中岡望の目からウロコのアメリカ

2004/12/10 金曜日

アメリカ経済、80年代の再現かードル安相場の背景(番外編2)

Filed under: - nakaoka @ 16:57

最近の為替相場の動きを長期的な視点から分析するつもりで、既に3度、記事をアップしました。だが、その続きを書く時間がなく、また目先の動きが大きいことから(番外編)を1本書きました。今回は(番外編2)です。円相場は102円台まで円高になりましたが、今日は104円にまで戻しています。このまま相場が落ち着くのか、あるいは踊り場で、再びドル安が進むのか・・・。微妙な時期です。ただ、前にも書きましたが、マスコミだけでなく、専門家も含め、超目先に状況に踊らされてしまい、後で振り返ってみると、奇妙な論理を展開していたのではないかと感じるものです。ですから、極力、クールに相場を見てみました。今回は、相場の動きと国際的な資本移動に焦点を当てています。続きを読む場合は、「more」をクリックしてください。

ブッシュ大統領の再選は市場からドル急落という“手痛い”歓迎を受けました。元々、アメリカの財政赤字と経常赤字という「双子の赤字」に対して、為替市場は神経質になっていました。経済的に考えれば、膨大な「双子の赤字」が永遠に続くはずはないというのは、いわば“常識”です。だからといって、基軸通貨国であるアメリカのドルに今すぐに劇的な調整が起こるわけでもないのです。いずれ調整は起こるでしょう。しかし、誰にもいつ“ドルの溶解”が起こるか予想できないのです。

長い間、筆者は為替相場を取材してきました。1980年代のレーガン政権時代にも今とまったく同じ「双子の赤字」問題があり、何度も“ドルのハードランディング論”を聞かされました。最終的には85年のプラザ合意を皮切りに新しい国際通貨制度の模索が行なわれましたが、決め手のないまま現在に至っています。また、80年代後半からドルの「実効相場」が着実に低下する一方、アメリカ経済の目覚しい復興でドル問題はすっかり忘れ去られてしまいました。むしろ、90年代後半の世界的な金融危機でドル資産選好が強まる場面も見られました。

だが、01年のブッシュ政権の誕生で再び「供給サイドの経済学」が採用され大規模な減税が行われた結果、「双子の赤字」問題が発生しのです。その一方、景気悪化を背景にドル高是正も進んできました。そうした調整を経て、多くのエコノミストは、ドル高是正も今年の初めでほぼ一巡したと分析していたのです。事実、3月以降、為替相場は安定した状況が続いていました。だが、ここに来て再び為替相場が乱高下し始めたのです。

先に触れたように為替市場の底流には常に「双子の赤字」に対する不安感があります。今回、その不安感に火を付けたのは中国です。11月末に中国人民銀行の政策ボードのメンバーの一人が「中国はアメリカの財務省証券の購入を減らす意向である」と語ったのです。今や中国は約5200億ドルの外貨準備を持っており、その資金の流れが為替市場のみならずアメリカの金融市場に大きな影響を及ぼす立場にあります。もし中国が米財務省証券への投資を減らしたり、あるいは保有分の処分を始めれば、他のアジア諸国の中央銀行も為替差損を回避するために中国に追随するかもしれません。

それにさらに油を注いだのが、グリーンスパンFRB(連邦準備制度理事会)議長の発言で「今のままのペースで経常赤字の拡大が続けば、世界の投資家はドル資産への投資を止めるかもしれない」と語ったのです。グリーンスパン議長の発言の真意がどこにあるか分かりませんが、中国の要人の発言に続いての発言です。それらの発言が一気にドル売りを誘発したのは当然です。不安に思っていたことが、まるで実現するかのように思われたのですから。アメリカの今年の経常赤字は、6700億ドルに達すると予想されています。GDP比で5・7%程度に達する水準です。05年には6・3%、06年には7%に達するという予想もあります。このまま進めば危機ラインに到達することは間違いありません。

ただ、相場はいつも一方向に動くものではないのです。急激なドル安の展開となった後、日本の景気の先行きへの不安が高まったことで、円相場は102円台にまで進んだ後、一気に104円台にまで戻しました。確かにアメリカは「双子の赤字」を抱えていますが、日本やユーロ圏と比べると高い成長率を維持しているのです。アメリカの成長率は第3四半期が3・9%と高水準を記録(ちなみに日本は0・2%である)、第4四半期も見通しでは3・8%と引き続き高水準の成長が見込まれているのです。経済の状況かられば、円よりもドルの方が強くても良いくらいです。

さらに金利面から見ても、FRBは利上げを進めており、日本や欧州中央銀行が金融引締めの方向に進む可能性は小さい。さらにイギリス、カナダ、豪州、ニュージーランドなど中央銀行も、急激なドル安にもかかわらず利上げを見送りました。そうした要素を加味すれば、相場は再び各国の“ファンダメンタルズ”を見ながらの展開になっても不思議ではありません。

だが、問題は、それで終ったわけではないということです。長期的な“ドル離れ”が静かに進んでいるのです。温家宝首相は「中国は元のドル・ペッグ制を継続する」と実質的に中国がアメリカ財務省証券への投資を減らすという発言を否定し、急激なドル安を牽制しました。しかし、中国は実は、静かに“ドル離れ”を進めているのです。今年の1~9月の中国の米財務省への投資額は170億ドルでした。これは、実は前年同期の600億ドルと比べると大幅に減っているのです。具体的なデータは手元にありませんが、国際金融筋は中国の外貨準備の一部はユーロや円、ポンドにシフトしていると見ています。

こうした動きは、他のアジア諸国でも同様に見られます。台湾と韓国の中央銀行の米財務省証券の増加額は微増に留まっているのです。タイ、シンガポールは横ばい。香港の場合、50億ドル減っています。実は、日本も同様な動きをしているのです。3月以降、日銀は為替市場に加入していないので外貨準備の増加額も鈍化しているが、1~8月に7000億ドルを超える米財務省証券を買ったが、その後は目立った投資を行なっていません。

オイル・マネーにも変化が見られます。今年に入って石油価格の上昇で産油国のドル資産は急激に増加しています。OPEC(石油輸出国機構)の米財務省証券の保有残高は9月末431億ドルであったのですが、5月の残高と比べると約30億ドルも減っているのです。また、オイル・マネーは日本に流入し、大量の日本国債を購入していると見られています。これも具体的な数字は不明ですが、通常、OPEC諸国はイギリスの証券会社を通して日本国債を購入しています。イギリスの証券会社の買いのかなりの部分は、オイル・マネーとみても間違いないといわれています。それによると、1月のイギリスの証券会社のネットの日本国債購入額は約8600億円、8月は約7300億円でしたが、9月には1・8兆円と急増しているのです。この動きは、直近まで続いていると予想される。ただ、オイル・マネーの対日投資は長期的な運用というよりは、円高を予想した投機的な部分も多いと思われるので、これをもってオイル・マネーが円への分散投資を勧めていると即断はできません。

では、この“静かなドル離れ”は、今後も続くのでしょうか。急激にドルを売れば、投資家は自らの首を絞めることになります。ドルに代わる準備通貨としてユーロや円は、受け皿として十分な状況にあるとは思われません。事実、為替相場に落ち着きが戻ってくると、資金は再び米財務証券への投資に戻ってきているのです。12月8日に5年物財務省証券150億ドルの入札が行なわれました。その結果、ニューヨーク連銀を通して応札した海外の中央銀行などの投資家が全体の65%を落札しているのです。これは03年5月以来の高水準である。

今後のドル相場の推移にもよりますが、さらにドル安が進む状況になれば、各国の中央銀行が為替市場に介入してくるでしょう。そして累積されたドルは、アメリカに還流するしかないのです。そうでなければ、介入の意味がないからです。また、もしドル安相場に歯止めが掛かれば、“ドル離れ”のスピ-ドは鈍化するでしょう。

ドル危機説は、長期的なシナリオです。人々が抱いているドルの“期待収益”が急激に変わり、ドルに代わる信頼できる準備通貨がないかぎり、そう簡単に分散投資を進めることはできないでしょう。また、急激な“ドル離れ”は、同時に投資家も返り血を浴びることになります。損失を回避するための行動が、ますます損失を大きくするからでしす。短期的には、投資家は通貨のイールドの差を見ながら投資するものです。現状を見る限り、円やユーロよりもドル資産のイールドの方が高いのです。投資家は短期のリターンと長期のリスクを見ながら投資を行ないます。ドル危機説は、長期のファクターを高く評価する見方であろう。

しかし、既に触れたように賢明な投資家は、長期的な視点から投資の分散化を進めており、これからも静かな“ドル離れ”は着実に進んでいくことになるのでしょう。

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