アメリカ大統領選挙の分析(3)大統領選挙は情報戦争
13日にアリゾナ州立大学で行なわれた3回目の大統領候補による公開討論会を衛星放送で見ました。2回目の公開討論会の時は、カンボジア旅行に出かけていて、議論の様子を見ることはできませんでした。正直な印象を言えば、普通、こうした討論会は面白くないものですが、今回は大いに楽しめました。3回目は国内政策を巡って議論が行なわれたたもので、両候補者の個性や人生観などを垣間見ることができたからです。外交政策のような形にはまった議論でないので、十分に議論を楽しめした。
公開討論会のやり方は、ブッシュ候補とケリー候補に事前に質問は伝えられておらず、お互いに“予行演習”はできない方式になっています。それだけに、答弁の仕方で具体的にどれだけ政策に精通しているかも問われることになるわけです。ただ、90分という限られた時間内で詳細な政策論争は行なえず、むしろ両候補の基本的な考え方やパフォーマンス、視聴者にどのような印象を与えたかということが焦点になります。
蛇足ですが、こうした大統領候補の議論を聞いていて、同じ日に特別国会で小泉首相や閣僚たちが、役人が作成した答弁原稿を棒読みする様子を見て、なんともいえない失望感を覚えました。日本の状況は、アメリカがディベートの国であるとか、単に日米の政治システムの違いである以上の問題を孕んでいるような気がします。
3回目の公開討論会が行なわれた直後に行なわれたABCニュースの世論調査では、ブッシュ候補が勝ったと感じた人が41%、ケリー候補が勝ったと感じた人は42%だったそうです。その差は誤差の範囲内で、まったく伯仲した結果といえます。私の印象も、両者は五分五分であったような気がします。質問によっては、ブッシュ候補のほうが余裕のある答え方をしていたのが印象的です。“間抜けのブッシュ”という世間の評価は、必ずしも当たらないようです。1回目の外交政策を巡る討論の時、本来なら優位な立場にあるブッシュ候補が口篭ったりするなどマイナスのイメージを与え、防戦に回ったのと比べると、3回目はかなり余裕を持った議論をしていたようです。3回目の議論の評価は次回のテーマにしたいと思います。
ただ、ここで1つだけ触れておきたいのは、日本にいると、公開討論会後、ケリー候補がそれまでの劣勢を跳ね返し優勢に立ち、ブッシュ候補が守勢に立たされているという報道が多いようですが、それは必ずしもアメリカ国民の全体の受け止め方を代表していないのではないかということです。世論調査によって、随分、結果が違うものです。たとえば、2回目の公開討論が終った後の世論調査では、『ワシントン・ポスト』紙の調査(10月6日実施)では登録済み有権者(registered voters)の中で実際に投票所に足を運ぶ可能性が強い有権者(likely voters)は、ブッシュ支持が49%、ケリー支持が47%と、ブッシュ候補が僅差ながらリードしています。また、調査専門機関であるピュー・リサーチの調査(10月3日実施)では、registered votersでは48%対41%、likely votersでは49%対44%でブッシュ候補という結果が出ています。世論調査はすべてケリー候補勝ちというわけではないのです。
アメリカは大統領選挙も金儲けの材料にする国です。「アイオワ・エレクトロニック・マーケット」というのがあります。そこではブッシュ候補とケリー候補の「先物取引(future contract)」が行なわれています。要するに、どちらかが勝つかに賭けるのです。単に賭けるのではなく、「先物」として取引するのが、その市場の特徴です。商品先物と同じように、途中で“先物”を売買することができるのです。その見通しは世論調査の見通しよりもはるかに正確だと言われています。公開討論が行なわれる前は、ブッシュ候補の「先物」価格のピークは70セントでした。すなわち、市場は勝つ確率は70%と判断していたのです。それが公開討論会後は急激に低下。2回目の討論会の前半の段階の60分に51セントまで低下しました。しかし、後半になると、再び形勢逆転してブッシュ候補の「先物」価格が上昇し始めたのです。最終的には55セントにまで回復しています。世論調査では、ケリー候補が勝ったと答えた比率が高かったのですが、同市場では、ブッシュ候補が勝つ可能性が大きいと判断しているようです。3回目の討論会で「先物」価格がどう動いたのか、まだ確認していません。
アメリカでは、国民の40%は共和党支持、40%が民主党支持だと言われています。その比率は「45%対45%」とも言われこともありますが、こうした人々は誰が候補者であろうと自分が支持する政党の候補者に投票するものです。そうした人々は、明確な政治的な信念、政治的な立場を持っており、討論の優劣で投票行動を変えたりしないのです。問題は、残りの20%あるいは、10%の“浮動票(swing voters)”と呼ばれる人々がどうした投票活動を取るかです。公開討論会が浮動票にどれだけ影響を与えるかまだよく分かっていません。影響があると分析する学者もいれば、決定的な影響を与えないと主張する学者もいます。討論の内容そのものよりも、討論会がメディアでどう報道されるかの方が大きな影響を与えるのかもしれません。「世論調査が世論をリードする」ということも十分にありえるからです。
そのため両党は、情報操作や世論形成に影響を与えようと様々な戦略を取っています。1回目の公開討論会が行なわれる直前に民主党全国委員会は民主党支持者に対して電子メールを送りました。その電子メールの中で「討論会が終ったらCNNとフォックス・ニュースのウエブサイトにアクセスし、オンライン調査でケリー候補が勝った回答するように」と促したのです。これは、オンライン調査に影響を与える情報操作以外の何物でもありません。ちなみに、フォックス・ニュースは保守派のテレビ局です。
一方、共和党は、保守的なブロガー(blogger)に討論会場に行くか、テレビで討論を見ながら、それぞれのブログ上でケリー候補の主張に即座に反論するように求めました。その結果、5000以上のブログで“デベート・フィード(debate-feed)”が行なわれたと言われています。アメリカでは、ブログは個人が自分の主張を展開するために利用されています。従来の主要なメディアが発信する情報とは異なった重要な情報源になりつつあります。1回目の公開討論会が終った後、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙は各メディアが討論会をどう報道したかを詳細に報道しています。その中に『ニューヨーク・タイムズ』紙や『USAトデェー』紙などの主要新聞に加え、「ブロガー」の項目を作り、かなりの数のブログを取り上げ、討論会がどう評価されているか要約しています。
そのほかにも、共和党はマイアミの討論会会場に20名以上のスタッフを送り込み、ケリー候補を批判するために「アタック・マトリックス」を作成し、インターネットで逐一情報を提供するなど、緻密な情報戦略を展開しています。
もちろん、ブロガーの活動は共和党系の人々だけに留まるものではありません。2回目の公開討論会でブッシュ候補の背広の背中に皺が寄っているのを発見し、ブッシュ候補が無線でスタッフの支援を得ていたのではないかとインターネットで指摘したのは、おそらく民主党系のブロガーたちでしょう。
討論会での対応に留まらず、浮動票を掘り起こすために共和党は「マルチレベル・マーケッティング(multilevel marketing)」という手法を活用し、民主党は「F2F」という戦略、すなわち「フェイス・ツー・フェイス」といわれる手法を使って、支持層の掘り起こしを図っています。草の根から支持層を掘り起こそうとしているのです。今回の選挙では、新規登録者数が急増していますが、それは両党が従来は投票所に足を運ばなかった人々に登録を行い、投票するように呼びかける運動を展開した結果です。
さらに今回目立ったのは、テレビ・コマーシャルです。特に「スイング・ステート(swing states)」とか「バトルグラウンド・ステート(battleground states)」と呼ばれる“浮動州”で集中的に行なわれています。ニューヨーク州とかカリフォルニア州など選挙人数は多いが、選挙結果がほぼ決まっているような州ではほとんどテレビ・コマーシャルは行なわれませんでした。『ロサンジェルス・タイムズ』紙の記者が、「スイング・ステート」の1つであるウィスコンシン州のある町に2日間滞在したとき、2日間だけで実に382回の選挙コマーシャルがテレビで流れたと報告しています。「Swift Boat Veterans for Truth」というベトナム復員兵の団体がテレビ・コマーシャルを使って、ケリー候補がベトナム戦歴を偽っている攻撃し、ケリー候補に深刻なダメージを与えました。また、保守系放送局で、主に「スイング・ステート」に62のテレビ局を持つ「シンクレア・ブロードキャスティング・グループ」は、30年前のケリー候補の上院での証言を取り上げたドキュメントを放送する計画を発表しています。その狙いは、ケリー候補が“反戦候補”であるということを訴えることにあります。今のアメリカで“反戦候補”というのは有権者にマイナスのイメージを与えるのです。ちなみに、“リベラル”という言葉もマイナス・イメージを持った言葉になっています。情報を制するものが勝利を収めるというのが、大統領選挙の大きな特徴の1つになっています。単に公開討論会で勝利を収めるだけでは、十分ではないのです。
最後に、3回目の討論会で気がついたのは、「宗教」に対する質問があったことです。両候補とも「神への信仰」を語り、討論会の締めの言葉に「神に祝福あれ」と答えたことです。ブッシュ候補が「神が平和を与えてくれる」と語ったのに対して、ケリー候補は「神はすべてを与えてくれる」と答えていました。アメリカ精神の底には、キリスト教があるのです。宗教と政治については、いつか書くチャンスもあると思います。
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