中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/2/24 木曜日

ブッシュ政権の新人事:ハーベイ・ローゼンが大統領経済諮問委員会委員長に昇格、ブッシュ政権の経済政策はどう変わるか

Filed under: - nakaoka @ 22:16

水曜は大学の最後のクラスでした。学生をアメリカ大使館に連れて行き、マーク・デビッドソン文化担当官にほぼ1時間にわたって現在のアメリカ社会や政治の問題のレクチャーを受け、同氏との質疑応答を行ないました。学生にとって良い経験になったでしょう。同氏の1つのメッセージは「アメリカは必ずしも保守化しているわけではない」というものでした。私はクラスでリベラリズムと保守主義の拮抗関係を歴史的な観点から教えてきましたが、学生は新しい視点を得たのではないかと思います。フリーの仕事をしながら教えるのは大変ですが、学生を教えることは同時に自分が学ぶことでもあり、楽しいものです。今回は「グリーンスパン連邦準備制度理事会議長の国際金融講座(3)」を書くつもりでしたが、新しい大統領経済諮問委員会委員長が決まったので、まずは急いでそれに関する記事を書くことにします。あまり経済問題が続くと、読みにくいかもしれませんが、悪しからず。読者の傾向を見ると、政治や安全保障に関する興味が強いようですが、経済も同様に重要なテーマです。政治的な意味合いも含めながら書くことにします。

マンキュー大統領経済諮問委員会委員長が辞任することは、本ブログの中で何度も触れてきました。その後任として現在、連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンケ理事が最有力であることも書いてきました。マンキューは18日に正式に辞任し、ハーバード大学に復帰することになりました。これはトリビアですが、ハーバード大学の場合、リーブ期間として認められているのは2年間で、それを過ぎるとポストを失うことになります(もし私の記憶が間違っていなければですが)。その後任人事が発表になったとき、ちょっと意外な人事との印象を与えました。新大統領経済諮問委員会委員長に指名されたのは、現在、同諮問委員会の3人の委員のうちの一人であるハーベイ・ローゼンでした。なお3人の委員のうちの一人が委員長になります。元FRB議長で、現在プリスストン大学に戻っているアラン・ブラインダー教授も、この人事について「サプライズだ」と印象を語っています。ダークホースにもあがっていなかった人物です。私も、ローゼンのことを調べようとしたのですが、正直、ほとんど情報がありませんでした。プリンストン大学教授であり、それなりに認められた学者なのでしょうが、ほとんどメディアにはその姿は見えません。彼は2002年10月から委員になっているのですが、他の二人の委員と比べるとほとんど講演も発言もしていません。

簡単に彼の経歴を説明し、最後に彼の経済理論を簡単に説明することにします。現在、55歳で、委員になる前はプリンストン大学教授でした。大学は学部はミシガン大学、大学院はハーバード大学です。スタンフォード大学や、ニューヨーク大学で教えた経験もあります。公共金融(パブリック・ファイナス)の専門家で、税金と起業家、税金と労働といったどちらかというとミクロ経済の専門家で、「ミクロ経済」の教科書も書いています。1989年から91年まで父親のブッシュ政権の時に、税分析担当の財務次官補代理を務めています。その意味では、ブッシュ・ファミリーとは少しは関係ある人物といえるでしょう。93年から96年までプリンストン大学経済学部長を務めています。マンキューは「ローゼンを委員にしたのは自分だ」と語っていますが、委員になったのは2003年10月からです。実は、ホワイトハウス筋の話では、ローゼンは今年の秋にはプリンストン大学に復帰すると言われています。とすると、任期はわずか7~8ヶ月ということになります。ハーバード大学と同様にリーブ期間の期限が2年なら、2005年10月までにプリンストン大学に戻らなければならないことになります。ローゼンが今秋、大学に戻る本当の理由は分かりませんが、おそらくリーブ期間と関連しているのでしょう。

今回の人事は、もう1つ異例なことがありました。それは、大統領経済諮問委員会委員長の人事は閣僚人事に相当するにも拘わらず、ローゼンの人事が発表されたのは、最後でした。優先順位からすれば極めて低いということになります。それほど重視されていない人事なのかもしれません。次期委員長が決まらないために、今秋、大学復帰が決まっているローゼンを”中継ぎ”で任命したのかもしれません。というのは、ワシントンでは依然としてバーナンケが大統領経済諮問委員会委員になるのではないかと噂されているからです。3人の委員のうち、マンキューが辞任し、ローゼンが委員長に昇格したので、まだ1つ委員のポストが残っています。そこにバーナンケが任命される可能性が残っているというわけです。だた、バーナンケについていえば、グリーンスパン議長の後を継いでFRB議長になる可能性も噂されています。ちなみに、バーナンケもプリンストン大学教授で、ローゼンの先生でもありました。

おそらくブッシュ政権の経済政策は「国家経済委員会(National Economic Counsil)」のハバードが中心になって立案するという可能性もあります。ハバードに関しては、既にブログで詳細を説明しました。財務省のスノー長官は閣議の中で極めて弱い立場にあります。また財務副長官のポストも決まっていません。とすれば、財務省の影響力は相対的に低下しているのは間違いないでしょう。さらに、大統領経済諮問委員会の委員長人事が、どうみても”小物人事”であり、しかも”中継ぎ”人事となると、経済政策の中心は国家経済委員会に移りつつあるとみて間違いないかもしれません。ハバードはブッシュ大統領とは密接な関係があり、ブッシュ・ファミリーに忠誠心を持っている人物です。ブッシュ大統領の信任も厚いことは間違いありません。

ローゼンは中庸の人物で、サプライサイド理論の支持者でもあります。マンキューは、減税は支持しているものの、いわゆるサプライサイダーとは一線を画していました。また、昨年、アメリカ企業の海外への”アウトソーシング”はアメリカ経済にとってプラスであると発言し、共和党右派から激しく批判されました。そうした観点からいえば、ローゼンはサプライサイダーにより近い存在です。なお、大統領経済諮問委員会の委員は上院の承認が必要ですが、ローゼンの場合、既に委員であり、今回は昇進人事なので、上院の承認手続きが必要ではありません。

第2期ブッシュ政権の最大の経済課題は「減税の恒久化」と「年金制度改革」です。その意味では、ローゼンは適任かもしれません。しかも、財務省次官補代理を務めた経験もあります。政治的なセンスもあるいと言われています。ただ、繰り返しいえば、アメリカの経済学界では決して超一流の人物とは見なされていません。

では、彼の経済理論はどういうものなのでしょうか。彼の最新の論文に「個人所得税と中小企業の成長」(2000年10月に発表)があります。その論文の焦点は「起業家の個人所得税が企業の成長率に与える影響」を分析することで、その結論は「個人所得税は企業の成長率に大きな影響を与える」というものでした。そうした観点から、彼は個人所得税の限界税率を大幅に引き下げることを主張しています。要するに、その発想はサプライサイド理論のカテゴリーに属するものです。

大統領経済諮問委員会の3人の委員の中でローゼンの演説回数は最も少なく、現実の政策に対する彼の理論は判断しにくいところです。2004年5月に行なった唯一の演説を手がかりに彼の理論を整理してみることにします。その中でローゼンは「減税は効率性と経済成長を高めるので、減税を恒久化するべきである」と主張しています。「減税の恒久化」といっても何のことか分からない読者がいると思います。実は、ブッシュ政権は2001年と2003年に大幅減税を実施しています。「経済成長と減軽減調整法(2001年the Economic Growth and Tax Relief Reconciliation Act of 2001)」、2003年の減税は「2003年雇用と経済成長と税軽減調整法(the Jobs and Growth Tax Relief Reconciliaion Act of 2003)」で減税が行われています。たとえば、この法律で個人所得税の限界税率は各課税区分で引き下げられました。最高限界税率は39.6%から35%に引き下げられました。しかし、その措置は2011年までで、その後は当初の39.6%に戻されることになっています。配当課税は長期キャピタルゲイン課税も引き下げられましたが、それも2009年までで、その後は軽減措置以前の税率に戻されます。要するに、この2つの減税法案の適用は期間限定なのです。したがって、昨年の大統領戦選挙中にブッシュ大統領は「減税措置の恒久化」を訴えたいたのです。すなわち、期間限定をはずすことが大きな争点になりました。

で、ローゼンは、当然のことながら、減税措置の恒久化を主張しているのです。なぜでしょうか。ローゼンは次のように主張しています。「税金は国民に対してコストを課すことである。このコストは国民が政府に支払うコストと見ることができる。税金は経済行動を歪めることになる。それは消費行動だけでなく、労働供給にも影響を及ぼす。税金は経済活動を歪めるために、福祉の損失を産み出すことになる」と主張しています。もっと詳しく説明する必要があるかもしれませんが、要するに課税は経済活動を阻害すると言っているのです。保守的な論者は、所得税を否定する議論をしています。彼の議論も本質的には所得税は本来の経済活動を阻害し、経済に損失をもたらすと主張しているのです。

税は、経済成長にも大きな影響を与えます。彼は、論文のところで触れましたが、限界税率を引き下げることで企業家の経済活動を促進すると考えています。「個人事業者はアメリカ経済の中核をなしていて、彼らがリスクを取って新しい事業を起こす。それがアメリカ経済を活性化し、経済成長を促進することになる。レーガン政権の1986年に限界税率が大幅に引き下げられたが、その結果、企業家の設備投資は刺激されたという実証的な事実がある」と主張しています。

また所得減税を行うことで、脱税行為が減ると主張しています。人々が脱税をするのは、税金が高すぎるからで、税金が安くなれば、専門家を雇ってまで節税や脱税をしなくなると言っています。また税制と社会政策を通して所得再配分を行なうことは、必ずしも社会的公平を実現することにならないとも主張しています。相続税、贈与税も「2000会計年度の歳入に占める比率はわずか1.4%と相対的に低いが重要な項目である」と指摘しています。相続税は2010年までに段階的に廃止されることが決まっています。「もし相続税が持続すれば、貯蓄が減り、資本ストックも減る。そうなれば、実質労働賃金が減る」と主張しています。

また、大きな政治問題になっている「財政赤字」に関しても、課税に関するジョイント委員会の推定では、「2001年と2003年の減税で2001会計年度から2011会計年度までの間に歳入が1.7兆ドル減少するとなっているが、実際の歳入の減少額はその推定よりも少ない」と反論しています。また、財政赤字の拡大は金利上昇を招くという主張に対して、「それを証明するのは難しい」と指摘して、金利はもっと複雑な要因で決定され、「景気が低迷しているような環境では財政赤字の拡大は必ずも利上げに結びつくものではない」と言っています。そして、結論として「限界税率を引上げることで財政均衡を達成するなら、限界税率引き下げのプラスがすべて失われることになる。財政均衡は歳出削減を通して実現するほうが好ましい方法である」と主張しています。

やや理論的な説明をはしょったところがありますが、減税(もっと具体的にいえば限界税率の引き下げ)は経済活動を活発化させ、経済成長を強める。その結果、減税による財政赤字増加は、推定されるほど大規模にはならない。また、財政均衡は増税ではなく、歳出削減によって達成されるべきである・・・というのが、ローゼンの主張であり、これは”正統派”サプライサイダーの議論と同じものである。マンキューがサプライサイド理論に冷淡だったのとは違い、ローゼンは完全にサプライサイド理論の擁護者のようです。

ただ、先に書いたように、第2期ブッシュ政権の経済政策の主導権はホワイトハウスが握ることは間違いないでしょう。その中心は、アラン・ハバードの国家経済委員会であると見ておくべきでしょう。その意味で、第2期ブッシュ政権の経済政策はもっとイデオロギー的になるかもしれません。「一般教書」と「予算教書」でブッシュ大統領は財政赤字の削減を主張していますが、それは「増税なき財政赤字削減」という意味です。思ったように歳出削減ができるかどうか、なかなか難しいものがありそうです。経済成長がピークを越えていること、イラク戦争に絡んだ軍事費や国土防衛費の増加も予想されます。とすると、財政赤字削減は議会で政府と民主党のみならず、共和党穏健派と厳しい対立を招くことになるかもしれません。

長くなりました。舌足らずのところがあるかもしれませんが、大体の雰囲気は分かっていただけたと思います。
なお、本ブログは私の著作権があります。もし「使用・引用される場合はご連絡ください」。

1件のコメント

  1. Free Online Tax Returns…

    I couldn’t understand some parts of this article, but it sounds interesting…

    トラックバック by Free Online Tax Returns — 2007年12月1日 @ 12:28

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