中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/1/15 土曜日

政治家アーノルド・シュワルツネガーを採点する:将来の大統領候補になりえるか

Filed under: - nakaoka @ 3:12

1月14日に東京アメリカン・センターでニュー・アメリカン・ファンデーションのRay Boshara 氏が”Ownership Society”について講演をしました。講演に先立って同氏を囲んで昼食会が持たれ、私もそれに招待され、議論する機会を得ました。この”Ownership Society”は面白いテーマでいつか書いてみたいと思いますが、今回は俳優であり、現在はカリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツネガーについて書きます。どうも日本人は相手をちゃんと理解しないで印象で物をいう傾向があります。たとえば今でもドナルド・レーガン大統領という名を聞くと、「ああ、あの俳優あがりの大統領か」と反応する人が多いのではないでしょうか。レーガンは、アメリカの共和党員や保守主義者にとって”偶像的”な存在であり、アメリカ社会の保守化の過程で重要な役割を果たした人物です(その詳細は拙著『アメリカ保守革命』をご一読ください。書評も本ブログの中に収録されています)。もちろん、彼の主張に同意するか、反対するかは別問題ですが、まずその主張を知ることが重要だと思います。シュワルツネガー知事についても同じことが言えそうです。今回、彼を取り上げることにしたのは、彼が1月6日に州議会で「施政方針演説」を行い、大胆な改革案を提案したからです。

まずは小さな薀蓄から。大統領の「施政方針演説」(あるいは「一般教書演説」ともいう)のことを「State of the Union address」と言います。ちなみにアメリカでは3大教書があります。今触れた施政方針演説である「一般教書」と「予算教書」それと「経済教書」です。いずれにせよ、「State of the Union」演説は、国家の代表としての演説であるのに対して、州知事の施政方針演説は「State of the State address」といいます。シュワルツネガー知事は1月6日に行なった「State of the State address」で、800億ドルの財政赤字を抱える州財政を解決するために幾つかの改革案を提案しました。同州の財政状況は破綻的な状況にあります。彼の表現を借りれば「アメリカン・ドリームのシンボルであるカリフォルニア州は経済的な破綻に直面している」のです。まず彼は、州財政を均衡させることを訴えました。2004年3月に行なわれた選挙で彼は「提案58号(Proposition 58)」を提案し、71%の支持を得ています。この「提案58号」は、強制的な財政均衡を求めたものです。

今回の施政方針演説は彼が知事に就任して2度目のものですが、今回も財政均衡を最優先政策として訴えています。彼は、財政赤字問題を次のように説明しています。「歳入は問題でなく、歳出が問題だ」と。そして「財政均衡は増税なくして達成する」と決意を語っています。要するに、財政均衡を果たすために大胆な歳出削減をする必要があると言っているのです。そのためには、従来の既得権構造を打ち破らなければならないとして「政治的な勇気は政治的な自殺行為ではない。ロビイストを無視し、政治を無視し、人々を信頼すること」が重要であると、その基本的な姿勢を明らかにしています。ここでいうロビイストとは、民主党を基盤とする組織、具体的には州教員組合を指しています。カリフォルニア州では「提案98号」で州の歳出の40%を公立学校に支出しなければならないと決められています。したがって、歳出問題を処理する最初のターゲットは教育支出ということになります。

現在、カリフォルニア州は「K-12教育」プログラムに年間500億ドルを支出しています。シュワルツネガー知事は、この支出が十分に成果を上げていないと槍玉に挙げ、非常に多くの学生が中退し、試験の成績も劣悪で、卒業水準に達していないと指摘しています。その攻撃の標的にされているのが、「カリフォルニア州教員組合(California Teachers Assocaition)」です。彼は、教育の成果があがっていないのは、教員の努力が不十分であると考えているようです。そして、教員の質をあげると同時に歳出を削減するために教員の給料を「年功制」から「能力給制」に変えることを提案しています。彼は「私たちはまず教師の問題から始めなければならない。私は一生懸命働いている教師に報いたい。しかし、現行制度では、それはできない」と訴えています。さらに続けて「子供たちを犠牲にして教師を保護してはならない」と極めて挑発的な発言を行なっています。彼は、民主党の基盤である教師を攻撃し、同時に賃金を抑制することで教育関係の歳出を削減することを狙っているのでしょう。「これは大きな政治的な戦いである」と述べているように、彼は教員組合と真正面から対立する覚悟を披瀝しています。

教育関連の問題で具体的な攻撃対象となっている組織は「The Youth and Adult Correction Agency」です。同局は、年間予算60億ドル、従業員数5万4000人を抱える大組織です。「コレクション」というのは「矯正」という意味で、英語で「コレクション・センター」というと婉曲に「刑務所」を意味します。ドラッグや様々な問題を抱える青少年の更生を進める組織です。これに対して彼は「あなたたちは若者が刑務所で死に、権力が乱用されていると報告している新聞を読んでいないのか」と同組織が十分に機能していないことを指摘し、組織再編の必要を訴えています。

改革の矛先は州政府の職員にも向けられます。なぜなら、財政赤字のもう1つの要因が、公務員年金にあるからです。知事は「年金制度は破滅に向かって進む列車である」と指摘し、このまま放置すれば州財政は破綻すると警告を発しています。年金支給額は4年前は年間2億ドルであったものが、昨年は26億ドルにまで増えているのです。年金財源を減らすために、彼は従来の「確定給付型年金制度」を「確定拠出型年金制度」に変更する提案を行なっています。「確定拠出型年金」は、日本では「401(K)」として知られている制度です。アメリカの民間企業の大半が「確定拠出型年金」を採用しており、州政府も同様の年金制度に移行するということです。ただ、これも労働組合がすんなり納得するかどうかは別です。

さらに大胆な行政改革を提案しています。約100の委員会などを一掃すると約束しています。「月に数回しか委員会に出てこない人に10万ドルの報酬を払うといった慣行はやめる」と演説しています。さらに州議会の選挙制度の改革も訴えています。議員定員は153名で、民主党と共和党の色分けはまったく変わらない状況が続いています。一種の”ゲリマンダー的”な選挙区制度になっており、議員の既得権を守り、有権者の意思を十分に反映していないとして、独立した選挙区の見直しを行なうパネルの設置を提案しています。彼は「現行の制度は議員に恩恵をもたらすものであって、議員を選んだ人々に恩恵をもたらすものではない」と語っています。

また、州の交通システムの改革や処方医薬品の価格引下げなどの提案も行なっています。全体としては、”小さい政府”を主張する共和党の政策路線に沿った政策であることは間違いありません。積極的な行革を訴えるシュワルツネガー知事の施政方針演説に最初は喝采を送っていた民主党議員たちは、次第に黙り込んでいったのも、彼の改革を実行していくことは民主党の支持基盤を損なうことになるからです。こうした改革に対して、企業に対する優遇措置など他にも見直す必要がある問題はあると批判する声も出ています。こうした批判に対して、彼は州民に直接訴えるという政治手法を取っています。

前に書いたように彼はレーガン大統領と頻繁に比較されます。1つには両者とも俳優であったこと、またカリフォルニア州知事に就任しているからです。最近、シュワルツネガーを大統領に推す声も出てきています。アメリカでは、移民は市民権を持っていてもアメリカで生まれていないと、大統領になれないという法律があります。それに対して憲法を修正して移民でも大統領に就任できるようにすべきであるという動きも出てきています。これは彼が政治を志す前に提案されたものですが、2000年にバーニー・フランク下院議員が憲法修正を提案しています。2003年にオーリン・ハッチ上院議員が憲法修正案(the Equal Opportunity to Govern Amendment)を提案しています。今後、こうした動きがさらに出てくる可能性もあります。

レーガンも州知事になったとき、同州は巨額の財政赤字に直面していました。レーガン知事は財政赤字問題を解決したことで、その政治的手腕を評価され、大統領への道が開けたのです。シュワルツネガーも財政赤字問題を処理するために知事に就任し、大胆な改革を進めています。もし”ゴールデン・ステート”が蘇れば、「シュワルツネガー大統領待望論」が冗談ではなく、現実味を帯びてくるかもしれません。

彼の支持率は極めて高いのです。2003年10月7日に行なわれた選挙の投票率は48.6%、130万票を獲得して知事に当選しました。2004年5月に行なわれた世論調査では、支持率は65%でした。これは過去45年間で、知事の支持率としては最高のものです。レーガンでさえ、知事在任中に支持率が60%を上回ったことはないのですから、驚異的な支持率といえるでしょう。

レーガンは、ゴールドウォーター上院議員を共和党大統領候補に選んだ1964年の共和党全国大会で「選択の時がきた(a time for chooseing)」と演説し、一躍脚光を浴び、それ以降、有力な大統領候補と見なされ、1980年の大統領選挙で大統領に当選します。昨年のブッシュを共和党大統領候補に選んだ共和党全国大会に出席したシュワルツネガー知事も、レーガンと同じフレーズ「選択の時がきた」を使って演説しています。また、大統領選挙の最後の日、ブッシュはオハイオ州で遊説を行いましたが、それに同行したのはシュワルツネガー知事でした。既に共和党の中で存在感を示しつつあるといえるでしょう。単なるタレント政治家ではないのです。

ハリウッドはどちらかといえばリベラルな人が多いのですが、オーストリアからの移民の彼がどうして共和党を支持するようになったのかも面白いテーマです。彼は自分のことを「財政的には保守的だが、社会問題では穏健派である」と語っています。いつか機会があれば、その話も書いてみたいと思っています。余談ですが、シュワルツネガーは1968年にオーストリアからアメリカにきていますが、そのとき英語はまったく話せませんでした。しかし、その10年後の1979年にウィスコンシン大学を卒業しています。アメリカの市民権は、1983年に取得しています。

3件のコメント

  1. こんにちは。ご無沙汰しております。

    シュワちゃんはなかなかやりますね。
    カリフォルニア州の「増税なき財政再建」は、ブッシュにとっても日本にとっても指標になりそうです。

    ところで申し遅れましたが、私のサイトでこのブログを紹介させていただきました。
    http://tameike.net/diary/jan05.htm
    「かんべえの不規則発言」1月10日分です。
    今後ともよろしく。

    コメント by よしざき — 2005年1月15日 @ 09:42

  2. シュワルツネッガーが単なる俳優上がりの政治家でないとのお話、重要な指摘ですねえ.私、70年代始め学生だったころ、時事通信のT氏(今は著名な政治評論家)がレーガンを単なる俳優上がりと思ったら大間違い、彼は必ず大統領になるよと言われたのを思い出しました.ジャーナリストは鋭い.中岡さまのコメントもひょっとすると・・・.

    コメント by M.N生 — 2005年1月17日 @ 17:28

  3. 吉崎君がサイトで紹介してから拝見しています。シュワちゃんは以前から注目しているのですが、カルフォルニア災害が多くて大変ですね。以前邦銀の先輩がいたころロスとSFはかなり離れていると電話で聞いたこともありますが大きな地域をうまく統治できれば確かに次のSTEPも大いに考えられますね。

    コメント by 星の王子様 — 2005年1月18日 @ 20:00

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