中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/2/23 水曜日

グリーンスパン連邦準備制度理事会議長の国際金融講義(2):どうしてアメリカは貿易赤字を続けることができるのか

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最近、気がついたことを2つ。映画「マトリックス2」を見ました。「1」のほうはアニメ「甲殻機動隊」の場面をそのまま実写に移して使っている場面が話題になりました。実は「2」も、日本のアニメを画面を使っています。1つは「風の谷のナウシカ」で、もう1つは「ドラゴン・ボール」です。この後の方のアニメのことは、ほとんど触れられていないのではないかと思います。アニメそっくりの場面がたくさんでてきます。また韓国映画でカンヌ映画祭でグランプリを獲得した「オールド・ボーイ」の原作も日本のマンガです。しかし、この映画は日本ではできないだろうと感じました。それが今の日本映画と韓国映画の勢いの差なのかもしれません。どうも国際的に頑張っているのは、アニメやマンガ作家だけのようです。もう1つは、ライブドアの堀江社長に対する報道の仕方と経済界・政界の批判ですが、この件に関しては私はライブドアの立場を支持します。特に専門家までが、同社がリーマンブラザーズに転換社債を発行し、資金調達したことを取り上げ、「報道機関が外資に買収される」とか、「電波は公共のもと」と真面目な顔をして議論をしているのは噴飯ものである。いったい、今の民放のどこに”公共性”を感じるのでしょうか。資本主義のルールをもう一度、勉強しなおしたほうがいいと思っています。さて今回は、少し間が空きましたが、「グリーンスパン議長の国際金融講義(2)」を掲載します。前のブログでグリーンスパン議長が為替相場を予想するのは「コインを投げるよりも当たらない」と述べていることに触れました。今回は、どうしてアメリカはいつまでも貿易赤字あるいは経常赤字を計上し続けることができるのかを、同議長は説明しています。

アメリカは1971年以降、73年に小幅な黒字を計上して以降、一環して赤字が続いています。ですから、30年以上も赤字が続いているのです。サービス収支を加除した経常収支も71年以降、73年を除き、ずっと赤字が続いています。常識で考えれば、その累積赤字は膨大な額に達しており、ドル相場は大幅に下落してもおかしくはありません。確かに、71年の「ニクソンショック」、73年の変動相場制移行、70代後半のドル暴落、85年のプラザ合意以降の急激なドル高調整と大きな変動がありました。95年代にはドル相場は対円相場で80円台に入る局面もありました。しかし、その後、アメリカ経済がクリントン政権のもとでITブームに湧いた時期にドル高に転じ、2002年初まで上昇が続きます。そして、再びドル高修正が始まり(「ドル高修正」であることに注意してください)、現在のドル安局面に至っています。

指数で表現すると、1973年を100とすると、レーガン政権成立とともにドル相場は上昇し始め、プラザ合意直前の84年には140の水準にまで上昇しています。それがプラザ合意以降87年末までに83位まで落ち込みました。その後、一時的に戻して90を越えますが、95年には再び80に接近しています。その後、徐々に上昇に転じ、2002年初めには110を上回る水準までドル高が進んでいます。

貿易赤字は97年以降、急激に増加しています。これはドル高の影響とアメリカ経済が高成長を実現したためです。アメリカ経済がリセッションに陥った2001年に貿易赤字は一時的に縮小しますが、2002年以降、再び上昇に転じます。金額で見てみますと、ドル高鏡面が始まる95年の貿易赤字は1741億ドル(経常赤字は962億ドル)でした。98年に貿易赤字は2466億ドル(経常赤字は1648億ドル)と、2000億ドル台に乗ります。99年には3460億ドルの貿易赤字(2632億ドルの経常赤字)とさらに赤字幅が拡大、アメリカ経済がリセッションに陥った2001年の貿易赤字は290億ドル赤字が減って4271億ドル(経常赤字は3626億ドル)になりますが、2002年には再び貿易赤字は4828億ドル(経常赤字は4217億ドル)と増えています。2003年の貿易赤字は5475億ドル(経常赤字は4965億ドル)へと膨らみ、その勢いは2004年に入っても続いています。

もう1つの指標を計算してみます。それはGDPに対する貿易赤字の比率です。80年には0.91でしたが、82年に1.12%に上昇、84年に2.89%、86年に3.25%と上昇していますが、アメリカ経済が後退した90年、92年には1.19%、1.28%と低下しています。しかし、94年から再び2%台に上昇、99年には3.73%と3%台になり、2000年には4.60%と台と4%台に入り、2004年は5%台にまで上昇しています。

貿易赤字の絶対額でみると、2000年以降の状況は急激に悪化しているのです。貿易赤字の対GDP比率で見る限り、85年のプラザ合意が行なわれた当時の状況よりも、現在の状況は悪化しているのです。とすれば、世間で言われているように、さらにドル安が進んでも不思議ではない状況です。現実に、年内に1ドル=100円の大台を割る円高ドル安が起こっても不思議ではないのです。

ただ、長期的に見れば、30年以上にわたって貿易赤字を毎年計上しているのなら、もっとドル安になってもいいではないかというのが、常識的な判断だと思います。貿易赤字を説明する要因は2つあります。1つは所得効果からの説明です。成長格差があれば、成長率の高い経済は輸入が増えます。これを所得効果と呼びます。もう1つは価格効果です。ドル安になればアメリカ製品の価格競争力が高まり、輸出が増えます。逆に輸入品のドル価格は上昇して、輸入は減ります。その結果、貿易収支は改善します。ドル高だとアメリカ製品の価格競争力は低下し、輸入品価格が下落するので、貿易収支は輸出減、輸入増で悪化するはずです。貿易収支は、この所得効果と価格効果の両方の影響を受けるわけです。2001年に貿易赤字が縮小したのは、アメリカがリセッションに陥り、需要が減ったことが貿易赤字縮小につながったのです。これは所得効果によるものですが、このときの為替相場はドル高局面だったのです。とすると、貿易赤字縮小は価格効果によってもたらされたとも言えるかもしれません。という具合に、現実の世界はそう簡単に説明できないのです。どの要因がどう働いたかを識別するのは容易ではありません。成長、為替相場、貿易収支はお互いに影響しあいながら、同時決定されるので、1つの要因で他の要因を説明するということができないのです。

以上は、グリーンスパン議長の講義の前提の話です。以上を踏まえて、グリーンスパン議長の講義に入っていきます。本来なら貿易不均衡は為替相場の変動を経て調整されるというのが基本です。アメリカが貿易赤字を計上するということは、外国為替市場でドル売り、他の通貨買いの取引が行なわれます。もし2つの国しかないのなら、ドルは常に売りで、もう1つの通貨は常に買いになりますから、ドルの売価(為替相場)は当然下落するはずです。それを現実の世界に敷衍すると、アメリカの恒常的な貿易赤字(あるいは経常赤字)は常にドル売り圧力となり、どるの長期的な下落を引き起こすはずです。だが、現実は、そうはなっていません。なぜでしょうか。そこでグリーンスパン議長の講義が始まります。

経済学的な貿易収支の説明は、国内貯蓄と国内投資の関係で説明することができます。もし国内貯蓄=国内投資なら、貿易収支は均衡します。要するに、国内で生産されたものは、まず国内で消費されます。消費されない部分は貯蓄として残ります。その貯蓄が投資に向けられます。したがって貯蓄=投資なら、輸出する財は存在しないわけですから、貿易収支はゼロのはずです。しかし、国内で消費もされず、投資もされない部分は、輸出に向けられます。逆にいえば、貯蓄以上の投資を行なっている国は、海外から財を輸入することになります。なぜなら国内で生産された財は消費され尽くしており、もう投資に回す余地がないので、国内で投資をしようとすれば海外で生産されたものを輸入するしかないからです。それは貿易赤字となります。

そこで、グリーンスパン議長は、国内貯蓄と国内投資の比率を問題にします。同議長は「対外不均衡の拡大は国内貯蓄と国内投資の間にある密接な結びつきが低下していることを反映している」といいます。先進国の間の貯蓄と投資の比率は、1992年は0.92した。要するに貯蓄の92%は国内で投資されていたのです。ところが2003年には、この比率は0.8にまで低下しているのです。要するに、貯蓄のうち国内で投資される比率が低下しているのです。この計算は、ハーバード大学のマーチン・フェルドシュタイン教授と大阪大学のチャールズ・ホリオカ教授の試算によるものです。今までのブログを読んでこられた読者は、フェルドシュタイン教授については何度も触れているのでご存知だと思います。チャールズ・ホリオカは日系アメリカ人でハーバード大学ではフェルドシュタイン教授の教え子です。彼はおそらく私が知るところでは、最初の外国人で日本の国立大学の正教授になった人物だと思います。ちなみに、かれが81年にフルブライト奨学金で日本に留学してきたとき、同じ期間、私もハーバード大学に行っており、その間、ホリオカ夫妻は東京の我が家に1年間住んでいました。

話を戻します。国内貯蓄が国内で投資されることを経済用語では「ホーム・バイアス」というそうです。もっと専門的な言葉を使うと「国内で国内貯蓄を投資する地域的傾向(the parochial tendency to invest domestic savings at home)」というそうです。では、こうした国内貯蓄と国際投資の間の「ホーム・バイアス」が低下してきたのはなぜでしょうか。それは貿易の自由化が進むと同時に、資本の自由化が進んできたことが大きな理由だと、同議長は説明します。「情報技術と通信技術の進歩が世界の分断されていた市場の距離を短縮した。こうした技術の大幅な改善によって投資家の視野が広がり、海外投資がそれほど奇妙でもなく、リスクも小さくなった」のです。規制緩和と技術革新が経済主体を遮断していた障壁を崩し、それが国際化を促進し、その結果、コストを低下さることになりました。そして「金融市場の参加者は国際市場で投資をするようになった」のです。すなわち、貯蓄が海外で投資される機会が増加したのです。その資金が海外で投資に向けられるようになったのです。

その結果、何が起こったか。グリーンスパン議長は「アメリカが貿易赤字のための資金調達を行なう能力を明らかに高めた」と言います。要するに、投資の「ホーム・バイアス」(貯蓄が輸出されず、国内で投資される傾向が強いこと)が大きな時代では考えられないほど資本移動が自由になり、その資金がアメリカに投資されるようになったことで、アメリカは貿易赤字の資金を賄えるようになったというのです。アメリカの貿易赤字=海外の貿易黒字の関係にあります。特に、この数年は、この関係が明白で、世界経済は対米輸出で成長を維持してきました。それは各国で超過貯蓄が発生していることを意味します。その超過貯蓄がアメリカに投資され、それがアメリカの貿易赤字を賄う資金になっているのです。しかし、この説明では、単に貯蓄投資の恒等式を国際的に拡張して事後的に説明したに過ぎません。世界の超過貯蓄がアメリカに集中するには、それなりの理由が必要です。これについてグリーンスパン議長はどう説明しているのでしょうか。

グリーンスパン議長が指摘しているのは「アメリカの生産性の向上」です。議長は「過去10年間のアメリカの劇的な生産性向上がドル投資の実質リターン(利回り)を高めた」と指摘しています。要するに、単に貿易黒字国のドル資金が機械的にアメリカに還流してきたわけではないのです。投資家が投資するには、投資のリターンとリスクの評価が必要です。1990年代にドル資産に対する投資のリターンが高まったことが、ドル投資を促進し、ドル相場を高めたのです。90年代半ばから2000年頃までドル高の時代であったということは、既に指摘しました。これは情報通信技術の発展を背景にアメリカ経済が高度成長を遂げ、同時に生産性向上が進み、”インフレなき成長”を実現した時代です。ドル高は、当然、輸入を増やします。また、高度成長は需要も増やします。その結果、アメリカの貿易収支、経常収支は悪化したのです。本来なら貿易赤字の拡大はドル安要因ですが、ドル資産の高いリターンはドル高要因です。結果としては、ドル高要因のほうが強く作用したといえます。ここでは海外の中央銀行の運用する外貨準備のことは触れません。それは、後の部分で触れます。ドル資金の還流には幾つか内容があります。まず、直接投資による還流があります。さらに、ポートフォリオ運用のための還流もあります。さらに中央銀行の外貨準備運用のための還流もあります。投資リターンが影響するのは、ポートフォリオ投資です。直接投資はまったく別の要因(たとえば貿易摩擦など)で決まります。外貨準備の運用も、別の要因で説明されます。要するに、外貨準備の運用は一種のポートフォリオ運用かもしれませんが、リターンよりも、流動性や安全性の要因のほうが大きいかもしれません。いずれにせよ、外貨準備の運用は大きな問題なので、最後に触れたいと思います。

では問題は、2000年に入ってアメリカの株式バブルが破裂し、経済がリセッションに陥ったにもかかわらず、アメリカの貿易赤字が拡大したのはなぜでしょうか。グリーンスパン議長は「ドルの実効相場が大幅に下落したのに、アメリカの経常赤字は拡大し続けた」と指摘しています。為替相場調整が生じているにもかかわらず、「価格効果」が発揮されていないと議長は分析します。ドル安は輸入価格を高め、輸出価格を低めます。経済学が妥当する世界では、価格が変動すれば、当然、需給状況が変わってきます。しかし、議長は、価格効果が発揮されていないことが、ドル安にもかかわらずアメリカの貿易赤字が拡大している理由だと主張しています。どういうことかといいますと、輸出業者が自分の利益率を削減して、輸出価格の引き上げを先延ばししたいるのです。輸出業者は単に輸出採算だけでなく、市場シェアを維持したり、自社の流通ネットワークを維持するために、売上を維持しなければなりません。そのためには、為替変動を直接売価に反映させることができないのです。

グリーンスパン議長は、次のような事実を指摘しています。2002年から2004年までにドルの対ユーロ相場と対ポンド相場は30%下落しています。しかしヨーロッパからの輸入品の価格はわずか9%しか上昇していないのです。この間のアメリカ国内の製品価格もほぼ同程度上昇していますから、輸入品の実質価格はほとんど変わっていないのです。したがって、輸出品の価格競争力は為替相場の変動にもかかわらず、ほとんど変化していないのです。

さらに議長は、「単位労働コスト(unit labor cost)」の言及しています。ユーロ地域の単位労働コストは、2002年第1四半期から2004年第1四半期の間に約2%上昇しています。輸出価格の引き上げを抑制し、労働コストの上昇は、ユーロの輸出業者の利益率を20%以上悪化させています。議長は「この2年間にドル下落の4分の3は輸出業者の利益率の圧縮で吸収されてしまった」と指摘しています。では、90年代のドル高の時代はどうだったのでしょうか。1995年から2002年初めまでに輸出業者の利益率は約40%上昇しています。したがって、歴史的にいえば、2002年以降のドル安、利益率の圧縮にもかかわらず、ユーロの輸出業者の利潤率は95年の水準を依然として上回っているのです。要するにドル高の時に輸出業者は、ドル高の恩恵を十分に満喫してきたので、当面、利潤率を引き下げる体力も蓄えられているのでしょう。

しかし、こうした教科書的でない非合理的な経済行動が長期間にわたって続くはずがありません。グリーンスパン議長も次のように指摘しています。「少なくとも2004年の第3四半期からユーロの輸出業者はこうこれ以上、ローカル通貨での輸出価格を下げることを抵抗し始めた。その結果、アメリカの輸入品価格は上昇し始めた」と。やっとタイム・ラグを置いて、為替調整の価格効果が効き始めたのです。その結果、「アメリカの輸入に占めるヨーロッパ製品のシェアはこの1年の間に目だって低下し始めた」と議長は指摘しています。

もう1つ、為替調整の価格効果が効くのに時間が掛かる理由に、議長は「為替のヘッジ」の存在を指摘しています。輸出業者は為替変動に備えて、為替の先渡し予約や先物取引などを行なっています。ただ、通常、長期のヘッジはコストが高いため、短期のヘッジが中心になります。とすると、ヘッジによる価格調整を遅らせる時間はそれほど長くは続かないだろうと議長は言います。「ひとたびヘッジが失効すると、輸出業者はもう為替相場の変動から身を守ることができなくなる。新しいヘッジは新しい為替相場を反映することになる。したがって、ヘッジで為替変動から逃れることに成功しても、それはせいぜい影響を遅らせるだけで、最終的には為替相場の変動の影響を被ることになる」と、議長は指摘しています。ただし、中国のように為替相場をドルにリンクさせている国の通貨は、こうした為替変動の影響を受けないのは当然です。多くのアジアの国は、為替相場をドルにリンクさせています。こうした国は、ドル安の影響をほとんど受けないのです。むしろ、中国の人民元の為替相場の動向のほうが大きな影響を及ぼすのです。

少し長くなりました。あまり長いブログはルール違反でしょう。この続きは(3)で書くことします。以上の説明だけでは、まだ表題の「なぜ貿易赤字を続けることができるのか」の解答になっていません。ぜひ(3)をご期待ください。

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