中岡望の目からウロコのアメリカ

2004/12/13 月曜日

ドル安は虚構だ:保守派のエコノミスト・ラリー・カドローの理論

Filed under: - nakaoka @ 21:37

相場の見方が一方に偏ると、その傾向はピークに達したというのが相場の常識です。猫も杓子も”ドル安”を言い始めたとき、当面のドル安相場は終わりに近づくものです。12月2日にニューヨーク市場で101円83銭を付け、もう100円の大台割れは間違いないと思われたのですが、先週、ドル相場は105円まで反発しました。このドル相場の戻しの過程で、それまで積みあがっていたドルのショート・ポジション(売り持ち)は解消され、スクエア・ポジションになっています。ドル安相場で儲けた人は、ひとまず利食いをしたのです。では、このまま相場は落ち着き、またドル相場が上昇する可能性はあるのでしょうか。まだ相場の大勢は、長期ドル安の見方に変わりはないようです。モルガン・スタンレー証券では2005年末の円相場は1㌦=92円と予想しています。そんなに先まで本当に予測できるのかどうか興味深いところですが、こうした長期予想は当たるも八卦当たらぬも八卦で、相場の考え方を示したものだと考えるべきでしょう。そんなかで、「ドル安は虚構だ」とドル高を主張するアメリカの保守派の有力エコノミストがいます。ブッシュ政権の経済政策に大きな影響力を持つラリー・カドロー(Larry Kudlow)です。彼の主張に耳を傾けてみるのも面白いでしょう。

ラリー・カドローはアメリカのCNBCテレビ番組「Kudlow & Cramer」のホストを務めていますが、ちゃんとした経済学者です。その立場は保守派で、経済学主流派から異端視されている「供給サイド」の経済学を支持する学者です。ブッシュ政権が株式の配当課税を大幅に減税しましたが、その政策は彼の主張によるところが大きかったのです。ですから、彼の議論を知ることは、同時に第2次ブッシュ政権の為替政策の基本を理解するうえで役にたつでしょう。

彼は、マスコミは「ドル悲観論」に陥っていると批判しています。彼の議論では、悲観論のマスコミは、財政赤字と経常赤字の「双子の赤字」のために「ドル安」が進み、それで外国人投資家にドル資産の価値の目減りを心配して、ドル資産を売却する。それがドル大暴落に結びつくというものだと、まず最近のドル安論者の主張を要約しています。しかし、彼はアメリカ経済は欧州や日本に比べれば断然良好な状況にあるのに、なぜドル安なのかと反問します。アメリカの第3四半期の成長率は3.9%でした。第4四半期のコンセンサス見通しも3.9%程度と比較的高水準を維持しています。これに対して日本の第3四半期の成長率は0.2%、欧州も個人消費の低迷が続き、経済成長は低水準に推移すると予想されています。

アメリカ経済は高成長を維持しているだけでなく、インフレ懸念もありません。エネルギーや食品の価格を除いた「コア・インフレ率」は1.5%と極めて低水準に留まっています。要するに、アメリカ経済は「インフレなき成長」を実現しているのです。失業率も5.5%と低水準に留まっています。しかも、企業の設備投資も第3四半期には17.2%と非常に高い水準でした。設備投資が強いことは、将来的にアメリカ製品の競争力を強めることになります。しかも、税引後の投資収益は高い水準になっています。たとえば、S&P500の株価指数は、2002年10月以降、50%も上昇しています。これは企業業績が順調であることを反映したものです。個人消費も、第3四半期には5.1%と、これも非常に高い水準を記録しています(これに関しては、他の為替相場を論じた原稿で触れたように、グリーンスパン議長は、この状況をアメリカの貯蓄率が低い原因であると批判しています)。

財政赤字も、ブッシュ政権の減税をテコとした成長政策が奏功し、それが上記のような高成長を実現する原動力になっています。景気が良いということは、歳入の増加が見込めます。この考え方は「供給サイドの経済学」の典型的な考え方です。減税に加え、ブッシュ政権の下で「カーボーイ資本主義」が勢いを増しており、それがアメリカの経済のみならず政治も活性化しているのです。

世界の資本は、税引き後の投資リターンが一番高いところに流れるものです。その意味で、先進国で投資リターンが一番高いのはアメリカで、発展途上国では中国とインドです。ですから、この3つの国に資本が流入するのは当然のことなのです。彼は「常識的な議論では、双子の赤字はドル安を招くことになると教えているが、それは極めて重要なポイントを見逃しているのである。それは、アメリカの強い経済は財政赤字を縮小させ、貿易の不均衡を拡大させることである」と言っています。要するに景気が良いことは内需が旺盛なのですから、輸入は増え、貿易不均衡は拡大します。もし経常赤字を縮小しようとすれば、方法は2つしかありません。1つはFRB(連邦準備制度理事会)が金利を引上げることです。金利が高くなれば、個人消費や企業の設備投資は減り、輸入は減るでしょう。もう1つは、ドル安を進めることです。FRBは既に引締め過程に入っています。12月14日に光られるFOMC(公開市場委員会)は、金利を引上げると見られています。FRBは過剰な資金を回収する過程に入っています。

「しかし」と、彼は続けます。貿易ギャップを解消するには、アメリカの政策だけでは無理なのです。通貨のミスアライメント(不均衡)を是正するには、貿易相手国が成長促進政策を取る事と、差別的な国内市場を開放するように構造改革を行なうことが必要であるのです。欧州は、ドル安の進行でデフレ効果に見舞われ、どこかの時点で成長政策を採らざるを得なくなるでしょう。要するに、国内政策を大幅に転換するのではなく、貿易相手国に景気刺激策、あるいは市場開放策を求めていくほうが、優れた政策なのです。

もしブッシュ政権の減税を柱とする成長政策が効果を発揮し、現在のドル安の結果、企業業績が回復し、それが株高に結びついており、ドル安にもかかわらず外国資本のアメリカへの還流が進むことになるでしょう。

要するに、経常赤字の存在だけによって為替相場は変わるものではないのです。これは、”ファンダメンタルズ”相場といえるものです。12月初からドル安に歯止めがかかった感じもありますが、これは日欧米のファンダメンタルズの差によるものといえます。

結論として、彼は「ドル悲観論者は間違いである。減税、インフレ抑制は、株高と経済の強壮剤である」とし、FRBが過剰な利上げをしない限り、海外から資本流入が続き、ドル安の世界経済にデフレ的な影響を与えるため、欧州は景気刺激策を取らざるをえなくなるだろう。となれば、このまま一直線にドル安は進まないでしょう。

以下は、私のサマリーと解釈です。少しは話がすっきりしていないかもしれませんが、要するにアメリカ政府は為替政策に関して”ビナイン・ネグレクト政策(ドル安放任)”政策と取ることになるでしょう。前の記事でスノー財務長官に更迭されるかもしれないと書きましたが、結果的にはブッシュ大統領はスノー長官に留任を依頼しました。そのスノー長官は経済界出身で、どちらかといえばドル安論者です。ドル安は、アメリカ企業にとって喉から手が出るほど欲しいものです。スノー長官は、ドル高政策を支持するが、相場は市場で決まるものであると、積極的にドル防衛策を取る気はまったくなくそうです。

スノー長官は、アジア通貨、特に中国の人民元の流動化を猛烈に主張しています。また、相手国の市場開放、構造改革も主張しています。とすると、アメリカ政府の”ビナイン・ネグレクト政策”は当分続くでしょう。また、不公正貿易などを槍玉に挙げてくる可能性が大きいと思います。1985年に「プラザ合意」が開かれ、過大評価されていたドル相場の引き下げが行なわれました。今回も一部の論者は「第2のプラザ合意」が行なわれるのではないかという観測をしています。だが、今のドル安は、おそらくアメリカにとって経済的に良い効果をもたらすというのが、ブッシュ政権の為替問題の担当者の本音であるのでしょう。

カルドーの理屈からいえば、”ドル暴落”はありえず、必要な対策はFRBによる金融引締め(金利格差を拡大すること)を行なう必要がある。FRBが過剰の引締めをしない限り、良い形でソフトランディングができると、彼は考えているようだ。

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