中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/1/7 金曜日

アメリカにおける政治と宗教の分離の新しい問題

Filed under: - nakaoka @ 10:16

『諸君』に寄稿した「オハイオ州はそれでも、なぜブッシュを選んだか」の中に次のような趣旨のことを書きました。エバンジェリカルというプロテスタント原理主義者たちがブッシュ政権を支持しているのは、単に彼らの世界観や社会観を実現するためだけでなく、政府から宗教団体に巨額の資金が与えられるからだ。したがって、政府は彼らにとって”金のなる木”である。ブッシュ大統領は、2000年の大統領選挙で”コンパッショネイト・コンサーバティブ(思いやりのある保守主義)”というスローガンを掲げました。それは、保守主義者にも穏健派にもアピールするスローガンでした。そして、具体的な政策として、ホワイトハウスの中に「Office of Faith-Based and Community Initiative(信念に基づく政策とコミュニティに基づく政策室:以下OFCIと略します)」を設けました。その活動の内容が、明らかになりました。以下、活動内容と、新たに生じている政治と宗教の分離の問題について説明します。ちなみに6日のヒット数は3727件でした。

ブッシュ政権の支持基盤は従来の共和党の支持層を超える広がりを見せています。それは、宗教団体や地域活動団体にまで拡大しています。ブッシュ支持の宗教団体も、キリスト教右派と称される極めて保守的な宗教組織から、比較的穏健な宗教組織まで広がっています。それを支えているのが、OFCIです。2003年に連邦政府は、信念に基づく組織(すなわち宗教団体)に11億7000万ドルの資金を提供しました。従来、政府の5省が行なっていた社会事業を民間の宗教団体に移管したのです。政府の社会プログラム支出の総額は145億ドルで、OFCIを通した資金提供はその8%を占めています。OFCIによれば州政府を通してさらに連邦資金400億ドルが支出されています。

政府が直接、貧困者などを対象とする社会政策を実施するよりも、民間の宗教団体に委託するほうが、より優れたサービスを提供することができるというのが、ブッシュ大統領の基本的な考え方です。もともと保守主義者は連邦政府による福祉事業に対して極めて否定的な姿勢を示していました。彼らは、福祉事業は基本的には宗教団体やボランティア団体など地域に密着した組織によって担われるべきであると主張してきました。それは、福祉事業で肥大化する政府を”小さい政府”にするという思想にも合致するものです。

こうした宗教団体や地域のボランティア団体は、貧困者向けの住宅提供を行なったり、AIDS患者のケアを行なったり、非行少年の指導を行なったりしています。そうした活動は、ある意味では、アメリカの伝統でもあり、またキリスト教の基本的な考え方でもあります。したがって、そうした自発的な組織に資金援助を行なうのは、その限りでは特に問題はないように思われます。OFCIは、連邦政府だけでなく、地方政府に対しても同様な政策を取るように要請しています。その結果、21州の知事が、OFCIと同様なセクションを設置することに同意しています。

地域に根付いた福祉活動、という限り、何も問題はないように思われます。しかし、冷静に考えると、これは重要な問題を含んでいるのです。1つは、政治と宗教の分離の問題です。政府は、この補助金は宗教活動を支援するものではないと主張しています。が、OFCIのトーイー室長は「多くの人々は宗教的な改心を通して中毒などを克服できる」と語っているように、厳密に福祉活動と宗教活動を分離することは難しいのです。ブッシュ政府は、宗教団体への補助金提供を認めるように議会に対して法律改正を求めましたが、それは実現しませんでした。議会の中に、政治と宗教の関係を懸念する声があったからです。これに対して政府は内部のルールを変えることで、OFCIを通した宗教団体へ補助金を与える道を開いたのです。今回、明らかになったデータから、どのような宗教団体に補助金が与えられたのか、分かりません。キリスト教以外の宗教団体(たとえばイスラム教や仏教関連の団体)も補助金給付の対象になったのかどうか分かりません。

宗教活動と福祉活動の区分に関しても、礼拝などを別の時間と場所で行なうのなら問題ないというのが政府見解ですが、それを区別するのは難しいのが実情です。また、あるエイズ患者を対象に活動している組織の担当者は、患者が礼拝などを求めてきたら拒絶できないと答えています。本来なら、こうした宗教団体や福祉団体は、民間の献金などをベースに運営されてきたものです。その限りでは、福祉活動、社会活動と宗教活動が一体化しても、何の問題でもなかったのですが、国民の税金が使われるとなると、状況は基本的に変わってきます。

一部の民間団体は、政府のこうした宗教団体に対する補助金は憲法違反であり、「政治と宗教の分離という原則」に反すると訴訟を起こしています。たとえば、ウィスコンシン州ジェーンズビルにあるアメリカンズ・ユナイテド・フォ・セパレーション・オブ・チャーチ・アンド・ステート(Americans United for Separation of Church and State)は、同市に対してブッシュ政府の政策に反対し、救世軍に25万ドルの補助金を与えないように要請しています。その理由は、救世軍はホームレスを収容するビルを建設し、その内部で礼拝など宗教活動を行なうからだとしています。

カーター政権の時、学校での礼拝が問題になり、公立学校での礼拝が禁止されました。また、私立でも礼拝を行なう学校に対して公的資金を補助金として与えるのは妥当でないと禁止措置が取られました。宗教と政治を明確に区分するという考え方を反映したものです。ブッシュ政府の政策は、そうした考え方に反対するものです。ちなみに、保守派の人々は、公立学校における礼拝の復活を主張しています。

もう1つ、隠された問題があります。それは、最初に述べたように、こうした補助金は間違いなくブッシュ政権の支持基盤を拡大していきます。おそらく、ブッシュ政権あるいは共和党保守派にとって、こちらのほうが本当の狙いかもしれません。その詳細については、次の機会に触れることにします。

最後の「政治と宗教の分離」に関してですが、これは誤訳で、正確には「国家と教会の分離」と訳すべきなのです。アメリカはある意味では宗教国家です。大統領は就任に際して聖書の上に手を置いて、宣誓をします。様々な場面で、政治と宗教が一体化しています。ただ、「国家」と「教会」は、明確に分離されてきました。これは欧州における国家と教会の対立から学んだ教訓でもあったのです。しかし、アメリカでは、キリスト教右派という人々が、国家の中に影響力を拡大しつつあります。特定の宗教と政府が癒着し始めているのです。

もっと詳細な分析をする必要がありますが、あまり長くなると、読みにくくなるので、問題の提起に留めておきます。が、こうした動きは、今後、アメリカの政治、社会的状況を見るときに意識しておくべき視点の1つだと思います。

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