中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/1/9 日曜日

重要な役割を果たすホワイトハウスのスピーチライター達:辞任が決まったチーフ・スピーチライター・マイケル・ガーソン

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3連休で、さすがにブログへのアクセス数が減っています。でも原稿が読まれているペースは、いつもと同じ感じがします。私も仕事を抱え、それに加えやや風邪気味なので3連休はブログの原稿をポストするのを中止しようかと思っていたのですが、ちょっと”面白い話”を見つけました。それは以前からぜひ書いてみたいと思っていたテーマでもあったので、書いてみることにしました。日本とアメリカの政治の違いの1つに、首相と大統領の「演説」の違いがあります。アメリカの歴史の本を紐といてみると、歴史に残る名スピーチがたくさんあります。それと比べると日本の首相の名スピーチはまったくないわけではないでしょうが、圧倒的に少ない気がします。アメリカの大統領のスピーチは、ホワイトハウスのスピーチライターが書いているのです。以下、最新の情報を含めて、ホワイトハウスのスピーチライターについて書いてみます。

デビッド・フラムというネオコンの評論家がいます。彼は、第1期ブッシュ政権の時にホワイトハウスのスピーチライターに採用されます。1年少しほどスピーチライターを務めていたと思いますが、辞めた後に本を書いています。その中で、ブッシュ政権の外交政策を象徴する言葉を自分が書いたと告白しています。締め切りが迫り、なんとか書き上げなければならないという切羽詰った状況に陥った彼に、1つの言葉が浮かんできます。それは「悪の枢軸」という言葉でした。英語では”Axis of Evils”です。書き上げた原稿は、大統領の政治顧問や国務省、国防総省のチェックを受けます。そのチェックを受けたフラムの原稿には、「悪の枢軸」という言葉は残っていました。その後、この言葉は頻繁に使われ、ブッシュ政権の外交政策を象徴する言葉になりました。

「悪の枢軸」は、レーガン政権の「悪の帝国」とよく比較されます。自らもレーガンになりたいと願うブッシュ大統領にとって、「悪の枢軸」という言葉の響きは心地よいものだったかもしれません。レーガン政権の「悪の帝国」も、スピーチライターのマイケル・ジョーンズが書いたものです。ちなみに、アメリカ人に聞くと「枢軸」という言葉の響きは「帝国」という言葉の響きよりも厳しいものがあるそうです。ブッシュ政権は「悪の枢軸」として、イラク、北朝鮮、イランを上げています。これにリビアなどを加えて「悪者国家」あるいは「ならず者国家」と呼ばれています。いずれもテロ支援国であると見なされています。

ブッシュ政権の首席スピーチライターは、マイケル・ガーソンです。彼は原理主義者といわれエバンジェリカル(福音派)のクリスチャンで、神学の研究者でもあります。そのため、ブッシュ大統領の演説の中に頻繁に聖書の言葉が引用されるのは、彼の影響があるためです。ブッシュ大統領は、彼の書く演説のスタイルとトーンを非常に気に入っていると言われます。ガーソンはブッシュ大統領の「コンパッショネート・コンサーバティズム(思いやりある保守主義)」の考えに強い共感を抱いていました。ホワイトハウスのスピーチライター室には常時5~6名のスタッフが働いています。第1期ブッシュ政権の演説を書いていたのがジョン・マッコーネルとマシュー・スカリーで、ブッシュ大統領はこの3人を”三位一体(Triune)”というニックネームを付けていたそうです。この3人は2000年の大統領選挙の時から、そのポストにいます。スカリーは昨年の夏に辞任しています。が、今回、ガーソンの辞任が決まりました。これによって、ブッシュ大統領の演説の内容のニュアンスが変わってくるかもしれません。

ガーソンのホワイトハウスにおける地位は、極めて重要なものでした。彼は、ホワイトハウスのコミュニケーション・ディレクターのダン・バーレットとオフィスの隣にあります。バーネットのオフィスはウエストウイングといわれる建物の2階の角にあります。そのオフィルを出たところは、レセプション・アリアとなっています。1階の南側の角にオバール・オフィス(大統領執務室)があり、重要なポストにある人物のオフィスは大統領執務室に近いところにあります。一番物理的に近い所にオフィスを持っているのは、報道担当補佐官のスコット・マクレランです。余談ですが、ホワイトハウスではスタッフの権力抗争が繰り広げられています。スタッフの序列を決めるのが、大統領との距離にあります。アポなしで大統領に会える人物ほど、ホワイトハウス内での序列は上なのです。たとえば、パウエル国務長官はアポなしでブッシュ大統領に会うことはできませんでした。だが、次期国務長官に使命されているライス補佐官はアポなしで大統領に会うことができる数少ないスタッフであるといわれています。ライスのオフィスの隣がチェイニー副大統領のオフィスです。ライスのオフィスは北側の角にあり、エレベーターの隣にあるチェイニー副大統領よりも良い場所にあるといえるかもしれません。ちなみに、首席スピーチライターを除くスピーチライターは、ホワイトハウスとは別の建物であるアイゼンハワー・エグゼクティブ・オフィス・ビルディングにあるオフィスにいます。

ガーソンは、ブッシュ大統領の最も近い人物の一人であるマッコーネルとオフィスを共有しているのですから、影響力が極めて強い人物の一人でしょう。ちなみに大統領に最も近いスタッフとしては首席補佐官のアンドリュー・カードと、政治顧問のカール・ローブがいますが、マッコーネルもその中の一人と見られています。

ガーソンの辞任で、今後、ブッシュ大統領の演説のトーンが変わってくるかもしれません。後任に選ばれたのは「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙の社説ページを書いてる編集者ウィリアム・マックガーンです。マックガーンは以前にもスピーチライターの職に就くようにブッシュ政権から要請されたことがありましたが、その時は断っています。今後は、マッコーネルとマックガーンが中心になって大統領の演説を書いていくことになります。ガーソンは昇進し、ホワイトハウスに残るのではないかといわれています。

実は、ホワイトハウスのスピーチライターは、ある意味では、非常に魅力的なポストなのです。先に触れたフラムは、現在はネオコンの週刊誌「スタンダード・ウィークリー」などに寄稿し、評論家として高い評価を得ています。かつてのスピーチライターの中には、ネオコンに対抗する正統派保守主義者を自認するパット・ブキャナンは、ニクソン大統領のスピーチライターでした。「ニューヨーク・タイムズ」紙の名コラムニストのウィリアム・サファヤもホワイトハウスのスピーチライターでした。マーチン・カプランもフォード大統領のスピーチライターでした。ケネディ大統領のスピーチライターは、セオドーア・ソレンセンでした。レーガン大統領のスピーチライターはペギー・ヌーサンでした。ニューヨークの日本協会のジャパン・ソサエティ・フェローとして滞日経験もある知日派のジェームズ・ファローズもスピーチライターで、現在、雑誌「US News & World News」の出版者になっています。いずれもアメリカの知性を代表する一級の人物です。スピーチライター経験者はジャーナリストや評論家、学者として、その後も活躍しています。なお、ホワイトハウスにスピーチライターがいるように、各省の長官もそれぞれ独自のスピーチライターを抱えています。

日本では首相演説は各省のチェックを受け、最終的にまったく個性がなくなるのが普通です。首相個人の肉声や思想はまったく反映されません。味気ない役所の文章以上のものではありません。時々、首相が加筆したことが大きな話題になることから察すれば、状況は十分に想像できるでしょう。アメリカでも演説の内容は各省の責任者のチェックは受けますが、日本よりもはるかに大統領の思想や意識が反映したものになっています。アメリカ社会では演説を重要視する伝統があります。それは、ある意味では、言葉を大切にすることにも通じるのかもしれません。そんなアメリカ社会、ホワイトハウスの背景を知って大統領演説を聞くと、これから違った響きがあるかもしれません。大統領は年明けに議会に対して「一般教書演説(State of Union Speech)」をします。1年間の施政方針演説で、この演説を詳細に読み取ることで、政府の政策の方向を理解することができます。

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