでしょう。ドルが安くなるということは、アメリカ製品の輸出競争力を強めることになります。これはアメリカ産業界にとって好ましいことです。日本企業も円安歓迎論を展開しているように、短期的には為替相場が安くなると、企業業績は改善します。実質的な輸出も増えるでしょう。為替相場変動の「価格効果」は間違いなくあります。では、なぜドル安がアメリカにとって問題なのでしょうか。1つは、既に述べたように、ドル安はドル資産の価値が減価することを意味します。要するに、ドルで資産を持っている人は損失を被ることになります。たとえば、100のドル資産を持っていて、相場が仮に1㌦=100円とします。日本の投資家は、円建てで10万円の資産を持っていることになります。投資家にとって自国通貨での資産表示が問題なのです。それが、ドル安(円高)になって1㌦=90円になったとします。すると、日本の投資家がもつ円建ての資産額は9万円になってしまいます。するろ、1万円の為替差損を被ったことになります。

減価する資産に投資する人はいません。そうすると、投資家は、ドル資産への新規投資をしないだけでなく今持っているドル資産を処分して、自国通貨に換えようとするでしょう。すると、どのような事態が起こるでしょう。仮に投資対象がすべて財務省証券だとします。すると資本市場で財務省証券の需要が減ります。それでも財政赤字を賄うために財務省証券を発行しなければなりません。継続して発行するためには、利子を上げるしかありません。そうすれば、財務省証券の需要を増やすことができます。しかし、それは同時に国内の他の市場から資金を取り込むことになります。すると、社債市場でも需要が減り、金利が上昇することになります。これを”クラウディング・アウト”といいます。国債発行が民間の資金需要を締め出す(クラウド・アウト)するのです。すると、財務省証券だけでなく、社債金利も上昇します。要するにアメリカの金利が上昇するのです。金利が上昇すれば、設備投資が減ります。また、消費者金融の金利や住宅金利の上昇も招くでしょう。そうなれば、景気が悪化することになります。ドル相場が下落することは、間接的にアメリカ経済に影響を及ぼすのです。

また、ドル安は、アメリカ国民の実質所得を減らすことになります。すなわち、輸入物価が上昇するのです。そうすると今の所得で購入できる財の量も減ってしまいます。同じドルの額でも買える商品の数が減るのですから、個人の実質所得が減ることになります。これを「交易条件」の悪化といいます。同じ財を輸入するのに、たくさんのドルが必要になるからです。これも景気を悪化させる要因になります。

要するに、ドル安はアメリカ経済にマイナスの影響を及ぼすのです。輸出が増えて、景気にプラスになる効果もあるでしょうが、ネットの効果はマイナスになるでしょう。もしドル資産に対する需要が急激に落ち込むか、あるいは急激なドル資産の取り崩しが始まれば、ドルは下落から”暴落”という事態も起こりうるかもしれません。もし緩やかにドル安が進めば、経済はそれにあわせた調整を行なうことができますが、急激な変化に対しては十分な対応ができないのです。すると調整コストは、非常に大きなものになってしまうかも知れません。たとえば、景気の悪化で失業率が急増するということだって起こりえるのです。そのコストは大きなものでしょう。

ですから、ドル安が悪いのではなく、短期間でそうした調整が起こることが問題なのです。もちろん、ドル安は国民の実質購買力を減らすので、その面からも大きなマイナスの影響を及ぼすことになります。ただ、暴落という事態はそれ以上の問題を引き起こしかねないのです。ドルは機軸通貨であるといいました。多くの国がドルを使って貿易決済をしているため、ドル下落の影響はアメリカに留まらないのです。世界の通貨体制を揺るがす事態も起こりうるのです。ですから、機軸通貨であるドル相場の相手は、アメリカにとって重要な責務なのです。変動相場制だから、相場変動を放置しておいていいというわけではないのです。相場の乱高下は、ある程度は、金融当局の介入によって調整されなければなりません。市場はいつも合理的ではないのです。短期的にはオーバーシュート(行き過ぎる)のです。

そうしたドル暴落、世界の通貨市場、通貨制度の健全性を損なうことになります。グリーンスパン議長は、このままのペースで経常赤字が続けば、世界の投資家の間にドル資産離れを引き起こすかもしれないと警告したのですが、そのためにはアメリカ国内の超過需要を抑制する必要があります。それは、政策的には財政赤字の削減(需要の圧縮)が必要になってきます。グリーンスパン議長の警告の狙いは、財政赤字にあるのです。

今回も長くなりました。次回でもさらに為替相場の問題を説明します。そして、今、起こっていることは、80年代後半に起こったことと同じなのです。「歴史は繰り返す」ではないですが、まったく同じ現象が起こっているのです。4回目をご期待ください。

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