中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/2/5 土曜日

グリーンスパン連邦準備制度理事会議長の国際金融講義(1):外為相場の予測は不可能である

Filed under: - nakaoka @ 23:09

先週の金曜に偶然NHKのBSで「真田風雲録」という映画を見ました。全共闘運動さなかの大学時代に大学の講堂で見て、大いに笑い、そして最後に感動と、どうしようもない切い気持を覚えた映画です。独断と偏見を覚悟で言えば、日本映画にまだエネルギーがあった時代に作られた最高傑作の1つだと思っていました。今回、改めて見て、その念をいっそう強くしました。考えてみれば、原作・脚本が福田善之、音楽が林光なのですから、面白いのは当然かもしれません。渡辺美佐子も初々しい。1963年の作品です。甘酸っぱく、同時に挫折する青春の思いを描いた映画です。中村錦之助が演じる猿飛佐助などの若者が真田幸村の元に集まり徳川勢と戦う「真田十勇士」の物語です。まだ「前衛」という言葉が生きていた時代の映画であり、大阪城攻防をちょうど60年安保に重ね、その「前衛」と言われた人々の”偽善”を軽やかにかつ辛らつに批判した映画です。政治に翻弄される若者の姿を描いた作品で、私にとって青春映画の1つです。ふと、そんなことを最初に書いて見たくなりました。前回のブログで「諜報社会アメリカの現実」を書くと予告しましたが、資料を集めるのに時間がかかっており、その前に2~3書いておきたいテーマがあり、それを先に書くことにします。まずは、標題のアメリカの中央銀行総裁にあたるグリーンスパンFRB議長の国際金融講義です。同議長の最近の2つ演説をベースに、同議長の理論を説明します。やや小難しいテーマですが、できるだけ分かりやすく書きます。

このブログを書いているときG7(先進7カ国蔵相・中央銀行総裁会議)が開かれています。この原稿をアップしてからしばらくすると共同声明が発表になるでしょう。おそらく、その中では世界経済の見通しなどに触れると同時に、アメリカの「双子の赤字(財政赤字と経常赤字)」の是正などを織り込んだ、各国が取り組まなければならない課題がそれぞれ盛り込まれることでしょう。でも、なんだか毎回、変わり映えのない内容になっていて、会議が始まった頃のような新鮮な感動は感じられず、マンネリ化した印象は否めません。日本とユーロ諸国は構造改革を進め、景気を刺激し、アメリカは双子の赤字を解消し、世界経済の不均衡を是正しなければならない、というお題目が繰り返されるのでしょう。

グリーンスパン議長は87年から連邦準備制度理事会(FRB)議長の職にありますが、来年1月に理事の任期が切れますが、理事の再任を求めないことで議長の辞任が既定路線になっています。彼の発言もG7の共同声明と同じように最近では”切れ味”が悪くなっており、繰り返しも多くなっています。以前、議長が「為替相場の予測は不可能である。大仕掛けの計量経済モデルを使った相場予想も、コインを投げて占うのと結果は大差がない」という内容の話したのを覚えています(後述する昨年11月の演説でも同様の発言をしており、その英文は「forecasting exchange rate has a success rate no better than that of forecasting the outcome of a coin toss)というものです)。同議長が今年2月4日にロンドンで開かれた会議で行なった演説でも「為替相場を予想することが困難なために経常に影響を与える広範な経済的な力の相互関係を正確に予想することが困難となっている」と語っています。なんだか分かりにくい文章ですが、要するに「為替相場がどう動くか分からないから経常収支の不均衡を作り出すような経済的な相互関係の動向を予想するのは難しい」と言っているのです。

確かに、相場の予想は難しいものです。難しいのは為替相場の予想に限りません。株式相場も、債券相場も、金融相場も同じです。私は80年代の半ばに数年間、東洋経済で為替相場を担当していました。当時、東京市場で知られていた主な為替ディーラーにほぼ全員会い、相場の見通しを取材したことがあります。毎週、為替相場見通しのコラムを担当していました。正直言って、私を満足に納得する理論で為替相場を予想したディーラーは皆無と言っても良かったと思います。数人、素晴らしいディーラーがいたのは事実です。例えば、チャーリー中山という有名なディーラーがいました。彼は理論ではなく直感で相場を見る素晴らしい感性を持っていました。個人的にも付き合いがありましたが、あるとき彼が言った言葉を今でも鮮明に覚えています。「相場が始まるとき、シナリオを作って、”売り”で入るか、”買い”で入るか決める。たとえば、売りで入っても、売っても売っても手ごたえがないことがある。その逆もある。要するに、そんなときは自分のシナリオが間違っていたと判断し、作戦を変える。”手ごたえ”といのは、射撃でもいいし、弓でもいいけど、遠くの的を撃ったとき、当たったときは離れていても感覚的に分かるようなのと似ている。当たったときは確かな手ごたえがあるけど、外れたときは全然手ごたえがない」。そんな内容でした。彼は動物的な感覚を持った人物で、感覚的に相場を説明しようとするので、時には理屈が通らず、何を言いたいのか分からないときもありました。それを私なりに解釈して文章にすると、彼は「そうなんですよ、自分が言いたかったことは中岡さんが書いてくれたことなんですよ」と感謝されたことが何度もありました。

予想することの難しさは、ファンド・マネジャーの予想でも同じでした。マネー誌の編集長をしていたとき、投資信託の取材を随分しました。その過程で多くのファンド・マネジャーにインタビューをしました。その時も為替ディーラーの取材で感じたのと同じ感じを持ちました。「ファンド・マネジャー」という新しい言葉になっているけど実態は「株屋」に毛の生えた程度のファンド・マネジャーがたくさんいました。彼らが無能というのではなく、相場を予想することは、それほど難しいということなのです。

相場は情報で動きます。情報が結果として正しいかどうかは問題ではなく、情報が提供された時に、その情報がいかに「もっともらしい」かどうかが問題なのです。最近の経済学は情報理論を重視しますが、その情報もそうした類の情報なのです。言葉を変えれば、「人々が何を予想し、何を正しいと考えているかが問題」なのです。ですから、いかに人よりも早く情報を入手し、咀嚼するかで、相場に勝てるかどうかが決まるのでしょう。

グリーンスパン議長も、多分、私と同じように相場に対して感じているのではないかと思います。彼は「為替相場を予想することはコインを投げて将来を予測するよりも確率は低い」と言っているのです。偶然、予想が当たり、”カリスマ”に祭り上げられたディーラーやファンド・マネジャーは数多くいますが、常に正しい予想(正確には”賭けで勝つ”こと)ができる人はいないのです。90年代に花形になったカリスマ・ファンド・マネジャーは、一体、どこに行ったのでしょうか?

以下でグリーンスパン議長の最近の2つの演説をベースに、国際金融理論の講義をします。1つは、2004年11月19日にドイツのフランクフルトで行なった演説です。もう1つは、2005年2月4日に行なったものです。昨年の演説は、ドル相場下落の引き金の1つになったとして有名になったものです。ただ、この2つの演説はほぼ同じ内容ですが、少しずつ違うところがあり、その2つを重ねてあわせて説明すると、非常に興味深い国際金融の講義になります。最初の演説を「演説1」と呼ぶことにします。2つ目を「演説2」と呼びます。

今、世界経済の重要な課題の1つは、アメリカの経常収支(貿易収支から貿易外収支を加除したもの)が大幅な赤字になっており、このままの状況が続けばやがて大幅な為替調整が避けられなくなるかもしれないということです。グリーンスパン議長は「アメリカの居住者に対する純請求権(債権)は現在のペースで国際ポートフォリオの中で永続的に増え続けることはできない」(演説2)と言っています。ちょっと直訳的ですが、議長が言っていることは、「アメリカの経常赤字は国際国際投資家がアメリカの債券などに投資することで補填されてきた。資金は対米投資を通してアメリカに還流してきた。しかし、国際ポートフォリオの中でドル資産の割合が今のペースで永遠に増え続けることはできない。したがって、いつの日か、国際投資家はドル資産への投資を減らすか、止めてしまうかもしれない」と言っているのです。その意味は何か?もし国際投資家がドル資産をもうこれ以上持ちたくないと思い始め、ドル資産への投資を止めたら、ドル相場が暴落するかもしれない、ということなのです。グリーンスパン議長が、そんな発言をしたものですから、その発言をきっかけに外国為替市場でドル売りが加速しました。以前に書いたブログでも説明しましたが、11月末に中国の中央銀行のスタッフが、ドル資産での外貨準備の運用を減らすと発言したということが報道され、それとグリーンスパン発言が重なってドル売りに拍車を掛けたのです。中国の担当者は、その後、その報道は誤りであると訂正していますが・・・。

グリーンスパン議長は「経常赤字そのものは問題ではない」(演説1)と言っています。以前、私はノーベル経済学賞をもらったミルトン・フリードマンに数度インタビューしたことがありますが、彼も「経常赤字それ自体は問題ではない」と言っていました。要するに、輸入されたものが、生産性向上に結びついているかどうかが問題であり、将来、輸入の内容が資本財の輸入で、将来、アメリカ経済の競争力を強化するなら、短期的な経常赤字は問題ではないという主張です。ただ、浪費するためだけに輸入しているのであれば、それは将来、アメリカ国民の生活水準を低下させることになることは間違いありません。

グリーンスパン議長も、経常赤字が累積的に増加すると、やがて国際的な投資の流れに変化が起こり、「アメリカの純投資ポジションが悪化する」ことが問題なのであると指摘しています。要するに、「経常赤字を現状のまま放置して置けない」と警告しているのです。さらに結論を言えば、「経常赤字を解消するには、アメリカの貯蓄率を高めるしかない」ということです。貯蓄率を高めるには、財政赤字を減らすか(政府部門で貯蓄を増やす)、個人消費を減らすか(言い換えればリセッションによって個人消費を減らすこと)しか方法はないわけです。もちろん企業部門が貯蓄を増やすこともありえます。個人消費を減らすのは政策的に難しいうえ、政治的にもなかなか許容されないでしょうから、現実的な対応として財政赤字を削減するしか方法がないというのがグリーンスパン議長の基本的なメッセージです。これだけなら、何の面白みもない議論であり、「国際金融講義」としては失格でしょう。もう少し詳細に議長の説明を敷衍してみることにします。

少し長くなりました。今回はここまでにして、続きは次回に回します。

1件のコメント

  1. ジャズとアラン・グリーンスパン。
     (思いつきのとんでもエントリーかもしれません。)

     
     FRBの議長であったグリーンスパン氏がついに任期を終えて、退任する。

     グリーンスパンさんがどれくらいすごいかって

    トラックバック by Taejunomics — 2006年2月3日 @ 11:16

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=70

現在、コメントフォームは閉鎖中です。