中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/1/19 水曜日

国務省の新ライス・チームの誕生でアメリカの外交政策に変化が出るのか?

Filed under: - nakaoka @ 1:42

アメリカの政治が動き始めています。まずブッシュ大統領の就任式があり、ライス次期国務長官の議会での承認のための公聴会が開かれます(米国時間の18日と19日に上院外交委員会で開催)。第2期ブッシュ政権の当面の最大の関心は、国務省人事がアメリカの外交政策に変更をもたらすかどうかです。最近、良く聞くことは、第2期ブッシュ政権は”現実路線”に転向するのではないかということです。そして、その例として80年代の第2期レーガン政権が引き合いに出されます。第1期レーガン政権は「悪の帝国」という言葉に象徴されるようにソビエトに対する対決政策を前面に押し出していましたが、第2期政権になると話し合い路線に転換して行きます。第1期ブッシュ政権も「悪の枢軸」を掲げ、攻撃的な外交政策を展開してきました。第1期政権の国務省スタッフであるパウエル国務長官、アミティージ国務副長官、ボルトン国務次官のトップ3が全員交代し、ライス国務長官、ロバート・ゼーリック(Robert Zoellick)国務副長官、ニコラス・バーンズ(Nicholas Burns)国務次官、ロバート・ジョセフ(Robert Joseph)国務次官の新チームが外交政策を担うことになります。以下では、国務省の新布陣が第2期ブッシュ政権の外交政策にどのような影響を与えるか分析します。

前に書いたブログで、ライスが希望したポストは国務長官ではなく国防長官でした。しかし、ホワイトハウスはラムズフェルド国防長官の留任を決めます。ウィリアム・クリストルなど一部のネオコンは、イラク戦争に対する取り組みが不十分だとしてラムズフェルドの更迭を主張していました。だが、ホワイトハウスにとって、ラムズフェルド更迭はイラク戦争の失敗を認めることになるとして、留任が決まりました。その結果、国防長官を希望していたライスに国務長官のポストが回ってきたのです。だが、ライスは必ずしも乗り気ではなかったと伝えられています。ライスに国務長官のオファーを引き受けるように説得したのが、ゼーリックだといわれています。そして、ライスは、ネオコンが期待していたボルトンの国務副長官への昇進を拒否し、パートナーの副長官にゼーリックを選んだのです。ゼーリックの副長官就任で国務省を完全に影響下に置くというネオコンの野望は潰えました。

ライスが国務長官、ゼーリックが国務副長官になれば、アメリカの外交路線が”現実主義”に転換するという期待があります。が、この二人が現実派あるいはプラグマチストであることは確かですが(それは後で詳述します)、パウエル・アミティージ・チーム以上に”現実的”になるというのは、あまり説得力のある説ではない気がします。ライスの最初の任務は国務省の建て直しです。チェイニー副大統領、ラムズフェルト国防長官、ライス安全保障顧問を軸とするホワイトハウスと、パウエル、アミティージが指揮する国務省は、外交政策を巡って対立を繰り返してきました。そうした抗争を経て外交政策のイニシアティブは次第にホワイトハウスに移り、国務省は外交政策の決定過程からはずされていきました。その結果、いわば「二元外交」的な状況が起こっていました。それがパウエル国務長官の孤立を招いたのです。しかもパウエル国務長官は、獅子身中の虫といえるネオコン(ホワイトハウス派)の一派であるボルトン次官を抱え込んでいました。ライスがまず対処しなければならないのは、外交政策で影響力を失った国務省をどう政策決定プロセスに復帰させるかです。

すなわち、第1期政権の延長線上で国務省の影響力をさらに削減するのか、それとも外交政策決定過程で国務省の影響力の再建を図るのかという選択をしなければならないのです。ライスはホワイトハウスで外交政策の策定に携わってきたことから判断すれば、国務省の影響力をさらに削減するということになるのでしょう。もし、それを狙うなら、ネオコンが期待していたようにボルトンを副長官に昇格させるのが一番の近道です。そうなれば、ネオコンが勢力を持つホワイトハウスと国務省の外交政策を巡る対立は”解消”され、妙な形ですが、外交の一元化が実現することになります。だが、ライスが選んだのはゼーリックであって、ボルトンではありませんでした。結論からいえば、ライスは、国務省と和解し、もう一度、国務省をホワイトハウスと一体化しながら、外交政策の決定過程に組み入れようとしているのです。例えば、国務省に対する融和政策として国家安全保障会議に国務省のスタッフを登用したり、国務省キャリアであるニコラス・バーンズやロバート・ジョセフを国務次官に昇格させる人事は、明らかに国務省へ秋波を送った人事とみることができます。

要するに、従来の二元的な外交政策を一本化するというのがライスの使命であり、狙いなのです。巷間、ライスをネオコンの一派と見る見方が強いようですが、私は必ずしもそうは判断していません。そのことについても、本ブログの別の記事の中で触れていますので、参照ください。では、ライス・ゼーリック・バーンズ・ジョセフのチームになると、ブッシュ政権の外交政策は”柔軟路線”あるいは”現実路線”に転換するのでしょうか。この新チームを詳細に見ると、パウエル・アミティージ・チームよりも柔軟かつ現実的というには無理があります。新チームは、あきらかに旧チームよりも思想的には強硬派なのです。ネオコンとは違った意味で、ライスやゼーリックは、アメリカの軍事的優位性を維持しながら世界秩序を再構築しようとしているのであり、確かにネオコンほどイデオロギー的ではありませんが、”ハード・ライナー”であることに変わりはありません。

ちなみにライスとゼーリックは父親のブッシュ政権の時に国家安全保障会議で一緒に働いたときからの関係です。また、現ブッシュ大統領がテキサス州知事の時に二人とも、外交顧問としてブッシュ知事の元で働いています。ゼーリックは元々ブッシュ一族と近いジェームズ・ベーカー元国務長官(レーガン政権)と極めて近い関係にあり、ベーカーを通してブッシュ一族のインナー・サークルに入った人物です。

ぜーリックはUSTR(通商交渉部)代表からの異動になります。したがって、第1期ブッシュ政権では閣僚の一人でありながら外交政策の局面に登場することはありませんでした。しかし、ゼーリックはネオコン・グループに属している人物なのです。彼は、ウィリアム・クリストルなど代表的なネオコンが結集している研究グループの「Project for New American Century」 のメンバーでした。しかも、1998年に同プロジェクトはサダム・フセインの排除を要求する書簡をクリントン大統領に送っていますが、ゼーリックはそれに署名した18名のうちの1人です。また、ブッシュ政権の外交政策に「悪」という概念を持ち込んだのも、ぜーリックだと言われています。彼は「現代の共和党の外交政策はアメリカを嫌悪する”悪(evil)が依然として存在していることを認識すべきである。我々は核兵器や化学兵器を開発しようとしている敵と直面しているのである」と書いています。

ゼーリックは、ブッシュ政権(父)のもとで「NAFTA(北米自由貿易協定)」の締結のために働き、国務次官補としてAPECフォーラムの設置でイニチアティブを発揮し、1991年と92年にはブッシュ大統領のシェルパとしてG7の準備会議にアメリカ政府を代表して参加しています。最近では、「中央アメリカ自由貿易協定(CAFTA)」の交渉に携わっています。こうした経歴を見ると、彼は”自由貿易論者”のように見えますが、彼の自由貿易論はあくまでアメリカの国益を守り、国益を促進するための手段に過ぎないのです。かれは「WTO(世界貿易機構)」の多国間交渉方式に批判的で、二国間での通商交渉を主張しています。ですから、彼の外交政策として予想されることは、今まで以上に安全保障と経済問題をリンクした戦略を打ち出してくる可能性があることです。ネオコンが経済音痴、政治優先主義であるのに対し、ゼーリックは経済問題を熟知しているだけに、日本としては厳しい対応を迫られる局面があるかもしれません。なお、ゼーリックは、最初は副長官就任を渋ったと伝えられています。その理由は、この夏に世界銀行総裁のポストが彼に準備されたいたからです。が、ライスとは盟友関係にあり、最終的にライスの要請を受けたのです。

では、ニコラス・バーンズ国務次官は、どんな人物なのでしょうか。彼は国務省のキャリアで、現在、NATO大使からの異動になります。彼は、民主党政権であるクリントン政権のクリストファー国務長官とオルブライト国務長官のスポークスマンを務めています。ギリシャ大使も務めています。彼もブッシュ政権(父)のとき、ライスと国家安全保障会議のスタッフとして一緒には働いており、それ以来、二人は極めて近い関係にあります。また、クリントン政権の93年から95年までロシア担当の大統領顧問をしており、同じくソビエト・ロシア専門家のライスと問題意識に共通するものがあります。また、彼は外交官として83年から87年までエジプト大使館に勤務しており、中東情勢にも精通しています。第2期ブッシュ政権の大きな課題は中東問題であるだけに、彼の経験は貴重でしょう。

ライスは、ゼーリックにせよ、バーンズにせよ、非常に自分に近い人物を選んでいます。もう一人のロバート・ジョセフ次官はどうでしょうか。彼を有名にしたのは、CIAの反対を押し切って2003年のブッシュ大統領の一般教書演説の中に「イラクが核兵器開発のためにウラニュームを購入した」という”16文字”を挿入したことです。それは、大量破壊兵器の話と同じように、事実でなかったことが明らかになります。いわが大失態をしたのですが、今回は昇格人事ということになります。彼もまた、国家安全保障会議のスタッフとしてライスに仕えています。したがって、彼もライスの”インナー・サークル”の人物と見なすことができると思います。要するに、ライスは重要なポストはすべて自分となんらかの関係があった人物を選んでいるのです。では、彼の政策思想は、どんなものでしょうか。2001年に発表されたNational Institute for Public Policy のレポートの中で彼は実際に”利用(usable)”できる小型の核兵器の開発を主張し、アメリカの核兵器の”ヒット・リスト”を拡大するように主張しています。さらに、アメリカが核兵器を使うかもしれないシナリオを増やすようにも主張しています。基本的には、彼もタカ派と見るべきでしょう。ただ、私の調べた限り、ネオコンとの接点は見つかりませんでした。

すこし長くなりました。明日、大学の授業があり、原稿の締め切りも迫っています。あまり時間がない状況での執筆で、少し粗い分析になりまた。結論的にいえば、ライス国務長官の誕生でアメリカの外交政策が一元化することになるのは確かです。今までのようにイデオロギー過剰のネオコン的外交政策はもっと現実的なものになるでしょうが、それは”ソフト”になることではありません。いずれも、アメリカの国益を最優先する人たちであり、アメリカの軍事的な優位性に基づいて世界秩序の再構築を目指している点で、ネオコンと基本的に変わるところはありません。ただ、ライス国務長官の最初の仕事はブッシュ大統領の欧州訪問です。これは、イラク問題でこじれきった同盟国との関係修復を狙ったものです。またフランスのシラク大統領をワシントンに招き、会談を予定しています。まず足元を固めるという現実的な判断でしょう。ただ、可能性は少ないですが、議会がライス国務長官を承認しなければ、以上に述べた人事は実現しないことになります。

3件のコメント

  1. ライスについての報道が増える中、参考しさせていただきます。

    コメント by 星の王子様 — 2005年1月19日 @ 04:30

  2. いよいよライス国務長官登場ですか.アメリカ史をフォローしてきた小生としては、あのアラバマ(アラバマ物語といういい映画がありましたねえ)の黒人少女がトマス・ジェファーソンやジョン・Q・アダムズがかつて就任したポストに就くなんて、ちょっと感無量.アメリカ社会のダイナミズムを感じますなあ.けれども、ライスさん、その思想と行動が今一つ読めない.政治的リアリストであることはもちろんだが、強硬派的でもある.アメリカの理念を広めたいという理想派的なところもありそうだ、結局、非常に多層的なアメリカの政治文化の襞の中まできちんと読まないといけないのでしょうね.中岡さん、核心にせまるアメリカ分析を期待してますよ.

    コメント by M.N生 — 2005年1月20日 @ 15:26

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    トラックバック by   Fagus Forest — 2005年1月24日 @ 21:10

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