アメリカ経済、80年代の再現かードル相場下落の背景(4)
数日、風邪気味でアップが遅れました。その間も「ドル安」が大きな問題となっています。新聞などでは「1㌦=100円割れもある」などという為替ディーラーやエコノミストの言葉を紹介しています。今、為替相場として使われている相場は「インターバンク相場」といって、主に為替ディーラーなど専門家が取引している場所です。銀行の為替ディーラーは顧客の注文を受けて為替を売買することもあれば、自分のポジション(自分のリスク)で為替売買をすることもあります。要するに自分の”相場見通し”に立ってドルを買ったり、売ったりしていて、儲けるのです。取引単位は100万ドルです。ですから、「1本」とういと「100万ドル」を意味します。「3本売った」とか「5本買った」などという言葉が市場で交わされます。それは「300万ドル売った」「500万ドル買った」ということです。1つ裏話を紹介しましょう。90年代の初めに急激な円高、ドル安が進み、1㌦=90円を割り込む史上最高値の円相場を記録しました。その時、ある一人の為替ディーラーが、こんな相場じゃ誰も買わないだろうと思って、90円を割り込むレートをオファーしたのです。そうしたら買い手が出てきたのです。その結果、その取引は成立し、それが今でも史上最高値の円相場になっているのです。世界で何兆ドルもの取引が行なわれています。でも、相場とは数百万ドルで取引された相場が、すべての相場と見なされるのです。限界的な取引がすべての価格を決定する(理屈だけですが、経済学の基本的な考え方です)というのが市場価格なのです。と、少し”薀蓄”になってしまいましたが、(4)回目を続けます。
「今の相場展開はドル安なんですか」と質問したら、皆さんはどう答えられますか?多くの人は、「当然、ドル安だ」と答えるでしょう。新聞の見出しに「ドル安」という文字が躍っています。しかし「ドルが安くなった」とはいえても、「ドル安」かどうかは別のことなのです。ドルが高いか、安いかは、どこかに基準がなければ判断できません。単純に為替相場の貿易収支調整効果があると信じれば、膨大な貿易赤字(経常赤字)を抱えるアメリカは「ドルが高すぎる」からだと考えられます。とすれば、今までのドル相場が高すぎたのです。そうならば、今のドル相場の下落は「ドル安」ではなく、「ドル高の是正」ということになります。逆にいえば、円相場の上昇は「円高」ではなく「円安の是正」ということができます。今は、そのどちらなのでしょうか。私は、基本的にはドル高是正の過程だと見るべきだと考えています。
90年代半ばからドル相場は上昇してきました。ブッシュ政権は過大なドル相場を引き継いで始まったといえます。ですから、2000年初め、ドル相場は均衡よりも20%から30%高かったといわれます。ただ、そう判断するには「均衡値」がどこにあるか知ることが必要です。しかし、何が「均衡値」なのか分からないので、できるだけ貿易収支が均衡している相場を近似的に均衡値と考え、それをベースに実効相場を計算するのが一般的な均衡相場の測定方法でしょう。あるいは、「購買力平価説」という考え方もあります。ただ、あまりにも財の数が多いので、何を持って購買力の基準にするのか問題です。適切な指数があればいいのですが、残念ながら存在しません。ですから、例えば、「マクドナルド・ハンバーガー購買力」といったマンガチックな考え方も出てきます。すなわち、アメリカでマック1個が1㌦とします。日本で1個が120円だとすると、購買力で測った均衡相場は1㌦=120円ということになります。
均衡値の話は、この程度にして、では実際はどうなのかといいますと、「実効相場」(貿易の取引量でウエイトをかけて計算したもの)でドルはずっと過大評価されていたのです。その調整が2年くらい前から少しずつ進んでいました。ですから、相場の基調はドル相場の低下にあったのです。単に貿易赤字や財政赤字だけの問題ではないのです。そうした調整を遅らせたのが、たとえば日本の市場介入です。あるいはアメリカ政府の「強いドルを支持する」という発言です。政府の意図は、相場に反映します。なぜなら、政府の政策や意図が為替ディーラーや為替相場の予測で食べている人たちの”予想”に影響を及ぼすからです。いずれにせよ、ドルは高すぎる状況が続いていました。緩やかな下落は、それほど大きな問題を引き起こしません。為替相場の変動に合わせて調整することができるからです。円相場も、政府が市場介入で円高を阻止しているうちに、日本経済が立ち直れば、もう少し市場の流れに相場決定を任せることができるようになるでしょう。景気が回復すれば、もっと円高を受け入れる余地がでてくるでしょう。そんなことをしながら、お互いに調整コストを最小にする方法を考えるのです。
それと「ドル高是正」が進んできたといいますが、ここにも問題があります。あるいは、これこそ大きな問題なのです。多くの通貨(主に発展途上国の通貨)は、ドルにリンクしています。ですから、ドル相場が下落しても、そうした通貨との間には調整が進みません。その最大の問題となっているのが、中国の人民元相場です。中国政府は人民元相場をドルにリンクしています。中央銀行が介入するので、極めて小さな幅でしか元相場は変動しないのです。ドルに対する固定相場制といってもいいでしょう。現在、アメリカの最大の貿易赤字国は中国です。ですから、いくら円高にしたからといって、中米貿易不均衡は是正されません。アメリカ政府が中国に元相場の変動相場制への移行を要求しているのは、そうした背景があるからです。現在のドル相場下落でも、人民元相場は蚊帳の外にあります。蛇足ですが、中国政府は為替相場制度をバスケット方式や変動相場制に移行する意向を表明しています。その時期も近ずいていると言われています。この問題は、後日、触れる機会があると思います。
円相場でみると、90年代初めには100円を切る円高が続いていました。当時、フレッド・バーグステンという国際経済研究所の有名なエコノミストは、遠からず円相場は1㌦=50円、あるいはそれよりも円高になるかもしれないと言っていました。そこまで円高にならないと日米の貿易不均衡は是正されないというわけです。でも、貿易収支は別に2国間で均衡する必要はないので、こうした議論はあまり意味がありません。が、マスコミ受けする議論ではあります。現実には、円高はそこまで進まず、長期的には120円程度まで円安になります。ですから、10年くらいの間に円相場は90円から120円まで安くなったのですから、この調整は行きすぎだったのかも知れません。その再調整が数年前から始まっているのです。
本稿の問題は「ドル相場は下落しているが、それはドル安なのか、ドル高是正なのか」ということです。これは今後の相場を考える上で重要な問題ですが、均衡という考え方は別にして、急激な変化は大きな問題を引き起こすものです。ですから、金融当局は相場の乱高下あるいは投機的な動きに対して市場介入をします。これを相場の動きを”smoothingーout operation”するといいます。介入は相場を維持するために行なうのではなく、乱高下を回避するために行なうものなのです。水準は市場で決定すればいいのです。ただ、戦後のブレトン・ウッズ体制では、ドル・リンク制でしたので各国は決まった相場を維持するために中央銀行は無制限に市場介入していました。現在のような変動相場制では、特定の相場を維持する介入は必要ないし、それは経済の調整を阻害するので有害だと考えられています。ただ、日本は、経済政策の一環として市場介入で意図的に円安を維持する政策を取ってきました。その分だけドル相場の調整が起こると、変動幅が大きくなるのです。
私は、30年にわたって経済記者として市場を見てきました。正直いって、マスコミはいつも大騒ぎします。確かに日本の多くの企業は輸出に依存しています。ですから、円高になると輸出採算が悪化し、企業業績が悪くなる企業は多くあります。でも、円高でまるで日本経済が駄目になるような議論はやや過剰でしょう。むしろ、経済に対する影響を考えれば、政府が考えている定率減税の廃止のほうがもっと大きな影響を日本経済に及ぼすでしょう。円高で損する人(企業)もいれば、得をする人もいます。円安を想定して外貨預金を作っていた人は円高で損をするでしょう。ドル資産をたくさん持っている機関投資家も評価損を計上しなければならなくなるでしょう。しかし、同時に原油価格上昇で影響がでそうな電力業界は、円高で原油価格上昇分を埋め合わすことができます。消費者も安い輸入品を買うことができます(交易条件が改善し、個人の実質所得は増えます)。たとえば、円高で輸入野菜が増えれば、野菜高騰も冷やすことができるかもしれません。もともと円安で景気を維持しようという政策に無理あるのですから、今の円安是正(と思います)は避けて通れない過程ともいえます。
また、長くなりました。「80年代の再現」の話にたどり着くには、まだ少し先かもしれません。が、最後まで続けますので、お待ちください。
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