中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/3/7 月曜日

ドル安で儲ける”投資の神様”ウォーレン・バフェット:「株主への手紙」に見るバークシャー・ハザウエイ社の投資パフォーマンスとバフェットの為替相場観

Filed under: - nakaoka @ 3:07

どうも取り上げるテーマがマニアックであったり、専門的であって、一般の読者には難しすぎる内容かもしれないと思いつつ、テーマを選んでいます。ブログも雑誌と同じでテーマの”活き”が問題になってくると思います。”旬”が過ぎたテーマは面白くないし、歴史的な記録としてもあまり価値がないのかもしれないという思いもあります。ブログは気儘に書けばいいのでしょうが、本来がジャーナリストとして生まれ付いているので、ついつい問題意識も、そうした”性”に拘束されてしまいます。いつも幾つかの書きたいテーマを持っています。ですが、時間的制約があり、常に書けるわけではありません。また、新しいテーマや問題が生じれば、どうしてもそのテーマを先に書きたくなってしまいます。それと、これも長年にわたる編集者気質でしょうか、たくさん読まれるテーマをついつい探してしまいます。というわけで、今回は”活き”のいいところで、先週末に行なわれた投資会社バークシャー・ハザウエイ社の決算とウォーレン・バフェットの「株主への手紙」を紹介してみたくなりました。バフェットの「株主への手紙」は、投資家の『バイブル』とも言われているものです。本ブログでも、2回ほど彼について紹介していますので、その延長で読んでいただければ幸いです。

まず、バークシャー・ハザウエイ社の業績を見てみます。投資のパフォーマンスを見るときに、指標となる指数のパフォーマンスと比較するのが普通です。中には「絶対リターン」を主張するファンド・マネジャーもいますが、パフォーマンスはあくまで相対的なものです。同社は高パフォーマンスで知られた会社です。たとえば、1965年から2004年の間の平均リターン(同社の場合は簿価の上昇率で表現されています。その理由は後で述べます)は、21.9%でした。これに対して指標として「S&P500」(スタンダード&ポアーズ社が選んだ500社の株価の指数)のパフォーマンスは10.4%でした。したがって、同社の投資パフォーマンスはS&P500よりも11.5ポイント上回っていました。しかし、ITバブルは弾けた2000年以降、同社のパフォーマンスは低下しています。2000年は6.5%でした。このとき株価暴落があり、S&P500のパフォーマンスはマイナス9.1%でした。したがって15.6ポイント上回ったことになります。だが、2001年は同社の投資パフォーマンスはマイナス6.2%でした。ところがS&P500のパフォーマンスはそれよりも悪くマイナス11.9%で、結果的に同社のパフォーマンスはS&P500を5.7ポイント上回ったことになりました(あくまで相対評価です)。2002年は同社の投資パフォーマンスは10.0%、S&P500はマイナス22.1%でした。まだアメリカの株価は下がり続けていたのです。そしてその差は32.1ポイントでした。

ところが株価が回復し始めた2003年、2004年と同社の投資パフォーマンスはS&P500を下回り始めます。2003年の同社のパフォーマンスは21.0%でしたが、S&P500は28.7%で、その差はマイナス7.7ポイントでした。さらに昨年の2004年の同社のパフォーマンスは10.5%でした。これに対してS&P500は10.9%と、わずかですがバークシャー・ハザウエイ社のパフォーマンスを上回りました。株価が下落局面では、同社の投資パフォーマンスが良いのですが、上昇局面では劣っています。バフェットは、その理由を「魅力的な投資対象となる株が存在しなかったからだ」と説明しています。同社の2004年末の「現金・現金相当物」の残高は、2003年末の310億ドルから400億ドル以上に増えています。投資パフォーマンスが低下したことで、同社の利益も前期比10%減益の73.1億ドルになりました。また、同社の収入の約65%は、保険業務からもたらされたもので、株式の売買が主な収益源ではないというのも、同社の特徴です。それは、同社は短期の株式売買益を狙った投資をしていないからです。

前のブログに書いたように、バークシャー・ハザウエイ社の投資手法は、短期の売買を狙うのではなく、株式の長期保有が基本です。それをバフェットは次のように説明しています。「人々は(私たちが)チャートのパターンや証券会社の意見、あるいは短期的な収益予想をベースに株式を売買していると見るかもしれない。しかし、私はそうした誘惑を無視し、当社は事業の部分的な所有権を確保するために株式を保有していると見ています」と書いています。要するに、同社のポートフォリオは短期の売買益を狙うのではなく、長期的に株価の価値を高めることを狙っているのです。したがって、同社は投資パフォーマンスの尺度として、株の取得価格と時価を比較しています。すなわち簿価がどれだけ増えたかで判断しているのです。たとえば、同社が保有するアメリカン・エクスプレスの株式保有比率は12.1%で、取得価格は14億7000万ドルでした。2004年末の時価総額は85億4600万ドルになっています。またコカコーラの株式保有比率は8.3%で、取得価格は12億9900万ドルでしたが、時価総額は83億2800万ドルになっています。そのほかでは剃刀のジレットの株式保有率は9.7%で、取得価格は6億ドル、時価総額は42億9900万ドルと大幅に増えています。また、同社はバフェットが10代に新聞配達の仕事をしていたことから、ワシントン・ポスト紙にも投資しています。株式保有率は18.1%、取得価格は1100万ドルで、時価総額は16億9800万ドルになっています。ちなみに同社が保有している普通株の取得価格は総額で90億5600万ドルですが、2004年末の時価総額は377億1700万ドルになっています。

バフェットの投資の教えは「生活に身近な製品を生産している会社に投資する」ということです。前のブログに書いたように、彼はITブームの時にIT関連の株にはまったく投資していません。最近、ビル・ゲイツを取締役にしましたが、同社はマイクロソフト社の株式は1株も持っていないのです。ですから、2000年にITバブルが弾けても、前に書いたように、投資パフォーマンスは悪化しなかったのです。彼は「株主への手紙」で次のように書いています。「最初に株式を購入して以来、株価変動による利益は(企業の)収益の伸びを若干上回ってきました。なぜなら、PER(株価収益率)が上昇したからです。しかし、1年ベースで見ると、事業収益と株価パフォーマンスはしばしば乖離します。大バブルの時、株価上昇は事業収益の伸びを大幅に上回りました。バブルの後は、その逆が起こりました」「もし私がこうした市場の動きを捉えていたら、バークシャーの業績ははるかに良いものになっていたでしょう。いつも明確に見えるバック・ミラーを通してみれば(すなわち後講釈では)、なんでも簡単に見えるものです。しかし、投資家はウインドシールドを通して先を見なければならないのです。ガラスはいつも曇っているのです」と、投資の難しさを説いています。

同社の税引き前の収益の内容を見てみましょう。
       2004年      2003年 (単位:100万ドル)
普通株     870        448
財務省証券   104       1485
ジャンク債   730       1138
外国為替   1839        825
その他     ー47        233

ここで気がつくのは外国為替の利益が急増していることです。バフェットの投資哲学は「普通株を長期に保有する」というものでした。彼は長い間、ヘッジファンドなどのオルターナティブ投資に否定的でした。しかし、上の収益が示すように、ジャンク債や外国為替の収益が非常に大きな比率を占めているのです。同社は2004年末時点で214億ドルの為替契約残高を持っているのです。通貨の投資対象は12通貨に及んでいます(円が含まれているかどうかは不明)。いまや同社は保守的な投資スタンスではなく、もっと積極的な投資姿勢に変わったのかもしれません。そこで、バフェットの意見を聞いて見ましょう。

「2002年3月以前は私もバークシャー・ハザウエイ社も通貨取引をしたことはありませんでした。しかし、今後数年、ドルに対して絶え間なく(切り下げの)圧力が加わるという証拠が増えてきたのです。したがって、2002年以降、投資家に当社の投資方針に関して注意を喚起してきました」「1つのポイントを明確にしておきます。当社のドル相場に対する考え方はアメリカに対して私たちが疑問を抱いているということではないことです。私たちは類稀な豊かでな国(アメリカ)に住んでいます。アメリカは、市場経済を評価するシステムと法律に基づくルール、機会の平等によって産み出された国です。アメリカ経済は世界で最強であり、今後もそれに変わりはないでしょう」「しかし、私が2003年11月10日号の『フォーチュン』誌に書いたように、アメリカの貿易赤字がドルを下落させているのです。ドル価値の下落は既に大幅なものになっています。しかし、ドル下落はさらに続きそうです。政策の変更がなければ、通貨市場はさらに混乱し、政治的にも、金融的にも波及効果をもたらす可能性があります。誰にも、こうした問題が現実のものとなるかどうか分かりません。しかし、そうしたシナリオが実現する可能性は、政策担当者が”現在”考えているよりもはるかに高いのです。2000年11月に議会が際限のない貿易赤字のもたらす結果に関する研究報告書を発表しました。それ以降、事態はさらに悪化しています。1999年の貿易赤字は当時ですら警戒水域の2630億ドルに達していました。それが、2004年には6180億ドルにまで膨らんでいるのです」

「(貿易赤字は)アメリカの富を海外へ移転することを意味しています。この移転は、アメリカの民間企業や政府が外国人に対して債務証書を発行するという形で行なわれます。すなわち、外国人がアメリカの株式や不動産などの資産の保有者になることなのです。この富の移転は、毎日、18億ドルに達しています。その結果、外国とその市民は現在、アメリカに3兆ドルの純資産を持つに至っているのです。10年前は、彼らの純資産はマイナスでした」「財政赤字はそれ自体はアメリカ国民のためのパイを減らすものではありません。外国人がアメリカの純資産を増やさない限り、膨大な赤字を含む財政のシナリオがどんなものであれ、アメリカの生産物の100%はアメリカ国民の物なのです」。要するに、彼は、財政問題はアメリカ国内の”所得配分の問題”に過ぎないと言っているのです。「しかし、膨大な貿易赤字はまったく違った結果をもたらします。時間が経過するとともに、外国人のアメリカ国民に対する請求権は増加していき、私たちは私たちが生産した物のうちのわずかしか自分たちのものにできなくなってくるのです」

「もし現在のペースで貿易赤字を続ければ、外国人のアメリカに対する純資産(所有権)は11兆ドルに達するでしょう。その資産から5%の収益を上げるとすれば、アメリカは毎年ネットで5500億ドルの財とサービスを海外に送付しなければならないのです。10年以内にアメリカのGDPは18兆ドルに達するでしょう。したがって、アメリカはGDPの3%を毎年世界に渡さなければならなくなります。子供たちは、親の罪を償わなければならないのです」

「政府内外の著名人は、現在の経常赤字が持続することはないと言っています。たとえば、2004年6月29日と30日に開かれたFOMC(連邦公開市場委員会)の議事録では『連邦準備制度理事会のスタッフは巨額の対外赤字は永遠に続くものではないと述べた』と書かれています。しかし、彼らは膨れ上がる不均衡を是正する具体的な提案はなにもしていないのです」「私は『フォーチュン』誌の記事で『緩やかなドルの下落は答えではない』と書きました。事実、今までのドル下落にもかかわらず問題は解決していません。政策担当者は今でもドル相場の”ソフト・ランディング”を期待しています。その一方で、他の国に景気を刺激することを求め、アメリカ人にもっと貯蓄を増やすように言っています。私の意見では、政府は頓珍漢なことをしているのです。通商政策を大幅に変えるか、金融市場を混乱に落とし入れるまでドルが下落しない限り、巨額の経常赤字を引き起こしているアメリカの根深い構造的な問題は残るのです」

「もしアメリカが6000億ドルの経常黒字を計上したなら、世界中の評論家はアメリカの政策を糾弾し、アメリカを”重商主義者”と言うでしょう。しかし、現実は、諸外国がアメリカに対して重商主義的な政策を取っているのです」「現在、大半の海外の投資家は楽天的に考えています。彼らはアメリカを”スペンディング・ジャンキー(消費中毒者)”と見ているのかもしれません」「私たちは、大幅な経常赤字を減らす政策を採用することを望んでいます。急激な政策の調整が行なわれたら、バークシャー・ハザウエイ社は為替取引で大幅な損失を被るでしょう。しかし、当社の資金はドル資産に健全な形で集中しています」

結論のところは、なんだか腰砕けですが、ブッシュ政権がドル政策を変えれば、同社は為替投資で大幅な損失を被るといいながら、本年では、それはなかなか難しいだろうと示唆しているようです。ということは、バフェットはまだドル安が続くと見ているのでしょう。アメリカの貿易赤字、経常赤字が急激に減ることはないというのが彼の本音と見ていていいでしょう。ただ、それだけで為替相場が決定されるわけではありません。為替相場は必ず調整過程で行き過ぎ(オーバーシュート)するものです。また、グリーンスパン連邦準備制度理事会議長が指摘しているように(これも本ブログの中で「グリーンスパン議長の国際金融講義」に書いていますので参照してください。ただ「連載」はまだ終っていませんが・・・)、為替調整には時間がかかるのです(輸出業者の価格設定の問題やJカーブ効果の存在など)。

いずれにせよ、バフェットはドル安を利用して、大幅に稼いだことは事実です。これも、「投資の神様」の顔なのです。

4件のコメント

  1. オーストラリアも記録的な経常赤字
    昨日、オーストラリアの7-9月期の経常収支が発表されました。137億豪ドルの赤字でした。137億豪ドルとは、日本円換算で約1兆1千億円にもなります。事前のエコノミストの予想値を上回…

    トラックバック by 為替王 — 2005年3月9日 @ 10:04

  2. はじめまして。興味深く記事を拝見させて頂きました。

    コメント by 為替王 — 2005年3月9日 @ 10:08

  3. 「サラリーマン」によって日本の資本市場は歪められているか?
    よくトラックバックをいただく「債券・株・為替 中年金融マンぐっちーさんの金持ちまっしぐら」さんのブログで、非常に興味深い記事がありました。 債券相場とサラリーマンのふか~い関係 という記事ですが、曰く、「日本の債券市場はサラリーマンと役人しか参加していな…

    トラックバック by isologue -by 磯崎哲也事務所 — 2005年4月5日 @ 17:52

  4. ドルが暴落しない謎の解明と、金(ゴールド)価格のゆくえ…

    5月26日、ひまわりCX主催の投資セミナーに出席した。 講師は、マーケット・スト……

    トラックバック by 専門家や海外ジャーナリストのブログネットワーク【MediaSabor メディアサボール 】 — 2007年6月19日 @ 11:45

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